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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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29 - 幼い盗賊の初仕事のこと

「ノア坊、エールを三つお願い」

「それと羊肉のソテーと普通のサラダと」

「りんごのパイを二つかな」

「パンも欲しい」

「エール三つ、羊肉のソテー、普通のサラダ、りんごのパイ二つ、パン。パンはどんなパン? 焼いたりする?」

「そうだな、トーストがあったらそれがいいかな」

「了解。ちょっと待ってね」

 盗賊ギルドに所属してから八日目。

 僕はそこで鍵開けなどの訓練をこっそりしながらも、生活をするためにも、盗賊ギルドが偽装する酒場の従業員として働き始めていた。

 お昼頃から明け方まで、ほとんど営業時間目一杯を働けるのは、僕がこの店の二階に住み込みをさせてもらっているからだったりする。ギルマスの私室の隣だ。

 尚、この街では子供が働くこと自体が珍しいらしく、常連さんには三日目にして『ノア坊』と呼ばれるようになっている。ちょっと嬉しい。

 今のところ注文のミスは無し。シニモドリの記憶力は完全である以上、おそらくこれからも無いだろう。

 注文を厨房に伝えて伝票に書き、僕はでき上がった料理を別のテーブルへ。

「おまちどうさま、季節の野菜を添えたパスタと、チーズ焼き。飲み物のおかわりは?」

「あ、じゃあ俺はワインを」

「私はいいわ」

「解りました。ワインは同じやつ? それとも違うのが良い?」

「同じやつかな」

「ああ、それとお水貰っていい?」

「了解。すぐくるからちょっと待ってね」

 既に食べ終わったもののお皿やグラスは下げて、ワインとお水を新しいグラスに注いですぐに持って行く。

 酒場で働くのは初めてなのだけど、なかなかどうして身体はすぐに疲労する。

 冒険者として頑張っていたシーグならともかく、ノアは普通の子供の身体だ。当然と言えば当然だった。

「おいノア、そろそろ休憩とっておけよー」

 はて?

 僕は時計をちらりと見る。まだ休憩時間じゃあないんだけど。

「それと休憩終わりに倉庫寄って、このメモの出しといてくれ」

「はーい。それじゃみなさん、ごゆっくりー」

「またなー、ノア坊。ゆっくりやすめよー」

 お酒が入ってる事もあるだろうけど、お客さんは和やかに僕を送りだしてくれる。

 僕は軽く会釈をしてからそのまま業務員用の通路へ、そして階段を昇って二階に進む。

 倉庫というのはこの盗賊ギルド支部で使われる符丁で、『盗賊ギルド』を意味している。

 これにメモが添えられればメモに詳細が、メモが無い時はとりあえずギルマスの執務室に行くように、という意味になるわけだ。

 で、今回はメモが無かったので、ギルマスの執務室へ。

 ギルマスの執務室は僕が住んでいる部屋の正反対。といっても、さほど遠いわけでもなく。

 ドアを三回、テンポよくノック。

「ノアです、入ります」

「ああ」

 ノックの回数とかにも決めごとがあったり。

 覚えるのが苦手な人は大変だろうなあと思った。シニモドリ的には一度説明して貰えばそれでいいので楽極まるけど。

「どうかな、酒場の仕事は」

「楽しいですよ。酒場で働くのは初めてなので、最初の内はどうしても迷惑を掛けちゃいましたけど、注文とかお客さんを覚えるのは得意なんです」

「ふむ。なら結構だ。実際、ノアは良く働いてくれていると他の皆も言っている。この前も大混雑をした時、注文を一つも間違え無かったしな」

「あはは」

 注文を間違えた事は無い。

 お皿を割った事は、二回ほど。

「さて、本題に入ろう。ノア。今回はお前に、盗賊ギルドとして本格的な命令を与える。初めての仕事だな」

「緊張しますね。でもそれと同じくらいうずうずします。僕は何をすればいいんですか?」

「この街に在る、とある屋敷の内部の潜入調査、及び地図作成だ」

 調査と地図作成か。

 初仕事としては妥当だろう。

「今回はその屋敷に人はいない。コーマ・ヘクソンという成りあがりの屋敷でね。金庫番も雇っていないようだから、邪魔をされる事はまずないと考えていい。全く考慮から外すのも問題だがな」

「なるほど。如何に痕跡を残さないかって話ですね」

「そう言う事だな。今回特に調査して貰うのは、地下室の有無だ。地下室の有無に関係なく、全フロアの地図作成は必須になる。期限は明日中……但し、明日の夜にはコーマ・ヘクソンが戻ってくるという情報もあるから、そのあたりには留意してもらいたい」

 明日中……さっき時計を見た時、時間は八時三分だった。もちろん午後だ。そう考えると実質二十四時間、丸一日分は無いってことになるな。

 地図作成自体は問題じゃないから、地下室の探索にどの程度時間がかかるか、それと鍵がどの程度面倒かにもよりそうだ。

「これがコーマ・ヘクソンの屋敷の地図だ。持ち出しは禁止、この場で覚えてくれ。他に質問が有ったら今聞こう」

 とりあえず屋敷の位置が記された地図を受け取ってと。

「地図の縮尺はこっちの裁量で良いんですか?」

「ああ。依頼主からの指定は無い。記号とかは訓練の三日目でやった奴を使ってくれ」

「了解。地図を作るにあたって、紙などに指定は?」

「あるにはあるんだが、今回は初仕事だからな。ノアが作った地図を基にこっちで書きなおすから、道具は自由で良いぞ」

 二度手間っぽいんだけど、まあ、初仕事には保険を掛けるべきというのも事実だし、二度手間になるのは僕じゃないので文句は無し。

 道具については一週間の訓練を終えたまさに昨日、一式をプレゼントしてくれたので、それを使う事になるだろう。

「コーマ・ヘクソンについての情報、成り上がり以外にも欲しいですね。性別、年齢、性格とか」

「性別は男、年齢は今年で五十一。性格は貪欲な完璧主義者ってところかな。好きなものは整理された部屋、嫌いなものは散らかった部屋」

 概ねの人間像を僕の中で作り上げていく。

 その手の人間がこのんで使うであろう仕掛けは……うーん、なんだろう。隠し扉の類はあってもおかしくないけど、そう簡単に見つからないかもしれない。

「ああ、性格で思い出したんだが、コーマ・ヘクソンに捕まらないように気をつけろよ、特に」

「特に、ですか? ……まあ、泥棒だと思われるとは思いますけど」

「一般論としてな。ただあの人、子供好きだからな。悪い意味の方で」

「ああ、身体を売り買いする方の……」

「ま、逆に言えば万が一見つかっても、多少我慢すれば解放されるかもしれないって意味では気が楽か?」

「いえ全然楽じゃありません」

 全力で逃げてやる。

 ていうか捕まる前に終わらせよう。

「地下が見つかったとして、そこにあったものも当然報告しますけど。変なものが出てきたらどうします?」

「いかなるものが見つかっても、何もしないでくれ。お前の仕事は、盗賊ギルドとしての仕事は、あくまで地下室の有無を調べることと地図を用意する事の二点だ」

「……なるほど。了解しました」

 つまりその地図を基に何かがおきるわけだ。

 冒険者ギルドか、国の警察組織か、それは解らないけど、何かしらに目を付けられた……で、実際に突入する前に、色々と調べ事は終わらせておこうという魂胆なのだろう。

 いかなるものが見つかってもというのは、盗賊ギルドとしてそれを解決する能力が無いと言う事だ。この点については仕方が無い。

 悪い意味の方で子供が好きと言われるくらいだから、なんだか本当に嫌なものが見つかりそうなのは心配。

 まあ、地下が無い可能性もある。そっちに賭けておこう。

「他に質問は?」

「このお仕事をしている間、僕は当然酒場で働けないんですけど、その間のお給料はどうなりますか?」

「それ、聞く事か?」

「一応僕にも生活があるので」

「まあな。安心しろ、帳簿的にはお前は普通に働いている事になるよ。それが無くても、任務達成したら金は別途に出るけどな」

 よかった、一安心。

 いや、普通に生活をする分には多分問題ないんだけど、何かと欲しいものもある。

 それを買うためには給料が減るのはつらいわけだ。

「それならば、僕は着替えてから任務に向かいます。夜の内のほうが都合いいですし、ね」

「そうだな。ぬかりなく、頑張れよ」

「はい」

 僕はお辞儀をして執務室を出ると自室へ。

 ちょっと前に支度金を貰った時、僕は真っ先にあの着物屋さんに向かったのだ。

 それは僕を推薦してくれた事に対するお礼もしたかったと言うのがあるし、そこで何着か服を買ってきている。

 で、今回着て行くのはその中の一つ。女の子が着るような柄のシャツと、長めのズボンだ。

 もっとも、柄がそうというだけで、色合いは暗め。夜の闇に溶け込むことはむりでも、馴染むことくらいはできる。

 あえて女の子が着るような柄を選んだのは、僕の体格が子供である事を利用し、願わくば女の子だと誤認して貰う為だ。

 『ノア』として認識されないための最低限の変装、というわけである。

 さっさと着替えを終えて、僕は道具は持たずに出発する。

 地図は帰って来てから『光図』で作り、それを紙に写せばいいのだから。


 屋敷には比較的高めの塀があり、門は一つだけ。

 警備員の姿は無かったけど、何か罠があってもおかしくないので、敷地には空中から侵入することに。

 もちろん、靴は既に脱いでいる。

 周りに人がいない事を確認してから、『飛翔』の魔法で上空へ、そして内側に入ってからは裏口を探すも、残念ながらこの屋敷には裏口も無いようだ。

 仕方が無いので適当な窓に近寄る。塀が高いこともあって目撃者が出る心配も無い。

 窓には贅沢、窓ガラスを二枚使った開く事ができるタイプだった。割ってしまえば簡単には入れるけど、それでは痕跡が残るので、『解錠』の魔法で鍵を外し、普通に開けて内部に侵入。

 大丈夫だとは思うけど、『魔探』を使ってみる。特に魔物の反応は無し。

 生体を感知する『命探』という魔法も一応あるんだけど、あれには『反魔』が反応しちゃうんだよね……。そう考えると軽々しくは使えない。

 同様の理由で周囲の地形を精密に調べる『証図』という魔法も使えない。とはいえあの魔法、単純に魔力の消費の問題でもあんまり使えないしな。

 まあ、何とかなるだろう。

 一階は通り抜けて、次に二階へ。罠らしきものは今のところない。どうにも拍子抜けする感じだ。

 で、二階もさらりと全ての部屋を確認。鍵が掛かっている部屋が多かったので、全て『解錠』。もちろん探索を終えたのちには『施錠』の魔法で戻しておく。魔法って便利。

 二階の部屋の一つには壁が仕掛け扉になっているところがあった。その奥は金庫が設置されていて、おそらくここに財産が入っているのだろう。

 特に興味は無いので、改めてぐるりと二階を回り、頭の中に叩きこんでから一階に戻る。

 一階に戻ると例によって一通り確認を行う。軽くみた感じでは地下に向かうための階段は無かったのだけど、頭の中にある二階の地図と比べた時、奇妙な空白地帯があることに気付く。

 どうやらどこかに隠し扉があるらしい。位置的には書斎室らしき所か、あるいはお風呂場か。常識的に考えれば前者だけど、どこにも扉らしきギミックは無かったのでお風呂場に潜入。

 タイルが床のみならず壁にも張られている。そこに僅かな隙間があった。ここが隠し扉か。ならば近くにこれを開けるためのスイッチが……見つけた、そのスイッチを操作して扉を開ける。扉は半分回転するタイプで、僕が通るとまた閉じられた。狭い空間には地下に続く階段が。なるほど、地下は存在すると。

 慎重を期して地下へと向かう。地下室は異様な空間だった。一つの大部屋と、その大部屋に接する六つの箱状の部屋。要するに檻があるんだけど、全ての扉が開いている。どうやら中に生きている者は一人も居ないらしい。そう思いつつそれぞれの部屋を探索する。当然痕跡は残さないように。

 結果、六つの内の五つには血痕や、謎の器具……に見えるけど、良く見ると全部工作道具だろうか。それでも普通の状況とは言えないだろう。

 最後の一つの部屋にはガラスで作られた棺桶が七つ、うちの三つには全裸の状態で子供……の遺体だろうか、身動きしないなにかが収まっている。

 三人共容姿は不気味なほどに整っている。そして外傷らしきものは無い。もう少し近づいて確認すると、それは恐ろしく精巧に作られた人形らしかった。そりゃ身動きしないよね。ちょっと安心。

 その後も地下を全体的に探索し、他にギミックが無いこともチェックして、痕跡の全てを消しつつ屋敷を出た。

 誰にも見つからない内に帰ろう。これで仕事は後半分だ。

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