02 - 僕と主のビジネスのこと
ビジネス。
お仕事。
といっても、そう難しい話じゃないから安心してほしい。
ごめん嘘ついた、ちょっと難しいかも。でも大丈夫、死ぬ前の君には理解できなくても、今の君にならば理解できるはずだ。
それだけの力は与えておいたしね。
さて。
君とはあの白い場所で、死というものを語ったよね。
死ぬと言う事。
命が失われると言う事。
二度と戻らないと言う事。
消えて無くなると言う事。
それらは確かにその通りだ。でも実は、そういったものから少し外れた事態が起きる事がある。
君が初めて死んだ時、君は焼ける家屋の中に居たよね。実はあの時、君の身体はもっともっと前に死んでいたんだよ。
だから君は、がれきに足をつぶされた時、痛みを感じなかっただろう?
だから君は、火に晒されても熱いとも思わなかっただろう?
だから君は、身動き一つ取れなかっただろう?
だから君は、焼け落ちた天井にその身体を覆われても尚、何も感じなかっただろう?
それは当然なんだ。だって君の身体は、もう死んでいたんだから。
君の身体は、もう二度と戻らなくなっていたんだから。
……普通はね、身体が死ねば命も死ぬんだ。
死んだ身体では、もはや命をつなぎとめることが出来ないからね。
でも君は、少しだけ違った。
君という命は、君の身体が死んでも尚、生きていた。
生き続けていた。
君の身体は死んだけど、君の命は死ななかったんだ。
君は他人事のように、焼ける家を眺めていた。それはとても珍しい。
命ってものはね、身体よりももっと脆いんだ。
身体も確かに簡単に死んでしまうけれど、たとえば胸に風穴があけば、そうでなくても首を折られればそれだけで、身体という器は壊れてしまう。
それこそ二度と戻らないほどにね。
ならば命はどうだろう。命はどうやって死ぬのだろう。
命はね、生きる事を止めるだけで死んでしまうんだよ。
それはたとえば、身体が無くなったから。
それはたとえば、全てに絶望したから。
それは例えば、飽きたから。
理由は何でもいいんだ。ただ、生きる事を止めると心の底から思ってしまえば、命は本当に死んでしまう。
君が今入っているその身体の本来の持ち主だって、何も知らない幼い身体を、好き放題に玩ばれて、結果全てが嫌になって、そうして命が死んだんだ。
でも、命だけが死んだ時、身体はすぐさまに死ぬわけじゃないんだよ。
命が死んだ時点から、身体には生きるという目的が消滅する。
だから普通の場合、身体はもう自分で動かないから、結局はそう時間を立たずに死んでしまう。
けど……その身体は不幸にも、命が死んだとは知らない者たちが、その身体を使って様々な事をし続けた。
だから身体は命を失った後でも、反応をし続けなければならなかった。
反応というより反射かな。
反射で色々な事をさせられ続けて、それが命の替わりになった。
さっきも言ったよね。命だけが死んだ時、身体はすぐに死なないんだと。
命だけが死んだ身体はね、外部からの刺激が続く限り、死なないんだ。
もちろん、だからといって生きてるわけでもないけど。
さて、ここまで言えばその身体はどうしてどうなったのか、もうわかるよね。
そう。
その身体は本来、普通の子供に過ぎなかった。
極々普通に幼い子供の命は、玩ばれることに疲れ、生きる事を諦めてしまった。
そこでその子供の命は死んで、身体も生きることを止めたのだけれども、命が死んだとはだれも思わなかったんだろう。そもそも一般的に身体と命の死は同一視されている。
突然物分かりが良くなったことを一瞬は疑問に思ったかもしれないけれど、した側にしてみればいつも通りに心が壊れただけだと思ったのだろう。
だからそれは終わらなかった。
命が死に絶え、生きる事を止めたその身体は、一睡もできずに玩ばれ続けるということで、皮肉にも刺激を与えられ続け、ついには助け出されるまで死に始め無かったんだよ。
逆に言えば。
その身体はその地獄から助け出されたことで、受ける刺激が無くなった。
だから身体はいよいよもって生きる事を止めて、死ぬはずだったんだ。
けれど、その身体は愛されていた。
だからその身体の親たちは、なんとしてでもその身体を生かそうとした。
もしかしたら二度と目覚めることは無いかもしれない。
それもそうだ、それほどの目に合っている。
その原因は他ならない親にあるし、そんな親を許してくれるとも思えない。
親を許さず、現実を嫌い、永遠に眠り続けたまま、そして死んでしまうのかもしれない。
それでも、それでもその身体の親たちは、諦める事が出来なかったんだ。
だから総力を挙げて、その身体を生かしにかかった。
最先端の魔法技術。
最先端の医療技術。
それらの全てを惜しげもなく、湯水の如く黄金を溶かして、それでも身体は徐々に死に傾いてゆく。
日に日に目覚めるどころか死に近づいているのを悟っても、それでも身体の親たちは、諦めなかった。
諦められなかった。
愛する息子は、まだ生きている。
目を覚まさないだけで、眠っているだけで、生きている。
そう信じ続けた。絶えず神に祈り続け、常に最善を尽くし続けていた。
だから、君という命を与えることにしたんだ。
君が今入っているその身体は、色々な理由はあるにせよ、結局のところは死んでいない。
そして君自身の命もまた、身体が滅んでも尚生きている。
死んでいない身体と生きている命が結びつけば、身体の全てが命のものになる。
つまりその身体の全ての経験が、君の命に加算されるんだ。
全ての経験がね。
これは必ずしもいい事ばかりじゃあない。むしろ悪い事も目立つだろう。
考えるまでも無いよね。
だってその身体の本来の持ち主たる命は、命が死を選ぶほどの絶望を味わったんだ。
その絶望の経験全てが、君の命に刻まれるだけならまだ救いもあるけど、君は当事者だからもう気付いているよね?
そう。
『その身体の全ての経験』が、君の命に加算されるんだ。
『その身体の全ての経験』が。
つまり……本来の持主たる命が死んだ後も続きに続いたい凌辱の経験でさえも、君の命に刻まれる。
だから君はその身体の父親が抱きついてきた時に、ああも錯乱したわけだ。
人肌の感触が、衣服の感覚が、どころか空気が触れるだけでも気持ち悪かったんだろう?
気持ち悪い。
そう、それは気持ち悪いという感情だ。但し、それを何億倍にも煮詰めたものだけどね。
それが命を殺す絶望だ。
その身体の本来の持主たる命が、そのほんの一部に触れてしまっただけでも死を選ぶほどの、おぞましい感情だ。
君はその感情を刻まれて、身体の全ての感情を刻まれて、それでもなお、生きたいと願った。
それでもなお、前を向いた。
だから『君』は結びつき、だから『君』は定着し、だから『君』は君になれた。
改めて言わせてもらおうかな。
おめでとう、最初の試練は無事クリアしたようで何よりだ。
最初の試練とは、普通の命では到底絶えることが出来ない絶望を前にして、それでも生きたいと願えるか。
もちろんこれが最初の試練である以上、第二第三の試練もあるわけだけれど、それらは少し先の事だろう。
だからビジネスのお話をしよう。
良いかい、君にはこれから、その身体で生きてもらう。その身体が死ぬときまでね。
だからと言って君は何かをしなければならないわけじゃあない。
ただ生きればいいのさ。
それが君とこの『ヒトバシラ』の、『シニモドリ』というビジネスだ。
今度こそ、その人生をたのしんでおいで。