23 - 霧と影の弱点のこと
思いもよらず長風呂になり、若干のぼせ掛けたりもしたけれど、幸い着替えとして用意されていたローブは被るだけで良いタイプだったので、手早く纏って部屋に戻ることに成功。
お水をグラスに注いで、一応改めて『水質浄化』も忘れずにしてごくんと一気飲み。
灯りを魔法でともしつつ、そのまま倒れ込むようにベッドに横たわった。
ふかふかなベッドだ。なんだかこのベッドに限らず、全体的に贅沢をしている感じがする……。
「んー……」
考えは纏まったような、纏まらないような。
まあ、今の僕の立場はものすごく危ない。危ないけど、同時にものすごく貴重な経験を得られる立場でもある。
魔物同士の戦いがどのようなものなのかを知ることができるのは、何度考えても大きいと思う。
それと同じ分だけいつ殺されるかわからないというものはあるんだけど……その辺は、もはや事がこうなった以上くどくど考えても仕方が無いので、クリアの事は信じることにした。
一人の人間としてはいろんな意味でどうかなあと思う判断だけど。
まあ、敵についてを考えるよりも、まずは自分たちにできる事を、つまりクリア達の特性についてを知らなければならない。
まず第一に、人間と意思疎通ができる。僕と普通に話せているし。でもシュバルは声を出せなかった、恐らく個体によって多少の差がある。
第二に、少なくともクリアは、この砦を一人で作るだけの何らかの力を持っている。それは魔法かもしれないし、地道な工作の結果かもしれない。出来れば前者であってほしいものだ。後者、つまり地道な工作でこの砦を作ったとか、一体何年がかりで作ったと言うのだろう。そんな地道な努力を続ける魔物は見たくない。夢が崩れてしまう。いや実に勝手で一方的な感想だけど。
気を取り直して第三に、彼らの魔物としての能力は、ちょっと未知数だ。大雑把に検討を付けるならば真似をすることだろうか、シュバルとクリアは人型でヴァイセは鳥型。他の動物の形を模す事ができる、そう言う特徴を持っているとすると、シュバルとクリアの違いに一種の説明ができるのだ。
シュバルはあえて言えば人型だったけど、とても奇妙なのっぺりとした姿だった。クリアはきちんとした人型だったけど、半透明なのが珠に傷。同じものを真似しているにしてはクォリティに差があると言わざるを得ないけど、これは魔物としてのランク、魔物としての強さがそうさせたのではないだろうか。
クリアは彼らの眷族の王なのだ、だから人間に限りなく近い姿になる事ができた。けれどシュバルは恐らく結構下の方である、だから喋る事も出来ず、どうにものっぺりとした姿になってしまった。
うーん。このあたりは直接聞いた方が良いだろう、さすがに弱点は教えてくれないと思うけど。
そんな事を考えている間に、やはり疲れがたまっていたのか、僕は身体が睡眠を始めようとしている事に気がついた。
考えて見れば僕がノア・ロンドになってからまともに寝ていない。
そりゃ眠くもなるか。
僕は念のため、『反魔』を自分に掛けておき、そのまま眠りに落ちた。
ふかふかのベッドの上で僕は目を覚ます。
十分に寝ることができた。どうやら睡眠中に変化は無かったらしく、本気で魔物たちは僕を護るだけ、基本的には不干渉を貫くらしい。
時計が無いので正確な時間は判らないけど、窓から眺める空は明るく、恐らくはお昼前くらいかな、とあたりを付ける。
ていうかこの砦、なんで窓に透明なガラス使ってるんだろう。高級品だぞあれ。砦に窓ガラスってどうなんだ。
僕はベッドから降りながら内心でそんな突っ込みを入れ、そのまま部屋を出て井戸の横へ。
井戸で水を汲み、僕はそれで顔を洗う。
ふう。
目が覚めた。
「おはよう、ノア。よく眠れたかな?」
と。
声を掛けてきたのは案の定クリアだった。
「おはよう、クリア。おかげさまで」
なんて答えながら、僕はクリアの身体が少し変わっている事に気がつく。
なんというか……、
「クリア、なんか……、大きくなった?」
「うむ。頑張って透明じゃなくてちゃんとした色がつくように試行錯誤していたのだが……まあ、見ての通りだ」
色は変わってないどころか、むしろ更に透き通っているように見える。
魔物も苦労はするらしい。
「朝御飯、という習慣が人間にはあるのだろう。君用に食事を用意させてある。口にあうといいのだが……よければついてきてくれ給え」
「あ、うん。ありがとうございます」
僕はクリアにお辞儀して、その後ろをついて行く。
一分もしない場所の扉をクリアがあけると、その奥には大きな食卓があった。
食卓に比べるととても小さく、概ね僕一人分の食事が置いてある。
「どうかな、量はこのくらいで足りるのだろうか」
「完璧。ありがとう、クリア」
「うむ」
僕は食卓の椅子に座り、メニューを改めて確認する。
パンをスライスして焼いたもの、ベーコンに目玉焼き、透き通ったコンソメスープに季節の野菜。
まるで上等な宿屋の食事だ。ノア・ロンドとしては飢饉に陥った村に残してきた家族に若干の引け目を感じるけれど、食事に罪は無い。
僕はいただきます、と実際に食べ始める。味も……うん、美味しい。
「美味しいよ、これ」
「そうかい? ならば嬉しい」
クリアは興味深そうに僕の食事を眺めていた。あまりお行儀は良くないのだけど、用意してくれたのはクリアの側なのだ、そのくらいは我慢しよう。
で、味は本当によかったし、量もぴったりといった感じだったので、僕はきっちり完食。おいしかった。
「御馳走様!」
「うむ」
満足そうにクリアは頷くと片手を挙げる。するとヴァイセがいつの間にかあらわれて、食器類を片付けて行った。
…………。
鳥の形なのに、随分器用だなあ。
「あの後、僕も少し考えたんだけどね。魔物同士の戦い……それに口を出すにも、まず、僕はクリアたちにできる事を知らないといけないと思うんだ」
「ふむ。それは道理だな。ならば我々の種族について、少し教育しよう」
「うん。お願いします」
うむ、とクリアは頷いて、とん、と食卓の上に立った。
ものすごくお行儀が悪い。
「我々の種族名は『クレイヤー』という。個体によって得意な色が異なるが、概ね本人の想像した通りの形を取る事ができる種族だと思ってもらえれば、それが近い」
クレイヤー。シーグの記憶に該当する魔物は無し、と。
新種か、そうでなくても珍種であることに違いはなさそうだ。
「そして、我々クレイヤーは取り込みを行う事が出来ない種族でもある。但し、概ね想像した通りに身体が作れるし、何かしらの動物をモチーフとしていれば、その動物に可能な事ができるようになるという性質を持つ。行ってしまえば真似が得意なのだよ。但し、機能を真似をするためにはよほど熱心に観察しなければならないから、殆どの個体は一つの種族の特性しか真似はできていない。そうだね、ヴァイスが解りやすいかな。彼女は鳥が大好きでね。大好きすぎて、ついには鳥の形になってしまった。彼女は鳥ならば大体のものになれるのだが、それ以外のものには上っ面しか買える事はできないわけだ」
なるほど。
「ちなみに私も人間にしかなれない」
「眷族の王でも……ってことは、それくらい難しいの?」
「いや。私は人間以外に全く興味が無いのだよ。眷族の中にはカミンという者がいて、その者は鳥、魚、羊の性質を同時に持つことに成功している」
「えっと……想像がつかないんだけど、どんな感じになってるの?」
「普段は羊の姿をしているな。ただし魚のように泳げて、鳥のように空を飛べるが」
余計に想像がつかない。
大体羊の特性って何だろう。
「ああ。ちなみに羊としての特性だが、毛が刈れるぞ。ラノリンの処理は必要だが、彼の者の毛はもふもふしている上、上質なものだ。ほら、君が眠ったあのベッドに使った羊毛は、何を隠そうカミンの羊毛だ」
どこから突っ込めばいいのだろう。
突っ込みどころが多すぎて僕も対処に困る。
あとラノリンって何だ。
こんな面白い生態の魔物がいるとは……。
「……ちなみに、戦闘能力はどんな感じなの? 僕はシュバルとしか戦った事が無いんだけど、シュバルが雷属性を無効化していた、くらいの印象なんだよね」
「戦闘は……個体差が大きい分野だな。雷、つまるところ電気は、我々は全員、それを無力化することができる。魔法だろうと自然現象だろうとそれは変わらない。肉弾戦はそれぞれが模している身体によって大きく性能が異なる」
雷はきかない、格闘は形次第と。
個体差があると言うのは当然として、問題はそのブレ幅……まあ、話を聞く限りピン切りという所か。
最も、二百いた同胞は既にその数を四分の一ほど。ある程度の淘汰はされただろうから、平均的に見れば強い部類と考えて……いや、それを言うなら相手もそうか。
「なるほど……クリアたちのことは、大体解った。で、相手にしてる魔物の種族は、どんな種族なの?」
「ミストウォーカーという種族を知っているか?」
ミストウォーカー……?
確か、
「霧を纏うタイプの魔物で、姿は大きなトカゲ……だったかな」
魔物図巻にはキリトカゲと書かれる事も多い。雷系の魔法、あるいは道具を持っているならばとても弱いので、冒険初心者のレベルアップにおいては決定版と言われるほどだったりする。
「そう。その通りだ」
「…………」
僕は少し考える。
そして、とりあえず気になったので聞いてみる。
「ねえ。クレイヤーって、魔法は使えるんだっけ」
「うむ。人間ほどではないが、基本属性の魔法は大概の個体が扱えるな」
「そう……」
僕は更に考える。
いや、あえてしてないだけなのかもしれない。それならば一応、聞くべきだ。
「基本属性の初歩的な魔法に、『雷伝』って魔法があるのは知ってるよね。それは使える?」
「うむ。残る眷族は皆使えるぞ。それがどうした?」
「理由があって使ってないなら、それは仕方ないんだけども。ミストウォーカーって、かなり弱い電気が掠っただけでも、身体がしびれて動けなくなるのは知ってる?」
「……何?」
どうやら知らなかったらしい。
ちなみに『雷伝』の魔法は僕、というかシーグも使える。もっともシーグの場合、それを単体の魔法として使った事は殆ど無く、大概は自分の腕、拳、足などにそれを纏って打撃をしていた。今の僕にだと技術的には可能でも、そもそも打撃があたらないだろうから却下だ。
「味方が眷族だけの場合で、かつ相手にはミストウォーカーしか居ないならば、すごい大雑把な話だけど、『雷伝』を使って足を止めて、適当に叩けば完封できるよ」
「…………」
ぽん、とクリアは手を叩いた。
「すぐに眷族皆に伝えよう。ノア。おぬしは我々の救世主になりうるかもしれないな!」
「あはは……、お役に立てたなら何よりだけど」
魔物は成長できない。
なるほど、それはこう言う事か……。
僕は一人納得するのだった。もちろん、表情には出さないように努力をして。




