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プロローグ〜賽ノ河原の学校司書

これは、死後の世界の学校の話です。

どこにもない学校の話です。

書こうと思ったきっかけは、新聞で見た未成年者の自死の統計でした。その数524名。ジャンルとしてはお仕事ものです。

実在する団体・会社・学校とは、一切関係ありません。

目を開けた先には、本が積まれていた。

堆積岩が割れたての角も鋭く、ゴツゴツ転がる河原に、崩れそうな本の山。読みたかったあの本やこの本……いわゆる積ん読の山だった。

鋭い岩の上に積まれたら本が傷む!

せめてパレットを引いてよ!

じゃなかったら潰した段ボール!

それを崩そうとする、屈強な男たち。

手にはトゲだらけの八角金棒。

よく見れば男たちの身体は赤かったり青かったり、身につけているものもトラの皮のふんどしである。ギラギラ鋭く光る目は、血走る白目に金色の瞳孔。手近にあったのは、なぜか刺股。それも、アルミ製の見覚えのあるヤツ。勤務校に置いてあるような、不審者対応用の刺股だ。

「本は大事にしなさいって、教わらなかった?」

私は無我夢中で男のひとりに刺股を向けた。

鉄棒が届かない距離に刺股が伸びる。

「そこまで!」

凜とした声に男たちが固まる。

「勤務時間終了の鐘が鳴っていますよ。

十王庁に戻らなくてもよいのですか?」

その声にすごすごと男たちは立ち去る。

「あの、助けて頂いてありがとうございます」

声の主の方を向いて、お礼を言う。

振り向いた先にいたのは、40歳前後の小柄な男性だった。私の身長が160cmで、5cmくらいしか変わらない。口ひげに筒袖の着物、袴姿。七三に分けた髪。どこかで見た気がする。漫画版の偉人伝だったと思うんだけど…

「地獄の獄卒相手に堂々となさっておいでだ。

なかなか出来る事ではありませんな」

「地獄?」

「おや、こちらにはおみえになったばかりですかな?杖と笠と頭陀袋はかろうじてお持ちになっているようだが」

みなれたメッセンジャーバッグの中には銭の入った布財布と二つ折りになった菅の女笠、小さな膳が入っている。手に持っていた刺股はいつのまにか白木の杖になっていた。

「私は嘉納治五郎。勇敢なお嬢さん、お名前をうかがえますかな?」

嘉納治五郎って…東京師範学校の校長で、たしか柔道の創始者…

「円井まどかです」

「慈光院円月大姉どの、お探ししましたよ」

「これは、地蔵菩薩さま」

治五郎さんがお辞儀をする。

振り向くとそこにまばゆい光に包まれた誰かがいた。地蔵菩薩って、お地蔵さま?

光は徐々に薄れて行き、そこにいたのはいがぐり頭で衣をまとい、柔和な笑みをたたえた少年だった。見た目が15〜6歳くらい。

「治五郎先生、ちょうど良かった。

新たにお迎えする司書の方ですよ。

ほら、本校の」

「本校?」

「ああ、そうでしたか。道理で勇ましい訳だ。

ところで、地蔵菩薩さまも会議に出席なさるん ですか?」

「会議?」

私はキョロキョロとお地蔵さまと治五郎さん、いや嘉納先生の間で視線を往復させる。

「事情を説明した方がよさそうですな」

嘉納先生がおっしゃる。

「ところで、慈光院どのと円井どの、どちらでお呼びしたらよろしいですか?」

そうおっしゃるのはお地蔵さま。

「でしたら円井と。…あの、慈光院て、ひょっとして…その…戒名ですか?」

「よくご存知でいらっしゃる。本校で活躍して頂けそうですね。」

そうお地蔵さまは微笑まれた。

「本校というのは、名称を賽ノ河原学苑と言い、此岸から来た子どもたちを受け入れ、教え導くための場所です。以前は保育園だけでしたが、現在は未成年者、18歳までを受け入れています。」

「近年、自ら黄泉平坂を下るものたちが増えていて人手が追いつかなくなっているのだ。それ故、五十日祭を迎えたものにはぜひ指導に当たってもらいたい…」

「治五郎先生は根の堅洲国の分校を束ねておられます。宗派ごとに分校が在るのですよ」

「キリスト教分校には、もしかして新島八重先生や津田梅子先生、村岡花子先生がいらしたりするんでしょうか?」

「村岡花子先生が図書館の主任教諭でいらっしゃいますね」

……マジか……

「あれ?…もしかして…賽ノ河原ってことは…子どもたちは石を積むのと同じように学校に通うんですか?」

「そうですな、ある意味では逆縁の罰として。

勉強とは、勉めて強いると書く。

途中で投げ出した生の意味を学ぶ為にも学校に通わなければならないのです、彼らは」

生きるのが辛くて逃げ出した子たちへの罰に、生前でいちばん辛かった場所のひとつを使うんだ…

「こちらで働くに当たって、資格がありまして。

あなたはそれを、満たしておられる。

ぜひとも力をお貸し願いたい。」

「生前、子どもと関わる仕事をしていた事、現世の新たな情報を持っている事、宗派による法要・祭祀で生死の境に一線をひいて 扱われている事」

「縁者による供養・祭祀はこちらでの身分保障・証明にあたると思っていただければ」

何か、現世の就活っぽい事を言われたのは気の所為?

「院の称号を付与して頂いた方でもありますし、その辺りは問題ないでしょう」

…実家が太いって言われたのかな?それとも経歴?

ともかく、あの世、いや、この世か、で仕事を得られるのはありがたい。


これは、私が死後の世界の学校で働く事になった話。










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