第7話:聖女の慈悲と、魔導インフラの暴力
【真っ白な騎士団の帰還】
王都オーレリアの城門を潜った一行を見て、民衆は静まり返った。 アビス・ダンジョンへ「罪人」アリシアを連れ戻しに向かったはずの第四部隊――ブランドン卿率いる精鋭騎士たちが、あまりにも異様な姿で戻ってきたからだ。
彼らの鎧からは泥一つ、傷一つ消え去っていた。それどころか、肌は抜けるように白く、瞳は焦点が合わず、虚空を見つめて「……真っ白……全てが、真っ白に……」と、うわ言のように繰り返している。
「あら。まあ……。なんてかわいそうですの」
王宮のバルコニーからその惨状を見下ろす少女がいた。 この王国の希望と謳われる聖女、セラフィナである。彼女は桃色の唇に手を当て、潤んだ瞳でレオンハルト王子を振り返った。
「レオンハルト様、ご覧になって。ブランドン卿たちが、おつむの中まで『ぴかぴか』に洗われてしまいましたわ。きっと、アリシア様が怖ろしい闇の魔法を使って、彼らの心を無理やり『ごしごし』してしまったんですのね」
「……あのアリシアめ。追放されてなお、王国に仇なすというのか。これでは騎士として使い物にならんではないか!」
レオンハルトが憤怒に顔を歪める。だが、セラフィナは「ぽかぽか」と暖かい光を指先に灯し、彼の胸元にそっと触れた。
「落ち着いてくださいまし。アリシア様は心が真っ黒に汚れちゃいましたの。お似合いのゴミ箱の中で、悪いおもちゃを拾ってしまったんですのね。わたくしがその汚れを、全部溶かしてあげますの。……ええ、跡形もなく、綺麗さっぱり消してあげますわ。それが、わたくしの慈悲ですのよ?」
その微笑みは聖母のようでありながら、瞳の奥には、目障りな不純物を排除しようとする冷酷な選別者の光が宿っていた。
【ガチャの「天井」はどこにある?】
一方、アビス・ダンジョンの最深部。 アリシア・フォン・アステリアは、先程手に入れた「トリュフ塩味ポテトチップス」をサクッと齧りながら、片手でジェネシスを操作していた。
現在の楽園は、魔導気候管理システムにより、常に室温24度、湿度50%の「神の領域」に保たれている。
「……ふう。基礎インフラが整うと、次は防衛機能の脆弱さが目につきますわね。カイル、先日の害虫たちの侵入ログを分析した結果、我が楽園には『自動排除システム』が決定的に不足しているという結論に達しましたわ」
「……お嬢様。それ、ただガチャを回したいだけの理由付けになってませんか?」
カイルの指摘を、アリシアは優雅なスワイプ操作で黙らせた。 彼女の瞳には、かつての知性的な煌めきを塗り潰さんとするほどの「重課金者の熱量」が宿っている。
(……来なさい、防衛リソース! 害虫を自動でシュレッダーにかけるような、究極の「おもてなし」を見せてちょうだい!! 天井? そんな概念はわたくしの辞書にはありませんわ。出るまで回せば、確率は常に100%なのですから!!)
アリシアの指が、ジェネシスの画面に触れる。 瞬間、地下迷宮の静寂を焼き尽くすような虹色の奔流が、空間を埋め尽くした。
『――確定演出発生。特級防衛ユニット、召喚を開始します』
光の渦の中から現れたのは、球体に近い洗練されたフォルムを持つ、白銀の金属体に包まれたドロイドだった。
『SSR:全自動・魔導防衛ドロイド:クリーナー』
そのドロイドは、起動すると同時に浮遊し、アリシアの前で恭しくセンサーを明滅させた。
『……マスター。防衛対象、および掃除対象の入力を。当機は、侵入者の生命活動の停止、およびその後の「床のワックスがけ」を同時並行で実行可能です』
「あら、素晴らしいわ。機能美と衛生観念の融合……。これこそが、わたくしが支配する礎に相応しい『剣』ですわね」
アリシアは、ポテトチップスの脂が付いた指先をルルに拭かせながら、満足げに微笑んだ。その横でカイルだけが、「騎士団をシュレッダーにかけるって本気だったのかよ……」と頭を抱えていた。
【楽園への「漂流者」】
その時、拠点の外郭境界に設置されたセンサーが、微かな反応を示した。 現れたのは、ボロボロの衣服を纏い、飢えと瘴気に蝕まれた二人組だった。
「……お、おい。幻じゃねえよな。こんな地獄の底に、なんでこんな……『白い光』が……」
ドワーフの鍛冶師、ギムリと、ハーフエルフの商人、サリア。 彼らは迷宮探索中に遭難し、数日間、腐った泥水を啜りながら死を待っていた漂流者だった。 彼らが恐る恐る足を踏み入れたのは、泥一つない白銀の石畳。そして、肌を撫でる爽やかな風。
「……暖かい。それに、この空気……。アビスの呪いが、全く感じられない……」
サリアが信じられないといった様子で涙を流す。そこへ、アリシアがドロイドを引き連れて姿を現した。 漂流者たちは、その圧倒的な「格」の前に、思わず膝を突いた。
「ここに住みたい? ……いいわ。ただし、わたくしの支配する楽園の一部として、一分一秒まで機能することを誓いなさい。わたくしは無能には厳しいけれど、役割を果たす者には、神の庭よりも快適な生活を保証してあげますわ」
差し出されたのは、冷えた霊水と、揚げたてのポテトチップス。 それを一口食べた瞬間、二人の漂流者は咆哮のような嗚咽を漏らした。
「うめぇ……! なんだこれ、神様の食い物かよ……!」 「ああ……、私、もうあんな不潔な外の世界には戻りたくありません……!」
アリシアはそれを見下ろし、冷徹に、しかし慈悲深い領主として告げた。
「歓迎するわ。……ルル、彼らをクリーニングボックスへ。まずは魂の汚れを『洗浄』して差し上げなさい」
【聖女、出発する】
王都、聖教会の広場。 そこには、純白の法衣に身を包んだセラフィナが、大勢の信徒たちの前で祈りを捧げていた。
「皆さま、聞いてくださいまし。かわいそうなアリシア様が、迷宮の闇に呑まれて、魔女になってしまいましたの。わたくしが、キラキラな光で彼女を『ぽんぽん』して、救い出してあげますわ。……ええ、もし救えなかったら、優しく土に還してあげますの。それが一番の幸せですものね?」
信徒たちが「おお、聖女様!」と涙を流して喝采を送る。 セラフィナは、レオンハルト王子が用意した精鋭遠征隊を率い、意気揚々とアビス・ダンジョンへと進軍を開始した。その瞳には、アリシアの喉元を優雅に切り裂く瞬間の快楽が、隠しきれずに滲み出している。
同じ頃。 ダンジョンの最深部では、アリシアが優雅に足を組み、カイルに指示を出していた。
「カイル。もうすぐ、さらに騒がしい『害虫』がやってくるようですわ。クリーナー(ドロイド)に、しっかりとワックスをかけるよう伝えておきなさい。……汚れを迎え入れるのに、床が曇っていては失礼ですもの」
「……了解です、お嬢様。……掃除機にワックスをかけろ、か。もう、何が正気なのかわからなくなってきましたよ」
アリシアはサクッと、最後の一枚のポテトチップスを口に運び、不敵に微笑んだ。 文明の利器という名の暴力が、偽善の光を迎え撃つ準備は、既に整っていた。




