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迷宮演舞  作者: とにあ
伊住セージ
11/13

君を初めて見た瞬間

 スミレちゃんが赤い鈴を握る姿をあまり見なくなった。

 公園でしゃがみこむ姿も。

 俺は時々いない存在の泣き声をきくようになった。

「痛いんだってさ」

 もちろん、一番聞き取りやすいのはフミ先輩の声。その言葉を聞けてもなにかできるわけじゃない。

 ただ、本当に何にもできないわけじゃなくて、ほんの少しは行動がとれる。

「おかあさんが泣いているんだって」

 そっと道の脇に供えられた花とお菓子はまだ真新しい。

 車通りの少ない道。信号のない横断歩道。うすぼんやり見える小さな影が女性の裾を引く。

「危ないですよ」

 さりげなく女性に声をかけて歩道へと導く。小さな影には先輩が渋い表情でついている。数台の車が法定速度を超えてそうな速度で走り抜けていく。

 ほんの少しの時間、彼女の嘆きにそう。

 見知らぬ人だ。

 それでも、小さな影に罪を背負わせるのは辛いだろう?

 他愛ない会話。ほんの少しの世間話。


 嘆いてかまわないんです。


 いつか、笑顔を思い出して。


 辛いことだけじゃなかったでしょう?


 もし、母より先に逝くとして、母がただ嘆きにくれると思うと自分なら辛い。

 届くなどと思わない。


 喪われた時間は幸せでしたか?


 正解なんかわからない。


 それでも放っておくことなんかしたくなかった。





 風邪っぴきのクソ親父がソファにぐだつきながらゴミ箱にティッシュをシュート。

「……バカ」

 ハズして転がるゴミを俺が、ゴミ箱に。

 外すなら投げんじゃねぇよ。手間増やしやがって。

「まぁなぁ。正解なんかないさ」

 話を聞いた親父はやっぱり役立たず。

 フミ先輩が机の上に開かれた本を見下ろしている。

「俺になにかあったら、母さんは落ち込む?」

 そういう日常から意識を切り替え、食事の準備をしつつ聞いていた母さんに話を振る。

「あたりまえでしょう」

 軽やかに母さんが微笑む。

 こういったあたりまえを受け取れるのも欠けることなく生きているから。

「まぁどーとでもなるがな」

 びむっと親父が鼻をかむ。どーしてこうムカつくんだか。

「お父さんもきっと、気を落としてしまうわね。お父さんの誕生日だし今日はご馳走よ」

 風邪っぴきの親父がメインの誕生日パーティー。

 ケーキに凝った料理。

 親父用の雑炊も凝ったもの。

 うきうきイベント好きな母さんが腕を奮って作ってた。

「素敵なお嬢さんを早く連れてきてちょうだいね」

 はしゃぐ母さんならきっと、スミレちゃんとうまくいくと思うんだ。

「気ぃ早いんじゃね?」

 フミ先輩がキツイ!



 父母の繋いだ手を見るのはどこか気恥ずかしいが、

 が!

「セージ! 温泉入ろう! 温泉!」

 楽しそうなフミ先輩が一番謎なんだよ!

 宿の庭を散策する。

 そこは静かで、ただ風にそよぐ梢。そして水の流れる音。

 澄んだ空気の中で吐く息は白く染まる。

「伊住君?」

 スミレちゃんの姿にボゥっと意識が揺れる。

「やだ。湯あたり? 大丈夫? お水足りてる?」

 心配されてると思うとグッと思考が過剰回転する。

「もう、……バカ、ね。ちゃんと自己管理しなきゃだめよ?」

「ごめん。ありがとう」

 心配してくれて。

 心を割いてくれて。

「バカね。次はないから、ちゃんと水分をとってロビーで休むのがいいわ。冷えるもの」

 照れくさそうなツンデレプリににやつきを抑える。

 いつものフィールド外でスミレちゃんと二人の時間。

 それは静かな語らいタイム。

「……いつも、気にかけてくれてありがとう……」

 スミレちゃんの言葉に今、きっとフィルターがかかってる。

「好きだから、大好きだから、いやむしろベタ惚れ愛してる?」

 あれ?

 お礼に対して告白って、俺ちょっと問題ないか?

「湯あたりひどいのね」

 眼差しが憐れみ!?

 クッションのきいたソファに体を沈めて手渡されたコップに口をつける。

 遅い時間だからか、他の利用客はいない。従業員の人がときおり静かに通り過ぎて行くぐらい。

 うっわ。恥ずかしいとこ見られた!?

 ちょっなんの罰ゲーム!?

「伊住君?」

 恋愛って意味でスミレちゃんに意識してもらえてる気はしない。

 でも、俺の反応に思わずって感じで笑ってくれたら、まぁイイかなって思ってしまう。

 スミレちゃんが何に囚われてるのかはわからない。

 彼処に澱む影を先輩は「よくない」と言うだけだから。

「今度、一緒に海を見に行こうよ」

「海が好きよね」

「永久運動を目撃できるのスゴくね?」

「何それ」

 スミレちゃんがかわいく声をあげて笑う。

「自然が行う終わりない永久に近く続く動き、浪漫だろ?」

 俺たちはその上でいま、生きてる。

 もっと、笑ってほしい。

 タイムリミットがわからないのが人生。

 ひとつずつゴールを踏んでいく。

 周りを見はじめたスミレちゃん。俺に笑ってくれるようになったスミレちゃん。

 ひとつずつ時間がかかってもひとつずつ。

「伊住君じゃなくてさ。セージって呼んでよ。友達だろ? スミレちゃん」

 戸惑うスミレちゃんから強めの拒絶は来なくて俺はちょっと調子にのる。

 ほんとは友達じゃないよ。でも、友達からでいい。

「片槻ちゃんじゃなくてさ、スミレちゃんって呼びたい。イヤかな?」

 もう、いないとこではスミレちゃんって呼んでるけどね。

 目を見開いた君は動揺してるようで、キスしたくなる唇をパクパクと動かす。

 君の赤い糸の先が誰と繋がってるのかは知らない。

 死者と繋がってると言うのなら、生きてる間は俺と仮結んでもいいだろう?

「好きだよ。卒業なんてあっという間だし。その前に伝えたかった」

「好きってお友達?」

 そんなわけないだろ?

「異性として、特別にそばに寄り添っていたいんだ。……好きだよ」

 手作りのお菓子やお弁当に惚れたんじゃない。

 君を初めて見た瞬間、恋にオちたから。




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