三幕=起床=
次回は2月5日午前9時予定です。
「また、この夢か……」
自分でもわかりやすいまでに、不機嫌な声を出してベッドから起き上がる。
手を頬に当てると涙がつたっていた。この夢を見るときはたいていそうだが、いつにも増して涙が出ていた。
幼い日の、助けてもらったときの記憶。
もう忘れなさいと両親には言われるが、私はそれを拒み続けて生きている。
あのときの記憶を……私が今の私になるきっかけになった事件をどうして忘れることができようか。
あの日から時が経過しており、私も今では十八歳だ。
胸はたいして育っていないが、スタイルの方はトレーニングのおかげで引き締まった無駄の少ない自慢の体である。む、胸なんて飾り。
そう、私には必要はない……と、いかん。気にするな私。
体を伸ばしてから血流を良くして眠気をいくらかとばして壁にかけている時計を見ると時刻は午前六時。普段は五時半起きだから三十分ほどの寝坊だ。
少し急ごう。ベッドから降りてタンスの中にあるお気に入りの緑の下着と制服を取ってからバスルームへと駆け足で降りていく。
この時間では私以外、誰も起きておらずバスルームの道中であるリビングにも誰もいない。三十分ほどの寝坊でもこれだし両親の起床時間は元より把握している。
もしかしたら起きているかも、とは思ったがこれならなんの気兼ねもなくシャワーで気持ちをさっぱりできるというものだ。
仮面ナイトのオープニングを口ずさみながら洗面所につき、顔を洗い鏡に映る自分を見る。肩まで伸ばした黒い髪に少しきつく見えるつり目に黒い瞳。顔の方は寝ている間に泣いていたからか少し赤く晴れていたが、このくらいなら冷たいシャワーを浴びればすぐにおさまる。
寝巻きを脱いでいき、下に着用していた青いキャミソールも脱いでショーツも脱いで洗濯機に入れ込んで中にはいる。
まずは冷水のハンドルをひねってからシャワーを浴びる。
「ひゃう」
思わず変な声が漏れる。
うーむ、やはり冷水は手強い、何度やってもなかなか慣れることはない。
正直そこらの喧嘩売っていきがっている不良を相手にする方がまだ楽だとすら思う。
でもこれで目は完全に覚める。
頭を活性化させるには冷たい水を顔に引っ掛けるに限る。
「……うん、これで大丈夫」
そう誰に言うでもなく呟いて頭と体を手早く洗い、シャワーを止めてから手で可能な限り水を拭い去って勢いよく風呂場を出る。
椅子にかけていたバスタオルをとって体を拭いていき、下着を着用してから高校の制服に着替える。
黒を基調としたブレザーに赤いネクタイ。変な縦線など入っているわけでもなくこのまま就職活動にでもいけそうなくらいシンプルであるが、私はこれが好きだ。
とはいえシャワーを浴びた後だし喉が渇いた。リビングに戻って冷蔵庫の中にある濃い牛乳をコップに入れて飲む。
決して胸が大きくなりたいとかそういう理由ではない。あ、でも身長はもう少し欲しいかな。
と、ここまでやって時間は七時。普通の学校に行く時間としてはまだ早すぎる。
牛乳をもう一杯飲み、茶碗に入った冷や飯と冷えた烏龍茶を取り出しお茶漬けにする。
両親からは「え、海苔とかいれないの?」とか散々言われたものだが、私はお茶漬けなのにお茶以外の海苔や梅干しを入れる意味がわからない。
それに、この冷やし茶漬けはお茶によって様々な味をシンプルに楽しめる。
例えばこの烏龍茶、緑茶にも苦味はあるがあちらとちがいさっぱりとした苦さだ。緑茶は加減を間違えれば苦味と渋みが強すぎて、飲むにしてもお茶漬けにするにしても箸は心地よく動かせない。
まぁ私はペットボトルのお茶が基本だからそういうのはあまりないが、急須で出したお茶も美味しいのは事実だ。
程よい苦味が舌を満足させ、また冷や飯の硬さと米の甘さがうまくマッチしていて……。
「て、安っぽい食レポみたいね。でも美味しい……」
極端な話、ただのご飯とお茶をかけただけなのに、なぜこんなに幸せにしてくれるのだろうか。
美味しくご飯にありつける今に感謝をしつつ、完食する。
「ごちそうさまでした。さて、と」
茶碗を水につけてから通学鞄を取りに部屋へと戻り、自分で作った神棚の前に置いているものに一礼する。
「……行ってきます、龍臥さん」
置いているものは、仮面ナイトのレプリカの仮面、の一部分。
あの日山で見つけて以降の宝物で、私を助けてくれた恩人が確かに存在したと証明してくれるものだ。
とは言っても小さい子供の時に拾ったものだし、修理も接着剤でくっつけただけだからお世辞にも見た目はいいとは言えないけど。
日課を終えて玄関に行くと、ちょうど起きてきた母さんと鉢合わせする。
「あ、おはよう雅。今日も早いわね」
「うん。健康的でしょ?」
「我が家で一番健康なのは間違いないわね」
ニコッと、穏やかに微笑む母さん。
昔のことで龍臥さんに言ったことを忘れることはできないけど、あの時の母さんの気持ちを今考えると錯乱していた気持ちはわからなくもない。
まぁ、だからこそ少しだけ空気がギクシャクすることもあるけど、普通に過ごせるくらいには穏やかな気持ちでいられる。
……もういい頃合いだし、近いうちに腹を割って話をしてもいいかもしれないわね。
「どうかしたの、雅?」
「ちょっと考え事してただけだよ。それじゃ行ってきます!」
「いってらっしゃい」




