26 - 二人で探すもののこと
街の灯りが見えたので、僕はカミンにお願いして少し街道から離れた森の中に降ろしてもらった。
ここならば、とりあえず街に魔法使いが居たとしても『魔探』の範囲には入らないだろうし、幸いまだ夜明けの始まった頃、この時間ならば目撃者も居ないだろうけど、念を入れての隠蔽工作だ。
そして別れのあいさつの前に、僕は気になっていた事を聞く。
「カミンはこの後、どうするつもり?」
「難しい質問だね。同胞はいなくなってしまったし、暫くははぐれ者として適当に過ごすかね」
同胞は居なくなってしまった。
それは、僕のせいで。
「ああ。勘違いは良くないね。同胞が居なくなったのはノアのせいじゃないね。それを選んだ王であり……王を選んだ私たちなのだからね」
慰めるようにカミンは言う。
「ノアはあの街にいくね?」
「うん。まあ、この後どうするかは別問題として……とりあえず、街で情報を集めようと思って」
「情報集めね。その後はどうするね?」
「そうだなあ……。情報次第だけど、冒険者ギルドかな。今は力をつけなきゃいけない。歴史に名前を残すためにも」
「そうかね。クレイヤーのこと、あまり悪く伝えないでおくれね」
「あはは、当然だよ。恩人として歴史には刻むさ。君の名前も、ね」
「照れるね」
そして話題が途切れて。
カミンは、じゃあ、と地面を蹴って、宙に浮かぶ。
途方も無くシュールな絵面。でも今は、そんな事も関係ないか。
「ノアのこれからに幸が見つかる事を願っているね」
「カミンも、これから沢山、幸が見つかる事を願ってるよ」
僕は手を差し出す。
カミンも手を差し出した。
これで、お別れ。
いろんな言葉が浮かんでは消える。
「ありがとう」
「ああ。じゃあね」
カミンは曙の空に溶け込むように消えて行く。
僕はそれをずっと眺めていたかったのに、すぐに姿が見えなくなって。
ああ。
もう、会えないんだろうなあと、どこかで思った。
手に残った握手の感触。
それはきっと、僕がシニモドリじゃなくたって、忘れないだろう。
絶対に。
日が昇り始めた後、僕は森から街道に、そして街の灯りがあったほうへと歩みを進める。
数分もあるかないうちに、後ろから馬車が後ろから。
馬車の御者さんは僕に気付いてか、声を掛けてくる。
「おい、そこの子供。何でこんな時間に、こんな場所に居るんだ」
僕は街道の隅を歩いていたので邪魔では無かったと思うけど、どうやら心配してくれたようだった。
あるいは何かの事件を疑ったのか。僕の今の服装はローブだから、それも大いにあるかもしれない。
「行く当てが無いんですよ、僕。だからとりあえず、近くの街を目指してるんです」
「ふうん……? お前さん、出身は?」
「ヘナの村です。ご存知ですか?」
「ヘナ?」
一応、ノアが産まれた村にはそんな名前が付いている。
特産品も無ければ特にこれといって行商も来ない。
それこそ他から来るのは税収のための騎士くらいなので、知らないかもなあと思って聞いてみてのだけど、
「知ってるには知ってるが、え? お前さん、まさかヘナからここまで来たのか?」
「はい」
「どれほどの距離があると思ってるんだ……。あの僻地から何とか街道に出て、そこを歩くにしても、大人だって軽く三か月は掛かるぞ」
「でしょうね」
どこか他人事のように答える。
僕の家族は元気にしているだろうか。
「僕はあの村を、前の冬に出たんですよ」
「…………。そういえば、ヘナは不作だったか……」
概ねの事情が察して貰えたようだけど……?
あれ?
何でこの人、ヘナの事知ってるんだろう。
「ならばお前さんは運が良いんだか、悪いんだか。微妙なところだな」
「…………? どういうことですか?」
「なんだ、お前さん、知らないのかい? ヘナの村は一ヵ月前かな、戦争に巻き込まれて消滅したんだよ。生存者は……」
消滅……。
僕は、笑う。
笑うしかない。
「そうですか……、皆、死んじゃったんですね。あの村には、まだ僕の家族が居たんです。家族の為になるならば、僕は飢えて死んでもいいやって。そう考えて村を出たんですけど……そうですか」
僕が生きているのも。
ノアが生きているのも、シニモドリの僕が入ったからにすぎないのだ。
ノア・ロンドを知る人間は、もはや誰も居ない。
魔物だって、カミンしか居ない。
いつものことだ。
いつものこただけど、なんだろう。
涙が、こらえきれなくて。
「僕はただ、皆に生きていてほしかったのに」
だからノアは村を出た。
魔物に誘われ、魔物と共に暮らした。
魔物に守られ、魔物を犠牲に助かった。
そして村はせめて無事だと思っていて。
そこは既に消滅していると知った。
僕はしゃがみ込んで、久しぶりに泣く。
外面も気にできずに、ただ、泣く。
情けない。
情けない。
僕は情けない。
僕には情けがない。
だって、
僕は、
そんな話を聞いたのに、
それでも僕は生きたいと願い続けているのだから。
色々なものを犠牲にした。
無意識のうちに犠牲にしたものもある。
それと知って犠牲にしたものもある。
僕は他人を犠牲にしてでも、それでも生きたいと思っている。
そんな僕はきっとおかしいのだ。
そしてそれを改めて思っても、全く気持ちが揺らがない。
「…………。坊主、だよな。そこの街まで乗って行くか?」
御者さんは優しく言ってくれる。
僕は、涙をぬぐって答えた。
「……はい。おねがいします」
「おう、乗り込んじまいな」
御者さんが指差したほうに、僕は乗り込むと、改めて馬車が歩みを始める。
一分ほどしてからだろうか。
御者さんは僕に言葉を向ける。
「お前さんは、街についてからどうするつもりだ」
「そうですね。宿を取るお金はないので、まずは職を探す感じになると思います」
「難しいだろうな」
首を横に振って彼は言った。
「お前はまだ子供だ。子供を積極的に雇うやつはそういない」
「かもしれませんね。でも、探さなければわからないですし……いざとなればギルドでも探してみますよ」
「そうかい。まあ悪いが、俺にできるのはお前を街に連れて行くところまでだ。済まないな」
「いえ。十分助かります」
その後も僕は御者さんといくつかのお話をした。
ここ最近で起きた事。御者さんが回っている街の話。そして、冒険者たちの実情。
冒険者の実情は、シーグが記憶していたものと比べて多少変わっている。もしかしたらとは思っていたけど、どうにもシーグが生きていたあの国ではないようだ、ここ。
「ん……」
と、御者さんが訝しげな声を出して馬車を止めた。
前には似たような状況なのか、馬車が数台止まっている。
「臨検か。面倒な」
「臨検……」
おかしいな。
確かにこの街は夜でも灯りがともるような街だ、それなりに大きいとは思うけど……だからって、臨検?
「戦争があったからな……その煽りだろう。どうする、この馬車に乗ってると少し時間掛かっちまうが、いいか?」
「ええ。お気づかいありがとうございます」
僕はそう答えて、御者さんのお手伝いをすることに。
できる事は少ないので、この場合、お手伝いとは邪魔をしないと言う事だ。
少し待ち、僕たちが街の入り口の境界に達すると、騎士が数名、馬車を取り囲んだ。
積み荷の確認。どの街から来たのかの確認。滞在期間の確認。
それはほとんど事務的なチェックで、特にこれといった問題も無く、臨検は無事に通過する。
だから騎士たちの耳では聞こえないであろう程度に距離が出来た後、僕は聞いた。
「……僕が言うのもなんですけど。あの臨検、意味、あるんですかね?」
「実際に摘発するって意味じゃ落第点だ。けど、今はあれで良いんだよ。『実施した』って実績が残る」
「ふうん……」
大人の事情はよくわからないなあ……。
「さて、坊主。この街の商業区画に俺はこのまま行くが、どうする?」
「一緒に載せて行ってもらっても良いですか?」
「おう」
御者さんには今回甘えて、そのままこの街の商業区画へ。
十分ほどはかかったけど、無事に僕たちはそこにつく。
御者さんは商業区画でもそれなりに大きなの店の前に馬車を止めた。
「よし、俺が運べるのはここまでだ。坊主、ノアだったか。大変だとは思うが、頑張れよ」
「はい。ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
僕は御者さんと握手してから馬車を降りる。
調べたいことはたくさんある。
けど、その前にまずは職を探さなければ。




