ロードキングがやって来る
ニューヨーク1997のスネーク・プリスキンがモデルですかね。
やつが帰ってくる。国道666号線に。
「そろそろですね、奴が帰ってくる」
ジャクソンはスタンドバーのカウンターで「野生の七面鳥」という名の蒸留酒をショットグラスに並々と注ぎ一気に飲み干すと、かたわらのボトルから再び表面張力が効く限界まで注ぎこんだ。隣に立つ彼に語りかけてきたチームのメンバーの言葉を無視していた。
「聞いていますか、ジャック。黒い国道の覇者がそろそろ国道に帰ってくる頃ですな」
「聞いてるよ、それがどうした。やつは逃げない。おれも逃げない。だったらバトルは発生する。当然の帰結だ」
「はあ。要するにやる気満々ということですね」
「当然だ。三度目の正直。仏の顔も三度まで、だ」
「ジャック、いつ仏教徒になったんですか」
「おれのじい様は日本人だよ、ヒックス」
「日本人全員が仏教徒というわけではないですよ。ホーリーシットまみれの十字架に磔になったジョン・レノンファンや、右手にバチュラー左手に貧者の核爆弾を持って未だにアリババと四十人の盗賊紛いのテロを繰り返す連中の神を崇める奴だっている。中には歴史上の偉人の下手なモノマネをする芸人を神の代行者と崇めている奴らすらいるのが今の日本だと聞いていますが」
「やれやれだ。さすがHENTAIの聖地だけのことはあるな」
「一体何が言いたいんですか?」
「ロードキングが帰ってくる、だろ」
「あ、ああ。そうです」
「で、何時ここを通過する?」
「チームの連中がこの町を中心にして30マイル離れた国道沿いで見張っています。西の427号線と東の338号線の二本です。先回は154号線で北上したからね。国境北端まで行って右回りなら西の427号線。左回りなら338号線で帰ってくるはずです」
「未だにグリズリーの国との国境にはバリアがあるらしいから、いくら奴でも突破出来ないだろう。結局ここへ戻ってくるしかない」
「そうです。そして必ずここを通過する。二つの国道が合流する国道666号線に。ここから531号線に入るしか南下する方法はないですから。それ以外のルートはことごとく前の戦争で破壊されました」
「思い出したくもない内戦だった。幾つかの州が特定の人種民族に支配されて独立国家化したせいで政府軍対州兵軍という同じユナイテッド・ステーツの国民同士で殺し合う事になるとはな」
「政府軍が徹底した殲滅戦を決行したため全滅した州もある。ヒドイ話です。まだ二年前の事ですよ」
「二年か。早いのか遅いのか、だが未だに塹壕で砂まみれになっていた時の夢をみるよ」
「サー・イエス・サー。私もであります、ジャクソン中尉殿」
「ヒックス曹長。小隊で結局生き残ったのはおれたちだけだった。戦友と呼べるのもお前だけだ」
「コネチカット殲滅戦は帰還率12パーセントでしたから。そういえばあのロードキングもあの時の生き残りでしょうか?」
「かもな。無人自走武装バイク『ロード・ブレイカー』の生き残りが未だに弾薬を失いながらも敵を求めてさまよっているのかもな」
その時ヒックスの携帯が鳴った。
見張っていたチームメンバーからだった。
「来ました西からです」
「迎撃体制を取れ、曹長」
「イエス・サー」
挟撃戦である。背後からは見張っていたチームメンバーが、要撃用有人武装バイクでロードキングを目標地点に追い立てていた。
インターセプト・バイク「スラッシュ・チェーンソー」には本当にチェーンソーが装備されている。それは対人兵器である。非人道兵器だと終戦後人権擁護派議員から非難を浴びたが、事後に何を行っても済んでしまったことなのだ。死者は帰って来ない。既に実績としてチェーンソーで胴体をまっぷたつにされた敵兵は三桁に及んでいた。正義は無数の犠牲者の死体の山から湧いてくるハエのようなものだ、とジャックは部下に言ったことがある。
「正義を当てにするな。あれは所詮、事後に断罪すべき人間を吊るし上げるための方便だ。結局誰も救われない。正義を行使する人間も、救われない。そういう難儀なものだから関わらないほうがいい。痛い目に遭うだけだからな」
そう言って戦場で命乞いをする少年兵をジャクソンは射殺した。この少年兵に部隊の戦友を三人も殺られていた。行商の子供のふりをして近づき、拳銃で射殺していたのだ。
東洋の大国はこの国に移民として送り込んだ工作員を支援するためにある人間兵器を送り込んだ。
「チャイナドール」と云われるそれは、ロボトミー化した少年少女を善悪の判断もなくプログラミング通り人を殺す。殺人マシーンと化した子供達は自分達に銃を向けることに動揺する兵士を容赦なく殺し続けていた。
誰かが止めるしかなかったのである。その役をジャックが引き受けただけである。正義の名の下では子供は殺せない。だがここは戦場で、正義の為に戦っているわけではなかった。
「おれは心底職業軍人なのさ。戦って、敵を殺して、自分も敵に撃たれて死ぬ。それでいい。それがおれの人生だ。他人に口出しされる謂れはない」
ヒックリーは知っている。この戦争の遺物を追い詰めることも彼にとっての戦争の続きなのだと。
正面でジャクソン中尉とヒックス曹長が突撃用有人武装バイク「スレッジ・ハンマー」から機銃以外の武装を外し軽量化したカスタムバイクで待ち構えていた。目的はロードキングの捕獲であった。
作戦名「じゃじゃ馬ならし」と名づけられた。
バリケードから少し離れた路上脇で二人はバイクに跨り接近を待っていた。
「ハンマー3よりハンマー1へ。ブレイカーは時速80マイルで移動中」
「あと十分ぐらいでここに到着するな。バリケードは完成したか?曹長」
「イエス・サー。スクラップ車を積み上げて道路を封鎖しました。一応100フィート間隔で三重に設置しました」
「前回はまさかの虎の子のはずのロケット弾での攻撃で要撃部隊は撃退されたが、もはや弾薬は残っていないだろう。
今回はバリケード前で立ち往生せざるをえまい。その機に乗じてコクピットの駆動制御のライン切り替えをオートからマニュアルに切り替える。戦闘マニアの人工知能から手足さえ奪ってしまえばいい。そうすればただのバイクだ」
「袋のネズミです、中尉殿」
そうはならなかったのである。
追い立て役から通信が入った。
「目標は機体前方にフィールド・バリアを形成中。機体情報から強行突破用の貫通力場だと思われます」
これをヘッドセットで聞いていたジャクソンは思わずヘッドセットをアスファルトに投げつけた。
「まだそんなモノを持っていやがるのか。貫通力場だと。装甲車を貫くエネルギーの槍をまだ振り上げる力を残していたとは。その槍の前ではこんなバリケードは紙に等しい」
「ですがその槍には大量のエネルギーを消費するというデメリットがあります。おそらくこれを使えば10マイル以内に補給しない限り機能停止します。つまり、エンストですな」
「つまり、勝負に出たということか?どういう事だ?」
車の衝突音。何台もの車が衝突したようなクラッシュ音が近くでした。
それはバリケードを突破したロードキングの破壊音であった。
「早い。最初のバリケードを突破したか」
ジャクソンとヒックスはバイクのエンジンに火を入れる。地響きのようなエンジンの鼓動が戦闘に備え機体を震わせていた。
目前のバリケードとして積み上げられた車が上左右に弾き飛ばされる。
その弾き飛ばしたものはオレンジ色の矢のようであった。貫通力場で覆われたロードキングであった。
ジャクソンとヒックスは落下してくる車を避けるために発車した。
廃棄車が二人を押しつぶすためにに落下してくる。
二人は落下地点の予測し、蛇行しながら躱していく。
「追うぞ。ヒクックス」
「イエス・サー」
貫通力場を解き通常走行モードでロードキングはジャクソン達が用意した包囲網を突破した。
しかし燃料残量はエンプティーに近づきつつあった。
ジャクソンとヒックスは何とかキングの後方40フィートをキープして追跡していた。
ジャクソンは機銃を発射。しかし命中しなかった。キングは微妙に蛇行して狙いを固定させなかったのだ。
「悪あがきしやがって」
国道666号線はもうすぐ終わる。町の外れはもうすぐだった。
「どうせエンジンに送られる血液はもうすぐ欠乏する。心臓は停止する」
「中尉殿、どうしますか?」
「見届けてやるさ。往生際を」
キングは結局町外れからほんの数フィート出たところで停車した。路肩で横倒しになりエンジンは停止していた。ちょうどそこは国道666号線を抜けた地点であった。
「勝った、というわけか」キングの前でバイクを止めジャクソンはつぶやいた。
「?どういう事ですか中尉殿」
「おれたちとの戦いが最後の戦争だったんじゃないか、こいつにとって」
勝手な思い込みであったが、ジャクソンにとってそうあって欲しいという願望があった。
戦士はそうあるべき、と。
「で、こいつはどうしますか?」
「ふん。言うまでもない。戦場復帰させてやるさ。このままヴァルハラに送ってやる義理はない。おれたちと共にこの地獄のような荒野で生き抜いてもらおう」
「人使い荒いですね、中尉殿は」
「そうやすやすと死なせてはやらんぞ、お前たちもな」
「サー・イエス・サー。了解であります、中尉殿」
今は私兵部隊だが、荒廃した国土で不穏分子を掃討する任務を負っていた。
不正規部隊ジャクソンズの名は後の世に今から三年後の「チャイナドール戦争」で合衆国全土で知られることとなる。だが今は地方の義勇部隊でしかなかった。
ジャクソンは飲み直すためにバイクを町の方に向けて走り出した。
距離感覚がよくわかりませんね。完全なアメリカテイストを狙ってみましたが、どうでしたでしょうか。よろしければ御笑読下さい。