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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
シニモドリの冒険者
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12 - 誓いと配慮と策謀のこと

 僕とケビンはギルド支部を訪れ、その一階にあるお店で新たな装備をああでもないこうでもないと物色していると、

「申し訳ない。お二方にお時間を戴きたいのだが」

 と、聞き覚えのある声で呼びかけられた。

 視線を向けると、そこにはこのギルド支部の支部長さんがいて、表情は硬い。

 あまり良い知らせではなさそうだ。

 僕の頭にぽん、と手を載せながら、ケビンが答えた。

「構わないさ。それで、俺達は何処に行けばいい?」

「こちらへ」

 支部長は言うなり歩きだしたので、僕たちは大人しく彼について行った。

 はたして向かった先は、一階奥の酒場、の更に奥。

 そこには下り階段があり、そこを降りると、頑丈そうな扉。

 その扉の鍵を開け、支部長はその中へと入る。

 やたらと頑丈そうな扉に守られている割には、その中はとても整った、客人をもてなすような部屋だった。

「要人を迎える時に使う一種の特別室だな。防音設備がしっかりしているし、どうも外側から魔法の干渉を受けないような細工もしてあるようだ」

 ケビンがかいつまんでこの部屋の意味を教えてくれた。

 ようするに内緒話をするのに最高の環境と言う事なのだろう。

「で、支部長。わざわざここに通したんだ、事態は深刻、そう言う事だな?」

「その通りです」

 支部長は報告書の束を机の上に差し出し続ける。

「例の魔物の誘導、可能であれば討伐を行うための冒険者四名から成るパーティが向かったのですが、重傷ながらも一名は生還。残る三名の内二名は重態、最後の一名は不明です」

「不明……、取り込まれたか?」

「おそらくは」

 死人は出てないのか……と思ったけど、たぶん取りこまれた人は死んでるだろうなあ、と僕は他人事のように思う。

 命がよほど丈夫な、僕のような生きることに手段を選ばないような命ならばまだ望みはあるけど……あの快感は、生半可な命ならば簡単に壊してしまうだろう。

 たぶん取りこまれても当面身体は生きてると思うけど。

 どうやらケビンは読む気が無いようなので、僕が変わりに報告書を読む。

 そこには今回派遣された四人の冒険者の情報と、その四人のうち重症ながらも生還した一名の証言が克明に記録されていた。

 レベルは一人を除いて70代。一番低い人が73、一番高い人は81。『最低限戦える』とケビンが踏んだ70代に加え、80代を用意した、そんな形かもしれない。

「どうだ、シーグ。バランスは」

「良い部類だと思う。前衛が一番硬い、レベル81だからすぐに崩れるとも思えない。実際、証言をしたのはレベル81の人みたい。証言内容、読みあげる?」

「要点だけ」

「えっと、『これまでの記録にない新種の魔物』、『取り込みが確認』、『技量盗みの上位版』、『単純戦闘力自体が高い』、『儀礼済み兵装の効果が薄い』。ってところかな」

「何?」

 ケビンは僕が持っていた書類を取り上げた。

 まだ読んでたのに……。

「儀礼済み兵装の効果が薄い……? 俺がバトった時は相応の効果があったぞ」

 そして四人の詳細にも目を通し、ケビンは思いっきり表情をゆがめた。

 シーグになる前までならば意味のわからない文面だっただろうけど、シーグはこのあたりの知識を豊富に持っていたおかげで、僕としてはそのケビンの懸念が手に取るように分かったり。

 儀礼済み兵装というのは、神殿などの施設によって神官魔法を込めた装備品のことで、魔物の能力を削ぐことができる便利装備だ。

 もちろん、魔物以外にたいしてはただの装備に過ぎないし、そんなに数を作れないからか、それの売値は高いしそもそも売ってるかどうかという問題さえあるのだけど、それでもレベルが70を超えているような冒険者ならば大抵一つは持っているし、僕もケビンに譲ってもらった儀礼済み兵装の額当てを腕に巻いている。

「脱出する時、ケビンが大剣で縛りつけたから、その時の大剣を取り込みされたんじゃないかな」

「…………。あり得る話だな」

 苦々しげにつぶやき、書類を僕に返してくる。

「本来ならば俺が出るべきなんだろうが……、俺はともかく、シーグが死ぬな。そうなると本末転倒も甚だしい」

「失礼ながら、ケビンどの。それでもあなたの力が無いと、国が滅びかねないのです」

「それは解っているが、支部長だってわかっているだろう。神官戦士は神官の一種だ。そして神官とは『誓い』によって力を得た者。俺の誓いは『シーグを護る』であって『国を護る』とかじゃあない。断言しよう。俺はシーグ以外がどうなろうとも力を失わないし、俺はシーグを失えばそこで力を失うんだよ」

 レベル90を超えていても。

 いや、レベル90という数字を越えてしまっているからこそ、ケビンの声は切実なものだった。

 己の誓いを護ることで、神官はあらゆる力を得る。それは神官魔法であったり、単純な戦闘力だったり、様々だ。

 普通の神官は『より多くの人を護る』ことを誓いとしているから、こんな事態ではむしろ、ギルドに協力を申し込む。

 そうしないと『より多くの人』が護れず、それは誓いが崩れることを意味し、神官としての適正を失うためだ。

 だけれど、ケビンは違う。

 ケビンはあくまでも『僕一人を護る』ことを誓いにした。

「些細ながら忠告しておくが、だからといってシーグを人質にしようとは考えるなよ。そんな事をして見ろ、俺は全力でギルドを潰すだろうし、神殿もそれを止めやしねえぞ」

 もっともこのギルドでそれができるとは思わんがね。

 ケビンは見下すかのように、そんな事を言い放つ。

「国が滅ぶ? だからどうした。国が滅んでもシーグが生きてるなら、俺はそっちを選ぶぞ、一瞬たりとも迷わずにな。神殿もそれを後援するだろう。もし俺の言葉が嘘だと思うなら、もし俺に少しでも迷いがあると思うなら、ここでシーグを攫おうとするなり殺そうとするなりして見ればいい。その時点で俺はこの街全てを敵と見做し、全身全霊で一人残らず殲滅するが、それが『神官』としては正しいんだよ、支部長」

 笑いながら。

 圧倒的なプレッシャーを支部長に向けつつ、ケビンは言う。

 僕はそのそばにいるだけだけど、支部長は目に見えて弱っていた。

 なんとも、神官という生き様は取り扱いが難しいようだ。

 フォローしておくか。すんなりそんな事を考える僕が居ることに僕が気付いて思い出してみると、シーグは似たような状況を何度も経験し、その都度フォローしていたようだ。

「ねえ、ケビン、僕を護ってくれるのは嬉しいけど、そこまで言っちゃうと逆に僕が困るよ。僕の立場も考えてね」

「ああ、すまん。普段なら我慢したんだが、今回はどうしても言わなきゃならなかった」

 今回は?

 いや前回も大概だったよ?

 とシーグの記憶が訴えてくる。けどそれと同時に、どうも今回のケビンは久しぶりに、本気で警告したようだとも感じた。

 はて?

「俺達がこの部屋に通された理由を考えて見ろ、シーグ。優れた防音設備、外部からの魔法遮断。内緒の話をするにはもってこいの環境だが、これは逆の使い方もできると言う事だ」

「逆……?」

「この部屋の中の音が外に聞こえないと言う事は、この部屋の外の音が中には聞こえないと言う事だろう。それが一つ目。そしてこの部屋の中では秘密が守られるというのは事実だが、守られる秘密はこのギルドの秘密であって……俺達の秘密じゃない。それが二つ目」

 ケビンは笑みを浮かべたまま、テーブルに置かれた置物を手に取ると、有無を言わせず、リアクションの隙を与えずに、それを扉に投げつける。

 その置物は頑丈そうな扉とぶつかり、派手な音を立てて破壊されるはずなのに、どうやら魔法を使っていたのか置き物の強度が扉のそれを上回ったらしく、扉には大きな穴が開いていた。

 そしてその穴の向こうで、人が倒れるような音。

 穴から微かに見えるのは、武装した冒険者の姿だった。

「まあ、俺が討伐への参加に難色を示す事は前に会った時の俺の口ぶりから予想できたんだろう。だから次善の策として、俺を従わせる方法を考えた。幸い俺の知名度は高いからな、俺にとっての弱点がシーグである事も含めてすぐに判明しただろう。会話で説得できればそれが最善……それができそうにないならばシーグを人質にして、シーグの命と引き換えに魔物の討伐隊に参加させる。そんなところだろう。まあ、シーグを実際に害するつもりは微塵もねえだろうけどな。そんな事をしたら俺がギルドに刃向うのは目に見えている」

 露骨にギルドを見下すような言い方だった。

「残念だったな、支部長。『神官』としての俺の誓いまでは調べがつかなかったんだろ? 噂として『シーグを護ること』が誓いだと聞いたり、可能性としてそれが真である可能性に思い立ったのかもしれねえけど、確証は取れなかったって所か? でも、シーグが弱点であることに違いはないし、俺を現実的に動しうるもっとも有効な手はシーグだけだと、そう判断した。だから話し合いで説得できなければ実力行使。レベル90を越えている時点で、俺を力でどうこうすることは厳しい。レベル80代を相応数を揃えればあるいは俺を物理的に説き伏せる事もできるかもしれないが、直接俺をどうこうする必要はない」

 というより、それができたら苦労しないよなお互いに。ケビンは補足するように言った。

 そりゃそうだ、レベル80を数揃える事ができていれば、普通に魔物を倒せばいいのだから。

 ケビンはさらに続ける。

「だからギルドはシーグに目を付けたわけだ。シーグのレベルは以前提示された時点で33だった。それは受付も支部長も見てる。まあ多めに40程度だと計算しても、レベル60程度の冒険者ならばシーグを無傷で捕えるくらいの事はできるだろう。実際には俺が咄嗟にカバーに入るだろうから、俺から一瞬でもシーグを引き離すだけの手数は必要だ。レベル60ならば3人いれば足止めくらいはできる計算だ。シーグを捉える一人を含めても、レベル60を四人。それならまあ、現実的な数字だな。そして俺に魔物を討伐させている間、シーグの機嫌を損なわないように色々と手を尽くして、帰ってきた俺をシーグから説得させることができれば及第点だし、シーグを手籠にする人員も、さっきのレベル60が四人で十分だろう。とまあ、それがその扉の向こうに四人組が居る理由ってことだな」

 なるほど、そう言う事か。

 さっきの置物が命中したらしく、一人気絶してるから、三人組になってしまってるけど……。

 冒険者は意外とこの手の策謀に弱い。だから十分成功の見込みはあると支部長は判断したのだろう。

「誤算は、『俺のシーグに対する誓いが想定をはるかに超えて強いものだった』ことだろうな。神官は慈悲深く、多くのものを救うのが通常だ。まさか一人のために街を滅ぼすとは思わなかったんだろうが……。まあ、神殿も色々試してるって事だよ。冒険者が色々試しているようにな」

 さて、とケビンは立ち上がる。

 もはや興味が失せた。そんな感じだった。

 実際、もはや打つ手はないのだろう。

 僕としても……シーグとしても、僕が狙われたと言う事には不快感しか感じていない。

「さて、宿に戻るぞ、シーグ。どうやら支部長は俺達には用事が無かったらしい」

「……ん」

 最低限。

 最低限、ケビンはそれでも配慮している。

 いつもならばこの街からさっさと出て行くと言いだしてもおかしくないのに、それでも宿に戻ると、この街にとどまることを支部長に教えているし。

 それに、『用事がなかった』と、ケビンは言った。

 今回の件は不問にしてやると、そう言う事なのだろう。

 僕は立ち上がり、

「ああ」

 帰ろうとしてふと思う。

「さっきケビンが壊しちゃった置物の代金、置いておきますね。弁償です。ごめんね」

 あれ高そうだったからなあ。

 僕が金貨を置くと、ケビンは複雑そうな表情で目をそらした。まあ、どうせ僕が持っているお金って、僕とケビンの共有財産だから、良いんだけどね。

「じゃあケビン、改めて装備の物色に戻ろうよ」

「そうだな。そうしよう」

 僕とケビンは警戒態勢の三人の冒険者と気絶した一人の冒険者の横を通り過ぎる。

 結局、冒険者たちは手を出してこなかった。

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