五幕=仲良し=
次回は2月9日午前9時に更新します。
「では、帰りのホームルームはこれで終了だ」
若干頭頂部が寂しいことになっているメガネをかけた初老の担任、川田先生がホームルームの終了を告げ、日直に号令の指示を出す。
日直の日焼けした野球部員の男子生徒が立ち上がり全員それからわずかに遅れて起立、同時に礼。ありがとうございましたと言って各々帰り支度を始める。
私もあくびをしながら机の横にかけていた通学鞄を取り、その重みに少しぐらつきながら教室を出ようとしたところで担任に呼び止められた。
「ちょっと待て、風峰。話がある」
めんどうだなと思いながらもけだるそうに体を反転、すぐに表情を変えて首を横に傾げながら「なんですか?」と問うた。
この切り替えの早さは多分私の利点だろう。しかし私単独で呼び止められるようなことしたかな……?
いや、川田先生は心配そうな表情をしているから、なにか懸念事項を伝えようとしてくれているのか。
「さっきのホームルームでも言ったが、最近不審人物がうろついているから気をつけろよ」
「不審人物? なんですかそれ」
「お前さてはさっき寝てたな」
「寝てないです」
うつらうつらとはしていたけど。
そんな私の返事に河田先生は大きくため息を吐きながら、呆れた様子だった。
「話聞いてないなら一緒だ。じゃなくて、いやそこも大事なとこだけどもそうじゃない」
「え? なんでですか? ま、まさか先生私を狙って……」
「たたき殺すぞ、バカ生徒」
「容赦ないですね先生!?」
冗談を言ったらとんでもない蔑みの視線で罵倒された。
たたき殺すて……このご時世に生徒に容赦がないなこの先生。
さすがは数多のモンスターペアレントな保護者を撃退したという伝説のある川田先生だ。格が違う。
「冗談にしても、あんまりそういうことを言うもんじゃないぞ」
「はい、おっしゃる通りです……」
完全に私が悪かったので素直に謝罪する。
けれど、まっすぐ素のままの姿勢で生徒と交流を深めるこの先生のことを私は好ましく思う。
と、ことの本題を反らすのはよくなかったな。
「で、なんで私が心配なんですか?」
「お前はよく他校の不良と揉め事を起こすからだ。正義感が強いのはいいことだが」
「女だからやめろ、はなしですよ、先生」
わかりやすく不機嫌に私は頬を膨らませる。
それを見た先生は呆れて、もう一度ため息を吐いてから頭に手をやる。
だけど私は間違ったことをやっているわけじゃない。世間様から見てもその結論に至ると思う程度には自信がある。
それに、たとえ間違っていたとしても、私は自分の道を進んでいきたい。
だって実際に誰かが泣いていた。
自分より力の強いものに泣かされて、泣き寝入りするしかなかった人もいたはずだ。
だから私は全力でその現場に居合わせた時は迷いなく動くことにしている。
暴力はいけないことって頭ではわかっていても目の前で起きている理不尽を避けることは私にはできないし、守れないよりはずっといい。それは自分を守ることにも繋がるし。
「本当に現代っ子にしてはお前の正義感は強すぎる。先生から見れば心配の種だ」
「先生、私が行動に移してるような輩はやっちゃいけないってことをやる幼稚園児以下の悪者ですよ。だから全力で行動したんです」
「……未成年の喫煙、飲酒。カツアゲやいじめ。風峰、お前はそんな不良を見れば問答無用だな。それがたとえ他校の生徒であろうと、上級生であろうと……そして社会人だろうと遠慮なしだ」
「だって誰かが注意しなきゃ、止まらないじゃないですか。私はそれを自分の出来る範囲でやっているだけです」
あの人なら、きっとそうするはずだ。
自分の力が及ばずとも、最善を尽くすはずだ。
「それでよく傷をこさえて周りを心配させてでもすることなのか? 今の世の中女性だからと言って縛る必要はないと先生も思うが……それでもお前は」
「やめましょうよ。この議論に答えは出ませんから。でも、忠告は耳に入れときますよ」
本当に心配してくれるのは、わざわざ呼び止めてくれたことでわかる。
でも私は……あの人のようになりたい。誘拐犯から私を助けてくれた、龍臥さんのように。
「それじゃ、愛華を待たせてますので失礼します」
頭を下げて、私は先生を置いて教室を出て行き、靴箱で待っていた愛華の元に行く。
あの子も私も帰宅部だから放課後はのんびりと過ごせる時間があるのだ。
もっとも、私の場合は愛華と遊び歩くわけでもなく、筋トレや基礎体力作りのランニングをするんだけども。それに愛華も笑顔で付いてくる。
なにが楽しいかはわからないけど、親友と思える子とこうやって一緒に行動できるのは案外、悪くないものだ。
学校から少し離れた場所の駅にあるトイレの個室に入り、鞄に仕込んでいたジャージを取り出して制服を脱いでいれかえる。
ざっと上にジャージを羽織ってジッパーを閉め、スパッツの上には短パンを履く。先端が見えるが、この程度ならいいだろう。
そして隣に耳をすませると愛華の歌声が聞こえる。
周囲に迷惑をなるべくかけないように小さめの声だが相変わらず綺麗で澄んでいる歌声だ。聴くもの全てを魅了する、というのは言い過ぎかもしれないけど私はすごくこの声を聞いていると安心する。そして同時に衣擦れの音が聞こえる。もうすぐ着替えも終わるだろう。
そして隣のドアが開いたと同時に私も外に出て愛華と顔を合わせる。彼女は学校指定の青と白を基調として赤いラインが入っているジャージに下は私と同じくスパッツと短パン。差異はスパッツの色くらいで彼女は白で、私は黒ってくらいかな。
一緒に付き合ってくれているからか私ほどじゃないけど愛華もかなり体力はある。
簡単な護身術も教えてるからほんとそこらの不良程度なら身を守るくらいのことはできるくらいには強い。まぁ、あくまでも愛華の見た目で油断するのが多いからそういう前提はあるにしても、なかなか侮れない。
……せっかくだから聞いておこうかな。
「ねぇ愛華」
「なに雅ちゃん?」
「前から聞きたかったんだけど私とトレ〜ニングやるの楽しい? 病気や予定の時以外は付き合ってくれてるけど、仲良くなってからずっと付き合ってくれてるからちょっと気になってね」
最初は愛華もけっこうきつくて泣いたりしていたので、なおさら気になる。
「そうだね……まぁ正直筋トレとかはあんまり好きじゃないよ」
「だったら悪いわね……ごめん、いつも付き合ってもらって」
「ちゃんと最後まで聞いてよ。でもね、それ以上に雅ちゃんと一緒にいたいと思ったんだ。僕も弱いままで雅ちゃんに助けられっぱなしなのも嫌だし……胸を張って雅ちゃんの隣にいたいもん!」
「愛華……あんた超いい子」
「ちょ!? なんで涙ぐんでるの!? そこまで感動話じゃないよ!」
「いや、でも私はかなり嬉しい……ありがとう。私いい親友持てた……」
「ぼ、僕だって雅ちゃんを親友だと思ってるよ! これからも迷惑かけるかもだけどよろしくね、雅ちゃん!」
「うん、私も迷惑かけるかもだけどよろしく……助け合っていきましょう」
「雅ちゃん!」
「愛華!」
二人でがっしりと抱き合う。こんないい親友を持てて私は幸せ者だ! 私も愛華の隣に立派に胸を張って立てるような人間でいなければ。




