第22話:楽園の騎士団と、魅惑の炭酸
【騎士たちの「装備更新」】
白亜の壁に囲まれた、広大な訓練エリア。そこには、先日アリシアの軍門に降ったレオナードの部下たちが集まっていた。 彼らはまだ、自分たちの身に何が起きているのか完全には理解できていない。ただ一つ言えるのは、この『楽園』の居心地が良すぎて、王宮へ帰るという選択肢が脳内から消え去っていることだけだ。
「皆様、注目して下さいです。アリシア様からの伝言をお伝えすることになりましたです」
銀髪を揺らし、無機質なほどに整った顔立ちのルルが、教壇のような場所に立った。その隣には、見たこともないほど薄くて丈夫そうな、黒い服のようなものが山積みになっている。
「皆様の古い鎧は、ひどく不衛生で景観を損ねることになりましたです。なので、全員こちらの新しい装備に着替えてもらうことになりましたです」
「ルル殿、これは……服ではないか? 鎧には見えないが……」
一人の騎士が恐る恐る尋ねる。ルルは淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で答えた。
「これは、アリシア様がガチャで引いた『SR:近未来型・強化防護服』なのです。魔法の力で、皆様の体を守り、力も強くなる装備になりましたです」
騎士たちが半信半疑でその防護服に袖を通すと、訓練場にどよめきが走った。
「なっ……なんだこれは! 羽のように軽いぞ!」 「見てくれ、剣を振るう速度が以前の倍以上だ。それに、どれだけ動いても全く蒸れない。魔法の詠唱もいらないのに、体の中に力がみなぎってくるようだ!」
かつて彼らが命懸けで守っていた王宮の国宝級の鎧ですら、この『お掃除のついで』に配られた服には遠く及ばない。
「古い鎧はすべて処分することになりましたです。皆様は今日から、アリシア様の騎士としてピカピカの姿で働くことになりましたです」
ルルの言葉に、騎士たちは一斉に跪いた。もはや彼らの忠誠は、王ではなく、この奇跡を与えてくれる令嬢へと捧げられていた。
【カイルの悲鳴と、新たな「飲み物」】
一方、拠点の管理室では、カイルがいつものように頭を抱えていた。
「お嬢様……。防護服百着分の配布、無事に終わりましたよ。でも、次は一体何を企んでるんですか?」
「あら、カイル。企むだなんて人聞きの悪い。わたくしはただ、皆様の生活の質を整えたいだけですわ」
アリシアは豪華なソファに座り、手元のポテトチップスを一枚口に運んだ。そして、少しだけ不満げに喉を鳴らす。
「ポテトチップスには、喉を潤す刺激が必要ですわ。お水やお茶だけでは、この『コンソメの旨味』を最大限に楽しむことはできませんもの。……ジェネシス、わたくしの喉に革命を起こすような、刺激的な飲み物を用意しなさい」
「また回すのか! お嬢様、もう十分ですよ! 飲み物なんて、そこらの蛇口からいくらでも……」
パチッ。 カイルの制止が間に合うはずもなく、アリシアは十連ガチャのボタンを叩いた。
『――排出確定アイテム識別:SSR:太古の刺激水サーバー』
管理室の隅に、突如として銀色に輝く巨大な機械が現れた。そこからホースが伸び、シュワシュワと音を立てる真っ黒な液体が、透明なコップの中に注がれていく。
「お、おい! お嬢様、見てください! 変な機械からシュワシュワ言う黒い水が出てきましたよ! これ、本当に飲み物なんですか!? 毒じゃないですよね!?」
「騒がしいですわね、カイル。……セリア、あなたはどう見ます?」
それまで黙って石版のデータを解析していた物流管理者のセリアが、メガネの縁を押し上げて冷静に口を開いた。
「アリシア様。この飲料……『コーラ』と呼ばれるものの成分を確認しました。糖分と炭酸による刺激の組み合わせは、脳に強烈な幸福感を与えます。中毒性が極めて高いため、これを騎士たちに提供すれば、彼らの『働く気持ち』がさらに二割は向上すると予測されます」
「二割も!? セリア、お前までお嬢様の味方をするのかよ!」
「私は数値と事実を述べているだけです。……アリシア様、この飲料の供給ルートを騎士たちの食堂へも直結させますか?」
「ええ、お願いするわ。わたくしたちだけで独占するのは、不作法というものですもの」
アリシアは優雅に、シュワシュワと音を立てる黒い液体を一口飲んだ。
「……あら。この喉を弾けるような感触、悪くありませんわね。わたくしの楽園に、また一つ新しい『刺激』が加わりましたわ」
【炭酸の洗礼と、騎士の誓い】
訓練を終え、新しい防護服の性能に酔いしれていた騎士たちが、食堂へとなだれ込んだ。 彼らの前には、セリアによって手配された、冷えたコップ入りの『黒い水』が並んでいる。
「ルル殿、これは……?」
「アリシア様からの差し入れになりましたです。喉をピリピリさせる『刺激の水』なのです。一気に飲むのが正解なねです」
騎士の一人が、ルルの言葉を信じて思い切り喉に流し込んだ。
「――っ!? ごふぉっ!!」
「おい、大丈夫か! 毒か!?」
騎士はむせ返りながらも、目を見開いて叫んだ。
「ち、違う! なんだこれは! 喉を刺すような、弾けるような刺激……! それに、驚くほど甘くて爽やかだ! 体の中から、疲れが吹き飛んで力が湧いてくるようだ……っ!」
次々と騎士たちがコーラを口にし、その衝撃に震え上がる。彼らにとって、飲み物とは水か麦茶、あるいは酔うための酒しかなかった。それ以外の『娯楽』としての飲み物は、あまりにも魅惑的すぎた。
「これだ……俺たちが求めていたのは、これだったんだ!」 「ポテトチップスとの相性が抜群すぎる……。王都の騎士団長ですら、こんな贅沢はしていないぞ!」
ルルは彼らが狂喜乱舞する様子を眺めながら、淡々と付け加えた。
「飲みすぎると、お腹がパンパンになって苦しくなることになりましたです。注意なのです。……でも、アリシア様は皆様が喜ぶ顔が見たいと言っていましたです」
騎士たちは、再び感動に打ち震えた。 清潔な服、魔法のようなベッド、美味しいご飯、そしてこの『刺激的な飲み物』。
「……決めたぞ。俺は、何があってもこの『楽園』を守り抜く。アリシア様に弓引く奴がいるなら、地の果てまで追い詰めて細切れにしてやる!」
炭酸の洗礼を受けた騎士たちの誓いは、以前よりもずっと強固で、そして少しだけ中毒気味なものへと変わっていた。
【王宮の闇、そして「魔族」への禁忌】
アビスの底が幸福な炭酸の泡に包まれている頃。 王都オーレリアの王宮地下では、聖女セラフィナが一人、闇の中で震えていた。
「なんで……なんでよぉ……っ! 私のシナリオが、跡形もなく消えていく……!」
彼女の視界に浮かぶメニュー画面は、もはや正常な文字を映していない。騎士たちの好感度はゼロを通り越し、アリシアを『主』と認識するデータに書き換えられている。
「もういい……。もう、普通のやり方じゃアリシアに勝てない……。だったら、禁じ手を使ってやるんですのよ……っ!」
セラフィナは、メニュー画面の隅にある、通常はロックされているはずの『隠しコマンド』を、血が出るほど強く叩いた。
『――システム干渉:シナリオ外ユニットの召喚を開始します』 『――警告:【魔族】の進軍フラグが立ちました。ゲームの崩壊を許容しますか?』
「許容しますわ! 全部、全部めちゃくちゃにして、あのバグ令嬢ごと消してやるんですの!」
セラフィナが「はい」のボタンを選択した瞬間。 王宮を、そしてアビスの地上を、不気味で重苦しい黒い霧が覆い始めた。 本来の乙女ゲーム『エターナル・ラヴ&スターライト』には存在しない、血と破壊の軍勢。
本格的な戦争の足音が、静かに、しかし確実に『楽園』へと近づいていた。




