14 - 懸念と変化と神殿のこと
僕に危害を加える気は無かったとしても、それでも彼らは僕を捕えようとした。
それ故に僕としても確かに不信感はあるし、僕でさえもそうなのだから、ケビンにおいては不信感は明確な怒りにもなっているのだろう。
ごめんなさいで全てが収まるかと言えば、やはり無理なのだ。相応の何かが無い限り。
「更にここで厄介なのが、あの魔物の強さだな。絶妙過ぎる。もう少し弱ければ俺だけでも何とかなったし、そうでなくともギルドでどうにか出来ただろう。もう少し強ければ俺も危機感を抱いて、たとえば『街よりもシーグを護ることを証明し実行しろ』と条件を付けてでも自らチームを率いたかもしれない」
いやさすがにその条件は無理だと思うけど……。
僕の疑惑の視線に、ケビンは悪く笑った。
「いや、あの魔物がもう少し強ければ……俺が危機感を抱くくらいなら、その程度の条件、ギルドとしては呑まざるを得ない状況だ。街どころか国が滅びかねないからな」
そんなもの、なのだろうか。
「ふうん。一つ目は勝ち筋の無さ。二つ目は足並みの悪さか。じゃあ、三つ目の問題は何?」
「ああ。最後の問題だが、これは単純だ」
と言うと何だろう。
「必ずしも俺が今回、あの魔物と戦えるとは限らないと言う点だ」
「…………?」
不信から……?
いや、何か言い回しが違う。
「どういうこと?」
「俺が何かの気まぐれでやる気を出したとして、それかギルドが何かをしたとして、いざ魔物の討伐に俺が行ったとする。さてここで質問だ。シーグ、お前、例えば『これからシーグくんを襲撃するためにレベル94の天敵が出発します! 一時間でつくからね!』って言われたらどうするよ」
「え、どうするもこうするもとりあえず全力で逃げると思うけど。逃げ切れるかは別問題として、でもあんまりにも敵が強すぎるよその設定。僕にどうこうできる範囲越えてるじゃない」
「そうだろ?」
…………。
そういうことか。
「そう。魔物だって生きてる。考えるんだよ。その根拠に、あの魔物は儀礼済み兵装に耐性を獲得している。それはつまり学習する力を持っていると言う事だ。奴にとって『俺』という存在は、引き分けに持ち込めない事も無い、けれど基本的には勝てない相手だ。そんな奴とわざわざ戦うリスクを冒すか?」
魔物だって考える。
魔物だって生きている。
だから魔物だって、強い奴とは戦いたくない。
それは確かに真理だ。
「まして、あの魔物は全力を出すためにわざわざ力場結界まで張っていた。俺を殺すためにな。でもあの魔物には俺を殺せなかった。だからその結界に巻き込まれていたお前を取り込んだ……それでも勝てなかった。どころかお前を助け出されてしまった。その時点であの魔物は、どうやってこの敵、つまり俺を殺すかではなく、どうやってこの場で生き残るかという段階に入ったんだよ。そしてお前が目覚めて、それに気付いた俺はあの魔物を地面に無理矢理縛りつけた。だからあの魔物は、また縛りつけられた時に逃げられるように儀礼済み兵装に耐性を獲得した。恐らくは縛りつけるのに使った大剣を取り込むことでな。それを優先したのは、今下手に追いかけるより、放っておいた方が目的を達成できる可能性が高いと思ったからだろう。そしてあの魔物は己の力場結界が一瞬とはいえ破られた事、そしてそこから俺達が脱出してしまったことに気付いたはずだ。そうしてあの魔物は無事にあの場で生き残ることに成功したんだよ。だからこそ、俺が出向いたところで逃げるだろ。なりふり構わず全力で。そうなると俺がどんなにやる気を出したところで、追いつけない限り戦闘に持ち込むことすらできん。よしんば一気に接近できても、あの魔物は力場結界を障害物がわりに使ってでも逃げるだろうな。滅ぶよりかはマシだと判断して。どうだ、大問題だろ?」
「……強すぎると言うのも考えものなんだね」
僕がため息がちにそう言うと、ケビンもそうだろう、と頷いた。
「なるほど。三つの理由は解ったよ。確かにこの状況じゃ勝てないね。どうしようもない」
「うん。それで、ちゃんと理由が絡まってるのは理解したか?」
「なんとなくね。つまりケビンから全力で逃げることを選択したあの魔物は、当然、ケビンが居るこの街には近寄らない。そしてケビンと一緒にいる限り、僕の安全は約束される。そこが要点でしょ」
その通り、ケビンは満足そうにうなずいた。
ケビンが僕の傍にいる限り、僕はあの魔物に襲われる事はない上、現状のケビンではあの魔物を殺しきることが出来ない。
そしてケビンが向かった時点で魔物は逃げてしまう。
ケビンは僕の傍にいることで、僕を護るという目的が達成できる以上、それ以上のリスクを背負うわけにはいかないのだろう。
少なくとも二つ、できれば三つ全ての問題を解決しなければ、動きようが無い。
なるほど、本当に絶妙だな、あの魔物の強さ。
「さて、状況の説明はこんなところか。シーグ、お前はどう思う?」
「どうもこうも……。僕にできる事は無いみたいだし、とりあえず魔法書でも読んでようかなって」
「他人事だな」
「実際の問題とするならば」
どうやら呆れられているようだったので、僕は少し感想の補足をする。
「あの魔物はケビンを避けるけど、僕を避けてくれるわけじゃない。だから僕は今まで通りケビンと一緒に居なければならない。それは僕としてもかまわないんだよ。護ってもらいたい。でも」
「でも?」
「あの魔物が居る限り、たぶんギルドはケビンをこの街に留め置こうとするよね」
「まあ、そうだろうな。現状あの魔物から一番近い街だし、魔物が気まぐれにこっちに来ないとも限らない。ならば最悪の場合に備えて手札は用意したいはずだ」
「その間冒険はできないと。なんだかさみしいね」
そうだな、とケビンは同意してくる。
冒険などと言えば聞こえはいいけど、実際には戦いを伴うものがほとんどだ。
だからそれをしないと言う事は、むしろ安全ではあるのだけど……。
それは僕の、シーグの本意ではない。
シーグの本意。それは、ケビンに守られながらも力を付けて、やがてはケビンを護れるようになる事なのだから。
いつになるか解ったもんじゃないけど、だからこそこういう、動けない場面には少し気が立ってしまう
焦っても仕方が無いと解っては、いるんだけど……。
結局、その日も特に動きは無かった。
翌日もつつがなく一日が終わり、ひょっとしたらこのまま本格的に膠着状態になるのではないか、なんて危惧を持ちながら読み終えた魔法書を山のように積み上げる。
『矢弾』の基礎と応用。
『感知』の基礎と応用。
『属性の刃』、『属性変更』、『好爆付与』などの性質系、詠唱に関する踏み込んだ考察……。
概ねこんなところだろうか。
ちなみに『属性変更』、とりあえずやってみたら、『火炎』の魔法で水が出せるようにもなったのだけど、果たしてこれは『火炎』の魔法と呼んでいいのだろうか?
甚だしく疑問だったのでケビンに聞くと、
「……いや、どうなんだろうな。確かに『火炎』の魔法を行使してるなら『火炎』の魔法で良いと思うが、え、水属性に変更できるもんなのか、それ?」
と逆に聞かれた。
「書いてある通りにしただけなんだけどね。殆どの、元々属性がついてる魔法は、属性を根本的に変化できるみたい。ちなみに『火炎』で作った水は、水にぶつけたら消えちゃったよ」
「訳がわからん」
「僕もわかんない」
魔法って奥が深すぎる。
とりあえずそういう訳のわからない事はできる限りやらない方が良いというケビンのアドバイスに従い、一応の知識として残しておくだけにする。
「しかし、参ったな。シーグ、本当に全部読み終わっちゃったのか」
「うん。まあ、時々分かりにくい事も書いてあったりしたけど、でもやっぱり、読もうと思えば読めるもんだね」
「ふうん。で、レベルはどうなってる?」
そういえばまだ確認して無いな。
僕はレベルカードを取り出し、更新と呟いた。
少しの間を置いて、レベルの表示は……。
「61だって。また10上がってるね」
「…………。これだから魔法職は」
「?」
どういう事だろう。
「ああ……うん。魔法職ってのは覚えた魔法が増えれば増えた分だけレベルに顕れやすいんだよ。もっとも、一つ新しいのを覚えればレベルが一つあがるわけじゃあないとはいえ、魔法を使う事でもレベルは上がるし、魔法書の解読を成功させること自体がそもそもレベルの上昇につながる。だから、魔法職はレベルが上がりやすいんだ、戦士と比べるとな」
なるほど。
「じゃあ、今の僕のこのレベルは、格闘魔術師って形より、魔術師に近いのかな?」
「そうなるだろうな。身体的にはそこまで変わってねえわけだし」
ふむ。
「もっとも、高位の魔法使いが時折使える補助魔法って分野を使いこなせるようになれば、そっち方面はクリアできそうだが」
補助魔法?
「身体的な機能を補助する魔法だよ。力を強くする、目を見えやすくする、耳を聞こえやすくする。そんな魔法たちだな。もっとも、それを覚える事ができるのは高位の魔法使いだけだし、その魔法の効果も中途半端なせいで、普通の魔法使いにとってはあまり意味が無いから、後回しにされやすいんだ。魔法戦士の究極的な目的は補助魔法の習得と言えるだろうな」
へえ、知らなかった。
今度魔法書見つけたら読んでみよう。
「魔法職と戦士職といえば、神官戦士って、厳密にはどっちなの?」
「ギルドの分類だと戦士職だったはずだな。神官魔法に特化した神官は単に神官として登録される事が多いし。実際それでただの神官を名乗っていたとしても、肉弾戦はある程度できる奴が多いぞ」
なるほど……。
神官って複雑なんだなあ。
いや、複雑なのはむしろ、神殿か。
「じゃあさ、神殿ってさ、どんな所なの?」
「んー……。あんまり教えたくない……」
ケビンは本格的に唸りながらそう言った。
なんだか悪い思い出が先行するというか、そればっかりという感じらしい。
「基本的に神殿って、厳しいんだよ。色々と。悪口を言いだしたら一週間は喋りっぱなしになるから、勘弁してくれるか?」
「一週間って。ケビン、どんだけ神官のこと嫌ってるのさ」
「仕方ないだろ。あんな所で好き好んで生きてる奴の気がしれねえ。いやまあ、そういう『誓い』だからなんだろうけど」
神殿って名前的にはものすごく煌びやかなイメージなんだけど……。
内実を知る人にとってはどす黒い空間なのかなあと思った。
「ふぁあ……。なんか一日本読んでたせいか、眠くなっちゃった。早いけど寝ちゃおうかな」
「夕飯は食ってるし、構わないさ。それに魔法書を読むのは集中力を使うんだ、当然と言えば当然だろ」
それもそうだ。
ちらりと時計を見る。まだ夜の八時だった。
「じゃあ、早いけど、先に寝るね。おやすみ、ケビン」




