第21話:看板娘のルルと、癒やしの「もふもふ」
【楽園のガイド・ルル】
真っ白な壁、夜でも昼間のように明るい街灯、そして、どこからか漂ってくる清潔な香り。 つい先ほどまで泥と埃にまみれてアビスを彷徨っていたレオナードの部下――百名の精鋭騎士たちは、自分たちの目の前に広がる景色が信じられず、呆然と立ち尽くしていた。
「皆様、こちらが今日から皆様が過ごす居住エリアになりましたです!」
そこへ、さらさらとした銀髪をなびかせた一人の少女が飛び出してきた。 アリシアの片腕にして、今やこの楽園の「看板娘」兼「筆頭メイド」としての地位を確立したルルである。
「お、おい、この子は……? 動きに全く無駄がないぞ。それに、あの綺麗な銀髪……只者ではないな」 「新入りの騎士さんたち、注目なのです。ここではアリシア様の決めたルールを守ってもらいますです。まずはお部屋の使い方を説明しましたです。」
ルルは流れるような動作で、近くの建物の扉を開けた。 中に入った騎士たちは、再び驚愕に目を見開く。
「見てくださいです。この銀色のレバーを捻るだけで、綺麗な水がいくらでも出るようになりましたです。お湯が欲しければ隣を捻るだけ。魔法も詠唱もいりませんです。」 「なっ、なんだと!? 水を出す魔法具は高価なはずだぞ。それが全室に完備されているのか……?」
「それだけじゃないのです。壁のスイッチをパチッとするだけで、夜でもお部屋はピカピカになりますです。アリシア様がガチャで引いてくださった『最高の照明』なのです。」
パチッ、パチッ、とルルが実演するたびに、騎士団から「おおおっ!」という歓声が上がる。 彼らにとって、これまでの遠征生活は泥にまみれ、暗闇に怯える過酷なものだった。それがどうだ。この「楽園」には、不自由という言葉が存在しない。
「ルルちゃん、と言ったか。君は……この街の案内人なのか?」 「筆頭メイドのルルなのです。困ったことがあったら、なんでもルルに聞くのが正解になりましたです。さあ、次はふかふかなベッドと、お楽しみのご飯に行きますです。」
ルルが誇らしげに胸を張る姿を見て、騎士たちは顔を見合わせた。 自分たちの隊長であるレオナードを打ち負かし、さらにこれほどの文明を築き上げたアリシア。そして、その下でテキパキと世話を焼く有能で銀髪が眩しい看板娘。 彼らの心の中の「魔女」という偏見は、この時点で既に跡形もなく消え去っていた。
【カイルの胃痛とアリシアの退屈】
一方、拠点の最深部にある豪華な応接室。 そこでは、幸せそうなアリシアとは対照的に、カイルが眉間にシワを寄せていた。そこへ、書類の束……ならぬ、光る石版を抱えた女性が足早に入ってくる。
「アリシア様、少々お時間をよろしいでしょうか」
声をかけたのは、楽園の物流管理を一手に引き受けるセリアだ。彼女はカイルよりもずっと事務作業に長けており、冷静な表情でデータを提示する。
「あら、セリア。どうかなさいましたの?」
「はい。現在、百名の騎士たちが新たに加わった影響で、物資の消費速度が予測を大幅に上回っております。特に……『ポテトチップス・コンソメ味』の在庫が、この半日で三割減少しました。このままのペースでは、三日以内に底をつきます」
セリアの正確すぎる報告に、横で聞いていたカイルが飛び上がった。
「さん、三割!? おいセリア、マジかよ! あの野郎ども、そんなに食ってんのか!?」
「ええ。皆様、お風呂上がりのポテトチップスという『文化』に、完全に依存し始めていますから」
カイルは頭を抱え、アリシアを見た。
「お嬢様! 聞きましたか!? 在庫危機ですよ! このままだと、楽園からお菓子が消えて暴動が起きますよ!」
だが、アリシアは優雅にカップを傾けるだけだった。
「あら、カイル。そんな小さなことで騒ぐなんて不作法ですわ。在庫がなければ引けばいい……ただ、それだけのことでしょう?」
「だから、お嬢様の『引けばいい』の規模がデカすぎるから心配してるんですよ! セリアも何とか言ってやってくれよ!」
「私は、不足分を補充していただけるなら問題ありません。……ただ、倉庫の拡張も同時にお願いしたいところですね」
セリアの冷静な追加要望に、カイルは白目を剥いた。 アリシアはカイルの抗議を右から左へ受け流し、窓の外を見つめた。
「……それにしても、少しばかり寂しいですわね。せっかくお庭を広げたのに、どこか殺風景だわ」
「え、何がですか? 十分賑やかじゃないっすか。あっちじゃ騎士たちが訓練と称して追いかけっこしてますし」
「足りませんわ、カイル。わたくしの心を癒やす、気高くて……そう、もっと『もふもふ』した愛らしい家族が。……今のわたくしには、究極の癒やしが必要なんですの」
「ペット!? お嬢様、それ、絶対普通の犬とか猫じゃ済まないやつですよね!」
アリシアの瞳が、ワクワクとした輝きを帯びる。 彼女は既に、使い古された(しかし超高性能な)ジェネシスの画面を起動させていた。
「ふふ、ジェネシス。わたくしの楽園に相応しい、至高の『もふもふ』を揃える準備をしなさい。わたくし、今猛烈に、柔らかい毛並みに顔を埋めたい気分なんですの」
「やめろぉぉぉ! お嬢様の『もふもふ』は、大抵の場合、人類の敵レベルの何かだぁぁぁ!」
【騎士たちの忠誠心と「福利厚生」】
その頃、新設されたばかりの巨大な食堂。 レオナードと騎士たちは、見たこともないほど白くてツヤツヤした「ご飯」を前に、言葉を失っていた。
「……隊長。俺、もう王都には帰りたくないです」 「バカ者が。……俺もだ」
レオナードも、真面目な顔で二杯目をおかわりしていた。 かつて王宮で感じていた、あの冷たくて重苦しい空気。常に誰かの顔色を伺い、不自然な言葉に踊らされていた日々が、嘘のように思える。
「お掃除が終わった新入りさんには、特別にデザートがありましたのです。」
ルルがキンキンに冷えた器を持って現れた。 その中には、真っ白なクリームが乗ったガチャ産の『絶品バニラアイス』が入っていた。
「……なんだ、この冷たくて甘い魔法のような食べ物は……っ!」 「口の中で一瞬で溶けたぞっ!」
ルルがニコニコとアイスを配ると、騎士たちはもはや戦闘の時以上に真剣な表情でアイスに向き合っていた。
「ルルちゃん……。君のような小さな子がこんなに頑張っているのに、俺たちは何を疑っていたんだ」 「アリシア様の下で、このルルちゃんを、そしてこの素晴らしい『楽園』を守るためなら、俺は命だって惜しくないぞ!」
アイスの冷たさと、一生懸命なルルの可愛さが、騎士たちの心に最後の一押しを施した。 彼らにとってアリシアは「魔女」ではなく、自分たちに最高の食と住を与えてくれる「真の女神」へと昇格していたのである。
【聖女の焦りと、不気味な召喚】
一方、その頃。王都オーレリアの王宮。
「キーーーーーーーッ!! どいつもこいつも、消えちゃえですのぉぉ!」
セラフィナは、かつてないほどに荒れていた。 彼女の視界にあるゲーム画面は、真っ赤なエラーログで埋め尽くされている。
『――エラー:攻略対象の90%が離脱しました』 『――予測:聖女シナリオの継続成功率 0.003%』
「もういいですわ! シナリオ通りにいかないなら、全部壊して作り直せばいいんですの! 王国の騎士が役に立たないなら、このゲームの外側から呼び寄せてやるんですのよ!」
セラフィナは、禁忌とされる漆黒のメニュー画面を開いた。 そこには、本来の乙女ゲーム『エターナル・ラヴ&スターライト』の脚本には存在しないはずの、異界の魔物を召喚するコマンドが隠されていた。
「アリシア、貴方のせいで私の世界はめちゃくちゃよ。……だったら、貴方の自慢の『楽園』ごと、この世界のバグとして消去させてあげますわ!」
聖女の歪んだ叫びと共に、王宮の地下から禍々しい闇の柱が立ち昇った。
しかし、アビスの底では――。
「あら、カイル。今の十連で、とっても大きな猫ちゃん達が来ましたわよ。ふふ、とっても『もふもふ』していて可愛らしいですわね」
「……お嬢様、それ、ねこちゃじゃないですよね。……セリア、悪いけど緊急で毛繕い用の『もふもふ用ブラシ』の在庫確認してくれ。俺はもう寝る……」
「了解しました。直ちに発注リストに加えます」
迫りくる世界の破滅すら、「もふもふ」の魅力には勝てない。 アリシアの楽園は、今日も今日とて、平和(?)に拡張され続けていた。




