第一話 文学のまちに巨大みかんが降ってきた
「ちょうどコスモスのお花が満開だね。きれーい」
文乃は中庭花壇に植えられてあるそのお花の前で足を止め、中腰でうっとり眺める。
「ワタシはキンモクセイの香りもすっごい好きじゃ」
伊子はそのお花に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。
「今日は水遣りした方がいいよな」
清隆は花壇近くの水道蛇口を捻り、ジョウロに水を浸した。
「清隆くん、任せたよ。私は草引きをしておくね」
「ワタシもそうするよ。いつの間にかぎょうさん生えとるね。時間かかりそうじゃ」
文乃と伊子はそう伝えると自前の軍手をはめて、草引き開始。
中庭花壇には他にも菊、リンドウ、ダリア、ツワブキなどなど色とりどりのお花がたくさん咲き乱れていた。
(ん?)
清隆がそれらに水遣りをしている最中、ある異変に気が付く。
(なんか、オレンジ色で、みかんっぽかったような……)
ふと空を見上げたら、ほんの一瞬だが、見慣れぬ飛行物体が彼の目に映ったのだ。
文乃と伊子はさっきのことに全く気付いていない様子だった。しゃがみ姿勢で黙々と草引きに取り組んでいた。
(……まあ、バレーボールだろ)
清隆は気にはなったが深くは考えず引き続き水遣り作業を進める。
今日の活動のメインは、トマトの収穫。中庭花壇の水遣りと草引きを終えた清隆達三人は校舎裏の畑へと移動し、
「トマトさん、立派に育ってくれたねー」
「枯れずに済んでそうとう嬉しい。感無量じゃ」
「俺は正直トマト好きじゃないけど、これなら食えそうだ」
秋の柔らかい日差しを浴び、真っ赤に輝くいろんな大きさのトマトを手で一つ一つもぎ取っていく。
その最中に、
「とっても美味しそうに育ったわね」
一年一組クラス担任の遠山先生が見回りにやって来た。彼女は園芸部の顧問でもあるのだ。二〇代後半の若々しい女性国語教師。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。ぱっちり瞳に卵顔。色白のお肌。さらさらした濡れ羽色の髪はいつも花柄の簪で束ねている。いわば小柄和風美人だ。古賀先生は遠山先生のことをマドンナと呼んでいる。遠山先生自身は嫌がっているがお構いなく。
「遠山先生、約三〇分振りですね。これどうぞ」
文乃は親切に、遠山先生にとれたてのトマトをいくつか譲ってあげた。
「ありがとう妻鳥さん。甘くて美味しそう。今夜の夕飯はトマトスープでも作ろうかしら。それじゃ皆さん、また明日ね」
遠山先生は受け取ると嬉しそうにこう告げて、俳句部の活動場所へと向かった。そちらをメインで受け持っている。園芸部にはたまーに見回りに来る程度で、基本的にこの三人にお任せしているのだ。
「タッパー満タンになったし、残りの分は自由に取ってもらうことにするか?」
「そうだね。私達は何日分もありそうなくらい充分たくさん取ったから。帰ったら、お母さんにトマトコロッケ作ってもらおうっと」
「ワタシもそれ、ママにお願いするよ。トマトジャムにしてパンに塗っても美味しいよね。キウイもそろそろ収穫出来る頃じゃと思うけん、見に行ってみよう」
三人は収穫作業を切り上げると、校庭の、キウイフルーツを栽培している場所へと移動していく。
校舎の角を曲がった瞬間、
「あーっ、あそこ見てっ、キウイ泥棒じゃ! 籠まで用意して堂々と盗みよるよ。こらぁぁぁっ、待てぇぇぇ!」
伊子は大声で叫んだ。彼女の二十数メートル先に、
「見つかっちゃった。早く、逃げなきゃ。パパとママ、松山は瀬戸内で気候も穏やかだから温厚な人が多いって言ってたのに、あのおかっぱ頭のお姉ちゃんは怖いよぅ」
「持ち主さんがいらっしゃったのね。これは逃げた方が良さそうね」
「わたしは逃げるより、きちんと謝った方が良いと思うのですが、足が勝手に……」
カラフルな髪の色をした三人の少女の姿があったのだ。
背の高い方から順に抹茶色、黄色、小豆色。
目算で一七〇センチ、一五五センチ、一三五センチくらい。
「伊子ちゃーん、そんなに必死に追わなくても。譲ってあげたら?」
文乃は大きな声で叫び、全速力で走る伊子を呼び止めようとする。
「アヤノちゃんは心優し過ぎるよ。あの人達、ワタシ達が一生懸命育てたキウイを奪ったんよ。ほじゃけん厳しく罰しないと。そりゃぁっ!」
けれども伊子は容赦なし。あっという間に三人に追いつき、
「きゃぁんっ!」
小豆色の髪の子の背中をぽんっと押してびたーんとつんのめらせ、
「ひゃんっ」
黄色い髪の子の足を引っ掛けて同じように転ばせ、
「あらら」
抹茶色の髪の子の腰を背後から掴み、投げ飛ばし地面にごろーんと転がした。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさぁぁぁい」
小豆色の髪の子はえんえん泣いてびくびく震えながら、
「もっ、申し訳ないです」
黄色い髪の子は今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、
「ごめんね、お嬢ちゃん。自然に生えているものだと思って、持ち主さんがいるとは思わなくって。全部返すから、許して欲しいな♪」
抹茶色の髪の子はてへりと笑って謝罪し、奪ったキウイがいくつか詰められた籠を伊子に差し出した。
「あなた達がさっきやったことは、立派な窃盗罪なんよ。あなた達外国人っぽいけど、知らんかったでは済まされんのよ」
「まあまあ伊子ちゃん、そんなに怒らなくても。この子達、悪気は無かったみたいだし」
文乃は、むすっとふくれている伊子の肩をポンポン叩いて落ち着かせようとする。
「ほじゃが……」
伊子は納得いかない様子だ。
「あの、わたし達はつい先ほど、メヒエ王国からやって参りました者でして」
黄色い髪の子が慌て気味に伝える。その子は大正時代の女学生を思わせる、矢絣着物と海老茶色の行灯袴を身に纏い、黒縁の丸い眼鏡をかけ、髪型は三つ編みにしていた。
「メヒエ王国? ふざけたこと言わないで。そんな国、聞いたことないよ」
伊子が呆れ顔で突っ込むと、
「だって地球には無いもん」
ようやく泣き止んだ小豆色の髪の子が突っ込み返した。
「地球には無いって……あなた達、宇宙人とか言い張るんじゃ?」
伊子が怪訝な表情で問うと、
「はい、地球人側の立場からすればその通りです。このたび、わたし達は両親と祖父母の勧めで学校の長期休暇を利用し、マジワウ星からこの地球の、日本にある松山という名の街へ観光目的で訪れました。地球への訪問は十数回目ですが、わたし達三人だけで訪れたのも、松山の地へ降り立ったのも今回が初めですよ」
黄色い髪の子が爽やかな表情で説明する。
「宇宙人なの!? マジワウ星!?」
文乃は目を大きく見開き強い興味を示したが、
「全く信じられん。あなた達どうせヨーロッパ辺りから来た外人さんなんじゃろ?」
伊子はさらに呆れ返った。
「マジワウ星は太陽系外の遥か彼方にあるとか? 数万、数億光年先の?」
清隆は微笑み顔でこんなことを尋ねてみるが、彼もこの黄色い髪の子の言ったことは全く信じていなかった。
「いいえ、地球の方達にはまだ認識されておりませんが、太陽系にありますよ。遠いことは遠いですが、宇宙規模で考えれば地球からとても近い場所です。地球から火星寄りに五〇万キロメートルくらい離れた位置にあり、水金地火木土天海と同じく太陽の周りを一定の周期でくるくると回っていますよ」
黄色い髪の子の説明に、
「それなら地球でとっくに発見されてると思うんじゃけど……」
「そうだよな。月よりちょっと遠いくらいだし肉眼で見えてもおかしくないよな」
伊子と清隆は腑に落ちない様子。
「そうなんだぁ」
文乃だけは熱心に耳を傾けていた。
「マジワウ星の赤道半径はおよそ三〇キロメートル、月はおろか地球の学問上、準惑星に格下げされてしまった冥王星よりも遥かに小さいですから、未発見でもおかしくはないと思いますよ」
黄色い髪の子はきっぱりと主張する。
「いやぁ、肉眼では見えんっぽいけど望遠鏡なら見えるじゃろう」
伊子がまた突っ込むと、
「地球の日本には、灯台下暗しってことわざがあるでしょう? あまりに近過ぎて発見出来ないと思うの」
今度は抹茶色の髪の子がにこやかな表情で主張し返した。面長でつぶらなグリーンの瞳、胸の辺りまで伸びたセミロングウェーブ、ココア色のチュニックにデニムのホットパンツ、白のニーソックスに黒のウェスタンブーツを身につけていた。
「あるけどねぇ。どうも納得いかん。あと、あなた達宇宙人とか言っとるけど、ワタシ達と同じような外見じゃん。服装も含めて。髪の色だけはアニメ美少女っぽいけど」
伊子がさらに突っ込むと、
「ひょっとしてお嬢ちゃん、宇宙人はグレイやタコみたいな形をした生命体だと思ってた? 古臭っ」
抹茶色の髪の子にくすっと笑われてしまった。
「マジワウ星は、自転周期も公転周期も大気成分も大気圧も地軸の傾きも地球とほぼ同じなんだよ。海と陸の比率はほぼ半々。重力は一割ほど少ないけど。ようするに環境も似てるから、地球のヒト達と同じような外見でも全然不思議じゃないとあたしは思うなぁ」
小豆色の髪の子は笑顔で主張する。青色のサロペットを身に纏い、髪の毛はお団子二つ結びにしていた。日焼けしたほんのり小麦色の肌、四角っこいお顔で、まっすぐに伸びた一文字眉、子ネコのようにくりっとした青い瞳もチャーミングだった。
「地球と同じような環境の星が地球のすぐ近くにあるなんて、信じがたいよ」
「俺も同じく。もしあったらNASAとかがとっくに発見してるはずだろ」
伊子と清隆はまだ信じられないといった様子。
「伊子ちゃん、清隆くん、この子達がそう説明してるんだから、納得してあげようよ。疑ったらかわいそうだよ。宇宙にはまだまだ解明されていない謎だらけ、既存の事実を疑うことも大事じゃ。理系の人間なら特にって古賀先生も言ってたでしょ。ところで、あなた達のお名前はなぁに?」
すっかり信じ切っている文乃はついでに尋ねてみる。
「わたし、馬越留実と申します。中学二年生、一四歳です」
黄色い髪の子はやや緊張気味に、
「あたしの名前は砥音だよ。十歳、小学五年生」
小豆色の髪の子は恐る恐る、
「田鶴子、一七歳、高校二年生よ。初めまして。わたくし達は姉妹よ」
抹茶色の髪の子は楽しそうに自己紹介した。
「みんな日本人みたいな名前なんだね」
「宇宙人って感じが全くしない」
文乃と清隆はすかさず突っ込む。
「一番大きい子の名前は、身なりはいまどきの女子高生って感じじゃけど戦前、真ん中の子は一昔前、一番ちっちゃい子はいまどきの子って感じじゃ。愛媛にはトオンちゃんとよく似た名前の東温っていう町もあるよ。それにしても、宇宙人なのに日本語ペラペラじゃね。一体どこで習得したん?」
伊子が疑問を浮かべると、
「わたし達が日本語を話せることについて、やはり不思議に思われたようですね。じつはわたし達の祖父母は、マジワウ星から初めて個人で地球旅行をされたお方なんです。今から五〇年ほど前に地球を訪れた時、リゾート地として発展しつつあったハワイへ訪れようとしたのですが、宇宙船の軌道が大きくずれてしまいたまたま日本へ着陸したそうです。その場所が松山という街でして、とりあえず観光してみると美味い団子あり、温泉あり、文学ありでとても気に入ったようです。祖父母は松山に三週間ほど滞在しマジワウ星へ帰星後、メヒエ王国の人々に習得した日本語を伝えました。わたし達の住む星はとても小さく国はメヒエ王国一国のみで、人口も少ないので、日本語がわずか数ヶ月で星全体に広まり、以来マジワウ星の公用語となったのです。そういうわけでマジワウ星の人々は日本語をごく自然に話すことが出来ているのです。年配の方々ももはやメヒエ王国独自の言葉は日常会話では使いませんよ。わたし達姉妹の祖父母ももう忘れたとおっしゃってました」
留実がゆったりとした口調で事情を長々と説明してくれた。
「ほうなんじゃ。ラノベやマンガとかでは宇宙人なのになんで日本語を話せるのかっていう理由がスルーされてる場合が多いんじゃけど、ちゃんとした理由があったんじゃね。あなた達が日本人名なんも納得出来たよ」
「元々の言葉捨てるのに抵抗なかったのか気になるな」
清隆が呟くと、
「当時のマジワウ星人全員、全く未練がなかったそうですよ。なんといっても日本語は文字の種類が無数にあり、豊かな表現が出来ますからね」
留実は微笑み顔で説明する。
「確かに日本語は日本人でも知らん漢字や語句の方が遥かに多いって言うけんね。それにしてもあなた達、失礼なこと言って悪いんじゃけど……汗臭いね」
伊子は否応無く漂ってくる三姉妹の体臭に、顔をしかめた。
「わたし達はマジワウ星を旅立ってから一週間、お風呂に一切入ってないものですから」
「だってあたし達が乗って来た宇宙船、けっこう昔のタイプだからお風呂が付いてないんだもん」
「下着は毎日換えたんだけどもね、やっぱりきれい好き民族の日本人には臭いって思われちゃったかぁ」
三姉妹は申し訳なさそうに伝える。
「それじゃ、これからみんなで道後温泉へ行こう! この学校からけっこう近いよ」
文乃が誘うと、
「お気遣い、ありがとうございます」
留実はぺこりと頭を下げた。
「留実お姉ちゃん、田鶴子お姉ちゃん、道後温泉だって!」
砥音はやや興奮気味になる。
「嬉しいっ! 道後温泉は松山観光で松山城の次に訪れようと思った目的地だったの」
田鶴子は目をきらきら輝かせていた。
「ほうか。きっと気に入ると思うよ」
そういうわけで清隆達三人は今日の活動をここで打ち切り、三姉妹を道後温泉へ案内することにした。
「あのう、わたし、皆様に先ほどマジワウ星のことをついいろいろお伝えしちゃいましたが、今考え直してみると、正直ちょっとまずかったと思います。マジワウ星と住人の存在が地球で公にされると、地球の方々にマジワウ星を詳しく調査され、マジワウ星の人々の平穏な生活が侵害される可能性も無きにしも非ずなので、わたし達がマジワウ星人であることは、他の人達にはナイショにして下さいね」
留実は決まりの悪そうな表情を浮かべて、お願いしてくる。
「大丈夫だよ。私、このことは私達三人以外の人にはナイショにしておくから」
「俺も絶対秘密にするよ」
「ワタシももちろんじゃ!」
文乃達三人は固く誓ってあげた。
「ありがとうございます」
「ありがとね。あなた達なら絶対そう言ってくれると思ったわ」
留実と田鶴子はホッとした様子で礼を言う。
「清隆お兄ちゃん達、信頼出来るからマジワウ星のこと、他にもいろいろ教えてあげる♪」
砥音は嬉しそうにそう伝えたその時、
「あら、こちらの方達は?」
再び遠山先生が姿を現した。
「「「!!」」」
三姉妹と、
(遠山先生、なんで今日に限って二度も見回りを?)
(さっきの砥音ちゃんの声、聞かれたか? まあ、遠山先生なら、そうだとしても黙っててくれそうだけど……)
伊子と清隆はびくっと反応する。
「この子達は、外国人観光客だそうです。道後温泉を訪れようとしたら、道に迷ってここに来てしまったようでして、私達が、道後温泉へ案内しようと思いまして」
文乃は爽やかな表情で冷静に答えた。
「そっか。妻鳥さん達はとっても親切ね。それじゃ」
遠山先生は信用し切った様子で財布から一万円札と五千円札を一枚ずつ取り出し、文乃に渡してくれた。
「あの、いいです。そんな大金」
文乃は断ろうとしたが、
「いいから、受け取って。海外からのお客様に最高のおもてなしをしてあげなさい。お釣りも返さなくてけっこうよ」
遠山先生は渡して来て、俳句部の活動場所へと戻っていった。
「さっきのきれいなお方は、清隆さん達の担任の先生ですか?」
「ほうじゃ。愛東一の美人教師なんよ」
「確かにそんな感じのおばちゃんだったね」
「伊予美人って感じね」
砥音と田鶴子も遠山先生のことを魅力的に感じたようだ。
「きれいなだけじゃなく、生徒思いで優しくて素敵な先生だよ」
文乃は笑顔で伝える。
「テストの採点はけっこう厳しいけど」
清隆は苦笑いしながら加えて伝えた。
みんなで道後温泉へと向かっていく途中、学校裏の池の前を通りかかった。
「あれが、わたし達の乗って来た宇宙船ですよ」
留実は手で指し示す。
「この形、いよかんじゃ」
「本当だ。そっくり」
伊子と文乃は思わず笑ってしまった。
「ユニークな形だな」
清隆はこう呟いて、
(空を飛んでたオレンジ色の丸い物体、これだったのか)
さっきの出来事が気のせいではなかったことを確信した。
船体外壁はオレンジ色に塗られており、球形だった。地面に接するように池に浮かんでおり、高さは二メートルくらいあった。
「マジワウ星の理工系の技術者さんが愛媛の特産品、いよかんをモチーフにして造ったそうですよ。松山城の辺りに着陸する予定が、数百メートルずれてしまい、この学校裏の池にぼっちゃーんと着陸してしまいました。あの宇宙船はスペースデブリや隕石に衝突されても無傷なくらいすこぶる頑丈なのですが、なぜか水にはめっぽう弱いらしくエンジンと電気系統が完全に壊れてしまいました」
留実はてへっと笑う。
「人目につかない場所へ着陸させるための補正機能が働いたみたいだね。松山城付近だと観光地だから人いっぱいいそうだし。修理してくれる宇宙船整備士さんは緊急ボタンを押してもう呼んだよ。あたし達が地球を飛び立つ予定日には到着間に合いそうだからよかったよ」
砥音は加えて伝えた。
「いよかんの香りがするぅ」
「そのもののいい香りじゃね。食べたくなっちゃったよ」
「ここまで再現されてるとは」
文乃達三人は、宇宙船のすぐ側まで近づいてみる。
「本物のいよかんから採取した香料も使われてるからね。みんな、中もご覧になってみて」
田鶴子はそう言うと、外壁のとある箇所に右手五本の指を掛け、みかんの皮を剥くような動作をした。すると船内の様子が露になった。どうやら出入口扉らしい。
三姉妹に続いて、清隆達三人も船内へ入ってみた。
内部もいよかんの仄かな香りが充満していた。
船内を見渡してみると、冷蔵庫に電子レンジに炊飯器にトースター、洗濯機、薄型プラズマテレビ、HDDレコーダーが設置されてあり、マンガやラノベ、アニメ雑誌やアニメブルーレイソフト、ゲーム機、ゲームソフト、トランプ、ウノ、人生ゲームなどの娯楽品も揃えられてあることが分かった。
「これらの家電って、地球の製品そのものだよな。シャー○とか東○とかパ○ソニックとか○菱って書かれてあるし」
「ほんまじゃ。電○文庫とかM○文庫とかアニ○ディアもある」
「Sw●tch2に、タ○ラトミーやバン○イのおもちゃもあるね。私もこれ持ってる。マジワウ星でも売られてるんだね」
「地球の、特に日本で流通されているコミックスや雑誌、小説、その他書籍、玩具、ゲームソフト、CD、アニメやドラマのDVD・ブルーレイ、食料品、衣類、家電製品、その他日用雑貨といった生活必需品がマジワウ星でも入手出来るのは、マジワウ星の国家公務員の方達が頻繁に日本へ出向かい大量購入し、マジワウ星へ持ち帰って転売しているからなのです。また、個人旅行するさいに現地で購入してくる場合も多いですよ。マジワウ星の人々は外見が髪の自然色以外は地球人と同じなので、皆様の気付かないうちに遭遇しているかもしれませんよ」
留実の説明に、
「そういうことか」
「地球人が知らず知らずのうちに惑星間交流しとるんじゃね」
「SFチックだね」
清隆達三人は興味深そうに耳を傾けた。
「マジワウ星側からは、地球へ何も与えていないのですがね。マジワウ星でも地球の日本の衛星放送と、神奈川県付近で放送されている地上波なら受信することが出来るので、日本のアニメもたくさん見れますよ」
「それって、電波泥棒じゃ」
伊子がすかさず突っ込んだら、
「勝手に入ってくるのを拾っているだけなので、泥棒ではないと思いますよ」
留実は素の表情できっぱりとこう主張する。
「黄砂みたいなものだよ」
砥音は爽やかな笑顔で言う。
(松山でも広島や山口のラジオ電波が普通に拾えるから、あの子の言うことも間違いではないかな?)
今、清隆はこう思っていた。
「そういや、操縦する場所が見当たらんね」
伊子は周囲をきょろきょろ見渡してみる。
「この宇宙船は、地球上の行きたい場所の緯度・経度を入力して、スイッチを押せば自動運転してくれるんだよ。地球上のとある場所からとある場所への移動も可能なんだ」
砥音が自慢げに伝えると、
「へぇー。ものすごく便利な機能だね」
「マジワウ星も科学が相当発達してるみたいだな」
「というか、地球以上と思うんじゃけど……地球に来れてる時点で」
三人は舌を巻いた。
「マジワウ星の人々は、地球人のマイカーみたいな感覚で宇宙船を所有しており、地球人が国内旅行をするような感覚で星間旅行をしているのです。もっとも、マジワウ星の今の科学技術力ではまだ地球か月にしか辿り着けませんが」
留実は淡々と説明する。
「宇宙飛行士にならんでも宇宙空間を自由に行き来出来るっていうのは羨まし過ぎる。宇宙空間移動しとる時は、船内は無重力になるんじゃろう?」
「違うわ。外の環境がどう変化しても、中の環境は一定に保たれるようになってるの」
「ほうなんじゃ。地球で開発された宇宙船よりも進んどるね。無重力が楽しめるのも宇宙旅行の魅力じゃと思うけど」
田鶴子の説明に伊子はほとほと感心する。
「食事とおトイレが大変じゃないですか」
「無重力はすごく楽しそうだけど、特殊な訓練を受けてないと体が適応出来ないもんね」
留実と砥音は微笑み顔で主張した。
「燃料を見たらもーっと驚くと思うわ」
田鶴子は得意げな表情で言い、船内隅の方にあったタンクの蓋を開けた。
中は、オレンジ色の液体が浸されていた。
「この匂い、色、もしかして……ポンジュース?」
清隆が尋ねると、
「正解っ! 正真正銘本物のポンジュースだよ。飲んでも美味しいよ。一リットルで二〇万キロメートルくらい走行出来るのーっ! 地球およそ五周分だよ」
砥音は自慢げに答えた。
「凄いねー」
「液体水素や液体酸素じゃなく、ポンジュースとは……」
「超未来的じゃ」
文乃達は改めて驚かされたようだ。
みんな宇宙船から外に出ると、
「ここに置いておくと邪魔になるだろうから、一旦コンパクトにしよう」
砥音はそう言うと、宇宙船上部に飛び出ていた、みかんの葉っぱ的な部分を、よじ登って手で押した。
すると、シューッという音と共に宇宙船は見る見るうちにしぼんでいき、手のひらサイズまでになった。
「これ、空気で膨らませてるだけなん?」
伊子は驚き顔で尋ねる。
「その通り。ビーチボールと同じだよ」
砥音は得意げな表情で答えた。
「これが宇宙を飛べるなんて――」
「ド○えもんのひみつ道具にあってもおかしくないよね。中にあった物は、どうなっちゃったのかな?」
清隆と文乃もあっと驚いていた。
「同じように縮小されてるよ。質量もね」
砥音はこう説明すると、高さ三センチ横幅一センチほどの大きさにまで縮小された出入り口扉を人差し指で剥いて開け、中を伊子達三人に見せてあげた。
「本当に、地球の文明以上じゃね」
「既存の物理法則では説明出来ないよな」
「まるで魔法だね」
覗いてみた伊子達はまたしても驚かされる。
「マジワウ星でここ二〇年以内くらいに開発された宇宙船は、全部コンパクトに出来る機能を持ってるんだよ。地球の大人気娯楽作品、ド○ゴンボールに出て来たアイテムを参考にして開発したらしいよ」
砥音は自慢げに説明し、縮小された宇宙船をリュックにしまった。
再び足を進めたみんなは狭い路地を抜けて、大通りに出た。
「あっ! あれが噂の、マッチ箱みたいな汽車だね」
砥音は笑みを浮かべ、嬉しそうに道路の中央付近を走る、クリーム色とオレンジ色に塗られた車両を見つめる。ご存知の方も多いだろうが、松山市内には路面電車が走っているのだ。
みんなは最寄りの電停へ移動し、ほどなくしてやって来た、さっきと同じ車両タイプの路面電車に乗り込む。横向きの座席に三姉妹と清隆達三人、向かい合って座った。
「伊子さんの苗字、野田なんですね。野田伊子さん、いい響きですね」
留実は伊子の鞄を見てそのことに気付いたようだ。
「坊っちゃんの登場人物の一人と同じなのね。まあ本名じゃないけど」
田鶴子はにこりと笑う。
「のだいこ、のだいこー」
砥音は楽しそうに呟いた。
「ワタシの名前、フルネームでは呼んで欲しくないんよ。しょっちゅう突っ込まれたけん。小六ん時は、後醍醐天皇ってあだ名も付けられたんよ。あと五大湖も」
伊子は苦笑する。
「ごめんなさい伊子お姉ちゃん。これからはフルネームでは呼ばなーい」
砥音はぺこんを頭を下げて謝ってあげた。
「あっ、砥音ちゃん、留実ちゃん、田鶴子ちゃん、窓の外見て。坊っちゃん列車だよ。松山の路面電車には、昔走ってた蒸気機関車タイプのを復元したのもあるんだよ。運賃はちょっと高いけど」
文乃がやや早口調で伝えると、
「あれこそが本当のマッチ箱みたいな汽車だね。あたし一回は乗りたぁーい!」
「わたしも、滞在期間中に一度は乗ってみたいです」
「わたくしも。思い出作りに」
三姉妹は今乗っている路面電車と反対方向へ遠ざかっていく坊っちゃん列車を、興味深そうに見送った。
他にもいろいろ会話を弾ませているうちに、終点の道後温泉駅に到着。
文乃が皆の分の運賃も払ってあげた。彼女が先頭を行き、続いて伊子、砥音、留実、田鶴子、清隆の順に路面電車から降りる。
「あーっ! 坊っちゃん列車が置いてあるぅ!」
砥音はそれを目にするや一目散に駆け寄っていく。走行時間外には、駅前の引込み線に展示されるのだ。
「あらっ、意外とすぐに再会出来たわね」
「動いてしまう前に、記念写真を撮らないとです」
田鶴子と留実もすぐ側まで近寄った。
三姉妹はスマホを肩に掛けていた鞄から取り出し、カメラ機能で撮影をする。
「スマホも同じような形なんじゃね。ワタシのスマホからもそっちへかけれるんかな?」
「申し訳ないですが、これはマジワウ星製なので地球で作られたスマホからは不可能なのです。わたし達のスマホからそちらへかけることも。メールももちろん。優れた人格者の伊子さん達には大変申し訳ないのですが、凶悪犯罪人も多いといわれる地球人と不用意に接触しないようにするための安全策なのです」
「ほうかい、そりゃ残念じゃ」
伊子はそう思いながらも、マジワウ星人の意図には同情出来た。
「そういえばあそこには、人だかりが出来ていますね」
留実は前方をじっと見つめる。
放生園にある、からくり時計の周辺だ。
「そろそろ五時になるから。五時になると面白いものが見れるよ」
文乃が説明した通り、午後五時の合図と共に、からくり時計が動き出した。
「すっごーい。中からお人形さんがいっぱい出て来たぁーっ!」
「仕掛けがいっぱいですね。癒されます」
「ずっと眺めてると、ほんわかとした気分になれそうね」
三姉妹は再びスマホで写真を撮影したり動画を撮ったり。
定時刻に、小説『坊っちゃん』の登場人物が現れるのだ。
見届けた後、みんなはこの時計すぐ側にある道後ハイカラ通りと称される、アーケード商店街を通り抜けていく。
ようやく道後温泉本館前に辿り着くと、
「これがあの道後温泉か。写真で見る以上に風情があるわね」
「格好いい建物だね」
「人力車も置かれてありますね」
三姉妹はまたもスマホで記念撮影した。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。休日は人力車のサービスもやってるんよ」
伊子はにっこり笑顔で教える。
「俺はどうしようかな?」
「清隆くんもお風呂入って来なよ、収穫作業でけっこう土埃ついたでしょ」
「そうだな。最近は道後温泉入ってないし」
「遠山先生からお金たくさん頂いたことだし、せっかくだから霊の湯三階個室コースにしよう」
文乃がいくつかあるコースのうち神の湯、霊の湯両方を楽しめる一番値段の高いコースの入湯料金を全員分支払い、いよいよ入館。
入口で脱いだ靴を下駄箱に預けて、黄色い絨毯に沿って館内を進んでいく。二階の大広間で浴衣とタオルをレンタルし、当然のように清隆は男湯、他のみんなは女湯へ。
神の湯女湯脱衣場。
「道後温泉、楽しみ♪」
サロペットと下着を脱ぎ捨てて、砥音は真っ先に浴室へ駆けて行った。
「砥音、脱いだ服はきちんと片付けましょうね。あの、文乃ちゃん、清隆ちゃんっていう子は、あなたの彼氏さんかな?」
田鶴子は床に散らばった砥音の服を籠に移しながら、唐突にこんな質問をしてくる。
「何度か訊かれたことがあるけど、清隆くんは彼氏じゃなくて、幼馴染だよ」
文乃は制服のスカートを下ろしつつ、照れ笑いしながら小声で答えた。
「やっぱり。思った通りだわ」
田鶴子はくすっと微笑む。
「でも、将来的に……十年後くらいに、私の旦那さんにしたいなって思ってる。結婚相手は昔から知ってる人の方が安心出来るし」
文乃の頬はカァーッと赤くなった。
「そっか。文乃ちゃんは計画的な子ね」
「そうやったんか。今もそう思っとるってことは、幼稚園の頃の発言は冗談やなかったんじゃね。キヨタカくん心優しいし真面目な男の子だし、アヤノちゃん彼氏風に振舞ってないと他の女の子に取られちゃうかもよ」
伊子はにやけた表情で会話に割り込んだ。
「でもそれは、恥ずかしいかな。キスはまだ出来ないよ」
文乃はますます俯く。
「焦らず少しずつ、大人な関係になっていけばいいと思うわ」
田鶴子はにこにこ微笑みながら、優しく助言する。
「メヒエ王国では狭い世界ゆえ、幼馴染同士での結婚はごく普通のことですが、日本では滅多に無いようですね。文乃さん、清隆さんとの幼馴染婚が実現出来るよう、頑張って下さいね」
留実はきらきらした眼差しでエールを送った。
「うっ、うん。あの、さっきのことは、清隆くんには絶対言っちゃダメだよ」
文乃は俯いたままお願いする。
「分かってるわ文乃ちゃん」
「もちろん言いませんよ」
「ワタシも絶対言わへんって。キヨタカくんも絶対戸惑っちゃうじゃろうけんね」
田鶴子達三人は事情を理解し、にこっと微笑む。
「ありがとう」
文乃の頬はまだ、ちょっぴり赤らんでいた。
そんな時、
「みんな早くぅーっ」
砥音が出入口引き戸を開け、叫びかけて来た。
「こらこら砥音、走ったら危ないわよ」
すっぽんぽんでスキップしながらはしゃぐ砥音を、田鶴子は優しく注意し浴室へ。
「体の仕組みも地球人と同じなんじゃね」
「留実ちゃん、お肌白くて羨ましいよ」
伊子と文乃はすっぽんぽん状態の留実の姿をじーっと眺める。
「そんなにじっくり見られると、いと恥ずかしいです」
留実は頬をぽっと赤らめ、ふくらみかけの胸を手で覆う。
「月一のアノ日も来てる?」
伊子からにやけ顔でされた質問に、
「はい、もちろんですよ。その仕組みは地球人女性と同じです。けっこう辛いですよね。特に体育の授業がある日に重なっちゃうと」
留実は照れ笑いしながら答えて、メガネを外して浴室へ。
「ルミちゃん、思春期真っ只中じゃね」
「そうみたいだね。お体のことについては深く触れないようにしてあげなくちゃ。さっきは私も悪いことしちゃったよ」
伊子と文乃も後に続く。
平日で空いているとはいえ、他のお客さんも何名かいた浴室内。
「砥音、湯加減はどうかな?」
「ちょうどいいよ、田鶴子お姉ちゃん」
砥音は田鶴子に髪の毛を洗ってもらっていた。
「仲良いねー」
「姉妹というより、親子みたいじゃ」
「田鶴子お姉さんと砥音は、いつもこんな感じですよ」
他の三人もシャワー手前の風呂椅子に腰掛ける。
留実は自分の髪の毛を洗い流した後、
「田鶴子お姉さん、お背中流すね」
田鶴子のすぐ後ろ側へ移動し、石鹸を染み込ませたタオルを田鶴子の背中に押し当てた。
「ありがとう留実」
田鶴子は気持ち良さそうな表情を浮かべる。
「あたしは留実お姉ちゃんのお背中流すぅーっ!」
砥音は留実の後ろ側へ。
「ありがとう砥音」
三姉妹、前から並ぶ。
「三人の並び、坊ちゃん団子と同じじゃ」
その様子を眺め、伊子はくすっと笑った。
「本当だー」
文乃も思わず笑みがこぼれる。
砥音はこのあと、お腹と腕と下半身は自分でゴシゴシ洗って、
「それーっ!」
シャワーで洗い流し終えると湯船の方へ駆け寄り、はしゃぎ声を上げながら湯船に足から勢いよく飛び込んだ。ザブーッンと飛沫も高く上がる。
「見てーっ。ホイヘンスの原理で波紋が円状に広がっていくよ」
そう伝えてさらに犬掻きのような泳ぎをし始めた。
「砥音、はしゃぎ過ぎですよ」
「砥音ったら、五年生にもなってそんなことして。小学校低学年の子みたいね」
「トオンちゃんの気持ちは良く分かるよ。ワタシもトオンちゃんくらいの年の頃はしょっちゅうやってたけん」
「砥音ちゃん、よっぽど嬉しいんだね」
四人は湯船の方を振り向き、微笑ましく眺める。
それから数分後、この四人はお行儀良く足から静かに湯船に浸かった。
「ちょうどいい湯加減やけん、広くて最高じゃ」
「一日の疲れが一気に吹き飛ぶよね」
「一週間振りのお風呂、とっても気持ちいいです」
伊子、文乃、留実の三人は湯船に足を伸ばして首の辺りまで浸かりゆったりくつろぐ。ほっこりした表情を浮かべた。
「わたくしには、かなり熱く感じるわ。わたくしは熱いお風呂苦手なの。いつも三五℃くらいで入ってるし」
田鶴子が下半身だけ浸かって苦笑顔で言ったその時、
「そりゃぁーっ!」
この四人の背後からバシャーッと湯飛沫。
「こら砥音、熱いじゃない」
思いっきり被せられた田鶴子はぷくっとふくれた。
「砥音、ダメですよ、そんなことしちゃ。他のお客様にも迷惑になりますからね」
留実は優しく注意して、砥音の頭を軽くペチッと叩いておく。
「はーい」
砥音はちょっぴり反省。
「ルミちゃん達が住んどる所も、湯船に浸かる習慣があるん?」
「はい、その点は日本と同じですよ。というより、日本を真似たようです。この像は、大国主命と少彦名命ですね」
留実は浴槽中央に飾られてある二体のそれを目に留める。
「おう、ルミちゃん、よく知っとるね。えらいっ!」
伊子が褒めると、
「わたし達の国で出版されている愛媛の観光ガイドブックで、松山のことを事前に予習して来ましたから」
留実はちょっぴり照れくさそうに伝えた。
「勉強熱心な子じゃね」
「留実ちゃん、いかにも賢そうな感じの子だもんね」
伊子と文乃は感心する。
「留実の暗記力の良さはわたくしも敵わないわ。あ~、火照って来ちゃった。もう出るね」
田鶴子はゆっくりとした動作で湯船から出て、脱衣場へ向かっていった。
(今何キロあるかしら?)
そしてすっぽんぽんのまんま、脱衣場の体重計にぴょこんと飛び乗ってみる。
「……えええええっ!? 一週間前より、八キロも増えてるぅ。なっ、なんでぇ!? 運動不足かな?」
目盛を眺めた途端、田鶴子は目を見開き大きな叫び声を上げた。
「田鶴子お姉ちゃん、これは重力のせいだよ。ここの方が大きいもん。あたしも五キロ増えてたよ」
砥音も駆け寄って来て、慰めの言葉をかけてあげる。
「やっぱりそうよね、よかった」
「体重気にした時の田鶴子お姉ちゃんの表情、タヌキっぽくってかわいかったよ」
「もう、ひどいよ、砥音。罰としてくすぐり攻撃しちゃおう」
「あーん、やだぁ」
すっぽんぽんの田鶴子に追われ、砥音もすっぽんぽんで逃げ惑う。
「仲いいねー」
「私、ジャックと豆の木のお話、思い出しちゃった」
伊子と文乃も脱衣場へ上がって来て、にこにこ微笑みながら眺めていた。
「皆さん、清隆さんはそろそろ上がってる頃だと思いますので、あまり待たせないようになるべく速やかに行動しましょう」
留実は体を拭きながら注意を促す。
五人は神の湯を堪能した後、霊の湯にも入り三階個室へ。
「清隆くん、やっぱり先に出てたね」
「俺は、神の湯だけ入ったよ」
「風呂上り浴衣姿のキヨタカくん、ちょっと文豪っぽいね」
「一週間分の汚れが落ちて、さっぱりしましたよ」
「お湯が熱過ぎること以外は、最高だったわ」
「清隆お兄ちゃん、約四〇分振りーっ!」
(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)
文乃を先頭に続々入って来て、先に待っていた清隆はけっこう緊張してしまう。女の子五人の体から漂ってくる、みかんの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていた。四畳半という個室の狭さからくる密着感も、清隆の緊張を高める要素になっていた。六畳の個室もあるが、ちょうど満室になっていたのだ。
室内のテーブル上に用意された、人数分の坊っちゃん団子とお茶。
「坊っちゃん団子、程よい甘さでいと美味しいです」
「この三色、本当にわたくし達の髪にそっくりね。運命を感じるわ」
「噂通りの美味い団子だね」
三姉妹は幸せそうに味わう。
「ほうじゃろ。そういえばあなた達、学校の長期休暇で来たって言っとったね。マジワウ星の学校はもう冬休みなん?」
伊子が問いかけると、
「いえ、わたし達の住む街の冬の寒さは松山よりもずっと厳しいですが、違いますよ。マジワウ星の学校では、日本が十一月三日の文化の日を迎える辺りに、文化ふれあい休暇というのが二〇日間ほどありまして。その他の長期休暇は日本と同じく夏休み、冬休み、春休みです。ただ、夏休みは四週間、冬休みは十日、春休みは一週間ほどで、祝祭日もほとんどないため、日本の学校よりも休日は若干少ないですよ」
留実は坊っちゃん団子を美味しそうに頬張りながら説明する。
「ほうなんじゃ。その点は日本の方がいいかも。マジワウ星人が初めて宇宙に出たのってどれくらい昔なん?」
「有人宇宙飛行は地球の西暦で一九六二年十月十日です。そちらにつきましては地球人に半年ほど後れを取っていますよ」
「ほうか。意外じゃ。今の状況から考えて百年以上前には実現してたんかと思ったよ」
「私も」
「ガガーリンよりも後なのか」
留実から伝えられた事実に、伊子達三人はけっこう衝撃を受けたようだ。
「マジワウ星人初の地球到達がそれから約二ヵ月後、月面到達につきましてはその翌日です。地球のアポロ11号乗組員さんよりも早いですよ。個人が自由に手軽に宇宙旅行を楽しめるようになるまでは、それからさらに一年ちょっとかかりました」
「発展が早過ぎる。地球なんてガガーリンさんが行ってから六〇年以上経っとるけど、未だ宇宙飛行士か超高額払った選ばれし人しか宇宙に行けんのよ。それにしても、マジワウ星人が地球に行き来してるってことは、宇宙船も地球のどこかにけっこう頻繁に降り立ってるってことじゃろ? 絶対見つかると思うんじゃけど」
「マジワウ星の宇宙船は、地球のステルス機を遥かに上回るレーダー回避能力を持ってるからよ。さらに対流圏に突入してからはわずか数秒で地上へ着陸してるし。超高速だから普通の人の目には見えないわよ」
田鶴子が自慢げにこう伝えると、
(俺、見えちゃったんだけど……)
清隆はなぜか罪悪感に駆られた。
「それに、わたくし達が乗って来た宇宙船も、一見宇宙船には見えなかったでしょ?」
「確かに。ワタシ、巨大なみかんのオブジェに見えたよ」
「私も宇宙船とは思えなかった」
「俺もだ」
「マジワウ星の宇宙船は果物型やお菓子型、民芸品型がほとんどよ」
「ほうなんじゃ」
「マジワウ星の中の風景も、見せてあげるね」
田鶴子は自分の持っていたデジカメに保存されている画像の数々を見せてあげた。
「日本の街並みと似たような感じじゃね。看板も日本語じゃし」
「本当だ。他の星って感じがしないよ」
「この写真の月、でかいな。そのすぐ横にある青色のでかい星は、地球だよな?」
清隆が問いかけると、
「その通り! 満地球の時に撮ったのーっ。地球から見える満月よりも大きく見えるよ。自転周期が同じだから、満地球はあたし達が住んでるおウチからは、いつも日本が真ん中くらいに見える表側しか見えないけどね。地球と比べて満月の見え方が一番違ってるよ。マジワウ星から月までの距離は、一番近い時は一二万キロ、遠い時は九〇万キロくらい離れるの。だから大きく見える時と小さく見える時とで七倍くらい違うんだ」
「最接近時は地球で人気の絵本、『パパ、お月さまとって!』のお話のように、梯子をかけたら届きそうなくらいの迫力がありますよ」
砥音と留実は生き生きとした表情で嬉しそうに伝える。
「生で見てみたいものじゃ」
「ロマンを感じるよ。松山城っぽいものあるね」
伊子と文乃はにこにこ顔で呟く。
「松山城をモチーフにして建てられた物だから、似ていて当然かも。それは、わたくし達のおウチよ」
田鶴子が説明すると、
「すごーい。とっても立派なおウチに住んでるんだね。ひょっとして、田鶴子ちゃん達はメヒエ王国のお姫様?」
文乃は羨ましがり、逆にこんな質問をする。
「近いです。わたし達姉妹は、国王の娘ですから」
留実が答えると、
「おう、高貴なお方なんじゃね」
「私達、凄い良家のお方をおもてなししてたんだね」
「俺らとは格が違うな」
三人は途端に恐縮してしまった。
「いえいえ、全くそんなことないです。マジワウ星では国民皆平等の観点から、個人の努力次第でどうにでもなる学歴以外の身分の差は無いに等しいので。国王といっても、他のメヒエ王国民と生活水準はほとんど同じですよ。地球のように職業の違いによる時給の差もありませんから。家族構成や労働時間の違い、勤続年数・年齢を得る毎に国民労働者一律に時給が上がっていくこともあり、世帯所得の差はどうしても出てしまいますが、世帯年収二千万円未満のご家庭には年度末毎に国費から不足分が補われますので、地球のしかも所得格差の少ないといわれる日本と比べても、差は遥かに少ないですよ」
留実は謙遜気味に説明する。
「ジニ係数が限りなく0に近いってことか。理想的な社会が築かれてるんだな」
「小さな星だからこそ実現出来たことだと思うけど、日本、さらには諸外国もマジワウ星の社会制度を見習わなきゃいけないね」
「ワタシもアヤノちゃんの意見に同意じゃ。マジワウ星は平和な星なんじゃね。険しそうな山はあるみたいじゃけど」
「その写真に写ってるのはマジワウ星の最高峰、標高二八九一メートルのチヅシイ山です。日本の最高峰富士山はおろか、南アルプスの山々よりも低いですね。マジワウ星は地球に比べるととても小さいので仕方の無いことですが、大自然の織り成す造形美は地球のものと比べるとかなり見劣りします。そのためかマジワウ星の人々の間近に見える地球に対する憧れは強く、辿り着きたい星の一番候補として古くから親しまれていました。百年ほど前に地球の自然環境と詳しい地形、地球人の存在が分かって来てからは、より一層強くなりましたよ」
「ほうなんじゃ。マジワウ星もけっこう面白そうに思うんじゃけどね。あっ、次の写真は撮影日が二月三〇日じゃ」
「マジワウ星って、太陰暦なのかなぁ?」
「一年の長さが違うのか?」
三人はちょっぴり驚く。
「清隆お兄ちゃんが正しいよ。マジワウ星の一年は基本的に地球の閏年の時と同じ三六六日で、二〇年に一回、二月を三〇日までとした三六七日あるんだよ。今年がちょうどその年だったんだ」
砥音が自慢げに説明した。
「地球よりほんのちょっと公転周期が長いんじゃね。次の写真に写ってる三日地球も新鮮じゃ。ところで、あなた達は松山には何泊する予定なん?」
「三泊四日の滞在予定よ」
「けっこう長い間おるつもりなんじゃね。ほな松山以外の街もいろいろ観光して来たら? 松山だけやと見る所そんなにないよ。一泊二日でじゅうぶん回れるくらいじゃ」
伊子はこう勧めてみる。
「それじゃ、そうしましょっか」
「そうですね、予定を変更して松山市外へも出てみましょう」
「あたしも賛成っ。愛媛のガイドブック見たら、松山以外にも面白そうなスポットけっこうあったもん」
三姉妹は行く気満々になったようだ。
「ホテルや旅館は、もう予約してるの?」
文乃の質問に、
「まだ予約はしてないけど、道後のホテルか旅館に泊まろうと計画してるわ」
田鶴子が答える。
「お父さんとお母さんは、わたし達に旅行資金をたくさん与えてくれましたよ。マジワウ星も四〇年ほど前から日本円と同じ通貨が使われております。マジワウ星では日本円が流通する以前は、通貨単位はベトでしたよ。ただ当時は、産業がほとんど発達していなかったため、使われる機会はあまりなかったようです。ご覧下さい、皆様が使われいるお金と同じですよ」
留実はリュックの中から財布を取り出し、札束をいくつか出した。
「これ、明らかに偽札じゃ」
伊子は呆気に取られた表情で突っ込む。一万円札の肖像が正岡子規のよく知られている横顔、五千円札が高浜虚子、千円札が河東碧梧桐だったのだ。
「飾るのにはいいけど、使ったら犯罪だな」
「これは使ったらお巡りさんに逮捕されちゃうよ」
清隆と文乃も警告する。
「偽札だったのですか! 普通に使えると思ったのですが」
「あたしが持ってるお札も河東碧梧桐さんの千円札だよ」
「わたくしのも同じ肖像よ。それじゃ、銀行で外貨両替しなきゃね」
腑に落ちない様子の三姉妹に、
「地球ではどこも使われてない紙幣だから、無理だろ」
「今日本で一般的に使われてる肖像は、一万円札が福沢諭吉さん、五千円札が新渡戸稲造さんか樋口一葉さん、千円札が『坊っちゃん』の作者の夏目漱石さんか野口英世さんだよ」
清隆と文乃がこう教えてあげた。
「そのお方が肖像の紙幣もマジワウ星でたくさん使われていますよ。他に一万円札に種田山頭火さん、五千円札に中村草田男さん、千円札に石田波郷さんも。日本の学校の国語の教科書や国語便覧でお馴染みの方々ですね。マジワウ星で日本円が流通するようになったきっかけは、ある旅行者が日本でたまたま拾ったお金を持ち帰り、模作したことだとされています。たくさん製造されていくうちに、いろんなバリエーションが出来てしまったようですね。よく考えますと、日本のお金で本物と認識されるのは日本の造幣局や印刷局で製造されたもの。つまりマジワウ星で製造されたものは、全て偽札であるともいえますね。例え日本の紙幣と同じ肖像のものでも」
留実は苦笑顔で呟く。
「ほうじゃろうね。ルミちゃん達が持ってるお金は、使ったら絶対いかんよ」
伊子は念を押して警告。
「困ったわ。乗って来た宇宙船に泊まるしかないわね。でもくつろぎにくいし、電気系統も壊れてるから不便だし。あのう、どなたか、わたくし達をしばらくの間泊めて」
「ワタシんちは狭いけん十中八九ママに断られると思うんよ。ごめんね」
田鶴子が言い切る前に、伊子は申し訳無さそうに断る。
「私んちも、大変申し訳ないんだけど、狭いからたぶん無理だなぁ。ねえ清隆くん、清隆くんち元民宿だから広いでしょう。この子達を泊めてあげて」
文乃からこう頼まれると、
「うーん、いきなり言われてもなぁ」
清隆は当然のように困惑してしまう。
「清隆さん、お願いです。わたし達をホームステイさせて下さい。一宿一飯の恩義は必ずしますので」
「清隆お兄ちゃん、お願ぁい」
「清隆ちゃん、頼むわ。ほんの三泊だけ。ねっ♪」
三姉妹からきらきらとした瞳で見つめられて頼まれると、
「一応、父さんと母さんに頼んでみるけど……」
清隆は断り切れなかった。
「サンキュー清隆ちゃん」
「ありがとう清隆お兄ちゃん、日本人、優しい」
「誠にありがとうございます。あの、清隆さん、ご家族の方々にも、わたし達は海外からの旅行者であるとお伝え下さい。マジワウ星メヒエ王国からやって来たと伝えると、不審なお顔をされると思いますので」
留実からのお願いを聞き、
「もちろんそうするつもりだったよ」
清隆は苦笑いした。
「ありがとうございます。そういえば、地球人との友好の証に、マジワウ星のお土産も持って来ていたのでした。マジワウ星の数少ない名産品、ウオイカ入りのマシュマロです。ぜひお召し上がり下さい」
留実はリュックから可愛く包装された四角い箱を取り出し、三人に一箱ずつ手渡す。
「ウオイカって、半分魚で半分がイカの、マジワウ星固有の生物?」
「魚の尻尾がイカの十本足になってるのかなぁ? 気になるぅ」
伊子と文乃は想像してみる。
「あのう、日本語でイメージされているようですが、マジワウ星で元々使われていた言語が語源になっているので伊子さんと文乃さんの想像とは全く違うものです。ウオイカは木の実ですよ。地球のいちごに近い食べ物です」
「ほうなんじゃ」
「どんな味なのかな?」
「俺も気になるな」
三人はさっそく手に取り試食してみた。
「甘くて美味しい。確かにいちごに近いね。併せてスイカみたいな味もするよ」
伊子は幸せそうに頬張る。
「とっても美味しい♪ これの木の種を地球で植えたら育つかな?」
文乃はこんな疑問も浮かんだ。
「地球ではおそらく育たないと思います。気候は北海道くらいであれば問題ないですが、重力が大き過ぎて」
留実にこう説明されると、
「そっか。残念。貴重品だから、次はもう少し味わって食べよっと」
文乃は別れ惜しそうな面持ちでこう呟いて、もう一つ手に取る。
「マジワウ星には人間以外の生き物も、やっぱ生息してるのかな?」
清隆はふと気になった。
「はい、もちろんです。マジワウ星で現在生息が確認されている動物は約二千種、植物は三百種くらいですよ。地球上の生物種数と比較すれば相当少ないですね。ちなみにマジワウ星の地球の昆虫に近い形状の生物は、八本足ですよ」
「これが現生しているマジワウ星最大で最強の野生動物、ジュイダンの写真だよ。マジワウ星の水族館で撮ったの」
砥音はそう伝えて、スマホに収められている画像を見せる。
「魚か? 頭のところ、すごい瘤だな」
「ナポレオンフィッシュとホオジロザメとアンコウとを合体させたような風貌だね。恐ろしいよ」
「顔、恐ろしい。ホラーゲームに出て来そうじゃね」
清隆達三人は興味深そうに眺める。
「体長は十メートルを超えるものもいます。こんななりですが、刺身はかなり美味ですよ」
留実がさらっと伝えると、
「ワタシは食べる気は起こらんね」
「私もー。呪われそう」
「俺も、食べようとは思わない」
伊子達三人の表情がやや引き攣る。
「あたしは大好物だけど、マジワウ星人でも嫌いな人は多いよ。他にも写真いっぱいあるから見てね」
砥音はそう言うと、リュックからアルバム冊子を一冊取り出した。
「おう! 青色の、カバ的な動物じゃ」
「カブトムシとテントウムシをミックスさせた様な虫さんもいるね。確かに八本足だ」
「なんだこれ? ハムスターっぽい生き物が甲羅? 背負って直立歩行してる。まあでも、どれも地球にいたとしてもそれほど不思議ではない形状だな」
三人はまたしても興味深そうにページを捲っていく。
「なにしろ地球と環境が似ていますから。地球と生物と比較してあまりにも奇抜な形状のものはいないですよ。むしろ地球の熱帯に生息する昆虫さんや深海魚さんの方が地球外生命体っぽく感じるかもしれませんね」
留実が微笑み顔でそう伝えたちょうどその時、
外からドーン、ドーンと太鼓の音が鳴り響き始めた。
本館屋上にある振鷺閣から毎日午前六時、正午、午後六時の計三回、人の手によって鳴らされるのだ。
「いい音色ですね。記念に残しておかなくてはです」
「ちょっとうるさいけど、和の文化だもんね」
「これも聞けるなんて、わたくし達、タイミング良い時に来たわね」
三姉妹は感慨深そうに、スマホを用いて録音した。
みんなは個室から退室すると、夏目漱石ゆかりの展示がされてある『坊っちゃんの間』、日本唯一の皇族専用浴場『双新殿』、道後の歴史を知ることが出来る二階展示室もついでに見学してから、道後温泉本館をあとにした。
「パパとママにお土産たくさん買って帰ろう。坊っちゃん団子と一六タルトは松山土産の定番中の定番だよね」
「醤油餅も美味しそうね」
「民芸品の姫だるまもいと可愛らしいです。でもわたし達、今本物のお金が無いので」
「留実ちゃん、それなら大丈夫だよ。遠山先生から頂いた分がまだけっこう余ってるから。欲しい物があったら私に言ってね」
そのあと道後ハイカラ通りで三姉妹は楽しそうに土産物を物色し、放生園の足湯も楽しんだのであった。




