17 - うっかり再びシニモドリ
で、気がつくと、僕はまた、真っ白な場所にいた。
どこまでも白い、気が遠くなるような白い場所。
流石に三回目となると慣れてきたのか、僕は何もない筈の場所に座るような格好になった。
いや、座ると言うのも概念的なもので、今の僕に身体は無いのだけど……。
「君、まだ死んだのは三回目なのに、ずいぶんこの場所にも慣れたものだね……。まあいいや。無事に死に戻りできたようでなによりだ、お疲れ様。他の死んだかい?」
いやあ。今回は流石に尻切れトカゲって感じだったかな。
もっとも、あれはあれで一つの人生だから良いけども。
魔法も覚えられたしね。
「……つくづく君は、死をなんとも思わないね。もう少し死んだことにこう、感慨のようなものを持ってもいいんじゃないかい?」
そんな事を言われても、死んでしまったものは死んでしまったのだ。
いつまでも愚痴愚痴考えたってしょうがない。
「ふうん……。まあ、一応これは規則だから確認するんだけど。その後『シーグ』が、あるいは本名『オルト・ウォッカ』が死んだ後の事、知りたいかい?」
うーん。
「おや、今回は悩むんだね?」
まあ、ちょっとね。
僕が死んだ事は構わないけど、最後に発動した魔法、『光柱解放』という魔法なのだけど、あれはその時残っている全ての魔力を圧縮し、そして自身とその周囲に一気に放出する……という魔法だ。
シーグがケビンに拾われた時、シーグ自身は自分がそうそう長くは生きられないと思っていたのだ。だからケビンの為の一撃を、ケビンを助けるための確固たる一撃として、その魔法を習得したのだ。
けどその魔法は、覚えただけで使う事は最後のあの一回以外にはなかった。当然だ。
『光柱解放』という魔法には自爆魔法という蔑称がある。術者本人も巻き込むのだ、それは。その分その効果は絶大に高く、相手が人間だろうと魔物だろうと、それこそドラゴンにでさえ有効である反面、それを使った術者の身体は『取り返しがつかなくなる』。
文献にはそう書いてあった。
「そう。もっともあの魔法、実は外見上は特に損傷が起きないんだよ。あの魔法が代償として壊すのは、術者の頭の内側と、心臓の二か所だけだから」
ピンポイントでその二か所?
なんだかシニモドリを確実に殺すための魔法みたいな感じだな……。
「まあ、その理解は正反対と言わざるを得ないだろうね。君の事だから特に意識したわけじゃないんだろうけど。そもそも君達シニモドリは、命を対価とするタイプの魔法を使えない。それは解るよね?」
いや初耳だけど……まあ理解はできる。
シニモドリは生きる事を諦めたらそこで存在が終わってしまうのだ。
命を対価にする魔法を言い換えれば生きる事を諦める魔法。そんな魔法、行使しようとした瞬間に多分シニモドリは消える。
「そう言う事だ。その点、『光柱解放』の魔法は、自身の身体だけを犠牲にする魔法なんだよね。それはこう言い換えても良い。『身体の死を前提に、命を生かす魔法』だ」
なるほど。
確かにシニモドリを確実に殺す魔法とは反対かもしれない。
ていうか、そのピンポイントな所と言い、その魔法を作ったのはシニモドリなんじゃ?
「その通り。君の二つ前のシニモドリが作ったんだよ。その命は比較的頑張ったほうでね、七回くらいかな、シニモドリしたんだ。その魔法を作ったのは四回目のシニモドリの後。当時大きな戦いがあって、そこで最期の悪あがきが出来なかったのを悔んで作ったんだって」
へえ。
「へえ。って……。想った以上にリアクションが薄いね。まあいいや。で、その魔法でちょっと悩むと言うのは、どうしてだい?」
いやほら、あの魔法見境ないっぽいし、誰か巻き込んじゃったんじゃないかなーって。
一応シーグを殺した奴を手負いにできてれば僕の役目は終わってるはずだけど。
「ああ。知りたいなら教えてあげるけど、どうする?」
じゃあ教えて。
「良いよ。まずそのためにも、シーグを殺した張本人も教えておかないと駄目だよね。それは例の魔物とかあの魔物とか、君達が呼んでいたやつでね。あの時、君達は見事に、君達の言うところの『浸食結界』の正体を見破った」
そういえばあの解釈あってたの?
「うん。『浸食結界』と君達が呼んでいるものは、結界を身体のラインとして、その内側にある気体か液体のどちらかに、魔物がその存在を浸透させたものなんだ。正しい名称は『浸透結界』。一文字違うね」
へえ。
「で、あの時拡散した魔物を滅ぼすために見境なしに攻撃をしたんだよね。でもその前に掛け声をしちゃった。『三、二、一』って。だから魔物も死にたくない一心で必死になって、浸透結界を解除、改めて身体を通常時の大きさに戻したんだよ。だから君達の攻撃は、実は一発もあたって無かったのさ」
なるほど。
それで、手近に居た一番体積の小さい、その割には持っている力が大きいシーグが狙われたと。
「そういうこと。君達が言うところの『取り込み』には、接触していないといけないという制限があるし、相手の大きさによってかかる時間が違うんだよ。だからあの場面においてはシーグが狙われて当然なんだ」
『光柱解放』は利いたのかな?
「致命傷にはならなかったよ。けど、大きな傷を与える事はできた。それに、あの魔法を使ったことで魔物もテンパってね。君の身体を咄嗟に手放してしまった。取り込みを中断したんだよ」
なるほど。
「ちなみに、巻き添えと言う意味では、あの冒険者ギルドの家屋は半壊した。それに巻き込まれる形で数人ちょっとした怪我はしたけど、さすがに家屋の半壊にまきこまれて大怪我を負うような冒険者はいなかった。『光柱解放』それ自体に巻き込まれて大きな怪我をしたのは、ケビンだけだね」
ケビン?
そういえば最期に、僕に腕を伸ばしていたっけ。
そのせいで巻き添えか。
「御名答。右腕が肘のあたりから消滅してたよ。その後五秒くらいかな、呆けた後ににゅるって生えてたけど」
ええ……。
なんか想像するだけでもきもちわるいんだけど、治癒魔法の治癒ってそんな衝撃的な映像だっけ?
「いやあ、あれは珍しい例だよ。観測してて爆笑したもん。うわあすげえって。人間であの域に達するのって珍しいんだよね」
爆笑されてたのか……。
「ここまで話しちゃったんだ。その後についても軽く説明しちゃおう。ケビンは腕を生やした後、即座に君の仇を取ったよ。そりゃもうびっくりな出力の神官魔法でね。で、その後シーグの遺体を持って、ケビンは街を去って行った。誰もそれを制止できなかったそうだけど、そのあたりは君の方が解るだろう?」
まあ、ね。
所で、もう一つ聞きたい事があるんだけど。
「うん。なんだい? 『ラス・ペル・ダナン』の事でも、改めて聞きたいとか?」
いや、そうじゃなよ。
ほらさっき、浸食結界……じゃない、浸透結界だっけ、そのネタばらしをしてくれたじゃない。
それって良いの?
人間視点の歴史的には斬新な発想だったと思うんだよね、あれ。
「…………」
うん?
なんだか声の主が慌てているような感覚がする。
いや、声の主の姿は見えないし、声がしていない以上、それは感覚というか勘なんだけど……。
「君は何も聞かなかった。いいね?」
いや良くないよ。
覚えちゃったもん。
大体、どんな些細な事でも忘れられないの、そっちのほうが詳しく知ってるでしょ?
「何も聞かなかった。いいね?」
いやだから、
「何も聞かなかった。いいね?」
なんだか声が涙ぐんでいる。
なんかちょっと可哀そうになってきた。
やっぱりこの声の主、最初の僕と同じくらいの年齢なんじゃ……?
まあ、いいや。
忘れる事は無理だけど、積極的には思いださないようにするよ。
「君ならばそう言ってくれると信じていたよ。……実際協定違反気味だから、ちょっとペナルティもらうかもなー。ま、それはこっちの話だ。相変わらずどんなに意識をそらそうとしても君の命は揺るいでいないし、その様子なら次もシニモドリとして頑張れそうだね。どうだい、往ってみるかい?」
もちろん。
「わかった。それじゃ、他の死んでおいで」
かくして三度、契約は成される。
その寸前で、ごめんなさいと連呼する声が聞こえたような気がした。
忘れてあげたいのは山々だけど、どうやら忘れられないようなので、そのあたりは諦めてもらおう。
次の僕は、どんな僕だろう?




