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前編

実を言うと、俺の趣味は絵を描くことである。こんなことを言うとしばしば友人や同僚たちから笑われるのだけれど、俺にとって絵を描くことは心を落ち着かせる手段なのだ。実際、なかなかに上手いものだと思う。子供の頃から描いているから、多分画家になってもそれなりに食っていけただろう。今の職が気に入ってるから画家になる気はないけれども。


特に気に入りなのは風景画である。似顔絵なんかも描けるけど、やっぱり心惹かれた風景の一瞬を切り取り、絵に写すことはとても素晴らしいものなのだ。今も俺は、輝く街並みを描いている。なんて美しい光景だろう。町を歩く兵士の顔には笑みが溢れているし、赤く燃える街は希望の象徴だ。


仕事を抜けてまで、スケッチブックに町を彩る。こういう絵を描く時に困るのは赤色やオレンジの色鉛筆がすぐに磨り減ってしまうことだ。フリースの老画家は燃える太陽を描こうとして気が狂い、赤色の絵の具がないからと自分の腹を切り裂いてキャンパスに血を擦り付けたという。そこまで狂っちゃいないから、俺はちゃんと代えの赤鉛筆を用意しているのである。偉いだろう。趣味の勝利とはこのことだ。


「春風に乗って、彼女と僕は旅に出た。冷たい親から逃げ出して。握りしめたその指先は不思議に暖かく、僕を勇気づけるのさ。絶対に離してあげないからね、狭い荷台の上、彼女を抱き締め呟けば、彼女は小さく答える。絶対に、絶対に離さないでね。微笑みあって行く先は、春風まかせ、運まかせ!」


子供の頃に聞いた流行り歌を口ずさみ、俺は色鉛筆を動かしていった。ちょうど歌い終えた所で描き終えたから気分がいい。ふふんと鼻を鳴らした後、絵を眺める。完璧だ。文句のつけようがない。満足している所に、草を踏みつける音が聞こえてきた。スケッチブックを膝に置いて音の方を向けば、部下のルートヴィヒがこちらに向かってきていた。このルートヴィヒという男、名前が長いとは思わないかい。だから俺はこいつをルーと呼んでいる。そちらの方が響きがいいし可愛いからである。ルーは20の半ばほど。若い癖になかなかに使える男で、機転も効くから仕事を任せることもある。色男なのに女っ気がないのは欠点かもしれない。 ルーは肩にかかった黒髪を靡かせながら歩き、少しすねたような顔で俺を見ていた。


「また絵を描いてらしたんですね」

「ああ、どうだね見るかい? なかなかに良く描け――」

「結構です。そんなことより」

「結構って酷いな……。それで、用件は? 仕事は終わったかい? 終わってないだろうね」


「隊長。あいつら、また暴走しはじめました。無益な殺生は禁じられてるというのに、一部では虐殺が起きてます」

「はっはー、あのゴロツキたち元気いっぱいだなぁ。まったく俺がいなくちゃ遊びだすたぁどういうことかね、おりゃ保母さんかい」

「すみません……」

「お前を責めてるわけじゃないよ、ルー。まったく、手のかかる子供たちだねぇ」


やれやれと肩をすくめ、俺は立ち上がる。ルーにスケッチブックと色鉛筆の束を手渡し、町へむかうことにした。遠くでは赤々とした町並みが見え、なんとなく更にキュンとした。


町は、鉄と炎と血の臭いで満たされている。街路の至るところに鎧に身を固めた守備兵の死骸が転がっていて歩きづらい。鎧についた血ってのは滑りやすく、何度かバランスを崩しかけてしまい、4回目に足を滑らした所でルーから「死体を避けて歩いたらどうですか」と言われ、その手があったかと手を打った。さすが副官であるとしみじみ思った。


広場では惨状が繰り広げられていた。脚を斬りつけられて歩けなくされた女たちの周りに兵が集まっている。中にはおっ始まり、すでに股を開かれた女もいる。悲鳴なのかよがってるのか、人間の声とは思えぬ叫びがこだまする。酷い話だよまったく。俺は溜め息をつき、手をパンパンと鳴らした。


「はいはーい、ゴロツキくん達ぃ、注目ですよちゅうもーく」

「あっ、隊長だ」

「隊長だ。なにしてんスかー。絵は描いたんスか?」

「おう、描き終えたぞ。そんなことよりお前らー。女犯すのはやめなさーい。今回の任務は犯すな殺すなでーす。住民はさっさと鎖に繋いで馬車に詰めろ」

「えー。ちょうど番が回ってきたってのに……そんなのありかよ!」


兵士の一人が俺に詰め寄ってきた。膨らんだ局部が気に入りませんな。というかパンツくらい穿けと言いたい。


「我慢しな。都に帰ったら上玉の女でも抱いてろ抱いてろ、金は払ってやろう!」

「ちげぇよ! 今なんだよ! なぁ隊長、ちょっとくらい見逃してくれよぅ。すぐ、すぐに済ませるから!」

「……そっか。なら、好きにしなさい」


ひゃっほいと喜び、いそいそと女の所へと向かっていく兵士Eくんを微笑ましく見ながら、ふと忘れ物に気がつき剣を抜いた。


「ごめんごめん、忘れてた。ちょっと戻ってきなさいな」

「なんスか?」

「なにって、命令違反の罰だよ、罰」


幸せそうな笑顔を、ずっと残してあげたい。俺はそんな純情な気持ちと共に兵士Eくんの首を斜めに斬り落とす。手の中にくしゃりと重たい感覚が残った。少し研ぎが悪いのかもしれない。もう少しスパンと行くと思ったのだけれど。理想とは少し違え、彼の体の少し右に落ちた頭を拾いあげて顔を見てみた。なんと、苦痛に歪んでいるじゃあないか。失敗したようである。ああ、まだ訓練が足りないな!

俺は自己の至らなさを思い知り、重荷となった荷物を放り投げた。それは裸の女の腹に落ちて、彼女は小さく呻いた。その姿が可愛かったのでまた絵を描きたくなったけど、そこは真面目な俺であるから仕事に専念することにした。


「はい、みんな、忘れちゃダメだよ! 普段から略奪は許してやってるんだ。だから、命令には?」

「絶対服従!」

「よろしい。さっさと任務に戻るがよいさ」


震える手で敬礼した後、素早くお仕事に励む部下たちを見た後、俺はルーに目を向けて小さく笑った。まったく、むさ苦しいがなかなかに可愛らしい部下たちである。


「まあ、こんな所でいいだろう。これ以上暴走はせんだろ」

「……すみません。お手を煩わせてしまいました」

「かまわないよ。最近命令に従わないお馬鹿さんが増えてたからね。お掃除出来たし問題なし。さっ、俺たちも仕事しようか」


ルーを促し、俺たちは歩き出した。先ほど同様守備兵ちゃんたちを避けながら歩いていたが、どうにもルーの表情が暗い。なにか考え事をしているようだ。少しばかし不思議に思っていると、ルーは俺を見つめてきた。


「隊長……今回の作戦は、何を目的としたものなんでしょうか?」

「ふむぅ……俺も詳しくは知らないな。命令は『住民達を帝都まで連れてこい』。殺すなってのは何でかね。奴隷にするって言っても、町一つ襲って奴隷を獲得とは景気のよい話だ」

「話に聞けば、他の隊長達にも同じような命令が下されたとか」

「ああ、たしか……レテンバッハ殿はフリースの国境、マリアちゃんとレオナルドくんは二人仲良くストドラを攻撃中だってさ」

「……なにが目的なんでしょうね」

「まあ、考えすぎないことさ。どうせドクトルの好き放題だろうよ」

「……それなんですよ」


ルーは立ち止まり、俺もつられて歩くのをやめた。突然のシリアス、なかなかに燃えてくるじゃないか。


「あの魔術師が来てからというもの、帝国は変じゃありませんか? 陛下は病にお臥せりになり、代わりに、これまで何もなすっていない王子が政治に口を挟むようになりました。これまで我々は、自分から動くことはなかったというのに自ら攻め込んだり……」

「考えすぎんことだ! どうせ真実は見えない。まあ、お前の言いたいことは分かるさ。あの魔術師とやらは臭うしな」

「……」

「けど、王子も馬鹿じゃなかろう。魔術師の口先に乗ったにせよそうでないにしろ、何か理由があると思え。そうじゃなきゃやってられんよ」

「……すみませんでした」

「謝ることじゃない。さあ。行くよ」


ルーは再び歩き出した、未だに腑に落ちていないようだが。仕方ないので、俺は少しばかりお喋りすることに決めた。

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