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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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25 - 急な別れと約束のこと

 『域』の魔法についての検証をクリアに手伝ってもらいつつ三日ほど行い、僕は概ねこの魔法についての把握を終えていた。

 やはりこれ、人間がいうところの『力場結界』と同じような気がする。

 それを魔法に再現したものが『域』なのか、それとも『域』を特技に昇華したものが『力場結界』なのか、あるいは大元の何かがあって、それが『域』と『力場結界』になったのかまでは断定しかねるけど、まず確実に何かしらのかかわりはある。

 で……今の僕、ノアが『域』を使う場合、その範囲の最大値はおよそ、半径十キロ。もうちょっと使いこめば伸びそうだけど、まあ、このあたりが限度だ。で、この範囲を取る場合、僕の力はたぶん、ケビンを余裕で張り倒せると思うくらいにはなる。

 その一方で反動も大きくて、六時間はまともに動けず、その後もほぼ一日くらいは疲労が続くので、実用性はものすごく微妙だ。この範囲で展開したならば、範囲内に居る敵を完全に殲滅した後、六時間は敵の増援から隠れられる状況を作らなければならないわけだし、その六時間を乗り越えても一日は全体的に性能が落ちてしまう。

 逆に、今の僕、ノアがそういった反動を受けない最大限の範囲は、半径六十メートルほどだった。結構狭いのだけど、これはこれで使いようがある。なにより、この六十メートルの範囲でもシーグより少し上程度の戦闘能力になっている。レベルカードがあったらそのあたりはもうちょっと精密に解ったかもしれないけど、無い物ねだりをしても仕方が無い。

 で、この半径六十メートルの内部においてそれほどまでに戦えるようになる上で、その範囲に結界を敷いているわけだ。この結界の強度は、どうやら範囲の広さに関わらず同一らしい。ただ、行使した存在の才能なんだか魔力なんだかに依存しているっぽいので、今の僕の結界はさほど強くは無い。それでもクリアが全力を出さなければ突破できない程度にはあるので十分だろう。

 多少の反動を覚悟の上でさらに戦闘を強くするならば、目安は半径百五十メートルくらいだろうか。この距離だとシーグと一緒に旅を始めたケビンくらいの戦闘能力になって、反動は三時間ほどの疲労で済む。このあたりは感覚で掴んで行った方が良いだろう、それが僕とクリアの話し合いによる結論だった。

 最後に。

 これはクリアに言っていないのだけど、この結界の強度を利用して、防御障壁として使う事も可能だと思う。自分のすぐ周りを覆う形で結界を張れば全方位にかなり高い防御力の空間を持てるからだ。但し、咄嗟に使う事は難しいだろう。この魔法の発動には五秒から十秒ほどの時間がどうしてもかかる。発動させるために必要な魔力の形成が難しいのだ。

 もちろん、十秒ほどの猶予があるならば、恐らく殆どの防御系魔法を上回る効果を持つわけで、切り札としての運用をするならば、攻撃ではなく防御に使うべきだと思う。

 それならばリスクは殆ど無いし、魔力の消費はあるけど、それ相応の結果を返してくれるからだ。

 思いがけない魔法を手に入れ、僕は少し浮かれていた。

 なんだかんだでこの砦で暮らし始めてからそろそろ一週間。

 わかっているのだ。この状況がどれほど危険な事なのかは。

 魔物であるクリアやヴァイセと語らい、魔物が用意してくれた食事を取り、魔物が用意してくれた場所で眠る。

 衣食住のすべてを魔物にゆだねている僕は、人間としてはかなり危険な位置にいる。クリアやヴァイセの機嫌を損ねて殺されるだとか、そういう危険性は言うまでも無いけど、僕が危険視しているのはむしろ人間の方だ。

 もしここが人間に知られて、そこで魔物とともに暮らす人間な子供がいると知られたら?

 その時外の人間はどう考えるだろうか、魔物に捕えられた可哀そうな子供とでも思うかもしれない。

 けれどその生活が思いのほか充実していると、僕がむしろ楽しんでここで暮らしていると知ったら?

 恐らく僕は、人間によって殺される。それも一気には殺してくれないだろう、かなり弄んだ上で殺される。正直その手の事は『経験済み』だから、我慢できないわけじゃないとは思うけど……、まあ、望んでそういう事態になりたいとも思えない。

 それに僕の素性が知られれば、恐らく危害は村の家族にも向かうだろう。下手をすれば村ごと迫害されるかもしれない。それはもちろん受け容れがたい。

 僕はそれを知っている。

 僕はそれを考えている。

 僕はそれを危惧してる。

 それでも僕は、自分からここを出ようと思えないのだ。

 危険な状況だとは理解している。

 けれど同時に、ものすごく恵まれた状況でもある。

 確かに周りにいるのは魔物だ。けれど、話はできる。だから寂しくは無い。

 確かに周りにいるのは魔物だ。けれどおいしいご飯も作ってくれる。何に文句があるというのだ。

 何事も起きないでほしい。

 僕はそう思う。

 心の底から、本当に。


 季節は冬から春になっていた。

 目を覚ますと、雨。

 窓から見える外はまだ暗く、それでも僕は、何かの魔法の対象にされた事に気付いて、目を覚ました。

 いや、対象にされたのは僕じゃなくて、僕が居る場所を含む空間だろうか?

 だとしたら砦全体を覆うように。そんな感じか。

 僕はベッドから降りて姿見で、多少寝癖がついているだけで問題は無しと判断、そのままクリアが居る筈の場所へと向かう。

 そこにはクリアとヴァイセ以外にもう一人、赤い身体の羊が居た。

 その羊は以前話をしてもらったカミンという魔物、クレイヤーである。

「おはようにしては早すぎるね。ノアも気付いたんだね」

 と、僕に話しかけてきたのがカミンだ。

 人間の言葉を話す事ができる、羊の形をした、水を魚のように泳ぎ、空を鳥のように飛ぶ理不尽なまでに不思議な魔物だ。

 偉くシュールだけど気さくな人……もとい気さくな魔物で、憎めない。

「うん。でもまあ、おはよう、皆」

 当然のように僕は末席に座る。

 もはや魔物陣営の一人だなあとか思いながら。

 正直どうかと思わないこともないのだけど、これも一つの人生だろう。

「何があったの、クリア」

「今、詳細を確認している最中だ。少し待ち給え」

「ノアは同族じゃないからね。感覚の共有が出来ないのは残念だね」

 それは確かに。

 とはいえ僕は大人しく待つことにする。

 変に何かをしても始まらない。

「まずいな」

 と、呟いたのはヴァイセだ。

「東側に配置している同胞が続々やられている」

「言葉を飾っても仕方ないよね。このままだと東は全滅だね」

 苦々しく二人はいう。

 そしてクリアも頷いた。状況は悪いようだ。

「距離は?」

「三キロほどは離れている。東側に人間の一団、確認されているのは五人だが、もっと多いかもしれん」

 宙を眺めながらヴァイセが教えてくれた。

 五人か。

 冬を一緒に越しただけとはいえ、僕も流石にクレイヤーという種族の魔物がどの程度の強さなのかを理解している。

 決して弱い種族では無い。だが、決して強い種族でもない。

 興味のあるものの真似できるというその力は確かに便利なのだけど……。

 それでも、ある程度の力を持った人間が数で押してきたら、こちらは数が少なすぎる。対処しなければじり貧だ。

「何で今になって……?」

「解らないね。でも、相手は皆同じような装備をしているね」

 同じような装備……冒険者ではない?

 だとしたら、国の軍隊?

 そうだとしてもなんでこんな時期に……、こんな場所に。

 ここは確かに人間の国家からすれば辺境だけど、国境付近と言うわけでもない、はずだ。

 けど、戦争の移動中にこの砦を見つけた……以外に思いつかない。

 そしてこの砦が国の管轄外にあること、周囲に魔物が多い事、そしてこの砦に魔物の反応があることを、軍隊の魔法使いが察知して報告、軍として魔物を討伐し、この砦を接収する、とか?

 筋書きは何となくできるけど、やっぱり違和感が先に来るな。

「クレイヤーが何かしたって話は聞かないけど、最近魔物の何かが人間と大規模な戦闘をしたとか、そういうのはある?」

「あるにはあるが、随分遠い場所だ。ここに影響するとは思えない」

 ヴァイセが答えてくれる。なるほど、ここには影響なし……。

 例えば……魔物の何らかの集団が国の軍隊と正面衝突、双方ともに被害を出したとして、国はどう動くかな。

 魔物が数体程度ならば冒険者ギルドに対して依頼を発行、それによって魔物を討伐。これが基本だ。

 逆に魔物が軍勢規模であるならば、国は当然その討伐を行うべく軍を向ける。但しそれが国境沿いとかなら、やっぱり冒険者を使う事も多い……。

 それらの場合、こちらに兵が来る理由は国もしくは軍が魔物の集団に脅威を抱いた時。国とはこの場合、国を治める統治者であったり、実際にその国で暮らす民であったり。

 統治者は今更魔物の集団程度でどうこう思うとは思えない、ならば民衆が脅威を叫んだとか?

 うーん。なんか違うような……。

 その場合でも確かに軍は動くだろうけど、パフォーマンスの意味合いさえ持たせることが出来ればいいのだ、大兵力を動かすようにみせて実際には少数を動かすだけとか、そのくらいが限度だろう。

 軍を動かすにはお金がかかる、だから冒険者を使うのだ。まだそっちのほうがマシだから。

 なのに今回は軍を動かしている、それも恐らくは大規模に。

 それは一体、何のために?

 僕の思考はよそに、クリアは決断を出す。

 それは僕にとって、ある意味もっともつらい決断だった。

「考えていても仕方が無いな。カミン。ノアを連れて退避せよ。そして、ノアが望む場所にノアを送り届けるのだ」

「解ったよ。…………。クリア、ヴァイセ。二人はどうするよ?」

「私はここで結界を張る。数日は持ちこたえてみせるさ。ヴァイセ、済まないが……」

「仰せのままに」

 つまりそれは、僕を逃がすという決断だ。

 彼らはあくまで最初の契約に則って。

 ただ純粋に、僕を護るつもりなのだ。

「ノアよ。長いようで短かったが、私はとても充実していた。おぬしを見ることで、私はより人間を知った。きっと私が次に変われば、より人間に近づけるだろう。だからノアよ。お前に頼みたい事がある。聞いてくれるか?」

 それはせめてもの手向けに。

 僕は頷く。

「我々の名前を、そしてノア、お前の名前を、刻んでほしい。人間の世界に、誰もが解るように。我らは再び生を受け、全てを忘れていようとも……それでも思い出せるように」

 クリアはその透き通った手を僕に差し伸べる。

 僕はその手を取って。

「……うん。難しいけど……でもきっと、やってみせるよ」

「そうか。それはありがたい」

 クリアは笑う。

 ヴァイセも笑う。

 カミンも笑う。

 僕は。

 僕は、

「絶対に、忘れない」

 笑えていたのだろうか。


 カミンの背に乗り二時間ほどの逃亡を続けている時。

 空の上で、カミンが小さくぽつりと漏らした。

「たった今、クレイヤーは一人になったね」

 そっか、と僕は答えた。

 そうだね、とカミンは答えた。

こぼれ話:

>プロットより抜粋

第三章-目的その2

 主人公に使えそうで使えないチート技を持たせる、二つか三つくらい

 但し他のキャラクターが使える可能性がある技であるべき

 何を持たせるのかは後の自分任せた

>ここまで


この段階ではこう考えてたみたいです。

結末までのプロットが書き終わってから読み直すと、ここで『域』を覚えないとだめだなあってなったので、『後の自分任せた』が珍しく有効に作用したみたい。

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