第14話:白き魔導師の帰還と、王宮の震撼
【真っ白に洗浄された軍勢】
王国オーレリアの城門を潜ったその光景に、居合わせた民衆も、門番の兵士たちも、息を呑んで硬直した。
かつてこれほどまでに「美しく」、そして「無惨な」軍勢の帰還があっただろうか。 王国最強を誇る第一魔導師団。彼らは血の一滴すら流しておらず、怪我一つ負っていない。それどころか、その法衣は新品のように輝き、肌は赤ん坊のように瑞々しく磨き上げられていた。
だが、その先頭を歩く師団長ゼノスの姿は、見るに堪えないものだった。 大陸最高の秘宝とされる魔導杖は無惨に折られ、その瞳からは一切の生気が失われている。彼はガタガタと膝を震わせ、虚空を見つめて、壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返していた。
「……サンダガ。あれは、神の……いえ、悪魔の雷ですわ……。分別、分別しなければ……。わたくしたちは、可燃ゴミ……。いいえ、不燃ゴミだったのかしら……」
彼らと共に戻ったのは、もはや軍隊ではなかった。 アリシア・フォン・アステリアという名の圧倒的な力によって、プライドも、魔力も、そして「人間としての尊厳」までもを根こそぎ洗浄され、真っ白に塗り潰された抜け殻の群れであった。
「師団長! しっかりしてください! 一体、アビスで何があったのですか!」
駆け寄った近衛兵の声も、ゼノスの耳には届かない。 彼はただ、自分たちを「ゴミ」として処理した銀髪の令嬢の、冷徹で優雅な微笑みを思い出し、その場に崩れ落ちて失禁した。
【レオンハルト王子の狼狽】
王宮、謁見の間。 報告を受けたレオンハルト王子は、愛用の宝剣を床に叩きつけ、絶叫した。
「馬鹿な! 馬鹿なと言っているのだ! 我が国の誇る魔導師団が、たった一人の女に、手も足も出ずに敗走しただと!?」
彼の脳裏にあるアリシアは、常に自分の一歩後ろに控え、熱烈な、しかし鬱陶しいほどの愛情を向けてくる「都合の良い女」だった。 婚約を破棄し、アビスへ追放すれば、泣き叫んで命乞いをするはずだった。自分がいなければ何もできない、無力な人形。それが彼のアリシアに対する認識であった。
だが、届けられる報告は、その認識を根底から粉砕するものばかりだ。 騎士団は水で押し流され、魔導師団は神話の雷で蒸発させられた。 アステリアの令嬢は今や、得体の知れない「超越者」として迷宮の底に君臨している。
「あの女……。私を、私を馬鹿にしているのか!? 追放されてなお、このような小細工で王国の威信を傷つけるとは!」
レオンハルトの全身を、正体不明の恐怖が這い回る。 かつて自分に向けられていたあの「愛」が、もし「殺意」に変わっていたとしたら。 彼は無意識に自分の首をさすり、冷や汗を流した。
【セラフィナの上書き】
重苦しい沈黙が支配する謁見の間に、場違いなほどに軽やかな、鈴を転がすような声が響いた。
「レオンハルト様。あまりそんなに怒っては、お顔が怖くなってしまいますわ」
聖女セラフィナが、桃色の髪を揺らしながら進み出た。彼女が歩くたびに、周囲にはキラキラとした金色の粉塵――「魅了」の魔力が撒き散らされる。
「セラフィナ……。だが、報告を聞いただろう。アリシアはもはや……」
「ええ、聞きましたわ。かわいそうなアリシア様。きっと、寂しくて寂しくて、迷宮の底に潜んでいた悪い悪魔と契約してしまったんですのね。あの不潔な力は、アリシア様の心の汚れそのものですわ」
セラフィナはレオンハルトの手にそっと自分の手を重ねた。 粘りつくような、甘い魔力が王子の脳内を侵食していく。恐怖は心地よい高揚感へと上書きされ、彼の瞳から理性が失われていく。
「アリシア様は、悪魔に唆されて王国の皆さまを苦しめているんですの。わたくしが、もっともっと『キラキラ』な光で救ってあげなきゃダメですのね。……わたくしがこの国を、そしてレオンハルト様をお守りしますわ。ふふっ」
周囲の家臣たちも、セラフィナの放つ「偽りの慈愛」に呑まれ、一様に頬を赤らめて陶酔し始めた。 混乱する王宮は、聖女という名の毒婦によって、強引に「自分たちの都合の良い物語」へと引き戻されていく。
だが、その微笑みの裏側で、セラフィナの心は煮えくり返っていた。




