笑顔
きみを見る人は少なくとも確かにいて。嬉しいやら悔しいやら。君は魅力的。
どれほど君自身が否定しようとも誰かが確かに君を認めてる。煩わしげな視線って心を削るんだ。
もちろん、応えて欲しいけど、ただ笑顔が見れればいい。
「ストーカーはやめておけよ」
クソ親父の言葉に握る雑巾がヨレる。
してねぇよ。
ハッキリ言ってそこまで時間はない。バイトしてフミ先輩と対応して、修行という名で親父にこき使われて学校へ行く。そんな時間がどこにある?
親父の仕事部屋の掃除中は口を開かないというわけわからないルール。
何を言われても、言葉は聞きつつ、作業に集中しろと言われている。
一日一時間、ほぼ指定される場所の掃除で終わる。
「お前はどこまで向こう側に触れていきたいんだ?」
親父の手がひらりと紙の上で踊る。
どこまで?
引き戻せるならそれでいい。
「ひらかれた世界は簡単には閉じない。生半可は危険だけだ」
ぞくりと背筋を恐怖が撫でていった。
時計が時を刻む音が聞こえてくる。
気が狂いそうな静寂。
『私、あなたが好きじゃないわ』と言い切るスミレちゃん。
迷いのなく、まっすぐな視線。すごく痛いけど、その言葉の瞬間は俺を確かに見てくれていて嬉しいんだ。
距離を少しだけ詰めれた気がして。
ホント惚れすぎだろ。俺。
こぼした時の親父の『マゾか?』ってセリフと眼差しが悔しい。ふざけんなクソ親父。
夢を追う先輩を見てた。
とゆーか、先輩は肉体的に死亡しているはずの今も変わらず希望を見ている。
「俺はなんなんだろうな。セージは俺が死んでるって言うし、それに異論は浮かばないんだぜ」
コッチが聞きたいと返したい非常に前向きなセリフを吐くフミ先輩。
先輩は公園にいることが多い。ただ、最近はついてくることも増えた。
「うろうろ出来るのっておもしろいなー」
はじめて先輩がついてきてると気がついたあの日。フミ先輩はそう言って笑った。そして鈴を転がすスミレちゃんをじぃっと見ていた。
そこになにかいるとして、俺には見えない。
「あそこさぁ、誰かいる?」
フミ先輩が聞いてきた。
「学校の友達が」
「ふぅん」
先輩の眼差しは胡乱げでスミレちゃんを気にいらない理由がわからない。
「よくね〜と思う」
先輩が否定的な発言をしたのを聞くのは初めてのことだった。
俺の表情に気がついたのかパッと明るく笑う。
「気のある相手か! じゃあ尚更だろ!」
クソ親父の命令で逃げた猫を捕獲する。
追いかけっこで捕まえた猫はスミレちゃんに助けを求めて腕の中からすり抜ける。
ペロッと甘えて唇を舐める猫。
それがキスだなんていうのはさすがにノーカンだ。
驚いたスミレちゃんが猫を逃して追いかけっこリスタート。
ごめんなさいとしょげる姿に萌える。
ああ、猫。グッジョブ!
猫を再び捕まえた俺が振り返って見た光景は届かないと知りつつ、少ししょげて見えるスミレちゃんを撫でるフミ先輩。
届かない額へのキス。
俺の腕の中で猫がもがく。
理想化される死者には敵わない。
わかっていることなのに、その上で追いつけない想いに焦れる。
流れ星を見るツアーに参加して、チラチラ彼女を見る。
スミレちゃんの横には満天の星空を指しながらフミ先輩が解説してる。
「勉強は苦手だけど、星は好きなんだ」とスミレちゃんには届かない声で。
聞こえないと気がついたフミ先輩が俺を手招く。
「通訳させてやる!」
殴れるものなら殴りたいです。先輩!
貸別荘のベランダで各自が持参したお弁当をそれぞれ広げて立食パーティー。
スミレちゃんに星の話を聞かせる。
嬉々として星の説明をする先輩の言葉を通訳。
「伊住君は星に詳しいんだね」
白いため息を吐きながらスミレちゃんは星空を見上げる。
ほんとうに詳しいフミ先輩が得意そうに胸を張っている。
「先輩に教わったんだよ」
たった今。そんな言葉を伏せて伝える。
「ロマンティストな先輩だったんだね」
ロマンティスト?
「男は少なからずロマンがなきゃ生きていけないんだ」って。
先輩の言葉を繰り返して恥ずかしく、赤面しかける。
俺には恥ずかしい発言。
鸚鵡みたいに繰り返すからだろとフミ先輩は笑う。
ぽかんとしたスミレちゃんがくすりと笑う。
それだけでもう、何でもよくなった。




