第13話:至高の魔導と、ゴミ捨ての流儀
【静寂を切り裂く銀髪の再臨】
轟音。それはアビスの静寂を暴力的に引き裂き、死の雷光となってカイルの視界を白く染め上げた。 数十名の魔導師がその命を削るようにして編み上げた合体魔法、サンダラ。咆哮を上げる雷の龍が、カイルの鼻先まで迫ったその時――。
「――まったく。騒がしいにも程がありますわ」
鼓膜を震わせる爆音を置き去りにするほどの速度で、白く細い指先がカイルの襟首を掴んだ。 直後、カイルの体は、まるで紙屑のように無造作に後方へと引きずられる。
「お、お嬢様……っ!?」
腰を抜かしたカイルの視界に映ったのは、紫銀色の髪を優雅に揺らし、片手で耳を塞ぎながら平然と立ちふさがるアリシア・フォン・アステリアの背中だった。 彼女のもう片方の手には、最初のガチャで手にした漆黒の装丁を纏う古書――『SSR:至高の魔導書』が、静かにその頁を捲らせている。
直撃したはずのサンダラの雷光が、アリシアの周囲数インチの場所で、見えない壁に弾かれたように霧散していく。 万物を焦がすはずの電が、まるで彼女を避けるように歪み、消え失せる。そのあまりに理不尽なまでの防護性能に、カイルは絶句した。
「眩しいですわね。カイル、貴方がわたくしの門の前を塞いで、防衛の仕掛け(センサー)を邪魔したせいで、このような『騒音』を招き入れることになりましたのよ。……後で、じっくりと反省の色を確認させていただきますわ」
「ひっ……! あ、いや、すんません……!」
迫りくる死よりも、主人の冷ややかな一瞥の方が恐ろしい。 アリシアはカイルの無様な謝罪を鼻で笑うと、視線を前方の軍勢へと向けた。その瞳は、もはや人間を見ているのではなく、掃き溜めに溜まった不衛生な何かを眺めるような、透徹した冷たさに満ちていた。
【無詠唱「ガ系」の暴力】
光の残滓が消えた通路の先に、百名を超える魔導師たちが立ち尽くしていた。 彼らが最強と信じた合体魔法を、微塵の揺らぎもなく無効化した少女。その異常事態に、師団長ゼノスの顔が戦慄に歪む。
「ば、馬鹿な……。合体サンダラを、無傷で!? 貴様、一体どのような魔法具を……!」
「……お返しですわ。わたくしの楽園の静寂を乱した、不作法なお客様方」
アリシアは詠唱を行わない。複雑な魔法陣の構築も、精霊への祈りも、そこには存在しなかった。 彼女がただ、魔導書の一頁を指で軽く叩いた――その瞬間。
「――サンダガ」
閃光。 王国側が放ったサンダラを、おままごとの火遊びに思わせるほどの、圧倒的な「神の雷」が天から降り注いだ。アビスの岩天井を突き抜け、極太の雷柱が魔導師団の陣形のど真ん中で炸裂する。
「ぎ、ぎゃああああああああっ!!」
一撃。たった一撃で、先鋒の魔導師たちが炭化して転がる。 だが、アリシアの「清掃」は止まらない。彼女は呼吸を整えることすらなく、パラパラと頁を捲り続ける。
「――ブリザガ」
爆ぜる雷光の次に訪れたのは、絶対零度の静寂だった。 通路の空気が一瞬で凍りつき、逃げ惑う魔導師たちの足元から氷の刃がせり上がる。先ほどまで雷の熱に焼かれていた空間は、一転して極寒の監獄へと塗り替えられた。
「寒い、動けな……! 腕が、腕が凍りついて――っ!」
「次は、解凍(お掃除)が必要かしら。――ファイガ」
無情な一言と共に、極寒の通路に「太陽の破片」が投げ込まれた。 膨れ上がる紅蓮の炎。氷を瞬時に蒸発させ、逃げ場のない通路を溶鉱炉へと変える。雷、氷、炎。交互に訪れる破壊の連撃に、王国最強と謳われた魔導師団は、もはや軍隊の体すら保っていなかった。
彼らが誇った「総力」など、アリシアにとっては、ただスイッチを切り替えるだけの単純な「家事」に過ぎなかったのだ。
【師団長ゼノスの精神崩壊】
炎の渦が収まり、蒸気と煤に塗れた通路に残ったのは、辛うじて意識がある数名と、腰を抜かして這いつくばるゼノスだけであった。
「サンダガ……ブリザガ……ファイガ……。あり得ない……。それは、失われた神話の領域……詠唱すらなく、なぜ小娘一人が……ッ!!」
ゼノスは、震える手で杖を握り直そうとしたが、指先が言うことを聞かない。 目の前に立つ少女は、ドレスの裾一つ汚しておらず、息も乱れていない。彼女にとってこの惨状は、ただ「掃除機」の出力を上げた程度の結果に過ぎないのだ。その圧倒的な現実が、老練な魔導師の精神を粉々に粉砕した。
アリシアは、ゆっくりと、しかし確実にゼノスへと歩み寄った。 石畳を叩くヒールの乾いた音が、静まり返った通路に響く。それは、敗北者にとっての死刑宣告の足音に他ならなかった。
「わたくしの楽園の空気を汚した罪は、重いですわ。……これ以上、不潔なものを視界に入れたくありませんの」
アリシアは傍らに浮かぶ漆黒の石版へと視線を送った。
「ジェネシス。あとは任せますわね。不燃ゴミと可燃ゴミを適切に分別して、外へ掃き出しなさい。……ああ、この不衛生な方たちが持っていた杖も、忘れずに破棄すること」
『了解。マスター。ゴミの分別、および強制排出シーケンスを開始します。……対象、不燃物(鎧)および可燃物(杖)として処理を確定』
ジェネシスの冷淡な機械音が響くと同時に、背後のドロイドたちが一斉に動き出した。 ゼノスは絶叫を上げようとしたが、ドロイドの強力なアームによって襟首を掴まれ、そのまま床を引きずられていく。王国最強の魔導師たちは、文字通り「ゴミ」として、迷宮の出口へと向けて放り出されていった。
【日常への回帰とポテチの音】
嵐が去った後の楽園。 アリシアは、泣きながら逃げ帰る軍勢の背中を見送ることすらしなかった。 彼女にとって、彼らの去就など、出したゴミがゴミ収集車に回収された後の行方を気にするような、無意味な興味に過ぎないからだ。
拠点の重厚なソファに、アリシアは再び優雅に腰を下ろした。
「お、お嬢様……。流石すぎます……。俺、一生ついていきます……」
震えるカイルが跪き、目を輝かせたルルが彼女の足元に擦り寄る。 ルルの金のオッドアイが、一瞬だけ鋭く明滅した。彼女の深層、生体観測ユニットとしての本能が、アリシアをただの魔導師ではなく、世界のリソースを直接書き換える『上位存在』として再定義していた。その計算結果に、ルルの心酔はより深い、神聖なものへと昇華される。
アリシアは、ルルの頭を軽く撫でると、テーブルの上に置かれた一袋のポテトチップスに手を伸ばした。
「――サクッ」
乾いた音が、静まり返った楽園に心地よく響く。 つい数分前に王国軍を壊滅させたことなど、既に彼女の脳内からは消え去っていた。
「……あら。少し、お塩が足りないかしら。カイル、ルル。昨日までの備えでは、わたくしの舌を満足させるには不十分なようですわね」
アリシアは、手元のジェネシスをスワイプした。 その瞳に宿るのは、戦いの高揚ではなく、新たなる「未知の味」を求める、重課金者の飽くなき渇望だった。
「ジェネシス。次は、最高級の調味料が手に入るガチャの検討を始めなさい。……わたくしの楽園には、常に最高のものだけが相応しいのですから」
王国最強の軍勢を退けた直後の感想が「ポテチの塩分濃度」であるという、圧倒的な余裕。 アリシアの指が、再び運命のボタンへと伸ばされた。




