初出勤 1
賽ノ河原学苑での採用が決まったまどか。
今日から出勤です。
しかし、あの世の移動はだいぶ要領がちがうみたい。
朝、目覚めたら見覚えのある天井が見えた。
起きて洗面して髪を洗い、ドライヤーで乾かして、アイロンを当てる。化粧して着替えて出かけようとしたらお腹がなった。
…部屋の壁にかけたメッセンジャーバッグの中からお膳を引っ張り出してテーブルに置く。
お膳は箱膳になっていて、バッグから引っ張り出すと4倍くらい大きくなる。
蓋をあけて箸とご飯茶碗と汁椀、お皿を出し、テーブルに並べる。汁椀とご飯茶碗は普通。お皿は小皿でおかずが数品、きれいに盛り付けてある。鶏の唐揚げにトマトとチーズのカプレーゼ。レタスが彩りを添えている。
「いただきます」
箸を手にとり、朝ごはんをいただく。
…いくら好物でもさすがに毎日だと飽きる。
贅沢な…と言っても仕方ない。
こっちの食事ってそういうもんだから。
そう思ってるとドアがノックされた。
「お届けものです」
「はーい、いま開けます」
ドアを開けると10歳くらいの男の子が立っていた。手に持っているのは高級感溢れる紙の箱。
「…あれ?宅配便じゃないの?」
「違います。ぼく、今日の当番なんですよ」
「あ、そっか。学校の寮なんだっけ。ご苦労さま。」
そう言って箱を受け取る。箱をあけると中身は 巾着みたいな揚げ団子が5つにお櫃に入った炊きたてのごはん、赤い菊の花束に淹れたての熱いお茶ととっくりに入った水。…現世のごはんが恋しい…
「あ、そうだ。朝ごはんまだだよね?お腹すいてない?」
「…え…」
真っ赤になって、男の子はうつむいた。
「良かったらごはん、いっしょに食べよう」
「でも…まだ仕事が残っていて…」
ぐぅ…とお腹のなる音が聞こえた。
「じゃあこれ持っていって食べて」
私は揚げ団子を1個差し出した。
「いいんですか?」
男の子はおずおずと手を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
満面の笑みでお礼を言うと、男の子は足取りも軽く仕事に戻っていった。
「お当番がんばってね」
荷物を一度しまうために部屋に戻る。
初七日と四十九日の法要をいちどに済ませてしまう葬儀の様式のおかげと、送られた号のおかげで現世と変わらない暮らしが出来ているけれど、ちょっとチートが過ぎるなぁと思う。
いま、私が暮らしているのは先日お世話になる事になった学校の寮だ。学校の名は賽ノ河原学苑という。生前所属していた宗教の宗派ごとに学び舎が分かれていて、私は仏教徒の集まる本校の学校司書として働く事になった。因みに私は浄土宗での葬儀だった。
先ほどのメッセンジャーバッグは現世で愛用していたものそっくりなんだけれど、実際には死出の旅路の装束のひとつ、頭陀袋。中から出てきた箱膳は死者に供えられた食事が入っている。…陰膳や葬儀で棺の中に入れられたものだ。
先ほど男の子が届けてくれたのは実家の、私が祀られた仏壇に供えられたもの。揚げ団子は歓喜団といって、香料とあんこを包んで揚げたもので仏壇にお線香とお念仏が供えられると部屋にこれが届く。なんでも、人から仏になる食の修業のひとつらしい。はじめて食べた時はびっくりしたけど、仏さまのお食事は香りですって、ボランティアに行ってたお寺の若和尚さんが仰っていた事を思い出して納得した。
せっかくだから私も歓喜団をひとついただく。
白檀や丁字、肉桂の香りの中にほんのり梅の花の香りがするあんこ。…おばあちゃんのお墓に供えてたお線香と同じにおい。思わず胸がギュッとなる。泣きながら食べた歓喜団は残りも全部、スルッとお腹に収まった。
崩れた化粧を直して、今度こそ出勤しなきゃ。
今日から新しい職場だもんね。
砂利道をスニーカーで踏みしめながら、徒歩で進む。ジャリジャリ音を立てる砂利は、駐車場の防犯用敷石みたいに大きい。見る見るうちに革部分がボロボロになり、黒い靴とパンツスーツの裾がホコリで真っ白になっていく。
どんより黄昏れた朝焼けの空の下、歩けど歩けとなかなか校舎は見えてこない。
「おはようございます」
あいさつをしてきたのは、托鉢姿の若い僧。
「おはようございます。あの、よろしいでしょうか?」
鞄を探って財布を出す。布製の巻くタイプの古風な財布。中を探ると紙製の六文銭が6つしか入ってない。何かお布施できるものをと鞄を探りたおしてみたけれど笠、杖、財布、箱膳以外に何も入っていない。
通勤時にお坊さんに行き合ったら少額でもお布施するようにしていたんだけど…よほど困った顔をしてたのか僧都はこう言われた。
「お志に感謝します。無理はなさらず、できる事をしてくだされば良いですよ」
「すみません…」
思わず頭を下げてしまう。その上でこうたずねた。
「あのう…この辺りにお詳しいですか?」
「えぇ、まぁ」
「実は目的地に辿り着けなくて」
「目的地…?」
「はい。こちらに来てからはじめての出勤で…」
「そうでしたか…」
柔らかい微笑みをたたえた僧都が言われた。
「よろしければ同道させてください。
どちらへ行かれるんですか?」
「賽ノ河原学苑です。今日からお世話になります」
それを聞くと僧都はなんとも言えない顔をした。
「…生徒さんには見えないですね…」
「職員側です。教員じゃないけど」
「なるほど…」
うなずいて思案顔になった僧都。
「お力になれるかわかりませんが、ご案内しましょう」
意を決した顔をして托鉢用の袋を探り、数珠を取り出した。絹の房が付いたそれは舞台でよく見かける水晶製。
「あなたも杖を出した方が良いですよ」
…どういう事だろう?と思って納得した。
道の向こうからやってくるのは獄卒の方々。
2人一組で歩いている。虎の皮のふんどし、手には金棒。
僧都は黙ってお辞儀して、彼らが過ぎゆくのを待った。私もそれにならう。
次にやってきたのは普通の格好をした人。
僧都曰く、道行く人の姿は亡くなった時代の衣装を反映しているそうな…よく見ると様々な時代の人がいるけれど明治とか大正、昭和、平成が多い。
ほとんどが亡者だけど、稀に生者も混じっているんだそう。賽ノ河原は彼岸と此岸の境目なので眠ってる間にさまよい出てくるんだって。
杖を持つように言われたのは、それが亡者と生者を見分ける印になっているから。そして…
その理由はすぐに分かった。
何かが道を塞いでいる。黒いモヤがただ、かたまって道を塞いでいる。杖で払おうするとそれは人の形を取った。目ばかり大きくて、手足が細くて、お腹がぽっこりふくれている。絵巻物で見る飢えた人、餓鬼。
どうしたらいいんだろ?と頭を悩ませながら鞄に手を突っ込むと、何かが手に触れた。引っ張り出して見ると少し乾いた蓮の葉っぱに小さなカボチャやサツマイモが乗っている。…これ、なんだっけ?
それを見るや餓鬼はこちらに弱々しく手を伸ばしてきた。これがほしいのかな?
恐る恐るこちらもそれを差し出す。
弱々しかった手は力を取り戻し、瞬時に引っ掴むと葉っぱの上のカボチャやサツマイモをガツガツ貪り食う。人心地がついたら餓鬼は輪郭がぼやけて姿を変えた。小さな女の子だ。髪はホコリと脂だらけでバサバサに固まっている。垢じみたTシャツにおしりが異様に大きなスパッツ。2歳か3歳くらいかな?
その子は手を拡げてトテトテこちらに寄ってきた。
ペタッ。
私の脚にしがみつく。
…どうしたらいいの?助けて!お地蔵さま…




