09 - 決意とケビンと強さのこと
状況を整理しよう。
『僕』が今持っている知識は、『最初の僕』のある程度の記憶と、『ラス・ペル・ダナン』の全ての記憶、そして『シーグ』の全ての記憶だ。
ラス・ペル・ダナンは商人見習いレベル5、戦闘の訓練は結局受けていなかった。
シーグも十歳ながら格闘魔術師としてのレベルは33、と、ある程度は戦える。
しかしながら、シーグが持っていた記憶からして、恩人、彼の名前はケビンだけど、そのケビンは神官戦士で、彼のレベルカードをみた最新の記憶は三か月前、その時は93だ。
レベル差は60。なんというか、手出しをしようにも手出しのしようがないような気がする。
だからこそシーグは大人しく逃げる事を選んだのだろう。自分の力ではケビンを手伝う事が出来ないと、嫌と言うほどに知っていたから。
その本質は今も変わらない。
だから今の『僕』の結論としても、逃げるというのが正解なのだけど、そこで更に問題になるのがあの結界だ。
逃げようにも逃げ場が無い。
手伝おうにも手伝いようが無い。
だからといって何もしない、わけにもいかない。
直接戦闘では打つ手なし。
恐らくこの身体が生きる事を止めていることを魔物は知っていて、ケビンもそれとなく気付いている。
だからこそ、ケビンは決着を急いでいるのだと思われる。
限られた手札の中から、僕が打てる最良の手は?
「…………。魔法を使うのは『初めて』なのに、『慣れてる』ってのも奇妙な感覚だよね」
『僕』にとっては初めての。
『身体』にとっては慣れ切った、魔法の行使。
使う魔力を切り取って、定められた形に成形し、そして最後に意志を持つ。
魔法はそうして発動する。
僕が使った魔法は、『光球』。
光源となる光の球体を作りだす、ただそれだけの魔法だ。
それを行使し、作りだした『光球』を、空へと投げる。
ふわりと球は僕から離れ、空高くから、あたりを照らした。
周囲から爆発音が一瞬途絶え、一際大きな爆発音がしたかと思うと、僕としては初めての姿が、しかし身体にとっては見慣れた姿が視界に入った。
「ケビン!」
「シーグ! 無事か!?」
「なんとか!」
僕を当然のように担ぎあげ、ケビンはそのまま走り続ける。
当然、いきなり身体が移動を始めたおかげで全身に負荷がかかるのだけど、不思議とそれに僕は慣れていた。
僕はと言うか、どうやらシーグにとってはこういう荷物扱いは慣れたものらしい。
「ごめん、ケビン。僕のせいで迷惑かけちゃった」
「ああ。確かに迷惑を掛けられた。だがお前が無事で良かったよ、本当に。……下手をしたら目を覚まさないかとさえ思ったんだが」
「でも僕は生きてるよ」
「神に感謝しなけりゃなっ」
なんて言いながら、ケビンは大きく跳躍する。
跳躍した先には大きな木、その木の枝を足場にして、ケビンはどんどん先へと進む。
なんというか、動きが人間業では無い。これがレベル93の冒険者なのか……。
「ん?」
そして移動中にケビンが眉間にしわを寄せる。
僕は荷物として正面から肩に担がれている都合上、当然僕の腰付近はケビンの胸元にあるわけだ。
だから匂いに気付いたのだろう。
「後で洗濯が必要だな」
「…………」
まあ、僕もそう思うけど、今言う事じゃないと思う。
「それより、生き残ることが先決だよ、ケビン。僕が言うのもなんだけど。あの魔物、どうしたの」
「とりあえず大剣を使って地面に括りつけてきた。神官魔法で全力使って縛ったんだけど、ありゃ一時間もしないで効果切れるだろうな」
「一時間……」
たかが一時間。
されど一時間。
対策をするには短いけれど、この場から逃げ出すには十分か。
「結界があったよ。あれはどうするの、ケビン」
「神官戦士様の俺を舐めるなよ。破壊できる面積は人が二人通れるかどうかってくらいだし、その破壊も二秒持つかどうかだが、二秒もあれば脱出はできる」
さすがは恩人というか何と言うか。
頼りになるな、ケビン。
「とはいえ、俺だけの魔力じゃ多分足りない。お前の魔力を借りてなんとかって所だ。けどお前を助けた時には、意識が無かったからな。それもできなかったから、とりあえず戦闘を継続してたんだよ。よく目覚めてくれた。そしてよく、それを知らせてくれた」
「へへ。まあ、他にできる事も無かったからね。僕の魔力は……好きに使って」
「ああ。そうさせてもらおう」
もう一度大きな跳躍をして、ケビンは立ち止まり、左手をかざす。
僕のことは抱えたまま、僕のわき腹に右手を当てる――僕の身体にある魔力が、その手を介して流れて行く、そんな感覚を僕は覚える。
「魔物の力場結界に対する、人間が編み出した一つの解答。それをこれからシーグに教えてやる。よく見とけよ、そしていつかお前も使えるようになっとけ」
「うん。で、それはどうするの?」
「簡単だ。魔力をそのままぶつけてやればいい」
…………。
「つまり、力任せにどうにかするってこと?」
「シンプルで良いだろ?」
良い……、良いのかな?
僕は首を傾げる。
「一応、魔力はこうして円錐にしてやると、結界は壊しやすい。それだけ覚えとけ」
「うん」
魔力の塊が円錐の形を取る。
その大きさは、丁度僕たち二人を包み込むくらいの大きさだった。
そして、ケビンは円錐の底面を蹴り、結界に純粋な魔力の塊としての円錐がぶつかる。
ギイイ、と耳障りな音をたてて、魔力の塊が何かをこじ開けると、ケビンは迷わず、その場所を突き抜けた。
「以上が結界破りの方法だ」
「…………」
参考になるようなならないような……。
魔法ってもうちょっとこう、繊細なものなんだけどなあ、シーグの記憶にあるものは。
けど、魔力をそのままぶつけると言う発想は、シーグにも無かった。
覚えておこう。
やりかたは多分単純で、魔力の移動の延長……かな。
「さて、もう少し運ばれてくれ。一時間、俺が走れば街につける」
「うん。ごめんね、足手まといになっちゃって」
「気にするな。俺だって最初から強かったわけじゃない……それに、俺が十歳のころはお前よりずっと弱かった」
そっか、と僕は頷いて、ケビンに抱きつく。
ケビンはそれを確認し、いよいよ全力で駆け始めた。
…………。
記憶にもあったけど、人間離れした移動速度だよなあ……。
目まぐるしく変わる景色を見ながら僕はそう感じる。
「それに今回の相手は、異常だったしな。何だよあの魔物。俺も知らない種類だったぞ」
「……力場結界を作ってたくらいだから、かなり強い魔物、なんだよね」
「そうだなあ。実際、俺も倒しきれなかったし、何度か俺が死にかけたくらいだ。街に着いたらギルドに報告しないとな……。ところでシーグ、お前、身体は何ともないか?」
「うん。おかげさまで、とりあえず違和感は無いよ。治癒してくれたんでしょう?」
「まあな。魔物に取り込まれるなんてのはレアケースだから、どんな処置が正しいのかも解らなかったんだが、意識を取り戻せたってことはあながち間違いでもなかったのかね」
僕は返答に困る。
確かに僕は生きている。
シーグの記憶はその全てを持っている。だから僕の振る舞いは、シーグの振る舞いと同じになる。
けど、僕はケビンが知るシーグとは、少し違ってしまっているのだ。
「ねえ、ケビン」
「うん?」
「僕、もっと強くなりたい」
「……そうか」
僕の言葉に、ケビンはただ、そう答える。
「あんまり強くなる事を急ぎ過ぎるなよ。方法を間違えれば、きっとその強さは反転するぞ」
「うん」
僕は素直に頷いた。
強くなる。
シーグの為にも。
ケビンの為にも。
そして、シニモドリとして生きるために。
字はシーグ、本名はオルト・ウォッカ。
ここで書くのはつまり、本名の出番は無いと言う事ですが、致し方ない。




