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シニモドリ  作者: 朝霞ちさめ
プロローグ
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00 - 全てが終わった時のこと

 戦場と化した街、放たれた火があらゆるものを燃やしてゆくその街は、ほんの少し前までは極々平和な街だった。

 けれど、そんな街に盗賊団が襲撃をしかけて……この有様。

 街に詰めていた騎士たちは、早い段階で死んでしまった。

 なんとか戦えるような人たちも、盗賊が用いた数の前には無力だった。

 どこに逃げればいいのかもわからないまま、僕はひたすらに逃げたけれど、逃げたつもりだったけれど、崩れた柱に足が潰される。

 不思議と痛みは感じない。周囲には火が回っていて、それはとても熱いはずなのに、そんな感覚さえもない。

 これは夢なんじゃないかなあ。

 実は次の瞬間に目が覚めると、いつも通りの平和な街、僕は実は寝坊をしていて、またやっちゃったとはにかみながら起きるんじゃないかなあだなんて、そんな事を考える。

 痛みはない。

 けれど、足が動かない。

 いや、足を潰した柱をのけようとしているのに、身体がそもそも動かせない。

 夢。

 夢。

 夢。

 夢。

 これは悪い夢に違いない。

 きっとすぐに目が覚める。

 そうに違いない。

 夢。

 夢。

 夢。

 夢。

 ああ、夢の筈なのに、一向に醒める気配が無い。

 身体は全然動かない。

 声を出す事さえ叶わない。

 それでも音は不思議と聞こえる。

 それでも目は不思議と見える。

 だから僕は、焼けて行く家を眺めるだけだ。

 家が焼ける音と、誰かが叫ぶ音を聞くだけだ。

 首も目もうごかないから、周囲で何が起きているのかはわからない。

 僕を逃がそうとしてくれた、僕の両親はどうなったのだろう。

 生きていてくれるかな、僕を助けに来てくれるかな。

 誰かが助けてくれるのを待つしかない。

 僕にはもう、なにもできない。

 そこで焼けてる天井から、嫌な音が聞こえてくる。

 ああ。

 あれはもう、天井ではなくなるのだろう。

 嫌な音を立てて、火に包まれた天井は崩れる。

 僕はそれを見ていても、動く事が出来なかった。

 怯えた表情をすることすらもできなかった。

 助けてくれるのを待つしかなかった。

 助けてくれる人は居なかった。

 だから僕はやっと気付いた。

 痛みを感じなかったのは。

 既に僕が、死んでいたからなのだと。

 あーあ。

 もっと生きてたかったなあ。



    シニモドリ

     00 - 全てが終わった時のこと



 一瞬、世界が真っ白に包まれたと思うと、僕はよくわからない場所に立っていた。

 不思議と僕の身体は無傷で、服は新品のようになっている。

 けれど……この場所が不気味なほどに解らない。

 何処までも続く、白。

 地面があるのかないのかさえも解らない、影一つさえ見当たらない、白。

 身体を動かそうとすると、身体は思った通りに動いた。

 よくわからないけれど、ここが『死後の世界』という奴なのだろうか。

 だとしたらとにかく暇な場所だなあと、他人ごとのように僕は思う。

 天国だか地獄だかのほうがまだマシだろう。

 こんな退屈な場所よりは。

「やあ、こんにちは」

 と。

 何かの声が、聞こえた。

 でも、僕の目には何も見えない。

 ただただ真っ白な空間が広がっているだけだ。

「君はもう、君が死んでしまった事に気付いているかな。気付いているよね。君は最後に、君は最期にこう思ったのだろう? 『あーあ。もっと生きてたかったなあ』と、そう思ったのだろう?」

 何かの声は続いてゆく。

 何かの声。聞き覚えがあるようで、初めて聞くような、不思議な声。

 変わらず姿は見えないけれど。

 それが僕に話しかけている事は、明白だった。

「さて、じゃあここで一つ謎かけをして見よう。君は、死というものが何だと思う?」

 死ぬという事。

 命が失われると言う事。

 二度と戻らないと言う事。

 消えて無くなると言う事。

「そう。その通りだ。謎かけに対する回答として適切であるかどうかは別だけど……一般論として、死というものはそういうものだ」

 つまり、僕の命は失われ。

 僕は二度と戻らないし、僕はついに消えて無くなる。

 そう言う事なのだろう。

 だとしたらここは、僕を二度と戻せないように、僕を消し去るための場所。

 そんな場所なのかもしれない。

「あはははは! 理解が早くて助かるね。その通り。ここは遍く存在が死した後、その魂を完全に消すための場所なんだ」

 なるほど。

 だから真っ白な場所なのか。

 全てを消すから。

 全てを真っ白に、するから。

「そんな物分かりのいい君に、いくつか聞きたいのだけれど。君は死が怖いかい?」

 怖いと言うか……どうなんだろう。

 だって僕もう死んでるし、関係ないと言うか。

「ふむ。それもそうだ。いやね、ほら、さっきも言ったけれど、君は最期にこう思ったんだよね。『あーあ。もっと生きてたかったなあ』って」

 そうだ。

 僕は確かにそう思った。

「それは死に対する忌避感に近いようで、実は少しズレた感想だ。『生きていたい』と『死にたくない』は同じ事を意味しているはずなのに、それでも決定的な差異がそこにはある……死に対する価値観の違いがね。確かに君はもう死んだ。だから死が怖いかと今聞いても、それは関係ない事なのだろう。でも……それでも、だよ。もしさっき質問を、生きて居た頃の君にしたとして、君はどう答えただろう?」

 それは、多分、

「関係ない。そうだろう?」

 そうだ。

 たぶん僕はそう答える。

「面白いね。死を恐れる者は多い。死を恐れない者も、実は少なくない。けれど君はそのどちらとも違うし、もちろん死を理解していないわけでもない。君は死を知って尚、何も思わない。面白い」

 何かの声は愉快に弾む。

「だから君に目を付けたんだよ。だから君を選んだんだよ」

 ずっと探していたものを、数日越しに見つけた時の僕のような声色で、それは言う。

「君、また生きてみない?」

 愉快な声音で。

 何かの声は、僕にそう言った。


 契約は、成された。

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