28 - 期待と試験と試練のこと
「倉庫行ってきます。坊主もついてこい」
「わかりました」
店員さんの案内で、僕は奥へと通される。
倉庫。
とは言ってたけど、実際に連れて行かれたのは二階の部屋だった。
符丁だったらしい。
「このメモの正体、何か解ってるかい、坊主」
「推薦状の類かなって、思ってましたけど」
「その通り。盗賊ギルドに加入する可能性がある奴を見つけた構成員が、その目で『使えそう』と判断した時に渡す決まりになっている」
なるほど。あの着物屋さんの店主、フォーレンさんは盗賊ギルドの構成員だったと言う事か。
「で、その時、推薦する理由を書くんだが……ここには『詳しくは本人に聞け』としか書かれていないんだ。お前さん、なんで盗賊ギルドに入ろうとした?」
「僕は……」
嘘をついても仕方が無いけど、魔物と一緒に暮らしていたというのはやはり言えない。
ので、そのあたりは誤魔化しつつ、大体の事を説明する。
ヘナの村の生まれである事。
ヘナの村が滅びたのをつい最近知った事。
僕には身寄りが無いと言う事。
そして生きるために仕事を探している事。
「なるほど。ヘナの村ねえ……確かにあそこは去年散々だったからな。食い扶持減らしで見捨てられたか」
「はい。……結果的には、僕だけ生き残ってしまいましたが」
「皮肉なもんだな」
店員さんは大きく首を振る。
「まあ、いいだろう。簡単な試験は受けてもらうが、お前のような男の子供は大歓迎というのが実情だ。よほど駄目でない限り、加入は許可されると思う」
「ありがとうございます」
「但し、試験を受ける前に確認をさせてくれ。一つ目、盗賊ギルドに加入した時点で、基本的にギルドの命令は絶対だ。冒険者ギルドでは『依頼を受ける』が、盗賊ギルドに置いては『命令が下る』。この違いは解るな?」
「はい」
まあ、想定内。
「二つ目、盗賊ギルドの活動は、一般論で言うところの『犯罪』すれすれの事が多いし、そもそも『犯罪』である事も多い。命令中のことであればギルドとして減刑は要請するが、完全な無罪にはならない。わかったか?」
「つまりバレなようにやれ、ですよね?」
「そう言う事だな」
これもまあ、解っている。
「三つ目、盗賊ギルドにおいて、その地位は実績によって決定される。そこに年齢や性別は関与しない。実績とは任務の達成だとか、そういうのだな」
「年齢や性別が関与しないというのは、つまり僕みたいな子供がお偉いさん、と言う事もあり得るって事ですか?」
「流石にお前ほどの年齢では滅多にないな。けど、十六歳とか十七歳とか、そのあたりで幹部というのは結構いるぞ」
なるほど。
「ちなみに俺も幹部。というか、この盗賊ギルド支部のマスターだな」
そして店員さんがまさかの頭だった。
え、じゃあ下のあの偉そうな人は何だったんだろう。
「……下の酒場で偉そうにしてた人は何だったんですか?」
「あれはただの雇われ店長だよ。酒場の店主。ギルドマスターは俺だ。良いカムフラージュだろ?」
確かにそうだ。
「確認はこんなもんだな。質問はあるか?」
「ギルドに所属している事を明かす事は禁止とか、そう言う事はありますか?」
「ある。代わりに別の生活は用意するよ、ギルドがな。もちろん、そこで稼いだ分は自分で持っておいていい」
ふむ。
「ちなみにお前が合格した場合、一週間くらいは訓練だ。盗賊ギルドのメンバーとしての心構えだとか、最低限の技術だとか、そういうのをそこで叩きこむ。だから規則もそこで覚えてもらう事になるだろう」
「なるほど。それが終わった後、特定の技能を改めて訓練することはできるんですか?」
「可能だ。鍵開けとか戦闘だとか、それなりに需要のあるやつは一年中どっかしらで訓練できるぞ」
他に聞く事……は、なさそうかな。
「わかりました」
「うん。じゃあ質問も終わったみたいだし、簡単な試験と適性検査を受けてもらうぞ」
さて、何をさせられるのだろうか。
「この部屋の中に、穴のあいた星模様のコインが一枚隠されている。それを見つけ出して俺に見せてくれ。それが試験だ」
「制限時間は?」
「無し。お前がどの程度探索能力を持っているのか、それを調べるためのもんだからな。俺はここにいる」
なるほど。
「運が良くて技量もある奴なら三分くらい。どちらかだけなら十分くらい。どっちもなくても一時間ありゃなんとかなるさ」
「方法は何でもいいんですか?」
「ああ」
僕は改めて部屋を見渡す。
置かれている家具は棚、机、椅子、そしてベッドの四つだけ。
棚には引き出しが三つあって、机の上には袋が置かれている。ベッドには布団が普通にセットされている、そのくらいか。
与えられた直接的なヒントは少ないけど、間接的、暗示的なヒントは多い。
「探し始めていいですか?」
「ああ」
僕は少し考える。僕ならどこに隠すだろうか。
ベッドの布団の下、椅子の裏、机の隅、引き出しの二重底……。
制限時間は無し。
「ギルドマスターさん」
「うん。ああ、俺の役職はギルマスと呼んでくれ。名前じゃないけど、ギルドマスターだと長いだろ」
「わかりました。じゃあギルマスさん。触りますけど、良いですよね?」
「触る?」
首を傾げるギルマスさん。とりあえず駄目とは言われなかったので、僕はギルマスさんのわき腹から脇に掛けてをぺたぺたと触る。
あ、硬いのみっけ。シャツの内側にポケットが隠してあるのかな。僕はギルマスさんがきていた上着の中に手を入れると、内ポケットを発見。そこからそれを取り出した。
それは金色をした、穴のあいた星模様のコインだった。
「見つけましたよ?」
で、渡す。
「……えっと」
ギルマスさんは困ったような表情になる。
「この部屋に隠した……って、俺、言わなかったっけ?」
「確かに言われましたけど、ギルマスさんがこの部屋にいる以上、この部屋で見つけたことに違いはありません」
僕が笑顔で答えると、ギルマスさんは更に困ったような表情で言った。
「もっとこう、棚とか、布団とか、それっぽいところ探そうとする前から、なんで俺の身体検査が最初なんだ」
「この部屋には鍵がかかりそうなものが棚の引き出しくらいしかなかったんです。だから鍵開けの技能が不要なところに隠してあるんだろうと思いました。それ以外の部分、注意力を試されてるんだと。実際、棚のどこかとか、布団のどこかかなあと思ったんですけど、そうなるとこう考えますよね。『僕ならどこに隠すだろうか』。で、ここで貰ったヒントを確認します。僕は制限時間を聞きましたが、ギルマスさんは無しと答えた上で、『運が良くて技量もある奴なら三分くらい、どちらかだけなら十分くらい、どっちもなくても一時間』と言いました」
うん、とギルマスさんが頷いたのを見て、僕は続ける。
「その全ての要件を満たす状況を考えてみます。運と技量があれば三分で見つけることができるのに、どっちもなくても一時間で見つけることができてしまう。となると、さっき僕が言った、『注意力が試されている』という思考が少しズレている事が解ります。注意力も試されている、それ以上に忍耐力を試している。そんな感じだと踏みました」
「忍耐力……」
「一時間も集中し続ける事は至難ですから」
いや、殆ど不可能かもしれない。
「そうなると、この試験の本来の姿が見えてきます。受験者の忍耐力と集中力がどの程度続くのか。受験者がどこから調べる性格で、どのように調べるのか。この試験はそれを調べるためのものなんです。さて、ここでもう一度考えましょうか。それを調べる前提ならば、『僕ならどこに隠すだろうか』。そして僕ならば、隠しません。受験者がどこから調べる性格かを把握して、どのように調べるかを観察した後、忍耐力や集中力の底が見えた頃に、適当な場所に仕込んで発見させます。制限時間が無いのに、ギルマスさんがずっとここにいて観察しているというのは、むしろ後付けの理由で、適当なタイミングで仕込みをするためになんじゃないか。僕はそう思ったんです。ならば、開始直後で動いていない状態ならば、ギルマスさんが持っていて道理です。そうきめつけてかかって、ギルマスさんを身体検査したら、実際に見つかった。それが今の流れです」
ぱちぱちぱちぱち、と拍手をして、ギルマスさんは一つ息をつくと、お手上げのポーズを取った。
「御名答。全く持ってその通り、この部屋は何処を探しても、俺が仕込むまではコインは何処にも無いんだよ。……『試験を仕掛けた側の思考から探すタイプ』ねえ、俺がギルマスになってからそんな解法を示したのはお前以外にも何人かはいたが、最初っから身体検査をしたのはさすがにお前が初めてだな」
よかった、これほど自信満々に説明しておいて大間違いだったら大恥だった。
「ふむ、流石に想定外すぎて困るな。一応俺からコインが見つからなかった時はどう動いてたか知りたいんだが」
「見つからなかった時は、部屋を壊してもいいかどうかを最初に確認すると思います」
「壊す?」
「はい。で、駄目なら最初はベッドですね」
「……理由は?」
「一番神経を使いますから。探した後、元に戻さないといけませんし。これが答えです。どうでしょうか?」
あくまでも笑顔で僕は答える。
ギルマスさんは、愉快そうに笑い、僕にコインを渡してくる。
「いいだろう、恐らくお前はこの十年で一番素質があるよ。合格だ。その穴のあいたコインは盗賊ギルドのメンバーの証だ、無くすなよ」
ああ、これがギルド員の証なのか。僕は納得して頷きかけて、疑問を投げかける。
「えっと、適性検査の前に貰っちゃっていいんですか?」
「ああ。適性検査でどうしようもなく駄目なら返してもらうが、まあこっちの検査は何度でもチャレンジできるからな。リトライする気があるなら、その間は仮メンバーとして下の店を手伝ってもらうさ」
なるほど。
その気になればすぐにこなせる適性検査……ってことか。
「で、その適性検査は何をすればいいんですか?」
「ああ。ものすごく簡単だが、ものすごく難しい事をお前にはやってもらう」
…………?
「このギルドの建物には地下があって、その地下には檻があるんだよ。ギルドについて嗅ぎ回って、知ってはならないことを知ってしまった犬をそこに閉じ込めている」
その監視……じゃあ、ないだろう。
この言い方。
そしてチャレンジが何度もできて、リトライという単語。
犬というのはあくまで表現。人の事だろう。
「方法は問わん。道具が必要ならば道具はこちらで用意しよう。適性検査の内容は解ったな。檻の中にいる誰でも良いから、一人を殺せ」
それができたら一人前だ。
ギルマスはそう言って、僕に鍵を投げ渡す。
「ああ。死体はその場に置いておけよ。どうやって殺したのか、後で確認しなきゃいけないから」
「そうですか。わかりました」
つまり死んでなかったらやりなおし、と。
チャレンジが何度もできる。
リトライする気があるならば。
つまりそれは、他人を殺す事に対する覚悟の証明か。
確かにものすごく簡単で、ものすごく難しい。
僕は。
「ならば、ナイフを貸してください」
「ナイフで良いのか?」
「剣なんて持った事は数えたほどしかないんで、ちょっと。それならナイフの方がまだマシです」
「ふうん。毒とかはどうする、塗っておくか?」
「いえ、必要は無いです。相手が檻の中なら、逃げられる心配もありませんし」
僕は……シーグだった頃、人を殺した事がある。
その行為自体に罪悪感はあるけど、必要であるならばやむを得ない。
それによって、僕が生られるのであれば。
――僕が殺したのは、盗賊ギルドのメンバーを六人殺した騎士だった。
騎士さんには騎士さんなりの言い分があるのだろう。盗賊ギルドを許せない、そう思う人なのだろう。
だからこそ、僕はその人を選んだ。その人が外に出て来た時、次に殺されるのは僕かもしれないのだから。
「お見事」
ギルマスさんは、適性検査を終えた僕に言う。
「改めて自己紹介をしよう。この街の盗賊ギルドの頭役、イソドだ」
「ノアです。ノア・ロンド。これからよろしくお願いします、マスター」




