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迷宮演舞  作者: とにあ
片槻スミレ
1/13

終われない恋心

 彼が会場に来なかったのは事故のせいだったと後で聞いた。

 会場だけが出会える場所だった。

 まだ学生である私の行動範囲は限られていたから。

積木せき先生」

 彼と同じ姓だなとは、思っていた。それでも偶然だと思ってた。

 会場では彼と先生が言葉を交わし合うようなことはなかったから。

「どうした。片槻」

 私は言葉を失う。何を言おうとしてたんだろう?

 わからなくなった私は焦った言葉を紡ぐ。

「早く、大人になりたいです」

 何を言ってるんだろう? 大人になりたいの?

 ほら、だって、大人ならきっともっと行動力があるはずだもの。

 きっともっと制限されないはずだもの。そう自分に言い聞かせる。

「そう、いいものでもないがな。頑張れ」

 上滑りしていくのは先生の、彼の兄の声。

 彼の声の方が甘く朗らかだったと思う。私の好きな声。

『がんばれ。またな』

 彼は嘘つきだ。

『また』

 なんてなくなってしまってた。

 もっと、大人なら。もっと、近くに住んでいたら。もしも彼の後輩だったら。

 不可能を、たらを重ねて後悔を募らせる。その条件を揃えた人に無条件に嫉妬する。

 おひさまが陰ってくね。

 買い物帰りに会場のそばをいつも通る。

 憩いの場を備えた会場からは練習試合の歓声が響く。近所にあるそこは彼との思い出の場所。

 いつだって彼は気にせず笑いかけてきた。他校生だってことは関係ないとばかりに。

 私は、そんな彼に好きだと伝えることは出来なかった。

 だって、私には眩しすぎたから。

 チャリンっとキーホルダーから赤い鈴が落ちた。

 転がる赤い鈴を拾おうとかがんだ私に見えた世界が変わる。

「なにやってんだ?」

 耳に、心に届いた男性の声にドキリと心臓が跳ねる。

 かがんだ視界に映るオレンジ色の靴は底が磨り減っている。

 買い替え時ってよく言ってたっけ。それでも履き慣れたものがいいんだとも。

 顔が上げられない。上げたら勘違いに赤面して落胆しそうでこわいから。

「落し物しちゃったんです。大事なもので」

 落ちた鈴は目の前に転がっている。

 これを拾えばオレンジの靴が消えてしまいそう。

「一緒に探すよ」

 彼の声は朗らかで、それはあり得ない、聞こえてはいけない声なのにどこまでもうれしい。

「ありがとうございます」

「俺はね、フミって言うんだ。この辺はよく来るからいつもと違うのがあったらすぐわかるって!」

「よく来る?」

 自信満々なあたりまえの声。

 彼の学校もお家もここからは遠かったはずなのに。

 だって、今までこの辺で会えるのは試合の日の会場だけだったのに。

「……好きな子がこの辺住みなんだよ」

 ガラリと心の中でなにかが崩れる。

 スキな子がいたんだ。

 それを、はにかむ甘い声で言うの?

 いやだ。

 オレンジの靴が見えない。

 私が手の中に赤い鈴があった。

 だって聞きたくなかった。でも、聞きたかった。

 いくら鈴をわざと落としてももうあの靴は見えなかった。

 子供を乗せた自転車がけたたましい音で鳴く。

 痛い。痛い痛いよ。聞きたくなかったよ。知りたくなんかなかったよ。感情がどこまでも乱れていく。

 帰った私はアルバムをめくる。ささやかな恋のおまじないは見て見ぬふり。

「好きな子がいたんだ」

 わかってる。私なんて接点少ないもの。

 それなのに私はいったいなにを期待していたんだろう。

 記念に写真を撮りあったという友人にこっそり送信してもらった彼の写真。

 Vサインが眩しい。

 どうして「私も」といけなかったんだろう。きっと一緒に映ってくれた。

 久しぶりに開いたアルバムに懐かしさと悲しさが込み上げてくる。

 両想いになれますようにのおまじないの跡が悲しい。

 どうして、伝えなかったんだろう。

 わかってる。

 すれ違いや完全に『ない』って言われるのがこわかった。

 見てるだけで満足だって自分を騙していた欺瞞だね。

 キーホルダーから外れた赤い鈴がチャリんと音を立てる。

 あっけらかんと私の人生に『ただいま』した彼の影を私はどうすればいいんだろう。

なかったことに、忘れてしまうなんて選べない。

 きっと、見上げたらあの眩しい笑顔に会えるんじゃないかって思っちゃうよ。

 あなたはどこまでもおひさま。

 私はあなたに向かい咲く。

「なにやってんだ?」

 私は焼ける白い土の上に転がり落ちた赤い鈴を見つめる。

 視線をズラせば、すり減り使い込まれたオレンジ色の靴が視界に映り込む。

 息があがる。

 ねぇ、また会えたの。

「気分が悪いならあっちに木陰があるから行こうぜ」

 心配そうな問いかけに私は泣きそうになる。ただ、繰り返しているわけじゃなくてあなたはここに居る。

「ごめんなさい。探しモノがあるの」

「一緒に探すって。俺はフミっていうんだ」

 その声にぽつりとアスファルトに黒いシミが浮かぶ。

「本当に大丈夫か、あんた」

 涙と嗚咽が止まらない。

「ああ、もう! なに落としたんだよ。探してやるから泣くなよ」

 イライラしたようにオレンジ色の靴が踊る。

 それは音のないタップダンスみたいで。

「落としたもの、なんだよ」

 心配と焦り。焦れていらだつあなたはどこまでもまっすぐに思える。

 まぶしいよ。

「さがしものだよ」

「ふぅん」

 もう一度、会いたかったの。

 そっと目をあげれば、あたりをきょろきょろ見回すあなたの背中が見えた。

「じゃあ、探し物なんだよ。二人で探せばすぐ見つかるからさ」

 チャリんと鈴が音をたてた。振り返ったあなたがかき消える。

「何をしてる。片槻」

 低い声にそちらを見れば積木先生がいた。

 視線を泳がせてもオレンジ色の靴はもう見えない。

「すず、鈴を落としてしまったんです」

 先生の目が砂にまみれた赤い鈴を確認してる。

 先生の手で拾い上げられる薄汚れた赤い鈴。

 この、鈴じゃなきゃダメだって知った。

 他じゃダメ。

 他の鈴も、他の場所もダメ。きっと、あなたじゃなきゃダメなの。

「見つけました」

 あなたが私のおひさまだから。



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