21 - 王者と童の会談のこと
招待された場所は、外見上は立派な砦だった。
あるいは人間が作った砦を乗っ取ったのかもしれないなあ、と思いつつ、僕はヴァイセに乗ったままその中へ。
とはいえ砦の中は少し殺風景で、人間のセンスとは少し違う……というか、ただ理論的に組み立てたという印象を受ける。
なんだか絵面は連行されている生贄って感じだったので、いつでも逆撃ができるように準備だけはしておくことに。
「悪いが、ここから先は歩いてもらえるか」
「うん。ありがとう」
ヴァイセの背中から降りて、僕はヴァイセとともに歩みを進める。
そこで魔物とすれ違う事は無かった。
『魔探』を使えばどの程度の魔物がどのくらい居るのか解るような気がしたけど、変に刺激するのも嫌だったので自粛。
大広間を通り、大きな扉、そして通路を介してまた扉、その先には豪華な扉。
……『魔探』を使うまでもなく、その向こうが目的地だろう。
「王よ。ヴァイセにて。件の人間を連れてまいりました」
「入れ」
扉の奥からした声も、やはり男とも女とも判別し難い声だった。
魔物は皆こんな声なのかもしれない。
ヴァイセは扉を開くと、部屋の内側に僕を誘う。
そこは殺風景だった入り口付近と比べれば、大分装飾や色もあって、それなりに『それっぽい』場所だ。
「ヴァイセ、御苦労。……話には聞いていたが、比喩ではなく真に童であるとはな」
「はっ」
ヴァイセは畏まって頭を下げる。
僕はとりあえず、その王様らしき魔物の姿を認識すると、それは一応、人型だった。
腕が二本、足が二本、首の上には頭が一つ。
しかも服まで着ているし、頭にはちゃんと顔らしきものもついている。
造形だけで言うならば、かなり人間に近いんだけど……、致命的な違和感がある。
「どうかな、この姿は。一応、人間を模しているのだが……。ああ、口調は普段通りで構わんよ。変に疲れる言い回しはせんで良い」
その魔物は僕に聞いてくる。
率直な感想で答えることにした。
「すごい違和感がある。その姿で人里にいたら、一発でバレると思うよ」
「ふむ、そうか。まあ、戯れだ。赦せ」
魔物は笑みを含んだ声で言った。
「それで、僕と話がしたい……って、ヴァイセには聞いてるんだけれども。何の話?」
「色々だよ。我々は人間という生き物に、無知すぎる。人間は何を考え、何を想い、どう生きるのか。私はそれが知りたいのだ」
「……なるほど」
その言葉は力強く、奇妙な説得力を持っていた。
まあ、信じていいだろう。そう思わせるだけの何かがある。
そして僕としても、この魔物は変に刺激したくないなあと、そう思うのだ。
「自己紹介、とやらをするべきか。人間は初めて会う者に、それをするのだろう?」
「そうだね。僕はノア。人間の、子供だよ」
「ふむ。私はクリア。王だ」
王。
また随分と適当なカテゴリだ、と思ったけど、僕も人間の子供という大雑把なカテゴリで名乗っている以上、文句を言えるでは無い。
「ノアよ。先程私の姿に違和感があると言っていたが、それが何か。説明できるか?」
「いや……説明も何も」
僕はちょっと呆れながら、それでも答えなきゃ失礼だなあと思って答える。
「透明な人間なんて居ないもん」
「…………」
「…………」
奇妙な沈黙の後、ぽん、と手をたたく音が二つした。
ふたつ? と思って横を見ると、ヴァイセも手を叩いている。どうやら今の今まで気付いていなかったようだ。
まあ、そう言う事である。王、クリアと名乗ったその魔物は透明なのだ。完全な透明ではなく、僅かに灰色がかっているので形を認識する事はできるのだけど、だからと言って身体の向こう側が透けて見える人間など居るわけが無い。
「なるほど。少しずつ私も人間に近づけるとよいのだが……。まあ、幸い時間はあるのだ。ノアよ。お主がそれを良しとするならば、暫くここに滞在するがよい。食事、衣服、そして寝る場も、しかと用意しよう。もしお前が望むなら、我々の術を授けても良い」
「あはは、それは嬉しいね。僕も生きるためにはなりふり構っていられないし……。で、その対価として、僕は何をすればいいのかな」
「うむ」
やっと本題か。
クリアと名乗った魔物の王は、雰囲気を変えて言葉を紡いだ。
「基本的には、私の会話に付き合ってくれればそれで良い」
「基本的には、か。じゃあ、それ以外も何かあるよね」
「敏いな。それ以外の部分はさほど重要ではない。我が軍勢、我が手勢に、多少の助言をもらいたいのだ」
助言?
人里を襲うための助言だとしたら、さすがに拒絶しなきゃいけないな。
どうしたものか。
「その助言は、人間の上手な襲い方?」
「まさか。そのような事を問うても答えられんだろう? 立場はわきまえているつもりだ……私の立場も、おぬしの立場も」
ふうん……、じゃあ何の助言だろうか。
「人間は国家と言うものを持つらしいな。国家、そしてその下に集落があるのだろう?」
「うん」
「我々もそれに似た構造を持つ。国家ではなく王があり、その下にヴァイセのような者がいる。そしてこの付近の王はこの私なのだ」
…………?
ひょっとして、
「魔物同士での、戦い……?」
にたり、とクリアが笑う。
「そう。人間も人間同士で相打つ事があるだろう? 我々においてもそれはよくあることなのだよ」
事実として個体レベルで競い合うのは時折見られる光景だ。けれど集団単位で魔物が魔物と戦うと言うのは、なかなかどうして聞いたことが無い。
けど当たり前と言えば当たり前か、魔物がわんさかいるような場所が実際にあったとしたら、どんな人間だって知っていれば避けて通る。
知らずに行けば巻き込まれて死ぬ、それだけの話だろうし。
「我々は行き詰っている。このまま戦いを続ければ、それでもいずれは勝てるだろうが……。ヴァイセ、今、我らの同胞は何人だ?」
「王を含めて、五十四でございます」
「ふむ。今の相手と始める前は、二百ほどいたのだがな」
放っておいて全滅して貰うってのもありだよなあ……。
むしろ人間としてはそれで十分にも見えるけど、あまりにも十分すぎて逆に問題になるパターンかもしれない。
たとえば魔物同士の戦いがこのまま激化の一途をたどって、それこそ国家レベルで被害を産むとか、そんな可能性だって完全に否定はできないはずだ。
最善の道は……魔物同士の戦争を、可能な限り制御することか。
それは到底僕にできる範囲を超えている。
「何。最後に決断し、命令を下すのは私だ。おぬしはおぬしの思った事を、私に告げれば良い」
「……それだけでいいの?」
「うむ」
クリアは満足そうに頷く。
「ヴァイセ。お前に新たな命を下す。この者を、ノアを護れ」
「確かに」
ヴァイセは頭を下げて僕の横に動く。
どうやら僕を護ってくれるらしい。
…………。
まあ、双方に対する監視ってところか。
「ところで、ノアよ。この砦の出来はどうかね?」
「なかなか立派な砦、かな。なんか、上っ面だけって感じもするけど、ちょっと手入れすれば人間の砦と遜色ないと思う。……やっぱりこの砦は、魔物たちがつくったの?」
「その表現は聊かズレがあるな。この砦は私が一人で作ったのだから」
まさかの王様手作り砦か……。
「この部屋とその周りは真剣に作っていたのだが、途中で面倒事が起きて、忙しくなってな。細部は大雑把になってしまったのだ」
「へえ。もしかして、……王様は、」
「クリアと呼ぶがよい。おぬしは私の配下ではないのだ」
「そう? じゃあクリアは、人間が好きなの?」
僕の問いかけに、クリアは笑う。
「そうだな。私は人間が好きなのかもしれない。だがやはり、その表現には聊かズレがある」
「ズレ……」
「私は人間に興味があるのだよ。我々魔物には果たす事が出来ない、『成長』できる人間が」
ってことは、魔物は成長できない……ってこと?
でも、あの魔物は。
シーグの死因となったあの魔物は、成長していたように見えるけど。
「もちろん、我らにも『工夫』の余地はある。その余地でどうにか、力量を伸ばす事はできるが、だが、それだけだ。我々は人間とは違い……成長出来ぬ生き物なのだよ」
そして、僕は魔物の側から見た世界を、断片的に知ることになる。




