バレンタイン逆ハーレムのヒロインになってみた ~~妄想乙~~
教室の中の雰囲気がいつもと少し違っていた。浮ついているというか、なんか、とくに男子の様子がおかしい。しきりに周囲を見回したり、用もないのに立ったり座ったり。落ち着きがない……というより挙動不審だ。
そうか、明日は2月14日か、と私は思った。忘れてた。どうせ自分には関係ないから。
そう考えて見回すと、女子の様子もおかしかった。さすがに挙動不審な子はいないけど、目つきが違う。あれは品定めをしている目だ……。いいねー、あげる相手がいる人たちは。しかも選ぶほどいるとはねー。
私は学年でもトップレベルの地味系女子だから、当然あげる相手はいない。そもそもこの一年で男子と喋った記憶がない。かっこいいと思う子はいるけど、会話がないから恋には発展しないのだ。ただの憧れ程度で終わってしまう。
じゃあ憧れの子に渡せばいいじゃないと思うかもしれないけど、喋ったこともない地味系女子からいきなりチョコを渡されたら普通ひくだろう。たぶん、私の存在自体を知ない男子も多いと思う。この状況では気軽にチョコなんか渡せない。なんかガチすぎて怖いと思われるのが目に見えている。それくらい自分でわかるのだ。はああ……。
ため息をついていると、肩を叩かれた。このクラスで私に喋りかけるのは、親友のレイコくらいだ。レイコ、バレンタインって今からでも中止にして欲しいよねーと思いながら顔を向けると予想外の人物が立っていた。
サッカー部の鈴木君。同じクラスの人畜無害系の男子だ。
サッカー部なのに特別さわやかでもないし、背もそこそこ、顔も普通、勉強もまあまあできて、スポーツはサッカー以外活躍しない。何の特徴もないが、目だって嫌な感じのことをする人ではないので、同じ学年の女子から幅広く好感をもたれている男子だ。それが何で私に声をかける!?
「ま、増野さん」
「ひゃい!?」
増野は私の苗字だ。久々に男子から苗字を呼ばれたので動揺してしまった。ひゃいって何だよ……。
「あ、あの、増野さんってバレンタイン、誰かにチョコをあげるの?」
鈴木君が明らかに緊張した表情で、私に問いかけてきた。声がちょっと震えているし、顔も赤い。うおお、もしかして!? マジかこれ! どこでフラグが立った!? ドッキリなのか? と辺りを見回した。
「予定がないなら……、余ってたらでいいから、も、もらえないかな」
何だこれ。鈴木君は直球系男子だったのか。こんなこと言ってくるのか。どうしよう、とパニックになっていると考えていることが口から出てしまった。
「えっと……どうしよう……」
「あ、は、そうだよね。いきなりこんなこと言われたらそうなるよね。いや、その、余ってたらでいいからさ。俺、毎年チョコもらえないから、もらえたらいいなー、とか。ははっ。いや、ほんとに、なんでもいいんだ」
鈴木君は必死だった。おかげで私のほうはちょっと冷静になることができた。冷静になってみると、この状況はなかなか気分がいい。私が口に出した一言で、こんなに必死になっている男子がいるのだ。うん、これはいいね。
「でもー準備してないからなあ」
焦らしてみる。
「えっ、えっと、コンビニに売ってるのでもさ、もらえたらそれでいいんだ。手作りとか、ちゃんとしたやつじゃなくていいから、本当に」
鈴木君が慌てている。にやにやしそうになるのをこらえるのが大変だ。これは、気分がいいぞー!
「何の話?」
と、そこに乱入者が現れた。
学年一の秀才、深町君だ。頭が良くてイケメンのメガネ男子だ。女の子の扱いがうまくて若干腹黒らしい。らしい、というのは私は直接喋ったことがないからだ……。
「チョコの話? 僕も欲しいなー」
と言って、深町君はさわやかに微笑んだ。なるほど、これもなかなか。
「お前はほかにいくらでももらえるだろ!」
鈴木君が深町君をにらみつけた。
「うん、でもせっかくだったら増野さんからももらいたいよ。いいでしょ、ね」
また私に微笑みかけてきた。ほう、こいつ食い下がるのか。これはまたすごく気分がいいぞ! 二人まとめて焦らしてやろう……と思ったがそういう経験がないせいで、焦らしフレーズが頭に浮かんでこない……。
「えーと、いっぱい配って回るのもどうかなって思うしー」
「いや、もらえるだけでうれしいんだよ、男子っていうのはさ。みんなに配ってても気にしないって。増野さん真面目だから、真剣に考えすぎなんだよ」
「そうそう」
鈴木君が深町君の援護射撃に回ってしまった。むむむ。
「でも……女の子のほうは真剣に渡してるかもしれないしー。深町君いっぱいもらうから、真剣に渡してる子もいるだろうし、そういう子が嫌な気分になっちゃうでしょ」
「あ、ぬ、いや」
深町君は一瞬言葉を詰まらせたがなんとか立て直した。
「実は僕、そんなにチョコもらわないんだよね。あはは。去年は一個もなかったし。だから増野さんからもらいたいな」
こいつ嘘をついてきやがった。さすがにわかるぞ、それは……。しかも「増野さんからもらいたい」ってフレーズをちょこちょこ入れてくるし、腹黒という噂は本当だったのか……と思っていると、さらに乱入者が現れた。
「おい、なんか困ってるじゃん。やめとけよな」
学年一の人気を誇る本郷君だ。スポーツ万能で背が高くてイケメン。しかも頭もいい。欠点といえば性格がちょっと俺様なところくらい……というかそれは欠点じゃないか……しかし、なぜに本郷君まで。
「お前らみっともないと思わないの? チョコって自分から催促するもんじゃないだろ」
さすがの台詞である。学年一のイケメンにこれを言われたらぐうの音も出ないだろう。鈴木君が唇をプルプルさせている。
「だいたいさ、チョコは好きな人にあげるもんじゃん。そういう日だろ。コンビニに売ってるのでもいいからとか、そういう頼み方は違うと思うぜ」
さすが! さすがである。本郷君の追い込みによって鈴木君が涙目になっている。というかどこから聞いてたんだ。コンビニで売ってるのとかいう話はかなり前のほうだぞ!?
「だからさ、増野」
「ふえ!?」
突然話を振られてまた変な声を出してしまった。不覚……。しかし、本郷君はさらに爆弾を落としてきた。
「俺の分だけでいいよ」
なんですとー! こんなことってあるのか。どうする? どうしよう……。
私が混乱している間に回りは大変な空気になっていた。鈴木君は完全に心を折られてうつむいているし、深町君はもはや腹黒を隠そうとすることもなく、ものすごい形相で本郷君をにらんでいる。当の本郷君は気にする様子もなく平然としている。
まずこの空気どうしよう……。私には無理だ……。
本当にケンカが始まりそうな空気だったので、眺めて楽しむ余裕はなくなってしまった。誰か助けてくれーと思っていると、本当に助けがやってきた。
「ねえねえ」
声をかけてきたのはうちの学年の小さな王子様、白井君だ。この子は同級生とは思えないほど背が低くて、つぶらな瞳をしていて、とにかく可愛いのだ。本郷君とは別のベクトルで大人気の男子だ。
その白井君がつぶらな瞳をきらきらさせながら言った。
「僕、義理チョコでもいいよ? ちょーだい」
いままでの言い争いはなんだったのか……という台詞だったが、ほかならぬ白井君の口から出たものだったので、なんだか全員の気が抜けてしまった。
深町君は苦笑いを浮かべているし、鈴木君は「俺も義理チョコでいいから!」という表情になっている。
さて、どうしよう。私の周りに四人、四種類の男子が並んでいる。一体誰にチョコを渡せばいいのか……。この選択肢は難しい。セーブポイントがあったら、一度セーブして全ルートを調べてから選びたいところだ。
四択かあ……いや、四択じゃないか。全員にあげるという手もあるし。……鈴木君にだけあげないっていうのはどうだろう。それ、反応を見たいかも。んふっ……ぐふ、ぐふふ……。
「……ぐふっ」
「ねー、ミズキ、バレンタインどうするの?」
「ぐふふ、どうしようかー」
「えっ! ちょっとそれどういうこと!」
レイコに肩をつかまれて私は我に帰った。
「えええ? 私いまなに喋ってた?」
「だからー、バレンタインのチョコ、誰にあげるのかって聞いてんの」
「あっ、うん……」
「あらー、やっぱりいないかー」
「……うん」
「じゃあ私と交換しよっか」
「……うん」
「よし……元気出せ! 手作りチョコ持ってくるからさ!」
元気よくそう言い残して去っていく親友のレイコを見送って、私は冷静になっていた。
ふん、どうせ妄想ですよ! さっきのは全部妄想だよ! こんな地味系女子が学年のアイドルたちに囲まれるわけがないじゃないか! わかってたよ! それはわかっているんだけど……冷静になってみると悲しい。私には本当にチョコをあげる相手がいないのだ。もらってくれる相手がいないというか……。
私はため息をついた。
そして、一応予備のチョコは持ってこよう、と思った。
妄想なのはちゃんとわかっているけど、もしかしたらということもある。妄想は絶対に現実にならないとは限らないのだ。明日はチョコを四個持ってこよう。あっ、レイコのぶんもあるから五個か。
ま、どうせ自分で食べることになるんだろうけどな!
残念! 土曜日でした!