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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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30 - 意図と報酬と可能性のこと

 少し大げさな遠回りをして盗賊ギルド本部、兼、一部メンバーの居室となっている酒場の二階の自室に戻り、僕は以前貰った道具で地図を作り始める。

 といっても、製図そのものは簡単だ。『光図』の魔法で記憶した地図を表示して、その光の上にペンを走らせればいいだけだからね。

 一階、二階、そして地下一階。扉に鍵がある場合はその鍵のタイプも記載。隠し扉はギミックとして、何をすれば開くのかだとか、そう言う事もちゃんと書く。

 地下一階に置かれていた三体の人形については、四枚目の紙にもうちょっと詳細を書くことにした。外見的特徴、色だとかは最も近いであろう文言を使い、姿などは図絵で示す。

 図絵と言うと面倒にも見えるけど、これも『光図』で表示したものをその上からペンでなぞるだけなのでとても簡単だったりする。

 全ての情報を書き終えて、一応記憶にあるそれと比べて違いが無いかとかも隅々確認。齟齬はないので、たぶん大丈夫だろう。

 四枚の紙を一つの封筒に仕舞い、僕はそれを持ってギルマスの執務室へ。ノックは四回、テンポよく。

「ノアです。良いですか?」

「うん? 入って良いぞ」

 失礼します、とドアを開けて、執務室の中に入ると、ギルマスは着替えをしている最中だった。

 着替えと言っても、酒場で働く時のエプロンを外しているだけなので、特に問題は無いと判断したのだろう。

 僕もその程度では驚かないけど、この人、平気で人前で下も着替えするんだよね……デリカシーを持ってほしい。

 まあいいや。恥ずかしいのは僕じゃないし。

「ギルマス。これ、今回の仕事の成果です」

「え?」

 ギルマスはきょとんとして壁に賭けてある時計を眺める。時計は三時を回った頃。もちろん夜中だ。

「地下の探索と地図の作成。全部終わりましたよ。中には四枚入ってます。確認してください」

「……いや早すぎねえか?」

 と言いつつ、ギルマスは封筒を受け取ると、中身を確認して行く。

 一枚目と二枚目はさらりと、三枚目は注視して、四枚目を見て首を振った。

「いささか仕事が早すぎるのが気になるが、確かにこりゃ仕事出来てるわ。今回の仕事でコーマ・ヘクソンがどういう人間か解ったか?」

「そうですね。確かに子供好きというのは本当だと思います。悪い意味でと言うのも、そして買う事があると言う事も事実かなと。でも、その目的は普通と少し違う」

 僕はあの屋敷の二階に設置された図書室のような部屋を思い出しながら言う。

「普通、身体を売り買いするというのは、もちろんそう言う事を指すはずですし、そう言う事もしたかもしれません。けど、それは『折角買ったんだから』という理由であって、むしろ目的はそれ以外の部分に比重が多い。コーマ・ヘクソン。その人の屋敷の二階にある図書室には、沢山の人形に関する資料がありました。一階の執務室にもです」

 うん、とギルマスは頷く。続けろと言う事らしい。

「その人の事を直接は知りませんけど、『男性』で『貪欲な完璧主義者』とギルマスはその人の事を表現していましたよね。その事も併せて考えると……その人は、『自分の感性において、完璧な子供』を、人形と言う形で産もうとしたのかもしれません。男は子供を産む事はできませんからね。だから人形で作った。そこに命が宿る事は無いでしょうし、動く事も無い。決して成長する事も無く、だからこそ『完璧な状態』を維持できる。ガラスの棺は七つ、埋まっていたのは三つ。残る四つには何も入ってませんでしたから、まだ三体しか作れてないってことかな? まあ、それが僕の感想です」

「なるほど。よく見えてるな」

 感心したように何度も頷き、ギルマスは僕が提出したものを机の上に置いた。

「その通り。コーマ・ヘクソン。『人形師』という特殊なクラスについている人間でね……彼は人形を作る事に長けている。そして彼の当面の目標は『七つの完成を見る事』だ。恐らくノアが発見した七つの棺に、それぞれ一つずつ完成された人形が安置されるのだろう」

 しかし、とギルマスはさらに続けた。

「地図も精密、地下も無事発見、まあ、そこまでは良い。初仕事にしてはやたら丁寧過ぎる上にやたら早いが、その辺は才能が関わっていると見えない事も無い。が、この人形についての図絵はどうなんだろうな。お前まさか、現地で描写したのか?」

「そんなリスクの高い事はしませんよ」

「なら、構わないか。お仕事ご苦労様。初仕事は満点どころか、ボーナスがつく勢いだな。これならば、依頼主にそのまま渡せる」

 ボーナス!

 それは嬉しい。

「…………。ノア、お前は結構金に拘るよな。何を買いたいんだ? ここで暮らす分には、生活費はギルド持ちって話、したよな?」

「ええ。生活とは関係のないところで、ちょっと欲しいものがあるんです」

「ふうん……、何が欲しいんだ」

「まずは、レベルカードかな。次に魔法書。どっちも高額ですから、ちょっとずつお金は溜めるつもりなんです」

 なるほど、とギルマスは頷く。

「目標があって金をためるなら、それはいいことだ。頑張れよ、応援している」

 ありがとうございます、僕がお辞儀をすると、ギルマスは黒い紙……じゃないな、封筒か。

 黒い封筒を僕に渡してきた。

「これは?」

「コーマ・ヘクソンがついている人形師という特殊クラスについての調査報告書だ。それが作られたのは三年前……だから今のコーマ・ヘクソンがそのままとも限らないが、少しは参考になるかもしれない」

 だとしても、なんでそれを僕に渡すのだろうか。

「思ったより早くに命令を片付けたからな。もし暇を持て余すようなら、それを読んで今回の命令の意図を探ってみると良い」

 ふむ。

 命令の意図ね……。

 正直、あんまり興味は無いのだけど、これも命令では無いだけで、僕の経験を増やすためなの配慮なのだろう。

「わかりました。頑張ってみます」

「おう。そう言う黒い封筒に入ったものは、二階から持ち出し禁止だ。覚えておけ。で、今日はもう時間が時間だからな……。今日はもう寝ておけ。風呂は明日の昼前にでも入ると良い」

「そうさせてもらいます。じゃあギルマス、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ、ノア」

 僕はギルマスにもう一度お辞儀をして執務室を出て、また自分の部屋へと戻る。

 そしてベッドに腰を掛け、封筒を開けるかどうかに少し悩んで……明日でいっか、とそのままベッドに横になった。

 眠ることも、仕事の内だと考えよう……。


 翌朝目を覚ました僕は、ベッドに横たわったまま時計を確認する。まだ九時、大分早い。

 握りしめたまま眠っていたので、封筒は少しよれてしまっていたけど、まあ変に無くすよりかは良いだろう。

 お風呂は十時を過ぎないと入れないので、その中身の確認を先にする。

 そこに書かれていたのは、言われていた通り『人形師』という特殊なクラスについての調査報告。

 そもそも特殊クラスと言うのは、冒険者ギルドが指定していないにもかかわらず、レベルカードが認識するクラスの総称、らしい。

 知らなかった。

 ていうかレベルカードって冒険者ギルドが指定したクラスの内、宣言した技能を使う最も近いクラスが表示されるって仕組みだと、『ラス・ペル・ダナン』は教わったんだけど……、まあ、商人だった当時の僕の家族には知らない機能があったと言う事だろうか?

 にしては、シーグも知らないんだけど。

 ともあれ、本来クラスとして指定されていないにもかかわらずレベルカードが認識し、レベルを表示するクラスの一つとして、『人形師』がある。

 人形師とはその名の通り、人形を作り、それによって何かをするクラス、なんだとか。

 戦闘をさせる事もあれば作るだけで満足してしまう場合もあるなど、その個人個人によってクラスとしての性質が変わると。

 で、コーマ・ヘクソンがどんな人形師なのか、これがいまいち盗賊ギルドにもつかめていなかった。

 ただ、彼が作ろうとしているのが人間の子供を模したものである事、それを作るための参考として色々な子供と夜伽していて、これが微妙に問題になりかけた。もっともこの国では子供と夜伽することが違法ではないため、特に罪に問われる事も無かったと。

 読めば読むほどコーマ・ヘクソンの屋敷を調査する理由が解らなくなってきた。

 特に違法な行為をしていないと言う事を確認するため……?

 例えば、人形を作る参考として、『本物』を監禁しているのではないかという容疑が掛かったとか?

 で、屋敷の広さからして地下室がある可能性が出てきた。だからその確認のために盗賊ギルドが動くことになった……と。

 あり得るな。

 であるならば、今回僕に下った命令の根拠となる依頼は、国の警察組織からって可能性が出てくる。

 盗賊ギルドはその性質上、警察組織とは頻繁に取引を行っている。この取引の大半は普通の依頼と代わりは無い。

 けれど、ギルドとしては捕えられたメンバーの減刑や赦免を要請し、警察組織はその見返りとして何らかの情報を求めるというケースも希にある。

 僕が今回こなした仕事は、じゃあどういう意味がある?

 単純なギルドに対する依頼なのか、それともギルドの他のメンバーに対する何らかの措置に対する見返りか……。

 屋敷への潜入、調査、地図の作成。このあたりの難易度からして、ギルドの他のメンバーに対する赦免は無理。できて減刑。その減刑も怪しいとなると、普通の依頼か……?

 普通の依頼だとしたら、その依頼を僕に命令した意図は何だろう。

 単に新人にも出来そうな依頼だったから投げた……いや、できなくても良かったのかもしれない。失敗したらその時はギルマスが帳尻を合わせたのだろう。

 ならば意図は二つくらいに絞れるな。

 一つ目の可能性は、僕の仕事を警察組織に対してアピールする意味合い……その場合、僕はもう何度か同じような命令を受けて、適正ありと判断されたら本格的な命令が来るのだと思う。この場合の適正チェックは依頼主側、つまり警察組織側が行う形になっているわけだ。

 そしてもう一つの可能性は、『コーマ・ヘクソンが盗賊ギルドのメンバーである』可能性。

 どっちの可能性が高いかは、言うまでも無い。

 コーマ・ヘクソンは盗賊ギルドのメンバーで、その内部調査を行う必要があった。

 その内部調査は成功、失敗を問わないのだ。

 成功、つまり事が完璧ならば、盗賊ギルドとしてはコーマ・ヘクソンの内部調査を無事に完遂できているから何一つ問題ない。

 失敗、つまり事が露見しても、盗賊ギルドの新メンバーとして僕を紹介し、その上で僕の教育の為に使わせてもらったと言えばいい。その上で同意を取り付け、ギルマスが調査を行える。

 そして重要な点として、これを僕にやらせることで、僕の力量を調べる事ができるわけだ。

 僕は加入時のテストでちょっと色々ととばしたから、その代わりと言う事なのだろう。

 ふむ、ギルマスが直接の説明を避けたのは、僕がどんな結論を出したのかを聞きたいから……だろうな。

 時計を見ると、十時過ぎ。

 思ったよりも熱中して考え込んでいたようだ。

 お風呂に入って、酒場のお仕事を始めよう。

 そして、お仕事が終わったら答え合わせをしてみよう。

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