第20話:お掃除の後は、快適な「楽園」へようこそ!
【アリシア様の「さらなる投資」】
レオナードとの死闘(?)が終わり、静寂を取り戻したはずのアビスの底。 だが、アリシアは応接室のソファに座り、不満げに眉をひそめていた。
「……狭いですわ」
その一言に、紅茶を淹れていたカイルの手がビクリと跳ねた。
「お、お嬢様? 今なんて言いました? ここ、もとは洞窟ですよ? 今のままでも十分すぎるくらい豪華じゃないですか」
「いいえ、カイル。レオナード先生をお迎えしたのですもの。今のままでは少し、お部屋が手狭だわ。それに、先生に従っていた騎士の方々も、きっとご挨拶に来るでしょう? その時、お通しする場所がここだけなんて、アステリアの令嬢として恥ずかしくてよ」
「……嫌な予感がする。ものすごく嫌な予感がするぞ……っ!」
カイルの予感は的中した。アリシアは既に、愛用の黒い石版――ジェネシスを指で滑らせていたのだ。
「あら、そんなに震えなくてもよろしいのに。さあ、ジェネシス。先生とその部下の方々が、心ゆくまで寛げるような、最高に『ピカピカな街』を引き当てなさい」
「また回す気かよ! お嬢様、俺の心臓は一つしかないんですよ!?」
カイルの絶叫を無視して、アリシアが十連ガチャのボタンを「ポチッ」と軽やかに押した。
その瞬間、アビスの底が激しく震えた。 ゴゴゴゴ……という地響きと共に、剥き出しだった岩肌が、一瞬にして眩いばかりの『白亜の壁』へと書き換えられていく。暗闇を支配していた静寂は、等間隔に配置された『明るい街路灯』によって追い払われた。
『――排出確定アイテム識別:SSR:近未来型都市ユニット・楽園仕様』
「あら、いい色が出ましたわね。見てごらんなさい、カイル。あの殺風景だった通路が、今や銀の装飾が施された美しい大通りになりましたわ。……ああ、あちらには噴水まであるようですわね」
「……もう何が起きても驚かねぇぞ。俺は、俺は考えるのをやめるんだ……」
カイルは白目を剥いて、白亜の壁に頭を預けた。 たった一回の十連ガチャで、死の迷宮が「神話に語られる理想郷」へと変貌してしまったのである。
【英雄の部下たち、アビスに散る(?)】
その頃。楽園の入り口付近では、レオナードの帰りが遅いことに焦れた精鋭騎士団たちが、殺気立って侵入を試みていた。
「レオナード様を奪還するぞ! あの魔女め、我が国の英雄をたぶらかすとは!」 「隊長を救い出すのだ! 者共、続け――ッ!」
十数名の騎士たちが剣を抜き、怒号と共に門を突破しようとした、その時。 白亜の壁の向こうから、一人の男が静かに姿を現した。
身の丈を超える巨大な神剣を背負い、虹色の輝きを放つ鎧を纏った男。
「……お前たち。騒がしいぞ」
「た、隊長!? レオナード様、ご無事でしたか!」
騎士たちが歓喜に沸く。だが、レオナードの黄金の瞳には、かつてないほど厳しい色が宿っていた。
「隊長、今すぐここから逃げましょう! あの魔女を俺たちが食い止め――」
「黙れ。不作法な。アリシア様が整えられたこの地を、その汚れた足で踏み躙るつもりか?」
「え……? 汚れ……?」
騎士たちが呆然とする中、レオナードは天井のセンサーに目配せをした。
「まずはその汚れた体を清めてからだ。……ジェネシス、お掃除を始めろ」
直後。 天井のノズルから、これまでのものとは比較にならないほどの『最高の威力を持った水』が噴射された。
「ぎゃああああああああああっ!?」 「め、目が! 目が、汚れと一緒に洗われていくぅぅぅ!」
容赦ない高圧洗浄の嵐。騎士たちは、まるで洗濯機の中に放り込まれた猫のようにのた打ち回る。 数分後。そこには、体中の脂汚れや誇り、さらには「邪念」までもが洗い流され、髪の毛一本一本までピカピカに磨き上げられた、純白の騎士たちが転がっていた。
【ポテチと温泉の「洗礼」】
「……ここは、天国ですか……?」
「洗浄」を終え、魂まで真っ白になった騎士たちが案内されたのは、拡張されたばかりの地下都市だった。
そこには、アビスの底とは思えないほどの『夜でも太陽のように明るい街』が広がっていた。さらには、石造りの立派な建物からは、心地よい湿り気を含んだ湯気が立ち上っている。
「先生。あちらは最高の寝心地のベッドを備えた宿泊施設と、『疲れを吹き飛ばす魔法のお湯(温泉)』ですわ。部下の方々と一緒に、まずは汚れを落としていらっしゃいな」
アリシアが優雅に指差す先には、超未来の技術を結集した大浴場があった。 騎士たちは、呆然としながらも、誘われるように湯船へと浸かる。
「……なんだ、このお湯は。肩の凝りが、瞬時に消えていく……」 「王宮の風呂よりも、数倍は気持ちがいいぞ……」
風呂から上がり、清潔なガウンに身を包んだ騎士たちの前に、アリシアはカイルが持ってきた「あるもの」を差し出した。
「お風呂上がりには、こちらがよろしいわ。カイル、皆様に『コンソメ味のポテトチップス』を配りなさい」
「了解です、お嬢様。はい、お前ら。これ食って、自分がどれだけ酷い場所にいたか思い知れよ」
騎士の一人が、恐る恐る黄金色のチップスを口にする。
「……ッ!? な、なんだ、このパンチの効いた旨味は!? 舌の上が、情報の嵐で埋め尽くされていく……! う、うまい! うますぎるぞぉぉぉっ!」
パリッ、ポリポリ、という小気味よい音が響く。 一人、また一人と、騎士たちがチップスを頬張りながら涙を流し始めた。
「魔女……? 誰がそんなデマを流したんだ……。こんなに美味しいものを振る舞ってくださるアリシア様こそ、この世の真なる女神ではないか!」 「俺たちが守っていた王宮には、こんな幸せ(ポテチ)はなかった……っ!」
わずか数分の食事で、騎士たちの忠誠心は、王宮から完全にアリシアへと「上書き」された。 彼らにとって、この『楽園』はもはや、命を懸けて守るべき唯一の場所となっていた。
【聖女の焦り】
一方、その頃。王都オーレリアの王宮では。
「キーーーーーーーッ!! なんで!? なんでよぉぉぉっ!!」
セラフィナが豪華な鏡の前で、発狂したように叫んでいた。 彼女の視界に浮かぶシステム画面には、異常事態が通知されていた。
『――警告。精鋭騎士団の好感度が消失しました』 『――ステータス異常。対象の認識が【女神:アリシア】へ変更されました』
「騎士団まで寝返るなんて、そんなの『エターナル・ラヴ&スターライト』のシナリオにはないですの! あのバグ令嬢、一体何をしたのよ! 早く私の言うことを聞きなさいよ、この無能共ぉぉぉ!」
彼女がどれだけシステムを叩いても、一度消えた好感度は戻らない。 王宮の空気は、彼女の焦燥感に呼応するように、さらに淀んで歪んでいく。
アビスの底では、アリシアがジェネシスの画面をのんびりと眺めていた。
「……あら。住民が随分と増えましたわね。カイル、皆様が風邪を召さないように、次の十連ガチャは『大量のふわふわな布団』が必要かしら?」
「お嬢様、頼むから、もうちょっとだけ俺の心臓を休ませてくれ……っ!」
アリシアの指が、再び運命のボタンへと伸ばされた。 「楽園」の拡張は、まだ始まったばかりであった。




