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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリと約束
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18 - 飢饉の村と子供のこと

 三度目ともなると大分手慣れたもので、僕は身体を得た瞬間、有無を言わさずに身体に記憶を要求した。

 記憶が命に焼きつくまでにはほんの少しとはいえ時間がかかる。その時間で周囲の状況を理解すればいい。

 とりあえず僕は、寒いな、という感想を持つ。

 随分と冷える。風が冷たい。季節は冬、そりゃ寒くて当然だけど、だとしても寒すぎる。

 なんでかなあと身体を見て見る。すると、無いよりはまし程度の服を着ているだけだった。

 なるほど、そりゃ寒いわ。

 冬には冬の衣服を着るべきだ。それができないならばせめて家屋の中に居るべきだろう。

 しかし僕は今夜の山に一人でいる。さて、状況も概ね理解できたところで、記憶も概ね獲得したところで、蓋を外してこの身体の本来の命が死を選んだ理由を探ってみる。


 ――この身体は、ノア・ロンドという名前。この山からそう離れていない村で産まれた。

 その村はどう飾って言っても貧しい村だ。その理由は『僕』にならばわかるけど、まあノア・ロンドという子供には理解できていなかったようだ。

 なのでとりあえずそこは置いといて、貧しい村に産まれたノアは、三男にあたる。上に二人のお兄さんと一人のお姉さんが居るようだ。

 しかし今年は村の作物の収穫がひどく少なかった、しかし税金は払わなければならない。そのために己たちの食事を削って村人たちは納税をなんとか果たす。

 けれど、ノアの家庭はさらに深刻だった。この村にとって子供が多いと言う事は働き手が多いと言う事で、大きな田畑を持つと言う事だ。

 しかし今年の収穫はあまりにも少なかった、全員分の最低限の食事にすら大きく足りないのだ。

 そして一人犠牲にすれば、他の皆は、とりあえずこの冬を乗り切れる。それを皆が知っていた。

 だからノアは、もっとも幼いからという理由で、自ら村を去って山を登ったのだ。降りるつもりはない、飢えて死ぬのか疲れて死ぬのか、動物や魔物に襲われて死ぬのか、それとも寒さで死んでしまうのか。

 どのみちもはや生きられない。ノアはそれでも半日ほどかけてゆっくりと山を登った。半日は生きていたのだ。

 しかし日が沈み始め、ノアは自分が探されていない事を認識する。ノアを探さなければ家族は少なくとも、ノアが生きているかもしれないという希望を持てる。

 そしてノアが居ないことで、家族は冬を乗り切れるだろう。

 それを理解してノアは山に向かったつもりだった。けれどノアは心のどこかで探してほしい、引きとめてほしいと思っていたのだ。

 僕の事を助けてほしいと、そう思って半日は我慢していた。けれどそれは叶わない。こうなれば、もはや生きる意味も無い。

 そしてノアはその場に崩れおちるように倒れ込む。そして命は消え去った。


 身体の感覚が鮮明になる。命と身体の祖語が消える。

 なるほど、今回はメンタル面で抉ってきたか。いや前回とか前々回も大概メンタルを抉られてたけど、それとは方向性が大分別だ。

 具体的には、前回と前々回は恐ろしくひどい目にあっていたけどそこから助けてくれる人がいた。今回は助けてくれる人がいないと言うこと自体が問題になっている。

 ちなみに年齢は……十一歳、のはずだけど、年齢と比べても更に小さかったシーグと比べても尚、身長に大差はないし、体格は明らかにこちらの方が小さい。

 シーグの場合は両親をなくしたけどその代わりになってくれた人はいた、そして食事は普通にできていた。そのあたりが原因だろう。

「とはいえお腹は空くし、寒いし……どうしたものかな」

 寒い方は魔法でどうにかしよう、暖を取るための魔法がある。それは『体温保全』というもので、正確には暖を取るだけではなく、暑い時に身体を冷やしてくれる便利な魔法だ。

 魔力の形を調整して、発動……うん、特に問題は無し。

 案の定だけど、身体は違っても魔法の発動に必要な要件さえ満たしているならば、記憶にある通り魔法は使えるようだ。

 魔力は……どうだろう、シーグの時と同じくらいはありそうかな。そう考えると結構な才能のはずだ。

 けど、魔法というものの知識はあっても魔法書という高級品を実際に目にする機会が無かったらしく、自分の才能には気付けなかった、と。気付いたとしても結局魔法書は買えなかっただろうから、結末には変化がなさそうだ。

「寒いのは何とかなったから、次はご飯か……」

 食べ物か。このあたりには魔物が出る。流石に魔物を食べるのはどうかと思うので、動物の方をなんとか捕まえて調理する感じになりそうだ。ノアにとっては無理な事でも、シーグの記憶と魔法があれば、そのあたりはどうとでもできそうだし。

 魔法と魔物と言えば、『魔探』でちょっと探っておいてもいいかもしれない。僕はそう思い発動する、今回は他人に見せる必要が無いので普通に発動、情報は頭の中に入ってくる。魔物の反応は三つほど、しかしどれもとても小さく弱い。

 一対一ならばそこまで恐れる必要はなさそうだ。お腹が空いていなければ。

 とりあえずご飯、もとい動物を探して周囲に視線を飛ばしてみる。

 ウサギが居た。

 魔法の矢弾を行使、ウサギを攻撃。

 結局シーグは魔法の矢弾を試し撃ちでしか使っていなかったけど、一度は使っているので詠唱は破棄できる。

 追尾の属性を付けることにも成功しているので、ウサギは一度は避けるも追尾した矢弾に貫かれてその場に臥す。

 うん、ウサギ一羽とはいえ、この小さな体ならば今のご飯としては十分だ。

 あ、でも捌くためのナイフも無いのか……仕方が無いので『光刃』で妥協、ついでに近くの枯れ木を軽く斬って薪を作って、火を起こすための道具などもちろん持っていないから、『火炎』の魔法で火を付けておく。

 こういった生きるか死ぬかの野外生活って、魔法が使えるかどうかはもろに生存率に直結するよなあ。

 つくづくシーグが魔法を使えて良かった。単なる格闘士だったらすぐに死ぬ羽目になってたぞ。

 火を通し終えたウサギの肉をはふはふと食べながら、僕はとりあえずの情報を整理する。

 ノア・ロンドはようするに、家族を生かすために、家族の食べ物を確保するために、自発的に家を出ている。家族がそれに気付かないとも思えない。家族はノアが出て行った事にすぐに気がついただろう。けれど追いかける事はしなかった。それはノアの考えが解ったからだ。そこでノアを追いかけてしまえば、ノアを連れ戻してしまえば、家族は冬を越せない可能性が極めて高かったのは事実だ。

 当然ノアをそのまま行かせれば、ノアはほぼ死ぬだろう。冬の山に力のない子供だ、生き残れる方がおかしい。それでも死体を確認するまでは、ノアが生きているかもしれないと希望を持つ事ができる。そして欺瞞の域を超えないとしても、希望があれば子供を、弟を見捨てた自分を正当化できる。

 もっとも、正当化云々以前の問題として、どのみちあの時はそうするしかなかったのだ。自発的にノアが出て行くか、ノアをそれとなく追い出すか、違いが産まれるとしたらそれはその点だろう。そうした行為はノアの家族では初めてだったけど、同じ村で暮らすほかの家族では時折あったのだ。

 例えばノアの幼馴染だった少女も、一昨年、そうして村を出た。その後、少女の行方はわからない。誰もそうと口にした事は無いけれど、恐らくは死んでしまったのだろう。皆がそれを当然のように受け入れている。それはこの、ノアでさえも含んでいた。だからノアが同じ事をしたとしても、恐らく、村の者たちはまた一人子供が減ったと、そうどこかで想うだけだろう。

 『僕』としては受け容れがたいけど、『ノア』としてはごくありふれた光景で、たまたま、今回はそれが自分だったと言う事だ。まあ、ノアもどこかで期待はしていて、だからこそその期待が叶わないと知った時、身体よりも先に命が死んでしまったわけだけど。

 僕はどうするべきだろうか。

 村に戻って生活をする……?

 いや、それができたら苦労は無い。生活が出来ないからノアは村を出たのだ。

 だからと言って、僕にはもちろんだけど、ノアにさえ、村の周りがどうなっているのかはほとんど知らない。この村にも税を徴収しに兵士が訪れていると言う事は、どこかに道があって、そして別な街に続いているのだろうと推測はできるけど、必ずしも道が安全とは限らない。

 うーん。

 要するに、問題なのはご飯なのだ。

 皆が食べていけるだけのご飯があれば、僕だって村に戻る事はできる。

 けど、食べ物はそうそう簡単に作れるものじゃあない。今食べているウサギだって、僕のお腹を満たすには十分だけど、村人全員分のウサギを狩るなんてこと事態が現実離れしているし、その現実離れした事を実践したとしても二日と持たず村の周囲に生息していたウサギは全滅するだろう。

 ウサギ以外の動物、たとえばイノシシだとかを食べるにしても、やっぱり限度は訪れる。これは魚も同じだ。

 野菜に至っては論外。それが普通に収穫できていれば、そもそもノアが村を出ること自体が無かったに違いない。

 ご飯の問題を解決できない限り、ノアが村に戻る事はできない。戻ったらノアの家族が飢えてしまうし、僕も飢える。

 ノアが村に戻らなければ、ノアの家族はとりあえず、冬を越せるはずだ。そして僕は移動しながら食料を確保すればいい。少しずつ少しずつ、他の村か街を探す感じになる。

 幸い魔法は使えるのだ、安全な寝床も頑張れば作れるだろう。

 かくして方針は決まった。

 生きるためにも他の村か街を探す。可能ならば冒険者のギルド支部がある所だ。そこで冒険者になってお金を稼ぎ、冬が終わったころに村に戻るかどうかを決める。

 とりあえずはこれで行こう。

 そのためにも。

 僕はウサギを食べ終えると、軽く体を動かしてみる。

 この身体がどの程度戦えるのか?

 それを知っておくべきだろう。

こぼれ話:

この世界の魔法は原則、その名称が『 』で囲われています。

『 』の中の文字数が多ければ多いほど、その魔法は簡単な魔法です(魔探>体温保全)。

同一の文字数でも難易度に差はあります(魔探>火炎)。


オフレコ話:

三月に合わせて第三章! と思ったら閏年でした。

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