母上は砂漠の娘を養女に迎えた。
我が息子、第2皇子フランシス・ヤルデンは帝国の砂漠地帯の豪商の娘であるリシュリュー嬢と3年前に婚約を結んだ。
リシュリュー嬢は、私が皇子時代の皇太子であった兄上の婚約者サンドラ嬢と同じく、豊富な知識を持っていた。
あの地域の風習として、女性は家族や婚約者が同伴していない公の場においては言葉を発してはならない、と言うものがある。
家族や婚約者が同伴していても、父親や婚約者が発言の許可を出さなければ一音の発語すら許されない。
皇子としての教育の一環で、帝国に存在する多種多様の民族の風習やしきたりについて学習させた筈であるが、―――愚かにもフランシスは多民族の交流を兼ねた夜会の場において、リシュリュー嬢との婚約破棄を宣言した。
フランシスは、リシュリュー嬢を嫌っている訳ではない。寧ろ、誰よりもリシュリュー嬢を愛している。
しかし、座学を不得手とする事が災いし、
「リシュリュー嬢は故郷である村に帰還し、家族と共に生活した方が皇子妃として皇宮で過ごす時間より幸福に違いない」
と判断し、リシュリュー嬢を手放す事を決めた様だ。
騒ぎを聞いていた母上が、若いふたりに近付いて口を開いた。
「―――では、リシュリュー嬢はわたくしの末の娘といたしましょう」
リシュリュー嬢の持参金である従者300人、牛50頭、馬80頭、砂漠地帯での特産品である宝飾品は、リシュリュー嬢の親族の望む数字で返還しましょう、と母上は宣言した。
「貴方が座学を聞き流していた事実は良く理解出来ましたよ、フランシス。
―――リシュリュー嬢が故郷に帰還すればどうなるか、この場で説明しましょうか?」
帝国の砂漠地帯では、女性の立場はかなり低い。
豪商の娘でもなければ文字を学ぶ機会も無く、幼児期は父親に従い、婚姻したなら夫に従い、年老いては子供に従う。
砂漠地帯の平民の娘の平均的な婚姻年齢は13歳で、生涯で10人以上の子供を持つが、医療が発展していない為に5歳までの幼児の死亡率は80%を超える。
その為、かつて兄上の婚約者だったサンドラ嬢や我が愚息の婚約者であるリシュリュー嬢は故郷に充分な医療機関を設ける為に自らの婚約者を頼って奔走している。
リシュリュー嬢は母上と我が妻セレニカから直々に学んだ語学を活かし、言葉のすれ違いから南部で発生していた暴動を短期間で沈静化させ、橋の崩落で皇都への経路を大きく迂回せざるを得なかった地域の復興に尽力した。
サンドラ嬢が兄上の婚約者であった事を知る世代は、リシュリュー嬢を「サンドラ嬢の再来」と褒め讃えた。
「―――婚約者の心を繋ぎ止める事も出来ず、皇都から追放される不出来な娘など一族の汚点である。
我が息子が、皇太子妃としての責務が負担であるからサンドラ嬢は公的な場において無言を貫くのである、と誤解し、婚約解消を申し出た結果を貴方に教えましょう」
母上の背後に控えていた復元師のベロニカはその腕にサンドラ嬢の首が載せられた銀盆を抱いていた。
当時まだ第2皇子だった私と、セレニカが婚姻した際に、サンドラ嬢の故郷である砂漠の民から婚礼祝いの贈答品として贈られたものである。
何故、サンドラ嬢が死に至ったのか。
その経緯を語る砂漠の民に対して兄上は発狂し、離宮に籠る事となった。政務を執り行う事が出来ないと判断された兄上は皇太子の座を降り、私に皇太子の座が巡って来た。
妻セレニカはあまりの事に3ヶ月あまり寝込む事となった。
復元師ベロニカの才能もあり、現在でこそサンドラ嬢が元来持っていた顔となっているが、贈答品として贈られて来た当初は私も良く魘される程の酷い有り様だった。
「貴方は、リシュリュー嬢にこうなって欲しいから、婚約破棄を申し出たのかしら?」
愛しているからこそ、幸福を祈った結果を目の当たりにして、フランシスは何も言えなくなっていた。
「我が帝国は多民族国家。だからこそ、彼等の風習やしきたりをしっかりと学びなさい。そう、口酸っぱく忠告して来た筈なのだけれど、貴方には届いていなかった様ね」
―――その後、砂漠の民との間に多少の悶着があったものの、リシュリュー嬢は母上の末の娘、養女として皇宮に迎え入れられた。
皇女となったリシュリュー嬢は元々の才覚を活かし、帝国になくてはならない存在となった。
数ヶ月に1度、リシュリュー嬢の産みの親が「娘が皇女と言う身分が持つ重責に耐えられる筈が無い。どうか、故郷に帰して欲しい」と訴えにやって来る。
「愚息の誤解で皇子妃として務まらないと判断されていたが、我が義妹、皇太后アレキサンドラの第4皇女リシュリューが帝国に必要な存在である事は、リシュリューの実績が証明となっている」
リシュリューが母上の養女として迎え入れられてから手掛けた事業を挙げれば、彼等は何も言えずに帰路に着くのだった。
フランシスはと言うと改めて皇子教育が必要である、との母上と議会の判断によって、初頭教育から受け直している。
私やセレニカに助けを求める事なく、座学に取り組む様子を見ては妻とふたりで微笑んでいる。
砂漠の民が贈答品として贈ったものはエド・ゲイン式です。




