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文学のまちに巨大みかんが降ってきた  作者: 明石竜


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3/5

第二話 元民宿、清隆くんちでホームステイさせていただきます♪

「――というわけで、この子達を、三泊ホームステイさせてやってくれないか?」

 午後七時ちょっと前、清隆は三姉妹を連れて帰宅後、茶の間にいたお互い五〇歳くらいの両親に理由をそのままではなく、フランスから旅行しに来て、ホテルや旅館に泊まる所持金が足りなくて困っているからと、出身地以外のことは正直に伝えた。日本語が流暢に話せることもついでに。

「もちろんOK、大歓迎よ」

「おれももちろん大歓迎だ。民宿時代を思い出すなぁ」

 両親は快く承諾してくれた。

 しかし、

「うちは嫌よ。こんな無計画な子達。それに、清隆と同い年くらいの女の子達じゃない。清隆に良くないわっ!」

 清隆の大学一年生の姉、光香みかは困惑顔を浮かべ強く反対。丸っこいお顔でぱっちりとした瞳、痩せても太ってもない標準的な体つき。ほんのり茶色がかった黒髪をポニーテールに束ねているのがチャームポイント。背丈は一五〇センチちょっとで留実よりも小柄だ。まだ女子高生としてもじゅうぶん通用する、ちょっぴりあどけない顔つきをしている。

「「「……」」」

 三姉妹は申し訳なく思ったのか、下を俯く。

「まあまあ光香、そんなこと言わずに。遠い所からお越し下さったお客様なんやけん」

「光香、フランス人らしくすごく気品の良さそうな子達じゃないか」

 両親に説得され、

「……しょうがないなぁ」

 光香は数秒悩んだ後しぶしぶ承諾。

 その瞬間、

「わたし達を受け入れて下さり誠にありがとうございます。この度はお世話になります」

「みんなありがとう」

「とってもいい人達ね」

 三姉妹はホッとした面持ちになる。

「ところで、あなた達のお名前はなんていうのかしら?」

「長女の田鶴子よ」

「次女の留実です」

「三女の砥音だよ」

「日本人みたいね」

 母に突っ込まれると、

「両親が日本をこよなく愛しているものですから、わたし達三人は日本人名なのですよ」

 留実が冷静に理由をご説明。

「そっか。みんな良いお名前ね。長女から順に田鶴子、留実、砥音って言うのね。頭文字を取って、タルト三姉妹ね。晩御飯、何か食べたい物はあるかな?」

 すぐに納得してくれた母からの次の質問に、

「あたし、愛媛名物って学校の先生から聞いたポンジュースで炊いたご飯が食べたぁーっい!」

 砥音が最初に希望を伝える。

「わたしもです。他にも愛媛の郷土料理がいろいろ食べたいです」

「わたくしも同じく」

「了解。腕によりをかけて作ってくるわっ!」

 母はうきうきした気分で台所へ。

「お母さん、手抜きで良いと思うよ」

 光香もお手伝い。夕食準備時、家にいる時はいつもそうしているのだ。

 夕食準備中、三姉妹は茶の間で座布団に腰掛け、

「これは愛媛の地元記事ですね」

「メヒエ王国の地元情報誌、メヒエ日記みたいだね」

「ニュースも今、愛媛県内の話題やってるわね」

愛媛新聞やテレビ番組を見ながら待機。

父は、足りない材料を近所のスーパーへ快く買い出しに行ってくれた。

清隆は自室へ向かい私服に着替えて授業の復習、予習、宿題を進めていく。彼の自室は和室になっていて八畳ほどの広さがある。

出入口扉側から見て左の一番奥、窓際に設置されてある学習机の上は教科書・参考書類やノート、筆記用具、プリント類、CDラジカセ、携帯型ゲーム機やそれ対応のソフトなどが乱雑に散りばめられてはおらず、きちんと整理されている。彼の几帳面さが窺えた。

机備え付け本立てには今学校で使用している教科書類の他、地球儀や、動物・昆虫・恐竜・乗り物・天体・植物などの図鑑といった、清隆の幼少期に母が買い与えてくれた物も並べられてあった。机の一メートルほど手前には幅七〇センチ奥行き三〇センチ高さ一.五メートルほどのサイズの本棚が配置されている。そこには三大週刊少年誌連載のコミックスが合わせて百冊くらい並べられていた。

 夜八時頃から一階、十二畳ほどある応接間にて七人での夕食会が始まる。

 周囲に座布団が敷かれた長机の上に、ポンジュースで炊いたご飯。他に宇和島鯛めし&松山鯛めし、松茸、お刺身の数々、中山産の高級栗で作られた栗金団なども並べられていた。清隆が今日収穫して来たトマトが和えられたサラダも。

「わー、すっごぉい。とっても豪華。脳を活性化させるDHAもたっぷり含まれてるね」

「どれもすこぶる美味しそうです」

「突然押しかけたのに、こんなに贅沢なお料理を用意して下さって本当にありがたいわ」

 三姉妹は並べられている料理の数々に目を輝かせながら、座布団に腰掛けた。

「砥音、あぐらはかかない方がいいですよ。パンツが丸見えですから」

 留実は向かいに座る砥音に優しく注意する。彼女は行儀良く正座姿勢だった。

「はーい」

 砥音は素直に従い、お膝を伸ばした。

 清隆も光香も両親も、正座ではないが膝を伸ばしてくつろいでいた。

「ハモのお刺身、美味しそうだぁーっ」

 砥音が一切れお箸でつまみ、醤油をつけてお口に運ぼうとしたところ、

「もーらった」

田鶴子が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ! ちょっと、田鶴子お姉ちゃん、何するのっ!」

 砥音は大声を張り上げて、田鶴子をキッと睨み付ける。

「えへへ」

 田鶴子はとても美味しそうに頬張りながらあっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

 砥音は田鶴子の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったぁーい」

 田鶴子は、砥音の髪の毛を引っ張って対抗した。

「うるさい」

 光香は大好物の栗金団を頬張りながらも不機嫌そうに呟く。光香のすぐお隣に砥音、その隣に田鶴子が座っているのだ。

(……まあ、ある意味仲が良い姉妹だな)

 光香の向かいに座る清隆はこう思いながら、気まずそうに食事を進めていた。

「田鶴子お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよぅ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

 砥音は今にも泣き出しそうになる。

「わたくしはいっぱい食べても太らない体質なの」

 田鶴子は得意顔。

「嘘だぁーっ! 増えてたくせにぃ。こうなったら」

 今度は砥音、わさびの塊を指で摘み、一瞬の隙を突いて田鶴子の口に押し込んだ。

「んっ! ごっ、ごめんね、砥音。お姉ちゃんのを分けてあげるから」

 田鶴子、これにて降参。苦手なのか涙目になっていた。

「ありがとう、心優しい田鶴子お姉ちゃん♪」

 砥音は瞬く間に満面の笑みへ。田鶴子のお皿からついでに松茸も奪取。

「あーん、貴重な国産なのに」

 田鶴子、目がさらに潤んだ。

「姉妹ゲンカ、妹の砥音ちゃんの知恵勝ちね」

「見ものだったぞ」

 その一部始終を微笑ましく観察していた両親は満足げな表情。

「田鶴子お姉さんと砥音の食事の取り合いは、よくあることですよ。ポンジュースご飯、いと美味しいです」

 そんな理由からか留実は特に気にも留めず食事を進めていた。ほんのりオレンジ色に染まったご飯粒をお箸でつまみ、お口へ運ぶ。

「三人とも、フランス人だけどお箸の使い方も知ってるのね」

 母は感心していた。

「はい、わたし達、幼い頃から日本食中心の生活をして来ましたから」

 留実は嬉しそうに答える。

     ※

「ここが、あなた達のお部屋よ。民宿時代は一番高いお部屋だったの」

 夕食後、三姉妹は母に二階へ案内してもらった。

「純和風で素晴らしいです」

「広くて素敵っ!」

「とても落ち着けそうね」

十五畳ほどの広さがあった。大満足な様子の三姉妹に、

「おトイレと洗面所、お部屋には付いて無くて共同なんよ。ご不便だと思うけど、ごめんなさいね」

 母は申し訳なさそうにその事実を伝えたが、

「いえいえ。寝泊り出来るだけでじゅうぶんありがたいですよ」

「あたしんちの自分のお部屋にもおトイレは無いから大丈夫だよ」

「わたくしも、不満は全く無いわ」

 三姉妹は快く納得してくれた。

「ありがとう。お風呂ももう沸いてるわよ。一階の一番奥ね。お着替えも用意してあるけん、よかったら使ってね」

 母から次にこう伝えられ、

「さっき道後温泉に入ったけど、もう一風呂浴びましょう」

「二度風呂もいいですね」

「あたしもお風呂大好きだから、もう一回入るぅーっ!」

三姉妹は楽しげな気分で風呂場へと向かっていく。

脱衣場へ入り服を脱ぎ、脱いだ服は母が用意してくれていた籠に入れて浴室へ。

砥音を先頭に入った瞬間、

「ひゃっ!」

 中からこんな叫び声。

 光香だった。ちょうど風呂椅子に腰掛け、髪の毛を洗っている最中だった。

「あっ、光香お姉ちゃん、入ってたんだね」

 砥音はにこっと微笑みかけた。

「どうもー、光香ちゃん」

 田鶴子は光香に向かって手を振りかける。

「光香お姉さん、お背中流しましょうか?」

 留実の親切心にも、 

「いいわよ。早く出て行って!」

 光香は不機嫌な様子だ。

「まあまあ光香お姉ちゃん、お風呂はみんなで入る方が楽しいよ。それに、一人だと広過ぎるでしょう?」

砥音はお構い無しにもう一つあった風呂椅子に腰掛ける。赤瀬宅には、自慢ではないが大人でも十人近くは一度に入れる広い檜風呂が備え付けられてあるのだ。ちなみに風呂掃除や湯沸しは基本的に母が担当している。

「ちょっ、ちょっと」

「おっぱいの大きさは、わたくしの勝ちね」

 田鶴子は眺めてみて、嬉しそうににっこり微笑む。

「大きけりゃいいってもんでもないじゃろ」

 光香はむすっと膨れた。

「光香お姉さんは、彼氏さんはいますか?」

「いないわっ!」

 留実の質問にも、こう即答した。

「意外だなぁ。光香ちゃんとってもかわいいのに。光香ちゃんのおっぱい、触り心地良さそうね」

「ひゃぁんっ、んっ」

 田鶴子に鷲掴みされ、光香はびっくんとなる。

「光香お姉ちゃん、気持ち良さそう」

 砥音はにこにこ笑う。

「光香ちゃん、わたくしのも触ってね」

 田鶴子は光香のおっぱい揉みをやめると、両手を上にぴっと伸ばした。

「いいって」

「おっぱいを触り合うのが、日本風のスキンシップだって伊子ちゃんは言ってたわよ」

「そんな下品な日本文化は無いから」

光香はそう伝えて風呂場から逃げていく。

「清隆ぁぁぁ、あの子達、淫乱よ。気を付けてっ!」

 そのまままっすぐ清隆の自室へ駆けた。必死の形相で彼の両肩をつかんでゆさゆさ揺さぶり、注意を促す。

「ねっ、姉ちゃん、全裸でしかも濡れたままで出てくるなよ」

 その時数学の宿題を進めていた清隆は、反射的に目を覆った。

「あっ、ごめんね清隆」

 光香は照れ笑いを浮かべながら、お部屋から出て行った。

(姉ちゃんには、もっと恥じらいを持って欲しいよ)

 清隆は呆れ返る。

 光香が脱衣場へ戻った時には、

「光香ちゃん、かわいらしいパンティー穿いてるのね」

田鶴子がすでにいた。先に上がったらしい。 

「こらぁ、田鶴子ちゃん、それのうちのじゃ、勝手に穿かないでっ!」

「きゃぁん」

「うちのお気に入りなんよ!」

 光香は田鶴子を睨みつけたのち押し倒し、穿かれた自分のパンツをずるりと引き摺り下ろす。

「ごめんね、光香ちゃん。ちょっと穿き心地試してみたかったの」

 すっぽんぽんのM字開脚、あられもない姿にされた田鶴子はてへっと笑う。若干怯えていた。

「二度としちゃダメよ」

 光香はむすーっとしながら奪った水玉模様のパンティーを穿き、ブラをつけ、テキパキとパジャマに着替え、茶の間へ。

 ドライヤーで髪の毛を乾かしていたら、

「やっほー光香ちゃん」

「清隆さんちのお風呂も、道後温泉と変わらず、いいお湯でした」

「光香お姉ちゃん、逃げなくてもいいじゃん」

 三姉妹も後を追うようにやって来た。

 田鶴子と留実は浴衣、砥音は暗闇で光るフォトプリントパジャマを身に着けていた。

「田鶴子ちゃんだけじゃなく、留実ちゃんも砥音ちゃんもうちが昔着てたの着てるし。母さんが用意したのね」

 光香はハァッとため息をつく。

「べつにいいじゃない。仕舞ったままにしておくのは勿体無いし」

 その時座布団に腰掛け、バラエティ番組を眺めていた母はにこっと微笑む。

 三姉妹は、下着だけは自前のものを身に着けていた。

「あのう、光香お姉さんのお部屋、見せていただけないでしょうか?」

 留実は恐る恐る頼んでみる。

「ダメよ」

 光香はきっぱりと断った。

「光香お姉ちゃんのお部屋って、どうなってるのかな?」

 けれども砥音は聞く耳持たず、駆け寄ってしまう。

「あーっ、ちょっ、ちょっと、待ちなさぁーい!」

 光香は慌てて後を追うが、追いつけず。

結局、砥音は光香のお部屋へ。扉が開かれた瞬間、

「すっごーい、あたしのお部屋より豪華! お店みたーい。自分の部屋にテレビがあるなんていいなぁ。アニメ見放題じゃん」

 砥音は目の前に広がる光景に大興奮する。

ビーズアクセサリーやオルゴール、クマやウサギ、リスといった可愛らしい動物のぬいぐるみもいくつか飾られてあり、普通の女の子らしいお部屋の様相も見受けられたが、それ以外の場所に目を移すとオタク趣味を思わせるものがたくさん。

本棚には三百冊くらいの漫画やラノベ、アニメ・声優系雑誌に加え、高校生ならば年齢的にまだ読んではいけない同人誌まで。木製のラックに載せられたDVD/BDレコーダーと二四V型薄型テレビ、学習机の上にはノートパソコンもあった。本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上には、美少女系のガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて十数体、まるで雛人形のように飾られてあり、さらに壁にも、瞳の大きな可愛らしい女の子達のアニメ風イラストが描かれたポスターが何枚か貼られてあったのだ。

「もろに見られちゃったぁ」

 光香はやや落胆する。

「光香ちゃんのお部屋って、こんな風になってたのね。これは人に見せたくない気持ち分かるわ」

「失礼致します光香さん」

 田鶴子と留実もいつの間にか入り込んでいた。部屋全体をきょろきょろ見渡す。

「アキバやポンバシにいそうな男の子のお部屋みたいじゃろ?」

光香は苦笑顔で問いかけてみた。

「いえいえ、わたしも日本のマンガやラノベやアニメが大好きですから、光香お姉さんのお部屋と似たような感じですよ。光香お姉さんって、マンガも描かれてるんですね?」

 留実は学習机の上に、描きかけの漫画原稿用紙が置かれてあるのを発見した。

「うん。中学の頃に漫画の創作に目覚めたんよ。それで高校時代は文芸部に入って、大学も漫研サークルに入ったんよ。うちが描くマンガはかわいい女の子がいっぱい出る百合系が多いかな。うち、BLは苦手なんよ」

「わたしも同じですよ。アキバ系と呼ばれている男の子が好みそうな美少女系アニメの方が好きです。あの、光香お姉さんの描いてるマンガ、見せてくれませんか?」

「もちろんいいわよ。好きなだけ見てね」

 光香は留実に仲間意識が芽生えたのか、快く承諾してくれた。

「ありがとうございます!」

 留実は嬉しそうに礼を言うと、さっそく原稿用紙の束をパラパラッと捲ってみる。

「エッチなシーンが多いですけど、上手過ぎます! わたしも趣味でマンガ描いてますけどとても敵いません」

「そっ、そう?」

 大いに褒められ、光香はちょっぴり照れた。

「光香お姉ちゃんなら将来絶対漫画家さんになれるよ。あたし、応援してる」

 砥音からもエールが送られ、

「あっ、ありがとう」

 光香はますます照れてしまった。

「これは大人向けの絵柄だから、砥音は見ちゃダメよ」

 田鶴子は背後から砥音の目を覆う。

「ごめんなさーい。あたし、清隆お兄ちゃんのお部屋も見たいなぁ」

「わたしも見たいです」

「わたくしと同い年くらいの日本人の男の子のお部屋、わたくしも非常に気になるわ」

 三姉妹はそう呟くや、光香のお部屋から出て行き清隆の自室へと駆けて行った。

「こらぁ、うちの許可なく勝手に。待ちなさぁい!」

 光香も後を追う。

「どうしたの? みんな」

清隆はちょうど机に向かって宿題に取り組んでいるところだった。

「清隆さんのお部屋を拝見しに来ました」

 留実は笑顔で説明する。

「日本の男子中高生は大半が持ってるって保健の授業で教わった、エッチな本は清隆ちゃんは一冊も持って無さそうね」

 田鶴子は本棚を調べてみる。

「当たり前じゃっ! うちがおるのに清隆がエロ本なんて持ってるわけないでしょ!」

 光香は険しい表情で強く主張する。

「あの、みんな、俺、勉強に集中出来ないから……」

 清隆は当然のごとく、迷惑そうにしていた。

「清隆お兄ちゃん数学の宿題やってるのかぁ。あたし、これくらいならすぐに出来るよ。ちょっと貸してね」

 砥音はそう伝えると、プリントを奪い取ってシャープペンシルを手に持ち、全部で十問あるうち清隆がまだ解いていない六問目以降の答を記述し始めた。

「本当に解けるの? 高校の数学だよ」

 清隆は当然のように疑う。

「うん! もちろんだよ」

 砥音は記述しながら自信満々に伝えた。

 それから三分ほどのち、

「はい、出来たよ平祐お兄ちゃん」

 砥音は残っていた分を全て解き終え、手渡して来た。

「標準時間三〇分なのに、しかも全部、当たってるっぽい」

 清隆は驚き顔だ。

「凄いわね、この子。まだ小学生なのに高校の数学の問題解いちゃうなんて。うちなんて大学生になった今でも中学レベルでもさっぱりなんよ」

 光香も唖然としていた。

「砥音の数学力は、すでに日本の大学の最高峰、東大京大理系学部二次試験にも対応出来るくらいありますから。わたしは光香さんと同じく、数学は大の苦手です」

 留実は笑顔で伝える。

「わたくしも文系脳だから、数学は日本の中学レベルもちんぷんかんぷんよ。わたくしと光香ちゃん、似てるところがあるわね」

 田鶴子は握手を求めて来た。

「なんであなたと握手なんかせんといかんのじゃ」

 光香は俯き加減で拒否し、田鶴子の手の甲をパシッとはたく。

「もう、照れちゃって」

 田鶴子はにこっと笑った。

「清隆お兄ちゃん、明日も数学の宿題出たら、あたしが全部やってあげるね」

「あの、砥音ちゃん、気持ちはありがたいんだけど、筆跡で他の人がやったってバレるから。今後は、俺一人の力でやるよ」

 清隆は申し訳なさそうに伝える。

「ごめんなさい、清隆お兄ちゃん。あたし、数学の問題を見るとついつい解きたくなっちゃうの。宿題は自分の力でやらないと、学力が身に付かないもんね」

 砥音は深く反省。

「まあ、気にしないで。あの、砥音ちゃん。宿題じゃないことで、ちょっと協力して欲しいことがあるんだ。教科担当の先生が解答例配ってくれなかったから、復習するのに困ってて」

 清隆はそう伝えながら、二学期中間テスト物理基礎の問題用紙を机の引出から取り出した。

「これは解けそうかな?」

 砥音にかざし、こう尋ねると、

「うーん」

 砥音は問題文を凝視する。

 十秒ほどのち、

「力学的エネルギーと熱分野かぁ。大丈夫。解けるよ」

 自信たっぷりにこう答えた。

「それじゃ、答を書いてくれないかな。出来れば、詳しい解説付きで」

「うん!」

 砥音は椅子に座り、シャープペンシルを手に取ると嬉しそうに問題を解いていく。

「砥音は理科も大の得意なんです」

「高校生のわたくしよりもずっと知識は上よ」

 留実と田鶴子は決まり悪そうに伝えた。やはり妹に敵わないのは情けないと感じているらしい。

「出来たよ、清隆お兄ちゃん。まあまあのレベルだったね」

四五分で行われたテストだが、砥音は一五分ほどで全て解けてしまったようだ。詳しい解説もしっかり付けてくれていた。

「ありがとう、助かるよ」

 清隆がお礼を言うと、

「どういたしまして」

 砥音は満面の笑みを浮かべた。清隆から感謝されたことのみならず、達成感が得られたことにも大きな喜びを感じているようだった。

 三姉妹は割り当てられたお部屋へ戻ると、

「テレビ見ようっと」

 砥音はさっそくリモコンを手に取り、テレビをつけてみた。チャンネルをいろいろ変えてみる。

「マジワウ星よりも映る番組数が少ないね」

 地上波、衛星放送全てのチャンネルボタンを押してみて、砥音は少し残念がった。

「愛媛ではテレビ東京系列とUHF局の地上波番組は映らないみたいよ。今やってるドラマ、殺人事件が出てくるだろうから、他のチャンネルに変えるわね」

 田鶴子は他のチャンネルに変えた。

「あっ、愛媛のローカルCMだぁっ!」

「あら本当。こういうのが見れるのも、旅行の醍醐味ね」

 切り替わった画面に、砥音と田鶴子は釘付けになる。

「あのう、砥音に田鶴子お姉さん、テレビばかり見てないで、お勉強もしなきゃダメですよ。わたしも宿題を片付けないと」

 留実はリュックから文房具と数学のワークを取り出すと、漆塗りのローテーブル上に置いた。

「それもそうね、どっさり出されてるし。砥音も、宿題早めに片付けないと後で地獄を見るわよ」

 田鶴子はリュックから英語と国語のワークを取り出しながら警告する。

「はーい」

 砥音はしぶしぶリュックから文房具と漢字練習帳を取り出し、テーブル上に置いた。

「あたし、漢字苦手だよぅ。全然覚えられなーい」

 ため息混じりに呟いた砥音に、

「同じ漢字は、最低十回は書かなきゃダメですよ」

 留実は優しく忠告する。

「留実お姉ちゃんも、数学の問題は何度も繰り返し解かなきゃダメだよ」

 砥音は得意顔で言い返す。

「分かってはいますけど……」

 留実が苦笑顔で言ったその時、

「あの、これ、松山名物の母恵夢と醤油餅。母さんが差し入れしてあげてって」

 清隆がお部屋へ入って来た。テーブル上にそれと煎茶が乗せられたお盆を置く。

「どうもありがとうございます、清隆さん」

「勉強が捗りそう」

「サンキュー、清隆ちゃん」

 三姉妹はさっそく口にした。

「三人とも、勉強してたのか。旅行中なのに真面目だね」

 清隆が褒めてあげると、

「だって、日本でいう夏休み冬休みの宿題的なものがどっさり出されてるもん」

「問題難しいのが多くって、計画通りに終わる気がしないわ。特に物理と化学と数学」

 砥音と田鶴子はうんざりとした面持ちで伝えて来た。

「マジワウ星の学校制度も、日本と同じく満六歳を迎えた次の四月に小学校へ入学し、小中高大六、三、三、四制で進級していきますよ。ちなみに高校まで義務教育なので、高校入試はありません。田鶴子お姉さんはマジワウ星にある七つの大学のうち最難関の、メヒエ王立大学を目指しているのですが、そこへ入学するためには全学部学科、国語、英語、第二星外語、数学、物理、化学、生物、地学、地球公民、日本史、地球世界史、地球地理、保健体育、家庭科、美術、音楽の筆記試験を突破しなければなりません。田鶴子お姉さんは今のところ、国語と英語と第二星外語の配点が高い文学部志望みたいですよ」

 留実はにこにこ微笑みながら、楽しそうに説明する。

「科目数多過ぎ。理科・社会は選択じゃなくて全分野かよ。さらに実技系まであるのか。日本よりずっと大変なんだな。俺なんか日本の多くの国立大入試で課される六教科八科目でも多過ぎると思ってるのに。マジワウ星人が地球人より高度な文明を持ってる理由が頷けるよ」

 清隆は憐憫の気持ちを示す。

「科目数がすこぶる多く負担は大きいですが、日本の学校と比べて特段高度な内容を学習しているわけではないですよ」

 留実は謙遜気味に伝える。

「清隆ちゃんの通う高校も、机に貼られてた時間割表から察するにけっこう濃密な教育が行われてるみたいじゃない。毎日七時間目までびっしり埋まってたし」

「まあ、毎年東大京大合格者が出て、松山の公立じゃトップクラスの進学校ではあるけど、俺は大したことないから」 

 清隆が謙遜気味にそう言ったその時、

「ねえ、あなた達、フランス人なんでしょ? ちょっと明日までに提出の課題、手伝ってくれないかな? うち、フランス語の単位落としそうでやばいんよ。あなた達、タダで泊まってる立場なんやけんそれくらいしてくれて当然じゃろう?」

 光香が部屋に入って来て、お願いしてくる。

「姉ちゃん、ずうずうしいぞ」

 清隆は呆れるものの、

「もちろん喜んで」

 田鶴子は快く承諾。第二星外語、フランス語を選んでよかった♪ と心の中で思っていた。

「やったぁ! これの問い5から8なんだけど」

 光香はフランス語のテキスト該当ページを光香にかざすと、

「光香お姉ちゃん、宿題は自分の力でやらなきゃダメだよ」

 砥音が肩をポンポンッと叩いて注意してくる。

「俺もそう思う」

 清隆も同意見だ。

「それは高校までの勉強であって、大学では友人同士で協力し合うことが大切なんよ」

 光香がにこやかな表情で反論すると、

「ということは、光香ちゃんはわたくしの友人ってわけね」

 田鶴子は嬉しそうににこっと微笑む。

「そんなわけないでしょ。なんでそうなるんよ? やっぱりいい、自分でやるわっ!」

 光香はむすっとした表情でそう言って、自室へ戻っていく。

「あーん、せっかくわたくしのフランス語能力が試せる機会だったのに」

「姉ちゃんは意地っ張りだからな。それじゃみんな、宿題頑張って」

 清隆も自室へ戻っていった。

「お外に出てみよう」

 砥音は今日の目標分を済ませるとベランダに通じる窓の鍵を開け、外に出る。留実と田鶴子も後に続いた。

「留実お姉ちゃん、田鶴子お姉ちゃん、地球から見る久し振りの夜空、すごくいい眺めだねー」

「うん、とってもきれいね。松山から夜空を眺めても、マジワウ星はやっぱり全く見えないわね。わたくし視力2.0以上あるんだけど」

「あまりに小さ過ぎますし、なによりマジワウ星をすっぽり覆う正体不明の大気の影響で今の地球の科学技術ではおそらく発見不可能ですから。マジワウ星からの地球は、地球から見える満月の三倍以上に大きくはっきりと見えますが」

「これを使ったら、地球からでもマジワウ星がはっきりと見えるよ」

 砥音がマジワウ星産の小型望遠鏡で観察し始めたそんな時、向かいの家の二階の窓ががらりと開かれた。中から人が現れる。

「砥音ちゃん、留実ちゃん、田鶴子ちゃん、そのお部屋に泊まることになったんだね」

 文乃だった。

「あっ、文乃お姉ちゃんだぁーっ。やっほー」

 砥音は嬉しそうに手を振る。

「文乃ちゃんのお部屋、そこだったのね」

「親しい幼馴染がお隣同士。ラブコメの定番ですね」

 田鶴子と留実も文乃に微笑みかけた。

「私、昔は清隆くんとよくベランダ越しに糸電話で遊んでたよ。みんなは、明日はどう過ごす予定なの?」

 文乃の質問に、

「松山以外の街を観光するつもりよ」

 田鶴子が答える。

「そっか。愛媛には松山以外にも楽しい観光スポットがたくさんあるから、ぜひ楽しんでね。それじゃ、おやすみなさーい」

 文乃はこう告げてベランダから中に入り、窓を閉めた。

 三姉妹も中へ戻る。

「今日撮った写真、父さんと母さんに送っておこう」

 田鶴子はスマホに画像をいくつか添付し、アドレスに送信した。

「留実お姉ちゃん、田鶴子お姉ちゃん、あたし、夜の松山の街見たいから、お外へお散歩しに行こう」

「ダメですよ、砥音。松山は治安の良い街らしいですが、わたし達だけで夜出歩くのは危険だと思います」

「じゃあ清隆お兄ちゃん達も誘おう」

「今お勉強中でしょ。邪魔するのは良くないわ。それにね、松山市では一八歳未満は深夜の外出は青少年保護条例で禁止されてるの。お巡りさんに叱られるわよ」

 田鶴子も意見する。

「あーん、残念だなぁ。でも、条例なら仕方ないかぁ」

 砥音はため息混じりに嘆いた。

「今、十時半過ぎです。砥音はもう寝る時間ですよ」

 留実が優しく伝えると、

「はーい」

 砥音は素直におトイレを済ませて来て、お布団に潜った。

留実と田鶴子は引き続き勉学に励む。

 同じ頃、マジワウ星メヒエ王国首都マハタワヤ。三姉妹の自宅リビング。

 この街は、今お昼時だった。

「お嬢様達がマジワウ星を旅立ってから今日でちょうど一週間、地球の目的地へは無事辿り着けたようですが、今後の行動がとても心配です。地球には貞操や人命を脅かす犯罪人もうろうろしていると聞きますし。国王様、ワタクシ達が同行しなくても本当に良かったのですか? お嬢様達だけで地球旅行させるのはまだ早過ぎだと思いますよ」

 三姉妹の護衛の一人が、心配そうに問いかけた。

「三人ともまだ大人ではないが、もう幼い子どもでもない。かわいい子には旅をさせよということわざも日本にはあるし、全く問題はないだろう。写メールも送って来てくれたし、楽しんでいるみたいだぞ。松山の街も移りにけりな。ボクが昔松山を訪れた時は、こんなのはまだ出来て無かったな」

 メヒエ王国国王である三姉妹の父は、機嫌良さそうに微笑みながらこうおっしゃる。

 再び赤瀬宅。

午後十一時を少し過ぎた頃。清隆は休憩のため布団に寝転がり、コミック単行本を読んでいた。その最中、スマホの着信音が鳴り響く。

「幹二か」

 清隆はこう呟いて、通話ボタンを押した。彼の小学一年生時代から九年来の親友で、今クラスも同じの乗松幹二のりまつ かんじからの連絡であった。

『清隆殿ぉー、数学の宿題プリント出来たか?』

 いきなりこんなことを質問してくる。

「まあ、一応な」

『明日の朝、写させてくれ。オレ、全く分からんけんまだ白紙なんよ』

「分かった、分かった。じゃあな」

 清隆は呆れ顔でこう伝えて電話を切る。ほぼ毎日のことなのだ。

(ちょっとトイレ)

清隆はお部屋から出て、二階廊下を一番奥まで突き進む。『便所』とネームプレートの貼られた扉をガチャッと開けた。

「きゃっ!」

「うわっ、ごめん」

 タイミング悪く、留実がちょうど洋式便座に腰掛けて用を足している最中だった。目もばっちり合ってしまった。

「あっ、あの、わたし、目下排便中なので後五分くらい待ってから再びお越し下さい」

 留実は頬をカーッと赤らめながら早口調で伝える。

「るっ、留実ちゃん、鍵は掛けようね」

 清隆は慌てて扉を閉めた。

(どうしよう。嫌われちゃったかな?)

 自室に戻った後、後悔の念がよぎる。

 二分ほど後、コンコンッと扉がノックされる音が聞こえて来た。

「清隆さん、出ました。どうぞ」

 留実が入って来て伝える。

「あの、べつに、報告して来なくても、いいから」

 清隆は気まずい面持ち。

「わたし、さっきのことは全く気にしてないので。むしろわたしの不用心を注意して下さって嬉しかったです。マジワウ星には鍵を掛ける生活習慣がないので」

 留実はにこっと微笑んだ。

「あっ、どうも」

「清隆さんのおウチのおトイレ、家の構造を見る限り和式かと思ったのですが、洋式だったので意外でしたよ。ウォシュレットまで付いていて、さらに驚きました」

「民宿時代は和式みたいだったけど、俺が物心ついた頃には既に洋式だったよ。変えるつもりはなかったけど、姉ちゃんが和式なんて今時あり得ないとかってごねたらしい。まあ最近じゃ和式トイレなんてほとんど見かけないからな」

「日本でも和式トイレは年々減っているみたいですね。マジワウ星では、逆に洋式が減って和式トイレが昔より増えていますよ。地球の重い重力にも耐え得る体力と強い足腰作りが必要だという国の政策によって。わたしのおウチも今は和式ですよ」

「そうなんだ」

 清隆は思わず笑ってしまった。彼はもう一度トイレへ向かい、出入口扉を開けると、

「あら、清隆ちゃん」

 今度は田鶴子が用を足している最中だった。

「ごっ、ごめん」

 ばっちり目が合ってしまった清隆はまたも慌てて扉を閉める。

(またやっちゃった)

 鍵を掛けなかった田鶴子ちゃんの方が悪いだろと清隆は思ったのだが、罪悪感に駆られてしまう。自分のお部屋に戻ろうとしたら、ほどなく水を流す音が聞こえて来た。

「こちらこそごめんね、清隆ちゃん。鍵掛け忘れてて。次から気をつけるわ」

田鶴子が中から出て来ると、てへっと笑ってお部屋へ戻っていく。

(本当に大らかだな、マジワウ星人って)

 三度目で、ようやく用を足せた清隆はほとほと感心した。

        ☆

 日付が変わって少し過ぎた頃、清隆は幹二から借りていたラノベを読み終えると鞄に仕舞い、電気を消して布団に潜り込む。

 それからほどなくして、

「清隆、いっしょに寝てあげるわ」

 光香が部屋に足を踏み入れて来た。しかも両手に布団一式を抱え持って。

「姉ちゃん、自分の部屋で寝ろよ」

「スペースじゅうぶんあるけんいいじゃない。清隆があの子達に襲われないためよ。清隆の貞操が心配なんよ」

「そんな心配ないって」

 清隆はかなり嫌がるも、

「清隆の身に何かあったら、姉ちゃんが助けてあげるけん」

光香は聞く耳持たず布団を並べ、掛け布団に包まる。

「しょうがないなぁ、でも俺の布団に潜り込んで来たら、蹴り飛ばすぞ」

 清隆はしぶしぶ了承。

「清隆ったら、女の子みたいに警戒心強いね。心配しなくても何もせんって。ちなみに清隆の今の体位、横たえるは英語で言うとlay、スペルはエルエーワイよ。この動詞はlaid,laid,layingと変化するけんね。横たわる、嘘を付くのlieとの紛らわしい区別。一学期の学習内容じゃけど、今もちゃんと覚えとるかな?」

「うるさいぞ姉ちゃん」

「あーん、高校英語の重要ポイントやけんちゃんと聞いて欲しいのにぃ。それじゃ清隆、おやすみなさい」

 光香が長い紐を引いて電気を消した。

それから三〇分ほどして、

「……眠れない」

 清隆は天井を見つめながら、硬い表情で呟く。

 光香はもう、すやすや寝息を立ててぐっすり眠っていた。


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