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プロローグ

 




 どうも、俺、田中。



 突然だがみなさん、「胡蝶の夢」をご存知だろうか。

なんだそれは、という人もいるだろうから説明しようと思う。コホン。


 胡蝶の夢というのは、大昔の中国の「そんし」だか「こうし」だか「そうし」だか……ややこしくて区別がつかないが、とにかく凄い人が書き残した話なんだそうだ。

 彼はある日の夢の中で、蝶々ちょうちょとしてパタパタと暮らしていた。自身が人間であるという意識など全くなく、まさに蝶そのものだった。だが目が覚めたとき、彼は紛れもない人間であった。

 はてさて、自分が蝶になった夢をみていたのか、逆に今の自分こそ蝶が見ている夢なのか……一体どちらが現実なのだろうか、ってなお話である。


 どうだろう、おもしろい話だとは思わないだろうか。少なくとも俺は、初めて知った時はおもしろいと思った。そんな昔にそんなことを考えた人がいたんだ! という驚きもあったが、一番は身に覚えがあったからだ。夢と現実の区別がどうにもつかないという実体験が……


 その実体験というのは、先ほどの「胡蝶の夢」風に言うならば、「女子(おなご)の夢」だった。蝶ではなく、女の子だ。それも一度見ただけじゃあない、何度も何度もずーっとだ。 

 毎度毎度その夢が妙に生生しいというか……今でもとても夢だったとは思えない。どうしても現実のように感じてしまう。そう、夢というよりも、記憶といったほうが正しいような……


 そんな、脳みそに焼きついたもう一人の自分が、今だどうしても捨てきれない。


 物心がついた時、俺には父と母が二人ずついた。どういうことかというと、そうだな、つまるところ区別がつかなかったのだ。そう、夢の中の女の子としての生活と、現実の男としての生活との区別が。

 これは憶測だが、生まれたときから女の子になる夢、それも本物のような夢を見続けていて、そのせいで俺はどっちも現実だと思っていたのだろう。多分。恐らく。


 両親(どっちも)がいうには、幼いころは奇怪な言動をとることが多かったようだ。それもそうだろう。男と女、ふたつの性を生きてきた感覚があるのだから。といっても本当に幼いころの話だ。

 この段階では性差というよりも、自分が二人いるような感覚が俺を狂わせたのだろう。実際発達も少し遅れ気味だったようだ。国際結婚夫婦の子供が2ヶ国語を母語とする過程で混乱するようなものだろうか。


 そのため物心がついてからは、なるべくもう一人の自分のことは隠すようになった。どちらの両親ももう一方の両親の話をすると気味悪がったからだ。子供は、そういった親の変化を機敏に察知する。やっぱり子供というのは親に嫌われたくないし、常に笑っていてほしいのだ。

 それに、いま自分が「どちら」なのか大体区別がつくようになっていたし、「それぞれ」での振る舞い方が分かり始めていた。のだと思う。


 しかしそれでも、やはりというか、その歪な日常は俺をどっちつかずにし、性差のすくない酷く中性的な人間に仕立て上げた。男として女の子を好きになることもなければ、女として男の子を好きになることもない。もちろん男として男、女として女を、という恋心を抱くこともなかった。


 あの頃は自分は、現実でも夢でも自身の性別のことで悩んでいた。

 男にも女にもなりきれない俺は、小学校において男の輪にも女の輪にも馴染むことが出来なかった。ようするに孤立していたのだ。

 高学年にあがってからは、目に見えた孤立はしていなかったように思う。多少割り切ることができたおかげだ。それでもやはり、遣りようのない不安は拭い切れなかった。それはいつでも、まるで毒蛇のように――目を光らせ、とぐろを巻き、手ぐすねを引いて、待っていた。

 

同年代の友人達と自分が馴れ合っている様はまるで、ペットボトルの水のなかに一滴の油がまざっているかのようで……



 だが、そんな生活ともオサラバできる日々がやってきた。ずっと付き合ってきたあの夢をみなくなったのだ。女の子になる夢、胡蝶の夢を……!


 それは中学二年生の春を迎えたあたりだっただろうか。明確な区切りというのはよく覚えていない。ただ、そこから今――高校一年生ももう終わろうかという3月に至るまで、「胡蝶の夢」は見ていない。

 

 それからというもの、俺は憑き物が取れたかのようになんとも晴れやかな毎日を送っている。やはりあんなものは夢であったのだ。仮に夢じゃなかったとしてもだ、「我思う、故に我あり!」今こうして男の体で考えている、生きている俺こそがまさに本物!つまりは男!男の中の男!……はいま目指している最中だが、とにかく、もう昔の自分ではないのだ。

 

 我思う、故に我あり!ああ、なんていい響きなんざましょ。「この僕」は本物なのか?なーんて考えながら家のパソコンで色々と検索をかけたこと自体は中学二年の痛~い思い出といえなくもないが……とにかく! そのとき見つけたこのことばに俺は救われたのだ……デカルトは我が一生の恩師である。デカルト様万歳! デカルト様万歳! ふふっ、君もデカルト教へおいでよ!(裏声)



 そんなわけで、あとはひたすらっ、男街道を往くだけよ!




 男、田中結たなか ひとし! いっきまーす(笑)




 

 



あだ名は「スー○ーひとし君」

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