11 - 一気に上がった才のこと
ギルド支部を後にした僕たちは宿に戻り、疲れを取るべくそれぞれベッドの上に寝転がった。
僕はともかく、ケビンは半日通しで戦っていたのだ、その疲労は推して知るべしって感じだろう。
それを表に出さないのは、さすがレベル90オーバーの冒険者だと感心するほかない。
一方で僕、シーグも、いささかの疲労を感じていた。
シニモドリとして身体を得たその日の内に、これほど動いたのは初めてだけど、それはあまり関係ないだろう。
頭の中で記憶を確かめる。
シーグの詳しい経歴を、思い出す。
シーグの両親はシーグが七歳の頃に死んだ。
身寄りを無くしたシーグは、その頃既に冒険者として一定の地位を持っていたケビンに拾われた。
『ねえ、ケビン。どうしてケビンは、僕を助けてくれるの?』
『どうして? ……今さらな事を聞くなあ、シーグ。俺が神官になった時、必ず守ると誓った人。それがシーグ、お前なんだよ』
だから俺はお前を助ける。どんな時でもそれは変わらない。
ケビンは笑ってそう言った。
そして、ケビンはシーグに戦う術を教えた。
それは今でも。
続いている。
「…………」
ベッドの上で熟睡しているケビンを見て、僕は自分のレベルカードを手に取る。
シーグの記憶によれば、シーグが最後にこのカードを更新したのが、一ヵ月前。
そして僕には一つ懸念があった。
シーグは確かに戦えたのだろう。
シーグの記憶を全て持っているからか、ラスにも使えなかった魔法は、当然のように使う事が出来た。
魔法と格闘を組み合わせる、独特な戦闘スタイル。
それをシーグが編み出したのは、己の小さな体格で、最も効率的な手段がそれだったからに他ならない。
格闘魔術師。
僕ははたして、その戦い方で戦えるのだろうか。
記憶はあるし、身体もその記憶にあるもののままなのだ。
だけど、命が違っている。命が僕になっている。それが戦闘に影響するのは、むしろ当然のような気がする。
僕は意を決して、『クラス変更』、『格闘魔法』の二つを呟く。
レベルカードは嘘をつかない。
この言い回しで、シーグは格闘魔術師というクラスについていた。僕がその適正を失っていないなら、格闘魔術師のままのはずである。
そしてレベルが33を下回っていれば、きっと命が違うから、僕の戦い方が劣化したと言う事だ。
幸い、今ならばクラスの適正を失ったり、レベルが下がったとしても、ケビンを言いくるめる事ができる。
魔物に取り込まれたから……それが原因で、戦い方が奪われたと、そう言えば良い。
はたして、レベルカードは表示が変わる。
名前は当然、シーグのまま。これはラスの時にラスの名前が表示されてたし、名前はその時の身体に依存するのだろう。
クラスは幸い、格闘魔術師だった。格闘魔術師としての適正は失っていないらしい。
そしてレベルは……、51だった。
一ヵ月あれば、レベルが二つ三つ上がる事はある。レベルが低い間ならば10という単位で上がる事もあるそうだ。
しかし流石に20近くも上がると言うのは異常だと思う。
「どうしたよ、シーグ」
僕が困惑しながらカードを眺めていると、いつの間にか目を覚ましていたケビンが僕を不思議そうに見ていた。
隠してもしかたがないので、僕はレベルカードを差し出した。
「更新したら、なんだかレベルが一気に上がってて」
「ん……前に更新したのはいつだったか」
「一ヵ月くらい前だよ」
一ヵ月か、とケビンはカードを受け取り呟いた。
「まあ、別におかしくは無いだろう」
「そうかな。20近くも上がるなんて、僕は思いもしなかったけど……。原因はなんだろう?」
「そりゃ、今日バトったあの相手のせいだな。あの魔物は俺のレベルさえ上げたんだ。レベル33とかでアレと対峙して、紆余曲折あったとはいえど、最終的にシーグ、お前は生き残っている。それなら、レベルが50になってもおかしくないさ」
そんなものだろうか。
僕自身は殆ど戦ってないわけだし。
でもまあ、こんなものかもしれない。
「そうだな。まあ、33が一気に51になったってのは驚きか……今日、は流石に疲れたから、明日の朝、ちょっと動きを見てやるよ。お前のレベルが本当に51相当なのかどうか」
「うん。ありがとう」
お礼を言うと、ちょうどお腹が鳴ってしまった。
……そういえば今日は、朝から何も食べていないのか。
「お腹すいちゃったな……。ケビン、僕、何か食べものを貰ってくるけど。ケビンは何か食べる?」
「あー。そうだな。パンか何か貰ってきてくれ」
「うん。ケビンが好きそうなの貰ってくるね」
僕はベッドから降りて、部屋を出る。
頼んだぞ、と背後でケビンの声がした。
翌日。
宿の裏手にある広場をケビンは貸し切り、僕と向かい合っていた。
ケビンは普段使い用の防具を身につけているけど、武器は無し。
「新しい剣も買わねえとな」
手持無沙汰なケビンがぼやいた。
「それじゃあシーグ。お前の好きに戦ってみろ、いつも通り全力でだ」
「うん」
全力で戦うために、僕は頭を切り替える。
大丈夫。僕がどんなに頑張っても、ケビンを殺す事は不可能だ。
魔法も体術も、全てをフルに活用する!
とりあえず牽制の意味も兼ねて火の玉の魔法を産み出し、それを蹴ってケビンに向ける。
ケビンはそれを避けようともせず、普通に片手で受け止めて、傷一つどころか産毛一本燃やせていないようだった。
まあ、概ねシーグにとっての想定通りだったので、そのまま突貫しながらも魔法を行使しておく。
一歩、二歩、三歩と一気に近づいて、左の拳をケビンに向ける。
ケビンは特に動かずに、その一撃をまたも片手で受け止めた――受け止めた手の中で、僕は先程行使した魔法を顕現させる。
それは強烈な電気を発生させるもので、こうして防御した相手を感電させる目的の魔法だ。
これはケビンにとっても織り込み済みだったようでで、僕からすぐに手を放す。その瞬間を縫うように、僕は蹴りを足元へ。当然ケビンはそれを避け、僕の蹴りは地面に当たると、触れた地面が槍のように盛り上がる。
「うおっ」
ケビンは初めて驚き、真剣な回避を行った。
しかし土の槍は、そんなケビンを追尾するように連続して発生し、ケビンはそれを認識すると、発生する槍に蹴りをいれて破壊した。
それでも一瞬そちらに意識が向かったおかげで、僕は死角にもぐりこみ、ケビンのわき腹のあたりに打撃を行う。不意打ちであるにも関わらず、ケビンはそのダメージを最小限に受け流してしまったので、僕は改めて魔法を行使して、光の刃を腕に作る。その刃はケビンのわき腹を掠め、僅かに血が舞った。
もっとも、その次の瞬間、僕は思いっきりケビンの蹴りを喰らい、その場に叩き伏せられたし、折角ケビンにつけた傷も、瞬間的に治癒されたけど……。
「なるほどな。うんうん。そうか。シーグ、もう良いぞ。結論から言おう」
ケビンは僕に手を差し伸べつつそんな事を言う。僕はひとつ息をのんで、次の言葉を待った。
「お前は確かにレベル51相当だ。攻撃間隔、全体的な駆動速度、それら全てが上がってるし、シーグは今魔法を複数、ほとんど連続して使えてたよな。それはちょっと前のお前にはできなかったことだ。だから俺も普通に切られたしな」
そう言えばそうだった。僕は記憶からそう思う。
「たぶん魔力の絶対的な数字が増えてるんじゃねえかな。だから魔法の連続ができるようになった。全体的な駆動速度の上昇とか攻撃間隔は、これまで魔法を行使するために必要だった『溜め』が減ったから、だろう」
今のやりとりだけでここまで分析されるとは。
さすがはレベル90オーバーの冒険者。
「まあ、まだまだ改善の余地はあるな。今日は少しそのあたりを教えてやる。それが終わったら、一緒に装備揃えに行くとしよう」
ケビンは僕に治癒の魔法をかけながら言った。
「しかし驚いたな。シーグ、いつの間に詠唱破棄なんてできるようになったんだ?」
「あれ? そういえば僕、今詠唱して無かったね」
何で発動したんだろう?
「無意識にやってたのか……。シーグらしいと言えばシーグらしいな。詠唱って行為はそもそも、魔力の形を決めるためのものだから、それを感覚でできるなら、必要ない。もしかしたらレベルが上がった事で、前に一度でも使った事のある魔法の感覚を思いだせるようになった……とか、そういうのかもな。俺もそうだったし」
ケビンの補足に、僕は思わず目をそらす。
ああ。そう言う事かと理解して。
たぶんそれはレベルが上がったからじゃない。シーグの記憶が完全に、『僕』の命に刻まれたことによる副作用だ。
それも含めて、シニモドリって生き方は、自然と魔法が得意になるのかもしれないなあと、僕は不意に思ったのだった。
レベル90を超える者は世界でも有数です。但し、それは戦闘職においての話。
事務職、例えば商人だとか吟遊詩人などは、レベルが高い人も多いんだとか。
ラス・ペル・ダナンの母親も、それでレベルが馬鹿高かったわけですね。




