第18話:神剣の審判と、英雄の真実
【太古神話の残照】
かつて、この世界が定められるよりも遥か以前。 太古の神々は、世界の理そのものを終わらせ、新たな次元を切り拓くために一振りの牙を鍛え上げた。それが、至高の神剣――ラグナロクである。
その刀身には、星の核から抽出された極彩色の熱量が封じ込められており、振るうたびに因果の糸を焼き切るとされている。世界の最果てにて、伝説の神竜が数万年の間守り続けていたとされるその剣が、今、アリシアの細い指に握られていた。
アリシアは、初めてこの剣をガチャから引き当てた際、漆黒の石版『ジェネシス』が発した警告を思い出していた。
『――警告。この剣を抜くことは、定められた運命を断ち切ることを意味します。用意された終局を拒み、自らの意思で世界を編み直す覚悟はありますか?』
アリシアは、薄く微笑んでその問いを飲み込んだ。 聖女を自称するあの娘が「シナリオ」と呼ぶ、不快で予定調和な未来。そんなものを押し付けられるくらいなら、神の牙をもって、わたくしの手で世界を買い叩いて差し上げるまでですわ。
「……先生。貴方は、わたくしがどこまで本気か、その身で確かめに来たのでしょう?」
アリシアの独白は、静寂に包まれた応接室に、凛とした響きを持って溶けていった。
【至高の『おもてなし』準備】
アリシアは、眼前に立つレオナードを見据えた。 彼が纏う闘気は、もはや人間の域を越えている。一振りの剣のみでこの地の防衛機構を粉砕し、理をねじ伏せてきた最強の武。それに対し、遠距離からの魔法で対処するのは、師から剣を授かった者としての不作法。
「カイル、ルル。下がっていなさい。……ここからは、わたくしの個人的なワガママの時間ですわ」
アリシアはジェネシスを優雅にスワイプし、自身の内側に眠る魔導の蓄えをすべて解放した。
「――ブレイブ」
瞬間、アリシアの全身を黄金の闘気が包み込み、細い腕に宿る力が数倍へと跳ね上がった。
「――プロテス。――ヘイスト。……そして、リジェネ」
不可視の物理障壁が全身を幾重にも囲み、アリシアの周囲だけ時間の流れが歪む。彼女の輪郭は加速によって残像を描き、傍らの魔導書からは生命の雫が溢れ、絶え間なくその肉体を癒やし続ける。
虹色に輝くラグナロクを正眼に構え、超新星のごときオーラを纏ったアリシア。 その姿は、もはや追放された令嬢などではなく、この世のすべてを差配する戦女神のそれであった。
「さあ、いらっしゃい。王国最強の英雄殿。わたくしの持てるすべてをもって、貴方を歓迎いたしますわ」
【師弟対決、限界突破】
地を蹴る音すらなかった。 レオナードの漆黒の大剣と、アリシアの虹色の神剣が正面から衝突した瞬間、アビスの底に凄まじい衝撃波が巻き起こった。
キィィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような金属音が響き、衝撃だけで応接室の壁が爆ぜ、大気が一瞬にして真空へと変わる。 カイルは、飛んできた破片からルルを庇いながら、その光景に戦慄した。
「……信じられねぇ。お嬢様が……あのレオナードと、真っ正面から打ち合ってやがる……っ!」
レオナードの剣筋は、無駄を削ぎ落とした純粋な「技」の極致。対するアリシアは、ヘイストによる神速と、ラグナロクが放つ圧倒的な物理法則の書き換えをもって、師の猛攻を真っ向から受け流し、弾き返す。
打ち合うたびに、空間が虹色の残光に焼かれていく。 アリシアは、激しい剣戟の中でレオナードの瞳を見た。そこには、聖女の言葉に毒された濁りがあった。だが、彼女の放つ神剣の輝きが――真実の光が、その濁りを一撃ごとに削り取っていく。
「先生! 貴方の瞳に見えているわたくしは、どこの誰ですの!?」
アリシアの鋭い踏み込み。ラグナロクが放つ虹色の衝撃が、レオナードの周囲に漂っていた桃色の霧――セラフィナの『魅了』の残滓を、ガラス細工のように粉々に砕き散らした。
「……っ!? ああ、そうだ……。俺は、何を……」
戦いの熱量と、アリシアの誇り高き剣筋。それがレオナードの精神を縛っていた呪縛を解き放つ。 レオナードは初めて、目の前に立つ少女の正体を見定めた。 魔女などではない。彼女は、己の足で地を踏みしめ、誰よりも高く、美しく、この絶望の地を「楽園」へと変えた一人の支配者だ。
「……見事だ、アリシア様! だが、俺もまだ、膝を突くわけにはいかんのだッ!」
レオナードが吠えた。呪縛から解き放たれ、本来の力を取り戻した英雄の全力。 漆黒の大剣が、空気を断ち切り、アリシアの首筋へと迫る。 アリシアの唇が、美しく弧を描いた。
「ええ、そうでなくては。……先生のすべてを、わたくしが買い叩いて差し上げますわ!」
【決着と英雄の膝】
光と闇が交錯し、一筋の虹色の閃光がすべてを終わらせた。
アリシアが放った、因果を断ち切る究極の一撃。 ラグナロクの刀身がレオナードの漆黒の大剣を真っ向から捉え、その絶対的な質量の差をもって、英雄の武器を遥か後方へと弾き飛ばした。
重々しい音を立てて大剣が床に突き刺さる。 レオナードの視界には、自分を貫くことなく、その喉元でピタリと止まった、虹色に輝く神剣の先があった。
静寂。 アビスを揺らしていた狂騒が嘘のように消え、空気清浄機の清涼な音だけが室内に戻る。
「……。わたくしの勝ちですわね、先生」
アリシアは、息一つ乱さず、神剣をゆっくりと引いた。 レオナードは、数秒の間、自分の手を見つめていたが、やがて憑き物が落ちたような清々しい表情を浮かべると、静かにその場に膝を突いた。
「……。見事だ、アリシア様。貴女は……俺の教えを遥か彼方まで追い越していかれたのだな。この地に漂う空気、貴女の剣に宿る誇り……。すべては、俺が信じるべきだった真実だ」
王国最強の英雄が、一人の少女の前に頭を垂れる。 それは、古い王国の終焉と、新たなる「楽園」の秩序が、完全に確立された瞬間であった。
アリシアは神剣を光の粒子へと変えて消すと、傍らのテーブルに用意されていた、まだ温かな紅茶に手を伸ばした。
「先生。立ちなさい。……冷める前に、わたくしの楽園の味を、ゆっくりと楽しんでいただく必要がありますわ。……貴方のこれからの身の振り方についても、たっぷりと、買い叩かせていただかなくてはなりませんしね」
アリシアの不敵な笑みが、静寂を取り戻した楽園に、美しく咲き誇った。




