24 - 過ぎた力と対価のこと
二日後、キリトカゲ、もといミストウォーカーとの戦争が終わったと、お昼ごはんを食べ終えた頃にクリアから説明を受けた。
あのアドバイス以降、こちら側に被害らしい被害は無く、殆ど一方的に終わったんだとか。
なんだか余計な口出しをしてしまった感じが半端無い。
「そこでだ。おぬしに何らかの礼をしようと思ってな」
「いやいや。僕は住むところもご飯も衣服でさえももらってるから、十分だよ」
「ふむ。私は個人的にそういった礼をしているのは事実だが、しかしクレイヤーという種族、我が眷族としても礼がしたいのだ。快く受け取ってもらいたい」
変に断って機嫌を損ねるのも嫌だったので、僕はじゃあ、と頷いた。
「我が眷族の中でも、私を除けば二人しか解読できなかったとある本がある。それをおぬしに与えたい」
「…………、いや、そんなハイレベルな本、僕が読めるとは思えなんだけど」
「時間はあるのだろう? 私はお主が死ぬまでここで暮らしても構わんよ。その間に、あるいは何かの紛れで解読できるかもしれない」
随分と気長な事を言ってくれる。
でも、魔物の本か。ちょっと気になるな。
「これを」
そして、クリアが取りだしたのは箱だった。
本じゃ無くて、箱?
と思ったけど、クリアは箱の蓋を開けると、そこには厳重に封がされた魔法書が。
厳重な封というのは、魔力の紐……だろうか? そんな感じのもので、強引にぐるぐると巻かれている点でも異様だった。
それでも表紙のタイトル部分だけは紐も遠慮しているようで、そこには『域』とだけ書かれている。
なんだろう。
「触っても、良い?」
「うむ。だが注意せよ、その本は読み手を『選ぶ』。何か違和感を感じたら、すぐに手放すのだぞ、ノア」
「うん」
僕は少し躊躇したけど、とりあえずそれに触れて見る。
特に違和感は無い。持ち上げて、分厚さを確認……二百ページくらいだろうか?
魔力の紐らしきものを切断……するのはなんだか怖いので、結び目を探す。
無事発見、そこを解いて、表紙をめくった。
そこには、『域』という魔法についてが書かれている……らしい。
ぺらぺらと数枚めくってみる、とりあえず内容は頭に入ってくるし、この感じならば習得は可能だろう。
「うわあ……。人間が使う魔法と基本的なところが結構違う。詠唱はしないんだね」
「…………」
きょとん、とした様子でクリアは僕の顔を見据えた。
なんだろう。
「……まあ、我々の種族もそうだが他の種族にせよ、声を持つ者は少ないからな。人間は言葉に力を込め、魔法を使う術を編み出したにせよ、我々にそれは真似が難しいのだよ」
なるほど。言われてみればその通りか。
詠唱の代わりには契約陣、を使うことが一般的らしい。
契約陣というのは、複雑な陣を描いて、その中で陣に魔力を行きわたらせることで果たされ、成功すればその魔法が発動する、というもの。陣形と言い換えても良いのかな。
失敗しても魔力が無駄になるだけなので、即座に命にリスクが発生する事は無い。
逆に成功しても魔法が発動するだけというのがポイントのようだ。魔力の形を覚えない限り、毎回陣を用意しなければならないと。
いくつか応用できそうだな、と思いながら読み進める。『域』という魔法を作った人、いや、人じゃないのかな? まあ、作ったものがどんなコンセプトでこれを作ったのか。そしてこの魔法によってどんな効果を得られるのか。最初の数十ページはそう言う事が書かれているから、きちんと読むように、みたいな注意書きがされていた。
人間が読むような魔法書も似たような形式だから……人間が魔物の真似をしたのか、魔物が人間の真似をしたのか、あるいはどちらもが何かの真似をしたのか。ま、今は関係ないか。
さらさらと読み進め、僕は何か奇妙な感覚を感じて首を傾げる。それに気付いたらしいクリアが少し心配そうな表情になった。
「ノアよ。無理はするな」
「うん。……なんかこの魔法、知ってるような気がしてね。違和感と言うか、そういう感じがしたんだよ」
「そうか。なら良いが」
コンセプト。場所を限定した力の集約。
得られる効果。魔力の運用補助と身体能力の強化。
つまりこれ、『補助魔法』の一種……なんだと思うけど、ケビンが言っていたような補助魔法とはなんだか路線が異なっている。
まず、効果時間が極めて長い。術者が解除を意識するか、術者が死ぬまで続く。そこに制限時間は無い。
次に、指定できる範囲が広い。指定範囲を広くすればするほど、強化量が増える。逆に狭くすればするほど、強化量は減る。理由は、指定した範囲にある魔力を統合して、それを術者に与えるから。
もちろんここで指定できる広さには制限があって、その制限は術者の魔力に依存する。術者の魔力が大きければ大きいほどより広く設定できるから、術者の魔力が大きければ大きいほど、より大きな強化を得ることができるとも言える。
で……この魔法にはデメリットがある。補助魔法としてはより強烈な、より強大な力を得ることができる、その対価としての使い勝手の悪さ。取り回しが悪い、らしい。具体的には指定した範囲に沿う形で結界が発生してしまうんだとか。もちろん、このデメリットは自分も影響を受けるけど、他人にも影響を及ぼすので、一概に欠点とは言えない。
…………。
これ『力場結界』じゃない?
「ねえ、クリア。ここで魔法使ってみても良い?」
「構わないが……え、もう解読は終わったのか?」
「解読っていうか、普通に読んだだけだよ。だからまだ、ちゃんと使った事は無いし……成功する保証も無いんだけど」
許可は貰ったので、まずは陣形を用意しなければならない。
「『光図』の魔法で陣形を作って、」
陣形の形は覚えたので、変に手書きをするよりかは魔法で描いた方が間違いないだろう。
範囲は大分広めにして、と。
「そこに魔力を流して、」
光で作られた陣形に魔力を流してゆく。すると確かに、魔力が勝手に形を変えていくのが解る。
陣形というか、図形による魔力の操作か。便利だな。でも基礎理論的な本がないと、応用まではできないか。
「発動の意志を示す。えっと、『域』」
すると、流していた魔力がふっと消える。
そして次の瞬間、身体に凄まじい高揚感。
まず、全身がとても軽い。身体的に大きな変化はないようだから、魔法による補助って事なんだろうか。
次に、魔力。自分が持っているはずの魔力の値が飛躍的に増加している。指定した範囲にある魔力を統合して術者に与える……というのは、そのまま足し算というわけじゃあないようだけど、それでも人間離れした魔力と言える。
これが効果の制限時間無しか。
デメリットの結界発生……は、何となくだけど、感覚で解る。結界に何かが触れた時、それに対して情報が頭に浮かぶような仕組みも入っているらしい。ちなみに今、結界に何度か鳥だろうか、小さなものが空中で何度も頭をぶつけているような感じがする。ちょっと可哀そうだ。
「うん。発動できるみたい」
全身の軽さは……、少し考えて、僕は軽めに跳躍する。危うく天井に頭をぶつけるところだった。
ひやひやとしながら、食卓を片手で持ってみる。もちろん普段ならば微動だにしない。両腕で、というか全身で持ち上げようとしても揺らぎすらしない大きな食卓だ。
普通に持ちあがってしまった。スプーンを持つような感覚で。
「…………」
「…………」
僕とクリアがそれを見てかたまる。
とりあえず食卓を戻して、と。
「ねえ、クリア。この魔法、人間が覚えちゃダメな魔法なんじゃないかな?」
「うむ。私も今、そう思った所だ。だが既に覚えてしまったものは仕方が無いしな」
僕は『域』の魔法を解く。ほぼ同時に、全身に途方も無い虚脱感。
ぐらり、と崩れ落ちそうになるのをこらえて、なんとか椅子に座り、食卓に突っ伏す。
「……効果が高いのもあるけど……流石に、反動がすごいね。解除した途端にこれか。クリア達も使うと、こんな感じになるの?」
「いや……、そのような事は無い」
それは魔物と人間の違いか、単純に僕の力が足りないのか。
両方と言う可能性もあるけど……。
「大丈夫か、ノアよ。随分とつらそうだが……」
「うん……、ちょっと、ね」
なんだかものすごい長距離を全力疾走したかのような、そんな感じだろうか?
いや、やった事は無いけど、でもたぶんこんな感じだと思う。
「少し、休めば……大丈夫、だと、思う」
「う、うむ……無理に喋らなくてもよいのだぞ」
僕はなんとか笑みを浮かべて、ちょっと真剣に休憩を取る。
息が上がっているわけでもないのに息苦しい。なんだか奇妙な感覚だ。
恐らくあの魔法は、本来人間が使う事を想定していない。この解除後のリスクを忘れないようにしなければ……いざという時の切り札には使えるけど、その後の安全が確保される状態じゃないとその後どうしようもなくなってしまう。
範囲の指定でこのリスクがどの程度軽減できるか、このあたりはもう試行錯誤するしかない。範囲を極小の状態から段階的に大きくしていく方が安全か。
僕は疲れ果てた身体を休ませながらも、頭ではそんな事を考える。
結局身体がなんとか『疲労』程度に収まったのは、六時間後だった。




