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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの冒険者
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13 - 魔法の気付きと足並みのこと

 ギルドで策謀に巻き込まれた翌日。

 僕はケビンに買ってもらった装備を身につけた状態で、宿の部屋にて読書をしていた。

 読書と言ってもただの本ではなく、装備と一緒に買ってもらった魔法書だ。

 原則として、魔法は魔法書を読むことで覚える必要がある。

 シーグは元々に記憶力が良かった方なので、結構なバリエーションの魔法を覚えていたんだけど、レベルの都合であきらめた魔法書というのがいくつかあった。

 なので、レベル50を越えた今ならば大丈夫だろうとケビンのお墨付きをもらった魔法書を読みあさっているのである。

 で、本来、魔法書を読む時は身軽な格好であることが望ましい。

 究極的には裸が一番なのだ。

 これは詠唱によって作られる魔力の形を正確に覚えるためには、少しでも『ゆらぎ』を減らし、魔力の形を正確にする必要があるからで、着衣しているとその分だけ『ゆらぎ』が産まれるためである。これは物体に寄る魔法干渉と言う現象らしい。

 だからシーグも、一番最初に魔法を覚えた時は全裸で、それ以降も大抵は下着だけを身につけた状態で魔法書は読んでいたようだ。

 けど、シニモドリとして僕が入った時点で、この身体の記憶はその全てが完全に僕の命に焼き付くようになっている。

 魔力の形は正確に、そして精密に再現できるので、たとえ『ゆらぎ』が生じてたとしても、その『ゆらぎ』ごと完璧に再現できる以上、特に関係ないのだった。

 また、詠唱についても、最初の一回はしなければならないとはいえ、二回目からは必要ない。

 詠唱をしたほうが早い魔法もあれば、詠唱をしないほうが早い魔法もあるので、このあたりは要訓練……慣れれば基本的には詠唱しないほうが早い。まあもちろん、詠唱をしたほうが楽な事も多いから、時と場合によるのだろう。ケビンも神官魔法とはいえ、その詠唱はしたりしなかったり様々だ。

 折角持った便利な才能。十歳としても尚小さいこの身体では、肉弾戦ではどうしても劣る。それを埋めるにはこの才能を最大限に活用しなければ……。

 そんなこんなで魔法書を読み終えて、机の上に置くとほぼ同時に。

「シーグ、飯貰って来たぞ。食おうぜ」

 なんて、ケビンに声を掛けられた。

「うん」

 もしかしなくてももっと早くに戻っていて、僕の邪魔をしないために待っていてくれたのだろう。

 有難いことだ。

 ケビンはベッドを椅子がわりにしていたので、僕はケビンの横に座る。

 ご飯のパンは机の上なので、ベッドが汚れる心配は無しと。

「どうだ、魔法書は。解読できたか?」

「とりあえず、一冊は読み終わった。まだ実際に使ってはないけど……特に違和感も無いし、大丈夫だと思う」

「そうか。…………、まあ、読めたのはいいことだ」

 ケビンは何やら奇妙な間を置いたものの、うんうんと何度も頷いた。

 まるで息子の成長を喜ぶ父親のようだ。

 まあ、まるでもなにも事実上そんな関係のような気はするけども。

「で、ケビンのほうはどうだったのかな。まさかご飯取りに行っただけじゃないんでしょ?」

「流石にお見通しか」

「三年もずっと一緒に生きてきてるんだもん。そのくらいは解るよ」

 基本的にケビンは僕に対して嘘をつかないし、隠し事もしない。

 僕が聞けばちゃんと答えてくれるのだ。たとえそれが知らなければ良かったというような事でも。

「この所、色々と溜まってたからな。発散してきた」

「…………」

 僕のしらけた視線に、ケビンはバツが悪そうな表情でパンを一口頬張る。

 まあ、僕が居る場所で発散しないだけマシといえばマシだ。今後はこの手の話題には触れないことにしよう。

「色々、とえばさ。あの魔物、結局どうするの?」

「うん。そっちも考えないといけないんだけど、少なくとも現状じゃあどうしようもないってのが実際だな」

 ケビンは指を三本立てて言う。

 僕もパンを一つ取り、頬張りながら首を傾げると、続けて説明が飛んできた。

「理由は三つある。一つ目、まず、あの魔物に勝てる要素が現状では無い」

「それこそ、僕を置いて行ったら勝てたりしないの?」

「無理だな。装備を完全に整えても、たぶん勝てない。負けはしないが」

 妙な断言だった。

 なんでだろう。

「俺は神官戦士としては、神官魔法に疎い部類だからな。力技でどうにか出来てしまうが故に、細かい技がダメなのはシーグも知ってるだろう。これが今回、ちょっと埋めようのない問題になっている」

「具体的には?」

「あの魔物は非実体の部分に核、俺達人間でいうところの心臓とか頭だとか、そういうものがあるっぽいんだよな。実体部分は儀礼済み兵装で削れるんだが、その非実体部分を攻撃することがどうしても難しい」

「ふむ」

 確かにケビンはその手の事を苦手としている。

 けど、

「でも、半年前くらいに高位の魔物を相手にした時、その魔物の討伐自体は上手くいったけど、ほら、怨霊化しちゃって手を焼いた事があったでしょ。あの時、ケビンは怨霊、つまるところの非実体な魔物を滅ぼせてるじゃない」

「確かに滅ぼせたが、あの時はお前に足止めを頼んだの覚えてるよな?」

「うん」

 魔物それ自体は高位のものだったので、もちろん当時のシーグでは生き残るだけで精一杯だったのだけど、怨霊と化した後のそれはとても弱く、当時のシーグでも捌き切れるほどの力しか残って無かったのだ。

 そのため、シーグが時間を稼ぎ、『浄化』の神官魔法をケビンが使って無事撃破、そんな流れだったはずだと言うと、その通り、とケビンは何度も頷いた。

「『浄化』の神官魔法は初級だからな。俺にもなんとか使える。けどやっぱり苦手に違いはねーんだよ。行使に時間がかかる」

「時間……それはどのくらい?」

「あんときの怨霊を浄化するために必要だったのが30秒だから、今回の魔物だと……どんなに短く見積もっても、まあ、二時間くらいか?」

 …………。

 二時間?

 二時間。

 そっか、それは確かに無理すぎる。

「どんなに短く見積もっても、つまりその二時間ずっと気付かれないという都合のいい期待をしてもそれなんだ。実際には邪魔もされるだろうし、攻撃を受ければ治癒をしなきゃ俺も死ぬから、中断も多くなるだろう。そうなると愈々何日かかるか解ったもんじゃねえし、負けないにせよ勝つのは厳しい。それが俺の認識だな」

「あのギルド支部に居たトップ層を連れてっても……それはあんまり変わりそうにないね」

「ああ。あの書類にあった冒険者じゃあ、二時間戦闘を継続するのは戦力的に厳しいな。報告書には戦闘時間が書いてなかったが、恐らく五分さえも戦闘は継続してないんじゃないか?」

 多分そうだろう。

 早々に壊滅して撤退、そんな感じの報告だったし。

「そういえば、一人取り込まれたとか言ってたけど。どうなんだろう」

「もし本当に取り込まれているのだとしたら、流石に手遅れだろうな……。お前の場合は完全に取り込まれた後すぐだったけど、それでもそうして特に問題なく意識を取り戻すのは奇跡的なんだぜ」

「…………」

 奇跡的。

 か。

「が、まあ、あまり心配はいらないぞ。恐らく取り込まれたと言うのは嘘、いや、虚言だろうからな」

「え?」

 その言葉は力強い。断言にも近かった。

 どこにヒントがあったのだろうか。

 僕の疑問に気づいたらしく、ケビンはその種を明かしてくれた。

「いやな。昨日あの破談にしたあの場において、俺はちょっと違和感を覚えたんだ。レベル70代の冒険者が二人も重態で、目の前にはレベル94の神官戦士が居る。にもかかわらず、俺に治癒の依頼が無かっただろう?」

「…………」

 そういえば……確かに、それとなく依頼するような事も無かった。

「でもあれは、ケビンが怒っていたから、今は頼んでも無駄だと悟ったから……とかじゃないの?」

「それは無理筋だな。シーグも気付いてたと思うけど、あの件については不問に処す、改めて話を持ってこい、俺はそんなニュアンスであの場を去ったし、あの後すぐにギルドを出なかっただろう? むしろギルドを出るまでに大分時間を掛けた。当然それは装備の物色が主目的だったが、本当に重態であるならば、その間に機嫌を窺うための品物でも用意して俺に治癒を依頼してくるはずだ」

 それは、確かにそうかもしれない。

 不問に処すと態度で示し、その後も居座り治癒はしても良いという意思表示であることに、ギルドの支部長になるほどの人材が気付かないとも思えない。

「あのギルド支部に俺以上の神官が居るならそいつが治癒してる可能性はあるが、だとしたら俺がそいつの事を知らない訳が無い。ギルドに所属する冒険者はあまり気にしねえみたいだけど、神官はギルド以前に神殿に所属していて、神官ってのは何かあった時のために、横のつながりが強えんだ。だから俺以上の神官がこの街に居ると解れば、俺は真っ先に挨拶に行くぞ」

「だとしたら、逆にケビンは挨拶される側なんじゃないの?」

「本来ならな。けど俺、神殿内部での序列は大分下の方だし……、神官戦士としてのレベルは高いけど、神官としては落第寸前な上、俺たちは結構な頻度で宿も替えるだろ。だから俺にわざわざ挨拶しに来るような神官は滅多にいねえよ」

 なるほど。ケビンがこうも断言するならばきっと間違いではないのだろう。

「要するにあの報告書はブラフ、俺を説得するための脅しとしてのものだと見るべきだな。ここに居る冒険者では対処し切れるか不安だ、だから俺の力を使いたい。そこで連中は手を誤ったわけだが……。まあ、そのためにも一応交戦はしているはずだ。全くの嘘だったら、それが露見した時点で俺がギルドに対して弓を引くことが確定してしまう。魔物を倒した後にだとは思うがね」

「じゃあ、交戦してすぐに壊滅したんじゃなくて、最初からすぐに撤退するつもりで探りの交戦をしたってことか……」

「そう言う事だな。そして第二の問題がここで明確に産まれるわけだ」

 自分の分のパンを食べ終えて、ケビンは伸びをしながら言った。

「俺がそんな小細工を見抜いてしまった以上、ギルドに取れる手段はもはや土下座しかない。ごめんなさいを俺とお前にして、機嫌を戻し、そして改めて協力を要請するわけだが……俺にせよお前にせよ、この街のギルドに対してなかなか大きな不信を抱いちまった。これを解消しない限り、足並みがそろわんよ。そんな状況じゃ戦いにならん」

10秒で1ターンとするTRPGおなじみのルールだと720ターン後。

もしかしなくても永遠。

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