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5 「 三年間の実り 」





 パチリと、目が覚めた。


 起動一番に視界に飛び込んできたのは、知らない天井――ではなく顔。

 お母さんの顔だ。


「おはよう、結芽子」

「……おはよう」


 ……女になってしまったのは、夢じゃなかったようだ。

 夢だったら、よかったのにな。

 俺は上体を起こして母のほうへ体を向けた。


「夢じゃないわよね、夢じゃないわよね?」


 そういって自分の頬をつねると、母は痛っと声をあげた。


「夢じゃない……よかったあ」


 寄りかかってくる母を前に、俺は激しい罪悪感にかられた。

 夢だったらいいのにと、一瞬でもそう思った自分が嫌になった。

 色んなものを誤魔化すために、母の背中に手を回す。


 あたたかい。

 親しみなれた暖かさだった。





---------------------------------------------





 

 はて、困った。


 今いるのは2階の自室である。

 自室にこもって15分といったところだろうか。

 丁度それと同じだけの時間困っていることになる。

 では、一体なにに困っているのか。


 それは今、俺が手に持っているコレが原因であった。


 それは、シルエットだけ見れば教育ママがつけているザマスメガネのような、そんな布切れ。

 メガネが目玉2つのためにあるように、これまた2つの丸いもののために存在する道具である。

 色はピンク、おまけにヒラヒラとしたレースがついている。

 ……察しの良い方達は、もうお分かりなんじゃないだろうか。


 そう。

 これは女性用のインナー……


 有り体に言ってしまえば、ブラジャーである。

 大切なことなのでもう一度言う。

 女の子のおっぱいを包み、守る、ブラジャーである。


 最近は女の子じゃなくてもつける人達がいるようだが、それはさておき。

 俺は今、そのブラジャーをつけられずに困っているのだ。


 ――と、いうのもだ。

 そもそも最後に結芽子だったときはAカップ、それも下のほうのAだった。

 正直面倒だし、必要もなかったのでずっとスポーツブラを愛用していた。


 それが今やDカップときた。

 ……こんなレースのついたデカいブラジャーなぞ使ったことがない!

 こんなにマジマジと手にとって見たことすらない!

 ホックがうまく噛み合わせられない!

 それに今の俺には刺激が強すぎる!


 ……刺激が強いというのはブラのことではない。

 視線を落とすとすぐ目に入る、2つの隣接されたドームのことだ。

 それだけに留まらず、もっと言えば全身もその対象だ。

 頭の天辺から足の爪先まで、3年前とは別人のようなのだ。

 つまるところ、他人のカラダを見ているような感覚だ。

 3年すっ飛ばして急に結果だけ見ると経過がわからないので違和感がすごい。


 それゆえに、今までの3年間で積み上げてきたモノが、無駄に反応してしまっているというのが現状だ。

 このカラダをまともに正視することは勿論、触ることすら躊躇われてしまう。

 3年間で異性――女性を恋愛対象として見れるようになったことが、ここにきて仇となった。

 こんな状態でブラなどつけられるものか。 


 そんなこんなで、膠着状態に陥ってしまった俺は、15分もの間ブラをつけられずにいるというわけだ。


「はぁ……」


 俺はため息をついて、全身鏡のそばに置かれた着替えに目を落とした。

 母がコレに着替えろと一式用意してくれたはいいが、それは以前は着なかったようなものだ。

 昔はスカートなどは絶対に履かず、ボーイッシュというか、中性的な服装をしていた。

 物心ついたころから履くのを嫌がっていたので、中学の制服が初めてのスカートだったと思う。

 だというのに、そこに用意されている服装はスカートだった。

 ブラといい、スカートといい……今の俺には以前とは別の理由で激しい抵抗感がある。


 しかし、これを着る他はないのだ。

 せっかく用意してくれたのに悪いとは思ったが、他に何かないかと部屋のタンスを漁らせてもらった。


 だが、そこは広がっていたのは桃源郷だった。


 以前のような服はどこにもなく、整然と収められている服はみな女の子っぽい服ばかり。

 胸だけでなく身長も3年の間に急に伸びたのもあって、母がその間新調してくれたのだろうが……

 やっぱり母はこういう格好をさせたかったんだろうか?

 女らしい格好を許さなかった反動だろうか?


 まあでも、とにかくいつまでもパンツ一丁でいるわけにはいくまい。

 ちょっと肌寒いし。

 無駄に意地はってみたけど凄い恥ずかしいし……

 なんかほっぽり出してるとどうしても胸の重みが変に感じるし……

 諦めよう。

 諦めて助けを呼ぼう……

 俺は肩を落として部屋の外で待機している母を呼んだ。


「おかあさん……」

「なあに結芽子?」

「……ブラつけれない」


 ブッ、と噴出す音が聞こえた。

 母上、あなた今笑いましたな? 馬鹿にしましたな?


「あはっ――ごめんごめん、そうよねアナタ自分で着けたことないものねえ」

「うん、だから、その……はい、着けてくれませんでしょうか……」

「はーい、じゃあ入るわねえ」


 ガチャリとノブが回り、ドアが開いた。


 ――クッ

 ブラを片手にパンツ一丁で鏡の前で立ち尽くす俺をみて、母は小さく鼻を鳴らして顔を伏せた。

 頬が熱い、恥ずかしい。

 きっと俺の顔はいま赤くなっているのだろう。

 ……着けた事がないのだから、しょうがないじゃないか……


「どれどれ、貸してみなさい」

「ん……」

「説明しながらやってあげるから、ちゃんと覚えるのよ?」

「うん……」

 

 まずは、ストラップを腕に通して肩に掛けもらった。

 このぐらいは当然ひとりでも出来る。

 問題はこのあと。

 ホックがつけられないのだ。


「そしたらね、おっぱいの膨らみが始まるすぐ下にこのワイヤーが当たるように合わせるの。ちょっと前かがみになって」


 あれ、テキトーにあわせてホックつけるだけじゃないんだ。

 そう思っていると、母の生暖かい手がドームに触れた。

 ふぐ……

 変な感じだ……


「どう、ピッタリあってる?」

「う、うん……」

「そしたら、前かがみのままホックを留めるの。今回はお母さんがやってあげるけど、頑張って一人できるようにするのよ?」


 いやだなあと思いつつも返事をかえすと、母がホックを留めてくれた。

 流石だ、いとも簡単に。

 まあ、他人のホックを留めるのは簡単か。

 自分で背中に手を回してやるから難しいんだよね。

 はあ、ブラって面倒臭い。


「ホック留めるコツとかある?」

「慣れよ」

「慣れって……」


 はぁーあ。

 ま、そうですよねえ。

 でも、助かりました。

 お母さんありがとう。 


「コラ! まだ前かがみのままよ。これで終わりじゃないの」


 あ、まだあるのか。

 俺はひょいっと前かがみになる。

 すると、母はブラとドームの間にズボッと手を入れた。


「ちょお!?」

「なによ変な声あげて」

「だっ……な、なんでも、ない……」

「? 変な子ねえ……」


 自分でもほとんど触ってないのに、いきなりキツイですよ母上……!

 ほんとにビックリした……


「ホックを留めたらね、ブラの中に手を入れておっぱいを中央に寄せながら肩のほうに持ち上げるの」


 優しくググッと持ち上げられる俺のドーム。

 もう声は出すまい。

 耐えろ、耐えろ俺。


「よい、しょ……っと。そしたらほら、体を起こしてみなさい。ちゃんとカップの中に納まったでしょ?」

「ん……」


 おお、本当だ。

 谷間ができてブラをしないよりも断然デカく見える。


「……」


 うーん……

 谷間というのはこうして作られていたのか。

 ふだん紳士達が目にしていた谷間は人工物だったということか……?




 ――なんか、男の夢が壊れる音がしたような気がしたけど気のせいだろう。

 親友である義武も、おっぱいは正義、おっぱいには夢と浪漫がつまってる、おっぱいは男の永遠の憧れであり不滅のシンボルである、と言っていた。


 ならば、その通りなのだろう。

 壊れるはずがないのだ。

 そんなおっぱいによって作られる谷間は、素晴らしいものなのだ。

 谷間は都市伝説なんかじゃない。

 そこに谷間があれば、それは真実なのだ。


 そこに、谷間は在るのだ。


 仮にそれが幻だったとしてもだ。

 谷間を見たときに感じる、言葉では言い表せない「ときめき」――それは本物なのだ。

 殺伐とした世の中で、これからもそういう気持ちを忘れないようにしよう。

 俺はそう固く決意した。

 

「なにぼーっとしてるの?」

「あ、いえ、なにも」


 いかん、つい熱くなってしまった。 

 きっと義武のせいだ。

 そうだ、百パーセントあいつのおっぱい談議のせいに違いない。

 俺は悪くない。

 ただちょっと洗脳されただけなんだ、俺は悪くない。


「まあいいわ。そしたらね、ストラップの長さを調節するの。あんまりキツくせずに、指がスッと入るくらいが丁度良いわよ」

「ん……」

「ほら、ここをこうして……」

「……できた、こんな感じでいいの?」


 いい感じに調節できたと思う。

 ストラップの間に人差し指をいれて肌とストラップの間を滑らせて見せる。

 

「そうね、そんな感じ。キツくもなく緩くもなく丁度いいでしょ?」

「んー……うん」

「そしたら今度は反対も同じように。次は自分でやってみなさい」

「うん」


 えーと、前かがみになって下から掬いあげるよう胸をカップに収める……


「うっ……で、できた」

「うーん……あなた、鏡みてみなさい?」

「え?」


 あっ……

 右と左で完成度が全然違う。

 流石母親、伊達に女はやってないということか……


「んー、お母さんみたいには上手く出来ないよ」

「下のほうがキチっと合ってないのよ」

「した?」

「カップの下にワイヤーのラインがあるでしょう? 一番はじめにココにおっぱいの下をあわせたでしょ? あなたそれをズラしちゃったのよ。そのラインにおっぱいの輪郭をしっかりと合わせないとダメよ」

「へえ~」


 ますます面倒くさいな。

 アレのポジションくらい位置取りが楽だと嬉しかったんだが。


「あとはお肉の持ってき方が少し甘いけど……まあコレは覚えなくてもいいでしょう」


 それは、「盛る」ってやつか……

 たしかにいらない技術だ。

 別にデカく見せたいとは思わないし。

 さっきから夢が――おっと言わないお約束だった。


「それじゃあいろいろ動いてみて。きちんとフィットしてる?」

「うーん」


 体を捻ったり腕を上げ下げしたりしてみる。

 正直ブラ自体は違和感しかないが……

 こういうもんなんだろう。

 うん、きっちりフィットすることはフットしているようだ。


「ん、だいじょぶ」

「それじゃあ次からは一人で頑張るのよ?」

「はーい」

「病院の検査でブラは外すことになると思うから、いま教えたことをしっかり思い出して付け直してね」


 ああ、病院いくんだった。

 忘れてたよ……


 時計によると、現在の時刻は8時半。

 父は既に高校へ向かって出発済みだ。

 朝一で当時の担当医に電話をしたら、特例ということで予想に反してすぐさま検査を取り付けてくれたらしい。

 検査にはついていってあげられないけど、しっかり検査してもらってくるんだぞ――と心配そうな顔をしていた父の顔を思い出す。

 病院には丁度12時くらいに来てくれとのことなので、移動時間を考えても時間にはまだ余裕がある。

 

 ふと鏡をみると、後ろで母がニコニコしていた。

 そうか、次は服だよな……


「ねえお母さん」

「なに?」

「スカート以外の服ない「ないわよ?」


 即答である。

 しかも被せてきた。

 笑顔の母が怖い……


「なんで……?」

「だってあなた、絶対スカート履こうとしなかったし、全然女の子らしい格好しないんだもの」


 あー……

 やっぱりかあ……


「でもスカートしかないって、偏りすぎてない?」

「スカートのほうが女の子っぽくて可愛らしくて素敵じゃないの!」

「そ、そう……」

 

 はぁ。

 3年間も尽くしてくれた母に、流石に文句は言えないよ。


 お母さんの顔がものすごく楽しそうだしね……






---------------------------------------------






「あーん、かわいい! 結芽子は本っ当に自慢の娘だわ~!」


 母は胸の前で腕を組みとても嬉しそうにしている。

 もうルンルンって感じだ。

 しかし、今までも着せたい放題だっただろうに……まったく。

 興奮する母をよそに、俺はしげしげと鏡を眺めた。

 

 上は長袖で可愛らしく温かみのあるデザインの灰色のトレーナー。

 下は膝くらいまでの長さの濃紺のスカート――フレアスカートというらしい。

 女性のファッションは正直分からないが、シンプルでふわふわした感じのコーディネートだ。

 鏡に映る姿は確かに女の子っぽく、普通に俺も可愛らしいと思う格好ではあるが……


「股がスースーする」

「股とか言わないの!」


 うーむ。

 これ寒くないだろうか。

 やっぱスカート無理だ……

 というか……


「ションベンいきたい」

「しょん――あなた、ションベンって……」


 あ、まずい。

 ついナチュラルにションベンと言ってしまった。

 両親の呼び方を昔と同様に「お」付けするくらいには言葉遣いには気をつけていたつもりだったんだが……


「結芽子あなた、心なしか言葉遣いが下品になったわよね」

「あ、あはは……」


 やばいな、気をつけないと。

 あーもー。

 ていうか漏れる!


「お母さんトイレ! はやく!」

「わかったから、ほら、コッチよ」


 俺はまだこの家の構造を把握していない。

 しかもまだ一度もトイレにいってない。

 だからか、急に尿意がやってきたのは。


「ここよ」

「ありがと!」


 バタンとドアを閉めて、俺は素早く便座をあげた。

 一瞬迷った後、ホックを外してストンとスカートを落とす。

 パンツを左手で少しズラし、砲台を右手で掴もうとして――空振りした。

 え?


「あっ!」


 ……ぶなかった。

 

 そうだよ……

 そうだった……

 もう、ないんだった。

 俺の小さな相棒は、いなくなってしまったんだった。

 あぶないあぶない。

 気がつかなかったらもう少しで大変なことになっていたところだ。


「……はぁ」


 俺は便座に腰を下ろしながらため息をついた。

 こんなシュールな状況で、たまらなく次の満月が待ち遠しくなってしまった。


 ……邪魔だな。

 俺は胸のほうに垂れてくる髪の毛を両手でブワッと後ろに流した。

 すこしクセのある黒髪は美しいが、胸まであって長くて邪魔だ。

 無駄に大きくなった胸も、邪魔だ。

 少し動いただけで胸の動きを感じるし、見る側ならまだしも付いている側では今のところ邪魔でしかない。

 ブラをするのも面倒だ。

 女っぽい格好もスースーするスカートも気に入らない。


 はあ、もう……


 ど う し て こ う な っ た 。


 俺は一人、トイレで深くうな垂れた。


「……」


 目の前のおっぱいが、今はただ恨めしかった。

 






さて何回おっぱいと言ったでしょう。

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