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文学のまちに巨大みかんが降ってきた  作者: 明石竜


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第三話 三姉妹、愛媛県内巡りスタート

午前四時頃。

(留実お姉ちゃんも、田鶴子お姉ちゃんもお休み中だね。よぉし。時刻的に早朝だからお外へ出ても問題ないよね)

 目を覚ました砥音は、物音を立てないようにお部屋から出て玄関へ移動し、鍵をそーっと開け、こっそりとお外へ出る。

 それから三〇分ほどして砥音は無事、戻って来た。

(全然危険じゃなかったよ。留実お姉ちゃんは心配性だなぁ。それどころか、理科の自由研究に良いもの取れちゃった♪ ビニール袋持っていって良かったよ♪)

 砥音は満足げな気分で布団に潜り、再び眠りにつく。

 それからしばらくのち、清隆の自室。

「もう朝か……ん?」

 まだセットされた目覚まし時計が鳴る前、七時頃に目を覚ました清隆は、妙な違和感を覚えた。

 布団に中で、何かがごそごそと動き回っていたのだ。

「これって!」

 清隆はやや表情を蒼ざめさせながら、掛け布団をおもむろに捲り上げてみる。

「うわぁっ!」

 瞬間、びくーっと反応して飛び上がった。

バッタ、ではなくイナゴがいたのだ。

それも数十匹。

 清隆のパジャマにも多数まとわりついていた。

「いつの間に入って来たんだ?」

 清隆は体を激しく揺さぶり、振り払っていたところ、

「おっはよう! 清隆お兄ちゃん」

 砥音が部屋の扉を開け、爽やかな表情で挨拶して来て部屋に足を踏み入れてくる。

「これ、ひょっとして、砥音ちゃんが?」

 清隆は苦い表情で尋ねる。

「その通りだよ。松山らしく小説『坊っちゃん』の真似をしてみたのーっ! ちょうど稲刈りシーズンだからたくさん取れたよ♪」

 砥音は嬉しそうに言う。

「砥音、結局わたくしや留実の言いつけを破ってお外へ出たのね。ダメでしょ砥音、そんなことしちゃ。誘拐される可能性だってあったのよ。清隆ちゃんにも謝りなさい!」

 いつの間にか背後にいた田鶴子は砥音を担ぎ上げ、お尻をむき出しにしてパシーンと叩いた。悪い子へのお仕置きの仕方は、地球人と共通のようだ。

「清隆お兄ちゃぁん、ごめんなさぁぁぁい。もう二度としませぇぇぇん」

 痛かったのか、砥音はえんえん泣きながら謝ってくる。

「あっ、いや、べつに、俺、気にしてないから」

 清隆は戸惑ってしまった。

「……んにゃっ、どうしたの? やけに騒がしいけど」

 光香も目を覚ましたようだ。むくりと上体を起こす。

「あっ、ねっ、姉ちゃん、危ないっ!」

 清隆は慌てて注意を喚起する。

 遅かった。

 イナゴが二匹、光香の鼻にぴょこんと乗っかったのだ。

「きゃっ、きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!」

 光香は瞬く間に顔を蒼ざめさせ、断末魔の叫び声を上げた。光香は女の子にはとりわけ珍しいことではないのだが、虫が大の苦手なのだ。

 さらにもう一匹、光香のきれいなピンク色の唇目掛けて乗っかる。

「……」

 光香はパタッと仰向けに倒れた。

「光香ちゃん、オーバーリアクションね」

 田鶴子も目を大きく見開き、びっくりしていた。

「姉ちゃん、しっかりしろ」

 清隆が光香のお顔に乗っているイナゴを一匹残らず叩いてあげたのち、頬をペシペシ叩いて光香は無事生還。

「ごめんなさぁい、光香お姉ちゃぁん。イナゴさん、すぐに片付けるからぁ」

 砥音はえんえん泣きながら、土下座して謝る。

「砥音ちゃん、泣いて謝ったくらいでうちが許すと思ったら、大間違いじゃっ!」

 光香は目に涙を浮かばせながらこう言い放ち、猛ダッシュでお部屋から出て行った。

「おはようございまーす、皆様。賑やかですねー。あらっ、蝗さんがいっぱい。【ぴょんぴょんと 蝗飛び交う 畳部屋】」

 入れ替わるように留実は寝惚け眼を擦りながらこのお部屋へやって来て、のんびりとした声で挨拶して、ちゃっかり一句詠んだ。


「洗顔フォームで五分以上は念入りに洗ったのに、まだイナゴが鼻の上に乗ってる感覚が……あんた達、やっぱり問題事起こしたわね。これ以上泊めることは出来ないわっ!」

 七時五〇分頃、応接間にて朝食団欒時。光香は怒り心頭で三姉妹、のうち特に砥音を睨みつける。

「ごめんなさぁーい」

 砥音は涙目になりながら謝罪する。

「まあまあ光香。佃煮の材料が出来て助かったんやけん」

 母は優しくなだめ、それが盛られたお皿をローテーブル上に置く。

「きゃっ、きゃぁぁぁっ!」

 光香は甲高い悲鳴を上げ、飛び上がって清隆の体に抱きついた。

「ねっ、姉ちゃん、それくらいで怖がるなよ」

 清隆は苦しがる。首を締め付けられていたのだ。

「だっ、だってぇ、お母さん、そんな不気味なもの、作らないでよ」

 今にも泣き出しそうな表情の光香を見て、

「もう、光香ったら、イナゴの佃煮くらい作れなきゃ、お嫁に行けないわよ」

 母はくすっと微笑む。

「いつの時代の話なんよ?」

 光香はむすっとなった。

「甘辛くて、すごく美味しい♪」

「蝗さんは、昭和時代までは各ご家庭で良く食されていた日本食ですね」

 砥音と留実はイナゴの佃煮をお箸で摘み、美味しそうに食していた。

「グロテスクね、怖い」

 田鶴子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「田鶴子ちゃんも苦手なのね」

 母は再び微笑む。

「あなたもそう思ってたのか」

 光香は若干親近感が沸いたようだ。

「光香ちゃん、わたくし達、気が合うわね」

 田鶴子は嬉しそう。

「うん、その一面だけはね」

 光香は少し悔しそうに小さく頷いた。

 民宿が廃業して以降は高校の数学教師を勤めている父は、皆が朝食を取る前、七時半頃には家を出ていた。

まもなく午前八時になろうという頃、ピンポーン♪ とチャイム音。

「おはよー清隆くん」

 その約一秒後、ガラガラッと玄関扉の引かれる音と共に、のんびりとした声が聞こえて来た。

「おはよう、すぐ行くから」

 清隆は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。

 訪れて来たのは、文乃だった。

学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれるのだ。

清隆は中学に入学した頃から現在完了進行形で登校は別々でも良いと思っているのだが、文乃がそうは思ってくれていないので付き添ってあげているという感じである。とはいっても清隆もべつに嫌がってはいない。けれども通学中に同じクラスのやつ他知り合いにはあまり会いたくないなぁ、という思春期の少年らしい気持ちは持っていた。

「清隆お兄ちゃん、文乃お姉ちゃん、行ってらっしゃーい」

 砥音も玄関先へとことこ駆け寄ってくる。手を振りながら見送った。

「おはよう砥音ちゃん、学校へ行ってくるね」

「じゃ、行ってくる」

 八時頃に文乃と清隆は家を出発。この二人は高校へ入ってからも徒歩通学である。赤瀬宅から二人が通う高校まで1.5キロ圏内の自転車通学禁止区域に指定されているからだ。ちなみに伊子も同じだ。

「あの子達の通う学校も、長期休暇中はやっぱり宿題がたくさん出てるのかな?」

「日本の学校よりも多いみたいだった。昨日の夜、一生懸命やってたよ。マジワウ星の学生は、日本の学生よりも勤勉だと実感したよ。大学入試の科目数も日本の国立大学よりも多いんだって」

「そうなんだ。文明が地球以上に発達してる理由が頷けるよ。それにしても、今朝はけっこう寒いね。吐く息真っ白」

「もうすぐ十一月だからな。俺も今朝はコートが欲しいなって思ったよ」

公立校らしいオーソドックスな紺色ブレザーを身に纏った二人は門を抜けて、他愛ない会話を弾ませながら通学路を一列で進む。

 八時一五分頃。赤瀬宅では、

「食器洗いだけでなく、お掃除とお洗濯まで手伝ってくれるなんて、とってもいい子達ね。お駄賃をあげたいくらいだわ」

 母が三姉妹を褒めていた。

「タダで泊まっとるんやけん、やって当然じゃと思うわ。お母さん、あの子達に小遣いあげちゃいかんよ。それじゃ、行って来ます」

 光香は不機嫌そうに言い、家を出た。今日は朝一から講義があるのだ。市内の私立大学に通っており家からも近い。彼女は幼稚園時代からずっと徒歩通学圏で過ごして来たのだ。

 八時二〇分頃には、清隆と文乃は一年一組の教室に辿り着いていた。幼小中高同じ学校に通い続けている二人は小学六年生の時以来、久し振りに同じクラスになることが出来た。共に一学年全八クラス中二クラスしかない理系特進コースへ入学したため、なれる確率も高かったのだ。ちなみに一年一組は男子二九名、女子十一名の計四〇名。理系のクラスらしい男女比率となっている。

「アヤノちゃん、キヨタカくん、おっはよう!」

 二人が自分の席へ向かおうとすると、先に来ていた伊子が元気な声で挨拶してくる。

「おはよう野田さん」

 清隆は素の表情でごく普通に、

「おはよー伊子ちゃん。今朝は冬の気配を感じたね」

文乃は爽やかな表情と穏やかな声で返してあげた。

「キヨタカくん、あの子達泊めて、トラブルは起きんかったん?」

 伊子がさっそくこんな質問を問いかけてくる。

「小さなトラブルは起きたよ。今朝、砥音ちゃんに布団にイナゴを入れられた」

 清隆は苦笑いを浮かべながら伝える。

「ほうか。小説『坊っちゃん』みたいじゃな」

 伊子はくすくす笑う。

「かわいいイタズラされたんだね」

 文乃はにこりと微笑む。

「幼い子のすることだし、俺は許せたんだけど、姉ちゃんは怒り心頭だったよ」

 清隆がため息混じりに伝えると、

「キヨタカくんのお姉ちゃん、今でもやっぱり大の虫嫌いなんじゃね」

 伊子は光香にちょっぴり憐憫の念を抱いたようだった。

「でも砥音ちゃんは理数系が得意でとっても役に立つ子だったよ。あの、野田さん。物理のテスト、砥音ちゃんに解説付きの模範解答作ってもらったから、再試験対策に役立てて」

 清隆は鞄から取り出し、伊子に手渡す。

「おう、すごい。字はちょっときちゃないけど教科書や問題集の解答例よりも分かり易いよ。トオンちゃんやるじゃん。古賀の変わりに教師になって欲しいよ。サンキュー」

 伊子はざっと全体を眺めた後、ハイテンションな気分でじっくり目を通し始めた。

「よかったね伊子ちゃん、清隆くん、私にも貸してね」

「もちろんいいよ」

清隆が自分の席に着いてから七分ほどのち、

「やぁ、清隆殿ぉー。さっそくで悪いのだが、数学の宿題見せてくれ」

「ほらよ、幹二。ついでに昨日借りたラノベも返しとく」

「サンキュー。面白かったか?」

「まあまあだったな。途中で飽きて最後の方は流し読みになった」

幹二が登校して来てのっしのっしと近寄ってくる。身長一八〇センチ、体重は百キロを優に越える恵まれ過ぎた体格が仇となってか、幹二は清隆以上にスポーツどの競技も超苦手なのだ。

「清隆殿、このラノベも、べらぼうに面白いぞ、読んでみろ。今、B○11で月曜深夜にアニメもやってるぜ」

 幹二は鞄の中から例の物を一冊取り出し、清隆に手渡す。

「……一応、借りとくよ」

それを見て、清隆は顔をしかめる。表表紙に下着丸見えの制服姿な可愛らしい少女のカラーイラストが描かれていたのだ。幹二は、小学五年生の終わり頃からラノベや美少女系の深夜アニメに嵌っていたらしい。

清隆はこういう世界に深く踏み込んではいけないなと、本能的に感じている。すぐさま鞄の中に片付けた。

じつは清隆は、今から遡ること四年ほど前、最初に幹二からラノベを借りて家に持ち帰った時、光香にエロ本を読んでいると勘違いされ没収され、ビンタ一発、尻叩き十数発、とどめの大外刈り一発を食らわされた苦い経験があるのだ。皮肉にもその出来事が、光香がオタク趣味に嵌ったきっかけとなってしまったのである。

「おっはよう、カンちゃん」

「……おっ、おはよぅ」 

突如、伊子に明るい声で挨拶された幹二は、俯き加減になり小さい声で挨拶を返す。彼は伊子に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。裏話、幹二は小学校時代、休み時間や登下校中に伊子にしばしばいっしょにお相撲ごっこしようとかって懐かれ、対戦をさせられいつも伊子にバランスを崩され投げ飛ばされていた経験がある。その度に周りで見ていた他の女の子達から弱過ぎとか泣き虫とかって言われ笑われバカにされていた。

幹二が現実世界の女の子に嫌気が差して、二次元美少女の世界にのめり込むようになったのはそんな理由なんだろうなと清隆は推測している。

「幹ちゃん、今後はなるべく自分の力で最後まで仕上げるようにしなきゃダメだよ。テスト本番で困るからね」

「はっ、はい」

文乃の忠告にも、幹二は緊張気味に返事する。いつものようにこの二人から話しかけられるが、いつまで経っても慣れない幹二に対し清隆は、この性格は一生治らないだろうなとちょっと心配に思っていた。


清隆達の通う高校で一時限目の授業が行われていたその頃、赤瀬宅では、茶の間にてこんな会話が交わされていた。

「おば様、こんな大金を下さり、誠にありがとうございます」

「おばちゃん、ありがとう。大事に使うよ」

「電車賃や観光施設の入場料事前に確認したけど、今日行こうと思った場所を巡るにはじゅうぶん過ぎるわ。半分くらいお返しするね」

「いいんよ、お手伝いすごく頑張ってくれたけん、もっとあげたいくらいなんよ。では、気をつけていってらっしゃい」

 三姉妹は数万円の旅費を頂いて、九時二〇分頃に赤瀬宅を出た。路面電車を乗り継いでJR松山駅へと向かっていく。

九時五〇分頃にJR松山駅へ辿り着いて、

「田鶴子お姉ちゃん、留実お姉ちゃん、あそこ見て。お遍路さんがいるよ」

「あら本当。さすが四国ね」

「生でご拝見出来て嬉しいです。眺めていると果報が授かりそうですね」

構内を少しうろうろしてから、

「あら?」

 券売機の前で、田鶴子はジーパンの両ポケットに手を突っ込みながらこう呟いた。

「田鶴子姉ちゃん、どうしたの?」

 砥音は不思議そうに問いかける。

「あのね、財布、どこかへ落としちゃったみたいなの」

 田鶴子は苦笑いしながら答えた。

「田鶴子お姉さんったら、あれほど気を付けてって言いましたのに」

 留実は若干呆れ顔。

「大変だぁ。早く見つけないと、誰かに盗まれちゃうかも。拾い主が親切な人だったらいいんだけど」

 砥音は田鶴子よりも深刻そうな面持ち。

「ついさっきまではあったの。売店でお茶買ってからポケットに仕舞って。すられたのかも」

「きっとその辺に落ちてるよ。あたしが探してあげる」

 田鶴子を責めることもなく、心配そうに接してくれた。

「ありがとう、ごめんね砥音、迷惑かけちゃって」

 田鶴子は申し訳なさそうに礼を言う。その時、

「田鶴子お姉さん、十メートルくらい後方に落ちていましたよ」

 留実が拾って知らせてくれた。

「ありがとう留実。頼りになるわ」

 田鶴子は深々とお辞儀してから受け取る。

「田鶴子お姉ちゃん、見つかってよかったね。留実お姉ちゃんも、いいところ見せたね」

 砥音はにっこり微笑む。

「田鶴子お姉さん、財布はいくら取り出し易くても、ポケットにそのまま突っ込むのではなく、鞄に入れて置きましょう。ガイドブックにも注意書きされてありました通り、スリの心配もありますから」

 留実は心配そうに注意した。

「分かったわ。今から気をつける。地球は治安悪いもんね」

 田鶴子はてへっと笑って少し反省。

 ともあれ一件落着。

 けれどもその後すぐに困った事が。

「これ、どうすればいいのかしら?」

「わたしも分からないです」

 切符の買い方で悩んでしまった。田鶴子は券売機の前で立ち止まってしまう。

「田鶴子お姉ちゃん、あたしに任せて」

 砥音は田鶴子から一万円札を一枚受け取って、テキパキと操作をし始める。特に問題なく今治駅までの子ども一枚、大人二枚計三枚の乗車券特急券と釣り銭が出て来た。

「砥音、未知の機械なのに難なく使えて凄いです」

「たいしたことないよ留実お姉ちゃん、日本の電車の切符の買い方、社会科の授業でこの間習ったばっかりだもん」

 砥音は照れくさそうに言う。

「今は小学校でそんなのも習うのですか?」

「ユニバーサル化がますます進んでるのね」

 やや驚く留実と田鶴子。

こうして三姉妹は計画通り、当駅十時過ぎ発の岡山行き特急しおかぜ自由席車両に乗り込むことが出来た。

清隆達の通う高校。十時半、三時限目担任の遠山先生による古文の授業が始まってほどなく、

「それでは、模試を返却するので呼ばれたら取りに来てね」

 一月ほど前に行われた校内マーク模試の個人成績表がついでに返却されることになった。

次の休み時間が始まると、清隆と幹二はいつものように近くに寄り添う。

「幹二、本当に第一志望東大って書いたのかよ。無謀過ぎだろ。第二志望以降も県外の難関国立大だし、愛媛から出るんだな」

「もっちろん。オレ、早く高校卒業して、こんなど田舎から出て行きたいぜ。母ちゃんから下宿するんやったら国公立って言われたし、でも、愛大ですら手に届きそうに無いオレにとっては関東・関西圏の国公立はあまりに高いハードルだぜ」

 ため息混じりに呟いた幹二に、

「松山だってけっこう都会じゃろ。デパートや、アキバやポンバシと比べたらそりゃしょぼいけど、アニメ系ショップもけっこうあるけん」

 伊子は言い寄ってくる。

「井の中の蛙だぜ。東京・大阪と比べたら全然や」

 幹二は俯き加減に主張する。

「ワタシ、徳島のマチ★アソビ見に行ったことあるんじゃけどその時、アニメ関連の展示物のコーナーで、こういうのを見たら俺、まだ徳島から出んでええかなって思ってまうわって言ってたワタシ達と同い年くらいの子を見かけたよ。地方都市でのアニメ活性化は、若者を繋ぎ止める力があるよね。愛媛も水樹奈々ちゃんのライブ毎年のようにやってるけん、ワタシも愛媛から出る気はないよ」

 伊子は熱く主張するも、 

「愛媛は水樹奈々ちゃんの出身地であることは誇りなのだが、いかんせんイベントの絶対数が少な過ぎる。深夜アニメも地上波じゃほとんど放送されんけんBS、ネット配信頼りだし」

 幹二の意思は全く揺るがない。彼は第一志望から第五志望までを書く欄に、第一志望東大理科Ⅰ類、第二志望京都大工学部、第三志望阪大工学部、第四志望神戸大工学部、第五志望千葉大工学部と書き、全て見事にE判定を取ってしまっていた。

「それにしてもカンちゃん、ワタシより成績酷いのによくやるねぇ。アヤノちゃんは愛大理学部余裕のA判定か。広大どころか、旧帝大も狙えそうだよね」

「私、愛媛からは出ないよ」

「やっぱりほうか。キヨタカくんはこの模試、第一志望愛大の工学部にしてたじゃろ? 判定どうじゃった?」

「B判定だった。もうあと二点高かったらA判定になるところだったけど」

「そうとういいじゃん。もっと嬉しそうにしなよ。ワタシなんて愛大D判定なんよ。しかもEに近い」

 伊子は恥ずかしげも無く堂々と言い張る。

「なあ清隆殿、オレらの高校のホームページに書いてること、絶対詐欺だよな? 何がハイレベルなカリキュラムで東大・京大をはじめとした難関国公立大に合格出来る学力が身につきますよ。全然身につかねえじゃねえか」

幹二はこんな不満をぶつぶつ呟く。

「いや、べつに、皆が身につくわけじゃ……俺もたいして身についてないし」

 清隆は迷惑そうに意見した。

「カンちゃん、それは毎日授業の予習復習、宿題をしっかりこなして、真面目に自学自習に励んだ場合じゃろ。ただ授業に出席しただけで身につくなんていうのは、甘ぁい考えなんよ。東大・京大への進学は、日々コツコツ勉強を頑張った子だけが叶うんよ。ワタシが言うのもなんじゃけど」

さらに伊子に苦笑顔で言われた。

「でも、実際に東大・京大に現役で合格出来るやつ、理系特進クラスからでも毎年十人に一人くらいじゃねえか。比率少な過ぎるよな?」

「偏差値五〇くらいのごく普通レベルの高校からじゃと、一学年三百人程度として、東大京大に現役で合格出来る子は数年に一人出るかどうかくらいなんよ。それと比べればずいぶん高いじゃろ」

 尚も不満を呟く幹二に、伊子はこう意見する。

「まあ、そりゃそうだが……」

 幹二はまだ腑に落ちない様子だった。

「幹ちゃんも今からでも一生懸命勉強頑張れば、きっと難関国公立へ行けるよ」

 文乃はほんわかとした表情で励ましてくれた。

「幹二は文乃ちゃんのような継続力も向上心も無いから、何年掛けたって絶対無理だと思う」

 すかさず、清隆は素の表情でさらりと言った。

「はっきり言うなよ清隆殿、否定は出来ないが」

 幹二は苦笑する。

「清隆くん、そんなネガティブなこと言っちゃ幹ちゃんがかわいそうだよ。ところで明日の宮島への遠足だけど、清隆くんと幹ちゃん、いっしょに回るんでしょう? 私達といっしょに回らない?」

「やめとくよ」

「オレもけっこう」

「あーん、残念。私達はどこを回ろうかな? 宮島水族館は絶対行きたいよ」

「ワタシもー」

 文乃と伊子がそんな打ち合わせをしていた頃、あの三姉妹は、

「お天気良いから、しまなみ海道がよく見えるわね」

「あの長ぁーい橋、確か尾道まで繋がってるんだよね?」

「その通りですよ、砥音」

「やったぁ、当たった。この間、社会科の授業で当てられた時は呉って間違えて答えちゃったから嬉しい♪」

 今治城を楽しく観光中。天守閣展望台から景色を眺めていた。

 三姉妹はこのあと今治市内の食堂でお昼ご飯を食べ、次の目的地、新居浜へと向かっていく。


        ※


 清隆達が通う学校、この日の帰りのホームルーム終了、解散直後。

「再試験、嫌じゃぁー。だるいよぅ」

座席で頬杖をついてため息をついた伊子に、

「伊子ちゃん、頑張れ」

 文乃は優しくエールを送ってあげ、教室をあとにした。

掃除の後、教室を見渡すと伊子の他にも、七人はいた。うち六人が男子だ。

幹二もいた。余裕の構えか、ラノベを読みながら待機していた。

「いっしょに頑張ろうね」

 一つ前の席に座る、伊子以外の唯一の女の子が優しく声をかけてくれる。

「うん、今回は他に女の子がいてくれて嬉しいよ」

 伊子はちょっぴりやる気アップ。

一年一組の教室の時計の針が午後四時を指すとほどなく、

「グッイーブニン、それでは、再試験を始めますぞなもし」

古賀先生は坊ちゃん団子を美味しそうに味わいながら教室に入り込んで来て、教卓の前に立った。休まず再試験用の問題用紙と解答用紙を八人のクラスメート達に配布していく。

「それじゃ、始めてくれ。カンニングするならおれにばれんようにな」

 この合図で、試験開始。

(おう、本試験と問題ほとんどいっしょじゃ。手抜きしたんじゃろうけどラッキー)

 問題を最後までザッと見渡してみて、伊子は思わず微笑んだ。確実に分かる問題から順に解いていく。 

それから約四五分後、

「おーい、のだいこ、グッイーブニン!」

 古賀先生はぐっすり眠っていた伊子の頭の上に、何かをちょこんと乗っけた。

「うわ、びっくりした」

伊子はすぐさまビクリと反応し目を覚ます。慌てて床に払い落とした。

「ハッハッハ、お目覚めじゃな」

 古賀先生は大きく笑う。

「もう古賀ぁ、何するんですか? 坊っちゃんに影響受け過ぎじゃ」

 伊子は迷惑そうに言い放つ。

 イナゴだったのだ。

「佃煮にするとナイステイストなんじゃけどな。そんなことより、テスト終了ぞなもし」

 古賀先生はさらりと告げる。

「え!? もう終わりなん? ワタシまだ、全然埋めてないんよーっ」

「自業自得じゃ。集めるぞなもし」

「あーん。不可抗力なのにぃーっ。古賀、ちょっと待って下さい。せめてあと二、三分」

 伊子はかなり焦っている。

「それはいかんぞなもし。おれはせっかちじゃけん。そんじゃおれ、天文部と野球拳踊り・野球サンバ同好会と女子軟式野球部と俳句部の見回りに行ってこーわい。野球するなら、こういう具合にしやしゃんせ、アウト、セーフ、ヨヨイノヨイ♪」

けれども古賀先生はおかまいなしに伊子の答案をパッとすばやく奪い取り、野球拳の歌を口ずさみながら教室から走り去っていった。

(古賀のアホゥー。まあ、ワタシも悪いんじゃけど)

 伊子は若干罪悪感に駆られながら教室を出て、廊下を歩き進んでいく。

「伊子ちゃん、再試験お疲れ様。出来はどうだった?」

 文乃と清隆は下駄箱前で待ってくれていた。

「最悪じゃー。途中で寝てしまったー。トオンちゃんに面目立たんよ」

 伊子はげんなりとした表情で伝える。

「まあまあ、気を落とさずに、結果を待とう」

「野田さん、そんな状況に陥った時って、意外と良い点取れてるものだから」

 文乃と清隆は優しく慰めてあげたが、

「絶対再々試験になっちゃうよぅ」

 伊子の気分はさほど晴れず。

このあと三人は裏庭へ。今日は畑に植えられてあるさつまいもを収穫する。品種は鳴門金時だ。

「おイモさん、おイモさん。私、この日をずっと待ってたよ」

 一番喜んでいるのは文乃だった。

三人はスコップ片手に土を掘っていく。

「昨日雨降ったからか、思ったより引き抜き易いな」

「そうだね」

 清隆と文乃がそんな会話をしながら収穫作業をしていた時、

「アヤノちゃん、キヨタカくん、これ、抜けないんよ。かなり大物みたいじゃ」

 伊子は葉っぱと茎の部分を持って、懸命に引っ張り続けていた。

「伊子ちゃん、私にまかせて!」

 交代して、文乃が挑戦するも、

「……あっ、あれ? 全く動かせないよぅ」

 全く歯が立たず。

「俺も手伝うよ」

清隆も協力してくれることに。

「三人でいっしょに引っ張ろう。清隆くん、私の背中掴んで」

 文乃は提案する。

そんなわけで清隆は文乃の腰の辺りをつかみ、文乃は伊子の腰の辺りをつかみ、伊子は本体を引っ張った。こうして三人で力を合わせ、ようやく引き抜くことが出来たのであった。

清隆は勢い余って地面にドシンッと尻餅をつく。

「いたたた、あの、文乃ちゃん、早く、退いて、欲しいな」

 彼のおへその辺りに、文乃のおしりがどっかり。ズボンが少しずれて、花柄のショーツも見えてしまっていた。

「ごめんね、清隆くん」

 文乃は慌てて立ち上がり、ズボンを引っ張りあげる。その後、清隆の方を向いてぺこんと頭を下げた。

「ロシア民話『大きなかぶ』のさつまいもバージョンじゃね。こんなのがとれて、そうとう嬉しい。ワタシの気分もすっかり晴れたよ」

 伊子はにっこり微笑む。そのさつまいもは、十本以上は絡み合っていた。

「大きなかぶ、小学校の時、劇でやったよね。私はねずみさんの役だった」

「ワタシはお婆さん役やったんよ。懐かしい。さてと、おイモ掘りのあとは、これをやらなきゃね。遠山先生には事前に許可取ってるよ」 

 伊子は通学カバンの中から、チャッカマンとアルミホイルを取り出した。

「さすが伊子ちゃん、準備がいいね。焼きイモ、焼きイモーッ」

 三人は落ち葉や枯れ枝を集め、おイモを三本、アルミホイルに包んでその中に埋めて、火をつけた。

 おイモの香ばしい香りが漂ってき出した頃、

「ぃよう、おまえさんら。いいもん作ってるな」

 古賀先生がどこからともなくひょこっと現れた。

「げっ、最悪じゃ。一つもやらんよ。帰った、帰った。しっし」

 伊子は迷惑そうな表情を浮かべる。

「ハッハッハ。おれ、焼きイモなんか子どもの頃から飽きるほど食うてるけん取らせんって。安心して欲しいぞなもし。おまえさんら焚き火始めたけん、面白いもんお見せしてあげようと思うてな。あのことわざじゃ」

「あああーっ、先生、それは絶対やめてぇぇぇーっ!」

 文乃は大声で叫んだ。

「妻鳥よ、よう勘付いたな。大当たり。さすがじゃ。おれ、今から『火中の栗を拾う』をビジュアルでお見せするぞなもし。ことわざっていうんもやはりビジュアルで体験するんが一番脳内にインプットされやすいけんな」

 そう言い古賀先生は、右手に持っていた竹籠の中から栗を一粒取り出した。

「これは命より大事な栗、高級中山栗『銀寄』ぞなもし」

「ダメダメダメーッ!」

 文乃は目にも留まらぬ速さでそれをパッと奪い取り、遠くへ投げ捨てた。

「おう、きれいな放物線運動ぞなもし、今年度一年一組のマドンナ妻鳥よ。斜方投射で一番飛距離を出せる仰角45度に限りなく近かったけんな。それより残念じゃったな、まだまだいっぱいあるけん」

 古賀先生がにやけ顔でそう伝えると、

「えぇぇーっ!」

 文乃はさらに慌てふためく。

「古賀、やめて下さい」

 伊子も止めに入った。しかし古賀先生は学習した。

「おチビなおまえさんらに届くかな?」

今度は手を上に伸ばし籠を高く掲げ、二人に届かないようにしたのだ。

「俺も、無理だな」

 身長一六八センチの清隆も助けに加わろうとしたが諦めてしまった。

その時――。

「アホ古賀、こんな所で油売ってたんですか!」

 と、一人の女生徒の叫び声が聞こえた。

「あっ……見つかってしまったぞなもし」

 その瞬間、古賀先生の動きがピタッと止まる。

「園芸部員の皆さま、アホ古賀が多大なご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございません。すぐに片付けますので」

この隙に、その子は古賀先生の後首襟をぐいっとつかんだ。

「オーマイゴッド、あともう少しじゃったのにぃーっ」

 こうして彼は、ずるずる引き摺られ、連れ戻されていったのであった。

「どなたか知りませんが、ありがとう」

 文乃は深々と頭を下げ、お礼を言っておいた。

「おそらくは女子軟式野球部の子じゃろう。これで邪魔者は消えたね」

 伊子は近くの用具置き場にあったトングを使っておイモを全て掴み、アルミホイルを除けた。一人一本ずつ手に取る。

「美味しいーっ。太っちゃいそう」

「甘くて最高じゃ。さすがは鳴門金時じゃね」

 一口齧った瞬間、文乃と伊子に満面の笑みが浮かぶ。

「店で買うよりも美味しく感じる」

 清隆も満足げだ。

きちんと火の後始末をして、本日の部活動は終了。収穫したおイモの残りはスーパーの袋に詰めて、お土産としておウチへ持ち帰ることに。

途中で伊子と別れ、清隆と文乃、二人でいっしょにしばらく歩いていると、

「やっほー、帰る時間たまたまいっしょになったね」

光香と出会った。こうして残りの道は、三人いっしょに帰っていく。

 午後六時半頃に清隆と光香が帰宅すると、

「おかえりーっ、清隆お兄ちゃん、光香お姉ちゃん、帰りにいっしょになったんだね。マイントピア別子、すっごく楽しかったよーっ。ほら見て、砂金」

 砥音がカプセルに詰められた砂金を見せながら、玄関先に駆け寄って来て嬉しそうに報告してくる。

「マイントピア別子か、懐かしい。砂金、どっちがいっぱい取れるかうち、清隆と勝負した思い出があるんよ。清隆、うちに負けて泣いてたわね」

 光香はくすりと微笑む。

「姉ちゃん、思い出させるなよ。幼稚園から小学校の頃、家族でよく行ったよな。文乃ちゃんや野田さんもたまに誘って」

「鉱石もたくさん観察出来て楽しかったです。砂金取り体験では、わたしも幼い子どもの頃の気分に浸れましたよ」

「今治もけっこう見所満載な街だったわ。名物の焼き鳥と焼豚卵飯も堪能出来たし」

 留実と田鶴子も満足げな様子だった。

「松山に戻ってからは、坊っちゃん列車にも乗ったよーっ」

「平日だからか思ったより空いてて快適な乗り心地だったわ」

「松山市駅で、手で回転させる場面も見て来ましたよ。わたし、生で見られて感動しました。汽笛の音も良かったです。スマホに録音しちゃいました」

 三姉妹はさらに加えて伝えてくる。

「そっか。今日は楽しい思い出が作れたみたいだね。みんな、今日はさつまいも収穫して来たから、庭で焼いもパーティしよう」

 清隆がさつまいもの詰められた袋をかざすと、

「わぁー、おイモさんだぁ!」

「お土産ありがとうございます、清隆さん」

「清隆ちゃん、気が利くわね」

 三姉妹はとても喜んでくれた。

 このあと、赤瀬宅裏庭にて焼いもパーティを行うことに。

 三姉妹が落ち葉を集め、母が火をつけてくれた。

「清隆、こんなにいっぱい収穫しちゃって、太っちゃうじゃない」

 光香も、

「姉ちゃん、そう言いつつそうとう食ってるじゃないか」

「落ち葉で焼きイモ、日本の秋の風物詩ですね」

「し○かちゃんの大好物だね。このさつまいもさん、甘くてすごく美味しい」

「やっぱり焼き立ては最高ね。こういうイベントが楽しめるとは思わなかったわ」

 三姉妹も大いに楽しめたようだ。 

 そのあとは応接間にて、昨日と同じ座席配置で夕食会。

 今夜は鍋料理、赤瀬家流鍋焼きうどんだった。

「もーらった」

「こら砥音、このじゃこ天、わたくしが最初に目に付けたのよ」

 昨日と同じように、砥音と田鶴子、争奪バトル。

「もう、お行儀良く食べなさい!」

 光香は不機嫌そうに注意する。

夕食後、清隆は、この家では二日振りの入浴。

広々とした湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、

「清隆お兄ちゃん、いっしょに入ろう」

「清隆さん、ごいっしょしますね」

「お邪魔するわね、清隆ちゃん」

 三姉妹がいきなり入り込んで来た。砥音はすっぽんぽん姿で。

「うわっ!」

 留実と田鶴子は肩から膝の辺りまでバスタオルを巻いていたものの、清隆は当然のように慌てる。

「清隆ちゃん、わたくしと留実は、気を遣って松山名物一六タルトみたいにタオル巻いてるんだから、そんなに慌てなくてもいいじゃない。それに、家族同士は男女の区別なくいっしょに入浴するのが普通でしょう。道後温泉の霊の湯だって家族連れ用にもなってるみたいだし。わたくし達も赤瀬家の一員だから」

「いつから俺の家族になったんだよ」

 清隆はやや呆れ返る。

「昨日からよ。メヒエ王国ではお客さんも家族の一員として扱われるのが普通なの」

「ここは日本なんだけど……」

「まあまあ清隆ちゃん、かたいこと言わずに。なにより清隆ちゃん一人で入るには広過ぎるでしょう?」

 田鶴子はにこにこ顔で問いかけた。

「それは、そうだけど、いつも俺一人で入ってるし」

 清隆がかなり困っていたところ、

「ちょっと、ちょっと、あんた達、清隆に何しようとしてるのよ」

 光香も入り込んで来た。彼女は砥音と同じくすっぽんぽんだった。

「裸のお付き合いよ」

 田鶴子はすかさず答えた。

「裸のお付き合いよ、じゃないわよっ!」

 光香は怒りに満ちた表情で田鶴子の胸付近を両手で押し、壁際まで追い詰める。

「あっ、あのう、光香ちゃん、どうして、そんなに、怒っていらっしゃるのかしら?」

 田鶴子はやや怯えながら、不思議そうに問いかける。

「清隆に不健全なことしようとしたからじゃっ!」

 光香が険しい表情でこう答えると、

(姉ちゃんの方がよっぽど、不健全だと思うんだけど……)

 清隆は壁の方を向いて、心の中でこう思った。

「艶やかな体さらけ出してる光香ちゃんの方がずっと不健全だと思うわ」

 田鶴子も彼と同じ考えだった。光香の腰の辺りをガシッと掴む。

「マワシなしのお相撲ごっこだぁーっ! のこった、のこった!」

 砥音は嬉しそうに大声で叫ぶ。

「日本の伝統文化、相撲はわたし達の住む街でも子ども達の間で流行っていますよ」

 留実は微笑んだ。 

「うちの裸は清隆が赤ん坊の頃から見せ慣れてるんよ。ほじゃけん清隆にとっては全然性的なものじゃないんよ」

「そうかしら? 清隆ちゃん、とっても気まずそうにしてるわよ。砥音も行司さんごっこ始めたし、この体勢になったことだし、わたくしと力比べしましょう」

「望むところよ!」

「強気ね。さすが日本人、侍魂。でも光香ちゃん、わたくしより二〇センチ近くも背がちっちゃいし太ってもないから、わたくしの勝ちは決まりね」

「体が大きいからってうちに勝てるとでも思ってるの? そりゃぁっ!」

 光香は田鶴子の腰を両手で掴むや高々と吊り上げ、ぶんっと放り投げた。

「嘘ぉ! きゃっ!」

 田鶴子は湯船にぼっちゃーんと突っ込む。

「光香お姉ちゃん、すごーい。田鶴子お姉ちゃんよりちっちゃいのに軽々と投げ飛ばしちゃったぁ。ただいまの決まり手は吊り落としかなぁ?」

 砥音はパチパチ拍手する。

「……」

 清隆の頬がカァーッと赤くなる。

 田鶴子の巻いていたバスタオルが解け、すっぽんぽんになったのだ。

 さらに田鶴子の唇が、清隆の頬に直撃していた。

「ごめんね清隆ちゃん、ファーストキス、奪っちゃった? それとももう文乃ちゃんと」

 田鶴子はゆっくりと自分の唇を清隆の頬から放し、にやけ顔で質問する。

「きっ、清隆の唇が、田鶴子ちゃんに!」

 光香は怒りに満ちた表情だ。

「光香ちゃんがわたくしを投げ飛ばしたせいでしょ。自業自得よ」

 田鶴子はくすっと笑った。

「否定は出来ないけど、こうなったら。んっ」

 すると光香は、大胆な行動をとった。

「ねっ、姉ちゃん、何てことを……」

 清隆の頬は瞬く間に赤くなった。のではなく、逆に蒼ざめた。

 光香はさっき清隆の唇にチュッとキスしたのだ。三秒ほど。

「あらぁ、禁断の恋」

 田鶴子はにやける。

「清隆お兄ちゃんと光香お姉ちゃんの唇と唇とが完全非弾性衝突だぁ!」

 砥音も嬉しそうに笑う。

 留実はこんな状況にも惑わされず、風呂イスに腰掛け髪の毛を洗っていた。

「これでおあいこじゃ」

 光香は田鶴子を睨みつけながら言い、風呂椅子にどかっと腰掛ける。

「汚なっ」

 清隆は湯船に接する水道の蛇口を捻り、唇をすすぎ始めた。

「ちょっと清隆、失礼よ」

 光香はむすっとなる。

 その直後、浴室の扉がガラガラッと開かれた。

「賑やかそうにしてたから、来たよー」

 そしてこんなのんびりとした声が――。

「あっ、文乃、ちゃん……」

 清隆は咄嗟に目を覆う。

「あらっ、文ちゃん。いらっしゃい」

「文乃お姉ちゃんだぁーっ、いらっしゃーい!」

「文乃さん、こんばんはです」

「いらっしゃい。わたくし達の騒ぎ声、文乃ちゃんちまで聞こえてたのね」

 他の四人は温かく歓迎した。文乃は時たま、赤瀬宅のお風呂をいただきに来るのだ。

「はい、丸聞こえだったよ。私、ちょうど入ろうとしたら、みんなの声が聞こえて来て、楽しそうだったから」

 ちなみに赤瀬宅の浴室と、妻鳥宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっている。

「文乃ちゃん、来るなら俺が入ってること確認してから」

 清隆は慌てて湯船から飛び出した。浴室から逃げて行こうとするが、

「清隆お兄ちゃん、待ってぇー」

 砥音に通せん坊され阻止された。

「大丈夫だよ、厚めのタオルでしっかり隠してるもん。清隆くんだって前隠してるでしょ。いっしょにプールに入ってるようなものだよ」

 文乃は清隆の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。

「そういう問題じゃないって」

 清隆は砥音を振り切って浴室から出て行った。

「清隆くん、なんでそんなに恥ずかしがるのかなぁ? んっしょ」

 微笑み顔の文乃は風呂椅子にゆっくりと腰掛ける。清隆がいなくなったということで気兼ねすることなくバスタオルを外し、すっぽんぽんになった。シャンプーを出して髪の毛を洗っている最中に。

「文ちゃん、この子達、淫乱だから気をつけてね」

 すぐ隣にいる光香が真顔で警告して来た。

「光香ちゃん、そんなこと言ったらかわいそうだよ」

 文乃は髪の毛を擦りながら、困惑顔を浮かべた。

「光香お姉ちゃん、淫乱ってなぁに? 教えてー」

 砥音が顔を近づけて質問してくる。

「そっ、それはね」

 光香が困っていると、

「砥音はまだ知る必要のない難しい日本語ですよ」

 留実が慌てて説明。彼女はその単語の意味を既に知っているようだ。

「それにしても、留実ちゃんはフランス人らしい金髪としてともかく、砥音ちゃんと田鶴子ちゃんは髪の毛染めてるのかと思いきや、地毛のようね」

 光香はシャンプーを付けても髪の色が落ちないことに、少し不思議がる。

「あたしも田鶴子お姉ちゃんも留実お姉ちゃんも、赤ちゃんの頃から髪の毛この色だよ」

「染めてるかと思ってたのか。まあ、地……日本人にはそう思われても仕方ないわね」

「わたし達の住むマジ……町の人々は、髪の色のバリエーションがその他地域に住む人々以上に豊富なんです。ちなみにわたし達姉妹のお母さんの髪の色は青色ですよ」

「ほうなんじゃ。アニメキャラみたいな髪の色の民族って、実在するのね。世界は広いな」

 光香はハッとさせられていた。

 同じ頃、

「疲れが取れるどころか、くたびれたー」

 清隆は自室に入って、椅子にどかっと座り込んだところだった。

 とりあえず化学基礎の教科書をぼーっと眺めてしばらく過ごしているうち、

「清隆お兄ちゃん、いっしょにテレビゲームしよう」

「清隆ちゃん、美術の宿題の人物デッサンで、モデルになって欲しいんだけど、いいかな?」

「清隆さん、トランプして遊びましょう」

 三姉妹が入り込んで来た。

「勘弁して。俺、明日の朝早いし」

「部活の早朝練習ですか?」

 留実は尋ねる。

「いや、遠足。宮島へ」

 清隆は疲れ切った様子で答える。

「宮島かぁ。あたし達も四年くらい前に家族旅行で行ったよ」

「厳島神社は壮観でしたね。皆さん、清隆さんが明日ばてないように、早めに寝かせてあげましょう」

「はーい。清隆お兄ちゃん、おやすみー」

「清隆ちゃん、遠足前夜だからってあんまり興奮し過ぎないようにね」

 三姉妹は速やかにお部屋から出て行ってくれた。

 それからさらに数分のち、 

「姉ちゃん、今夜も俺の部屋で寝るつもりなのかよ」

 光香が昨日と同じく清隆の自室に布団を運んで来た。

「うん、まだ安心出来んけん」

「俺、もう寝るから、明日の朝早いし」

 清隆はそう伝えて布団に潜る。

「そういえば、遠足だったわね。うちがお弁当作ってあげよっか?」

「いらないって。食堂で食うし」

「あーん、頼りにして欲しいのに。それじゃ、おやすみ。うちはもうしばらくしてから寝るけん」

 光香はこう伝えて自室へと戻っていく。

 夜十一時半頃。

「こんばんはー、光香ちゃん」

 光香の自室に、田鶴子が入り込んで来た。

「何よ? うち今原稿作業で忙しいんよ」

「ちょっと、頼み事が……あの、人物デッサンのモデルになって。美術の宿題になってて」

「嫌っ! 恥ずかしいことさせないで」

 光香は田鶴子からぷいっと顔を背け、原稿作業に戻る。

「光香ちゃん、ヌードデッサンかと思ったでしょ?」

 そんな仕草を見て田鶴子はくすっと笑った。

「……そっ、そんなことは、ないわよっ!」

「もう、照れなくっても。丸分かり♪」

「とにかく、あなたの描く絵のモデルになんかにはならんけんねっ!」

「あーん、残念。それじゃ、代わりに、わたくしを膝枕して」

「なんでよ?」

 光香は眉をくいっと顰める。

「わたくし、長女ゆえに留実と砥音の面倒見てばっかりで。甘えさせてくれるお姉ちゃんが欲しかったの。ほんの数秒だけでいいので」

 田鶴子にきらきらとした瞳で見つめられると、

「……しょうがないなぁ」

 光香は十秒ほど悩んだのち、嫌々ながらも引き受けてあげた。

「ありがとう、光香ちゃん、おやすみなさい」

 田鶴子は光香のお膝にぽすっとお顔をうずめた。

「こらこら、寝ちゃダメじゃ」

 光香は不愉快そうな表情を浮かべながらGペンの先端で田鶴子の後頭部をコチンッと叩く。

「あいてっ。ごめんなさい。あまりに気持ち良くって。それにしても光香ちゃん、ちっちゃいのにとっても強いわね。わたくしがあんなに軽々と投げ飛ばされちゃうなんて。ひょっとして、柔道やってました?」

 田鶴子がくいっとお顔を上げて質問すると、

「うん、中学まで、部活で。高校でも授業でやったんよ」

 光香は照れくさそうに打ち明けた。

「そっか。光香ちゃんが強いはずだ。そういえば、伊子ちゃんって光香ちゃん以上にちっちゃい子にもわたくしあっさり投げ飛ばされちゃったんだけど、ひょっとして」

「あの子は小学校時代まで、柔道じゃなくて相撲を習ってたんよ。この地域の小学生相撲大会で男の子に交じって準優勝の経験あるし、かなり強かったわよ」

「そうなんだ。どうりで。光香ちゃん弟の清隆ちゃんとすごく仲良さそうね。光香ちゃんがわたくし達に敵意を持ってるのは、清隆ちゃんを素性の知れないわたくし達から守ってあげたいって思う気持ちが強いからなんでしょ?」

 田鶴子にしつこく問い詰められると、

「そりゃぁ、うちのかわいい弟やけん」

 光香はさらに照れてしまう。

「そっか。わたくしも留実や砥音を守ってあげたいって思う気持ちは強いから、光香ちゃんの気持ちは良く分かるわ。それじゃ、光香ちゃん、おやすみ♪」

 田鶴子は光香の体から離れると就寝前の挨拶をして、割り当てられたお部屋へと戻っていった。

(不覚にも、あの田鶴子ちゃんって子に添い寝したいなと思っちゃったわ。ってインクが原稿にこぼれとる。完成しかけの一ページ台無しじゃ。やっぱりあの子は許せんわ、清隆にキスしたけん、いや、あれはうちのせいじゃぁ)

 光香はどこに怒りをぶつけていいのやら分からない心境に陥ってしまった。

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