心、ナイショ
雨が降る。
膝に本を置く。ちょっと、息抜き。
窓の外は雨。
フミくんの好きな子はお日様。
私はお日様になれない。
無理な背伸びだったんだね。
雨が降り注ぐ。
雨が夜の内側でナイショのダンスパーティー。
きっといつまでもお日様に出会えない。
耳につく泣き声は頭痛を呼ぶ。
『早くつかないかなぁ。とーさん、急いでよ』
後ろから焦りの含まれるフミくんの声。
咄嗟にスピードを上げそうになる。
一緒にドライブ。
終わるのは事故現場。
フミくんの声はそこでフツっと途切れるの。
私はその道が好き。
数は減ったわ。
それでも私はフミくんに会いに行く。
時計なんか気にせずにその時間は特別な時間。
「なにやってんだ」
「思い出に浸ってるの。フミくん?」
「思い出かぁ」
一瞬驚きに染まった表情がすぐに変わる。フミくんの話題は幅広い。随分フミくんを知ったと思う。
だからたまに答えを先回り。
「ストーカー?」
先回りを繰り返せば、フミくんはちょっぴり不満そう。
「なぁ。ねーさんは幸せ?」
え?
ふっと、唐突な話題。フミくんの話題はいつだって予想できずに変わっていく。先回りは本当にたまにだけ。
「人生いろいろあるから、後悔したくないんだ。俺はどこまで行けるかわからない。なくして悔やむことだってあるから、一番は掬いとりたいんだ」
眩しいなぁ。
泣きそうになる。
「だからねーさんは幸せ?」
だから?
どーして、だから?
痛い。
痛いの。
掬い取れず、終わったの。
貴方は欲しいものを欲しいとする前に終わったの。
そう伝えてしまいそうで、裏切られたという思いに染め上げられる。
『幸せ?』
そう聞かれて私の中で何かが壊れたんだ。
時間は理不尽だ。
私が幸せかだなんて……ナイショ。
ラジオから聞こえる懐かしい歌。
ナイショの想い出。
やさしい秘密。
止まった時間の男の子。
「ありがとう」
私は赤い鈴を箱にしまうの。
「このまま少しデートしようか」
共通の友人達の結婚披露パーティ。ネクタイを緩めて笑う。
そっと拒否した。
新郎は大学の先輩。新婦はフミくんのお姉さん。
都合が悪くて出来なかった挙式。入籍済みの夫婦だけど、先輩は彼女のために式を望んでて自分の稼ぎで頑張った。
語られたフミくんの思い出。
先輩がフミくんの友達だなんて知らなかった。
私の知らない場所で愛されているフミくん。
あたり前なのに辛い。
歩き出した私の腕を掴む手を見つめる。
袖から覗く手は大きくて私とは違う。
「あそこに通うのか?」
あそこに?
「関係ないでしょう?」
「ある。死者に勝てないことなんかわかってる。だけど、死者に負けるわけにもいかないんだ。俺たちは、生きてるんだからな」
掴まれた腕が痛い。
「……どんな人だったんだ?」
伊住くんが問う。
「どんな?」
「赤い鈴が結ぶ相手だよ」
「お嫁さんの弟さん」
先輩の親友。
今日見た写真の彼はやっぱり明るく楽しそうに笑ってた。
「赤い鈴は彼に『お土産』って貰ったの」
「恋人だった?」
そうだったらいいのにね。
「ううん。片想い。伝えれていれば良かった」
じかにフラれていたらきっと諦められた。
「久しぶりに会えるはずだったの。彼が事故で辿り着けないなんて想像もしなかった。最後になるかもしれないから目に焼き付けたかったよ」
学校が違ったけど、フミくんは誰にでも明るく親切だったから。
なかなか、そばには近づけなかった。
そばに近づきたかったのに。
「好きだった?」
何を言うんだろ。
「好きよ。たとえフミくんの心が私に向くことが無くても好きよ」
フミくんの心残り。
いつもあの公園で体を解してた。好きな子がいるって。
届かないんだから私を見てって言っちゃいそう。でも言ったら会えない気がする。
だから。
黙ってる。
あそこで同じ一日を繰り返すままに。
いつだって初対面。
かなしいけど、他の誰かに壊されたくないし、自分で壊したくない。
「鈴はしまってあるの」
幸せかって聞かれて裏切られた気分になって、ああ。
醜いなぁ。
拒絶されたと思って拒絶した。
「終わりにして周りを見る?」
「そんなのわからない」
太陽の失われた世界で何を見るの?
「誰かとの付き合い方はこれ以上ない勉強だと思う。片槻との付き合い方を俺は学びたいよ。理解していけるなんて言わない。ただ、なにも返ってこないのは嫌なんだよ」
伊住くん?
「俺を見なくても、まぁキッツイけど、構わない。でも、生き方を閉ざさないで。死者の停止した時間で希望を止めないで」
「彼は、フミくんは……」
止まることを望んだりしない。