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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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27 - 送る新たな生活のこと

 僕のような身寄りのない子供を雇ってくれるような場所があるかどうか。

 解ってはいたけど、現実はかなり厳しかった。

「雇ってくれと言われても、お前みたいなよそ者のガキに店の手伝いができるとは思えないし、できたとしても持ち逃げされるのが落ちだろう」

「雇う……? 悪い事は言わないから、早くおうちに帰りなさい。え、おうちが無い? それこそ雇えないよ、安心できない」

 といった具合だ。ちなみに前者は道具屋さん、後者は武器屋さん。

 とはいえ、僕がそういったお願いをすること六件目の着物屋さん。

「お前さんの話は聞いてるよ。さっき武器屋に寄っただろう?」

 駄目もとで入った僕に、店主さんはそんな事を言った。

「よそ者で身寄りが無い子供が仕事を探していると。残念だけど、この店でも君を雇う事はできない。というか、この街は比較的治安がしっかりしているからね……、子供が働くような場所はそうそうないんだよ」

 そうそうない。

 それは言い換えれば、一応あると言う事だ。

「教えてくれますか、その『そうそうない』場所を」

「お勧めはしない。けど、二つある。どっちを選んでも辛いし、きっと苦しい。それでも生きるためならば何でもする、そういう考えがあるならば……君には道が二つある」

 そして店主さんは僕にその選択肢を突きつける。

「君は男の子だけど、見てくれは良いしね。身体を売るという選択肢……。治安が良いからこそ、人口も多いし、男娼にだって需要はある。もし君が本当に望むなら、そういうお店の主人を紹介して上げよう。たぶん君ならば、すぐに働けるだろうさ。このお仕事は、お仕事の範疇で様々な事はされるだろうけど、しなければならないだろうけど、命の危険は大分小さい。けど、あまり長続きしないんだ。大概……一年もしないで心に限界が来る。見ている方がつらいほどにね。それでも、仕事の間はそんな事が無いあたり、プロ根性なんだろうけども」

 やたらと店主さんは詳しかった。

「……もしかして」

「……まあ、お世話になってるよ。いや、自分は流石に、君ほどの年頃の子は買った事が無いけどね?」

 やっぱり顧客側だった。

 嫌な情報だ。

 とはいえ、決して珍しい話ではんない。それなりに大きな街ならば大概、そういう場所は、双方に需要がある。

 買う側は一夜の相手として。

 売る側は生きる術として。

 そして確かに長くは持たないとはいえ、何もできないような子供でも、とりあえず死を遠ざける事はできる。

 買う側にはそれなりに良い立場の人間が来る事が多い。そういった人間の目に留まれば使用人などになれることもあるし、一発逆転の可能性もある。

 その可能性を物にするのが先か、心が壊れるのが先か、そういう賭けではあるけれど、直接的な命の危険が無いと言うのは需要があるわけだ。

 希に心が壊れるどころか稼ぎまくって、それを元手に商人として独立する子供も結構いたりするのだから、この世というのは奇妙だよね。

「もう一つは?」

「うん。ギルドだ」

 やっぱりか。

 命の危険が無いけどお勧めしない、それが身体を売るという仕事であるならば、命の危険はあるけど比較的お勧めできる、それがギルドと言う事になるのだろう。

 ある程度の力は必要だし、耐え忍ぶことが必要なのも変わらない。なにもできない子供では、死を遠ざけることはできないどころかむしろ死に飛び込むようなものだ。

 けれどこちらは、それでも生きると言う実感を持てる。生き延びれば達成感だって得られるだろう。

 …………。

 いや、前者の仕事でも、結構そういった達成感を持つ人は多いらしいけど。

「やっぱり、冒険者ですか……」

「この街にはギルドが二つあるよ。冒険者のギルドと盗賊のギルド。まあ、盗賊のギルドは一般的には知られてないんだけど、店主とかをやっていると耳に入ってね」

 盗賊のギルド。

 冒険者ギルドとよく似た、けれど大分違った組織。

 盗賊という字面はお世辞にもよくないのだけど、情報収集や情報操作、暗殺や闇討ち、鍵開けや潜入などの専門家集団と言ったほうが良い。

 一応、冒険者ギルドの殆どはこの盗賊ギルドと何らかの契約を結んでいて、冒険者は盗賊ギルドの力を借りることがある。

 逆に盗賊も冒険者ギルドの力を借りることがあるし、お互いにその立場は認めているし、お互いにお互いを重要なパートナーとして考えている節もある。

 ただ、冒険者ギルドとは大きく違う点がある。それこそが、一般人からの印象だ。

 冒険者は一般人に歓迎される存在だとすると、盗賊は一般人に忌避される存在なのだ。

 これは同情を誘うようなものではない。

 なぜなら盗賊ギルドがそうなるように望んで情報を操作した結果なのだから。

「君くらいの年頃ならば、まあ、どっちを選ぶのもありだろうね。冒険者ギルドを選ぶとき、君はそのギルドに入るために結構な苦労をするだろう。入った後も苦労の連続だけど、それなりに充実した生活を送れるはずだ。盗賊ギルドを選ぶならば、君くらいの年頃で君のその見た目ならば、簡単な適性検査はあると思うけど、そこでよっぽど駄目でない限り、まあ、入れるだろう。その後は、君次第だけどね」

 確かにそうだ。

 今の僕ならば、多分盗賊ギルドは二つ返事で入会を許すだろう。

 盗賊ギルドにとってもっとも欲しい人材は、『子供、できれば男』なのだから。

「どうやら心はきまったようだね。君を雇う事はできないけれど、何か一着分くらい、好きな服をタダであげるよ。そのローブ姿も悪くは無いけど、動きにくいだろう?」

「……良いんですか?」

「ああ。それは君の為だし、そして自分の為でもある。ほら、この後暫くして何かあった時、自分があの時雇っていれば、そうでなくても何かの施しをしていれば、なんて思わないで済むだろう?」

 なるほど、そういう割り切りか。

 もっとも、その割り切りはきっと名目上で、元々優しい人なのだろう。

 僕は深くお辞儀をする。

「ならば、遠慮なく。半ズボンとシャツをお願いします。色とか柄は何でもいいです」

「ふむ。ならば……このあたりかな?」

 そう言って、店主さんは鶯色のズボンと、淡いクリーム色のシャツを取り出してくる。

 どちらも丈夫そうな生地だった。たぶん店主さんは僕が冒険者ギルドに行くと踏んだのだろう。

「着替えるなら、そこの試着部屋を使っていいよ。どうか君の人生が、長く続きますように。自分は心の底から思ってるからね」

 いつか、この恩は返そう。

 僕はそう決意しながら、試着部屋で貰った服に着替えを終えると、店主さんが「忘れてた」と何かを僕に渡してくれた。

 何か。それは鞄だ。

「どうやら持っていないようだったからね。これはお古で、ちょっと悪いんけど……まあ、よければ使ってくれ。そのローブをしまう物も必要だろう?」

「ありがとう!」

 遠慮なく、もらった鞄に先程まで着ていたローブを入れながら、ギルドの場所を教えてもらう。

「どっちのギルドだい?」

「両方教えてください。どっちも多分、一度は行くので」

「へえ。なるほど。君は……長生きできるかもね」

 店主さんは場所を記したメモを二枚渡してくれた。

 それはこの店を基準にした簡単な地図になっていて、解りやすい。

「色々、ありがとうございます。えっと……」

「フォーレンだ。今さらだけどね」

「あはは。ありがとうございます、フォーレンさん」

「君は、名乗らないのかい?」

「そうですね……」

 僕は少しだけ考える。

「一週間後まで、生き残ってたら、その時は改めて挨拶しにきます。それでいいですか?」

「うん。満点だ」

 フォーレンさんはそういって、僕にもう一枚、メモをくれる。

 もしかしたら必要になる事もあるかもしれない、ただそうとだけ言って。


 僕が向かった先は、当然、盗賊ギルドのほうだった。

 当然。

 まあ、理由は沢山あるけど、単純にそちらに興味があったから、とりあえずはそう言う事にしておく。

 メモに書かれた場所は、大通りから一本だけ反れた場所の、それなりに大きな酒場だった。

 僕は意を決して酒場の扉を開ける。そこは冒険者ギルドの一階とかにあるような、情報交換としてのお店ではなく、普通に営業しているお店に見える。

 当然、お酒を出す店なのだ。僕のような子供が出入りすることは少ないのだろう。

「おい坊主。入る店間違えてるぜ」

 だから、店員さんからそんな言葉がかけられるのも当然だ。

 僕はちらりと店内を見る。客は八人、店員は二人、カウンターの奥には店主だろうか、偉そうな人が一人。

 客八人のうち、武装しているのは二人……完全武装なので冒険者かな?

 残りの六人は少なくとも外見上、戦闘用の装備をしているようには見えない。

 一般客かもしれないし、偽装かもしれない。

「すみません。お使いに来たんです」

「お使い?」

 店員さんに僕は笑みを浮かべて言えば、店員さんは困ったように首を傾げた。

 だからこそ、ここが使い道か。

 僕は、フォーレンさんが最後にくれた一枚のメモを手渡した。

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