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あやまどり

作者: 上尾逢衣

「おねえちゃん、いつからいたの?」


少女は不思議そうな顔をして私を見上げる。その隣にいた少年はいかにも子どもらしく、大げさに反応してみせた。


「うわっ、おばけだ!おばけ!」


「むっ、失礼な」


こほん、とひとつ__私は空咳をする。


「私は、天野彩」




魔法使いのおねーさんさ。




「ふふっ」


それを聞いた少女は、思わず笑ってしまう。こちらも、いかにも子どもらしい屈託のない笑みだ。


「あ!信じてないな!」


「だって」


少女は頬を緩ませたまま、少しだけ申し訳なさそうに言った。


「そういうのはお話の中にしかいないんだよ」


「なぜそう決めつけるのかね」


「世の中の不思議なことは全部科学で証明できるんだって」


「誰が子どもにそんな夢のないことを」


「テレビで言ってた」


「世知辛い世の中になったもんだ」


はぁー、と長めのため息を吐いて、目についた小石を蹴飛ばした。


「じゃあさ!じゃあさ!」


すると少年が目を爛々とさせて、私の前に駆けてきた。握った両方の拳を見るまでもなく、わくわくした感情が読み取れる。


「なんか魔法見せてよ!すげーやつ!」


「いいだろう。どんな魔法がいい?」


「えっと、えっとね……」


「雨が止む魔法!」


少年の言葉を遮るように、少女は空を指差して声を張った。


「雨を、ね」


「できないでしょ?」


それを聞いた少年は不満そうに口を開く。


「なんでだよ。雨って楽しいじゃん」


そう言って、少年は降りしきる雨の中へ走り出した。


「戻ってきなよ!風邪引いちゃうよ!」


「へーきへーき!」


少女を意に介することなく、少年は縦横無尽に駆け回っている。


「もう……いっつもこうなんだから。私が心配しても、全然聞いてくれない」


「ははは、元気があっていいじゃないか」


それに。


「私も雨、好きだよ」


すると少女は、今の空のように顔を曇らせて。


「私は、嫌い」


と言った。


「どうして?」


「濡れると気持ち悪いし」


「あー、まあ、そこはな」


「それと」


「それと?」


「怖いんだもん」


「何が怖いんだい?」


「すごい勢いで雨が降ってるのを見ると、神様が怒ってるみたいだから」


「魔法使いは信じないのに、神様は信じるんだな」


「神様は、いるよ。困ってる人を助けてくれるの」


「神なんかよりも魔法使いの方がよっぽど親身になってくれると思うんだけどなあ」


「魔法使いなんて、ウソだよ。ウソ」


「酷い言われようだな」


「魔法なんてないもの」


「基準がわからん」


「それと」


少女が下を向いた時に見せた瞳の色は。


「雨が降ってる時と怒られてる時の気持ちが、一緒なの」


まるで水たまりのように淀んでいた。


「……なるほどね」


雨が降りしきる空を覗く。神様は、まだまだ機嫌を直してはくれないらしい。


「とりあえず魔法云々は置いといて、ひとりのおねーさんとして、雨のいいところを教えてあげる」


「いいところ?」


「そ」


「そんなのあるの?」


「いくらでもあるさ」


「どんなの?」


「例えばキミが、ファミレスでバイトしていたとする」


「……ファミレス?」


「飲食店っつーのはさ、まあどのサービス業でもそうだろうけど、雨の日は客足が少ないもんだ」


「えっと……」


「『雨の日にわざわざご足労いただいたお客様に割引』、みたいなサービスをしてる店はまあ、多少勝手が違うだろうけど」


「……そんな割引が、雨のいいところ?」


「そっちじゃない。それは店員からしたら客が増えて面倒くさいじゃないか」


「店側からしたら、お客さんが増えていいんじゃないの?」


「いやいや、確かに店はそうかもしれないけどさ、ただのいちバイトには店の経営なんて知ったこっちゃないだろう?介入もできないし、そんな責任もただのバイトには背負えない」


「……」


「客足が減っても、貰えるお給料は一緒なわけだ!暇なのに!それは即ち、労働に対して対価が大きくなるというわけだ!」


「えっと……」


「暇なのに!お金が貰える!それこそまさに理想形だ!」


「……おねえちゃんって結構、がめついんだね」


「キミはなかなか難しい言葉を知っているな」


まくしたてるような私の口調に、途中から付いてこれていないことには気付いていたが、まあいいか。魔法使いをバカにした、ほんの些細な意趣返しだ。


「まあともかく、そんな暇な雨の日に、ぼーっとしているその時に、不意に扉が開くわけだ。するとそこには、キミの好きな人が立っていて」


言って私は、未だ雨の中を駆け回る少年の方に、手のひらで少女の目線を促した。


「あんな子どもっぽいの、好きじゃないよ!」


「その隣に可愛い彼女を連れているわけだ」


「……いじわる」


「ははは」


「今のところ、全く雨のいいところがないよ。それに、もっと雨が嫌いになりそう」


「まあ聞け。それでその二人が仲睦まじくしている様子を見て、思わず店から飛び出してしまうわけだ」


「それって、職務放棄なんじゃ……」


「それが若さってもんさ。青春じゃないか」


「せいしゅん……」


「キミは感情の赴くままに走り出す。多少の雨なんて厭わない。力尽きるまで、目一杯走り続ける。そしてしばらくすると気付くわけだ」




燃え盛っていた激情を。




雨が優しく、暖かく。




包み込んでくれていることに__




「……」


少女は、やはり不思議そうな顔をしている。納得するでも、あからさまに批判するでもなく。


ただただ、静かに私を見据えている。


「と、まあ……色々脱線はしたが、詰まるところ私が言いたかったことはな」


雨はさ、土砂降りだけじゃないんだよ。


静かな時を彩る__


優しい雨も、あるってことさ。







なんの前触れもなく起きた、そのまばゆい光に目を伏せている間に、おねえちゃんは消えてしまっていた。


あのおねえちゃんは、一体何者だったのだろう。


まさか、本当の__


「なあ、雨、止んだぞ」


「……えっ?」


そう言われて空を見上げると、晴れ間がのぞいていた。さっきまでの嫌な気分も、いつの間にか吹き飛んでいた。


「俺も一緒に謝りに行くからさ」


そう言って、彼が差し出した手に素直に応じることができたのは、きっと、あのおねえちゃんのおかげだろう。


「帰ろうぜ!」


「……うん!」


本当の雨だけでなく、私の中の雨さえ晴らしてくれた__


本当の魔法使いの、あのおねえちゃんのおかげだ。



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