第12話:迫りくる雷鳴と、騎士の旋律
【王国の誇りと魔力】
アビス・ダンジョンの深淵に、かつてない規模の光が灯っていた。 それは松明の炎ではない。王国が誇る第一魔導師団、百名を越える魔導師たちがその手に握る、魔導杖の輝きである。
「歩みを止めるな。瘴気など、我ら法術の徒にとっては路傍の塵も同義。光を絶やすな、清浄なる魔力で闇を塗り潰せ!」
師団長ゼノスの厳格な声が、岩壁に反響する。 彼の合図と共に、数十人の魔導師が同時に「サンダー」を放った。パチパチと弾ける雷光が周囲の影を焼き払い、潜んでいた魔物たちを一瞬で灰へと変える。行く手を阻む凍てつく冷気には、迷いなく「ファイア」が叩き込まれ、霧を蒸発させていく。
これこそが、王国の「総力」であった。 個人の武勇に頼る騎士団とは異なり、彼らは組織的な魔力運用を行う。疲労が蓄積すれば、後衛の魔導師が「ケアル」を詠唱し、癒やしの光で瞬時に隊列を立て直す。アビスという死の迷宮ですら、彼らにとっては攻略すべき盤面の一つに過ぎなかった。
「フン、アステリアの令嬢め。追放されてなお、何やら得体の知れぬ道具を弄して、わが王国の騎士を愚弄したそうだが……。そのような小細工、我ら王国魔導士団の前には無力であると教えてやろう」
ゼノスは整えられた髭を撫で、冷笑を浮かべた。 彼らが目指すのは、迷宮の最深部に突如として現れたという異質な領域――「楽園」。 そこには、王宮の宝物庫すら凌駕する財宝と、文明の利器が溢れているという。
「あやつの持ち物はすべて、王国の資産として回収する。……抵抗するならば、迷宮の土に還すまでだ」
王国の誇りと、底知れぬ強欲。それを「正義」という名の魔力に変えて、魔導師団は着実にアリシアの領土へと近づいていた。
【偵察機の撃墜】
楽園の入り口から数百メートルの地点。 岩天井の影に潜み、静かにその様子を観察している「影」があった。 アリシアがガチャで手に入れた、小型の偵察機である。その小さなレンズは、魔導師団の陣形、魔力の残量、そしてその慢心に至るまで、すべてを楽園内部のモニターへと送信し続けていた。
「報告。前方に浮遊する未知の魔導反応を確認。……生命体ではありません。人工物、あるいは使い魔の類かと」
偵察兵の報告に、ゼノスが鋭く目を光らせた。
「掃き溜めの羽虫か。目障りだ、叩き落とせ」
師団長の命令が下るや否や、三人の魔導師が杖を掲げた。
「――ファイア!」
三条の火炎が放たれ、空中で一つの巨大な火球へと膨れ上がる。 偵察機は回避行動を取ろうとしたが、広範囲を焼き尽くす魔力の奔流からは逃れられなかった。激しい爆発音が響き、黒煙を上げて墜落する機械の残骸。
同じ瞬間。 楽園の応接室で優雅に紅茶を嗜んでいたアリシアの前で、壁面のモニターが砂嵐へと変わった。
「……あら。わたくしの『目』が一つ、潰されてしまいましたわね」
アリシアは静かにカップを置くと、微かに不快そうに目を細めた。その所作一つに、隠しきれない威厳と、招かれざる客に対する冷ややかな拒絶が滲み出る。
「せっかく、お客様の到着を特等席で眺めて差し上げようと思いましたのに。あの方たちは、わたくしの配慮を無下にするのが本当にお得意のようですわ。……カイル、あの方たちがわたくしの庭を汚しに来ましたわよ」
「わかってますよ、お嬢様。……まったく、懲りない連中だ」
カイルは傍らに置かれた剣を手に取った。その表情には、これまでの軽薄さは消え、主を守る騎士としての決意が宿っていた。
【カイルの男気と大失態】
「お嬢様はここで、ゆっくりとお茶の続きを楽しんでいてください。……あんな奴ら、お嬢様の手を煩わせるまでもありゃしません。俺が、この門の前で追い返してきますから!」
カイルはそう言い残すと、颯爽と楽園の入り口へと走り出した。 アリシアの制止を聞く間もなく、彼は重厚な自動ドアを抜け、迷宮の通路へと立ちはだかる。
「お嬢様には、指一本触れさせねぇ! ここは俺が食い止める!」
カイルは、かつてないほどに「騎士」として完璧な構えを取った。背後には、これまで数多の侵入者を排除してきた最強の自動防衛システムが控えているはずだ。自分が時間を稼げば、ドロイドたちが背後から敵を殲滅してくれる。そう信じて、彼は震える剣を握りしめた。
だが、カイルは致命的なミスを犯していた。 彼が「かっこつけて」立ちはだかったその場所は、防衛ドロイドの射線、およびセンサーが敵を捕捉するための最重要領域のど真ん中だったのである。
室内でジェネシスの石版を見つめていたアリシアが、思わず眉間に手を当てた。
『――警告。射線上に障害物を確認。識別:味方。誤射防止のため、安全装置が作動します。……防衛システム、および全ドロイド、一時停止』
「……カイル。貴方という方は、どうしてこうも、肝心なところで間の抜けたことをなさるのかしら」
アリシアの呟きは、通路に立つカイルには届かない。 カイルは、背後の静寂を「お嬢様が俺の覚悟を汲んで、あえてシステムを止めて見守ってくれている」と、恐ろしい勘違いをしていた。
「さあ、来いよ魔導師ども! この剣を通り抜けたければ、俺の死体を越えていきやがれ!」
目の前から、百人の魔導師団が姿を現す。 ゼノスはその先頭で、一人で立ちふさがるカイルを、憐れみの目で見下ろした。
【合体魔法の脅威と絶望の引き】
「……愚かなり、アステリアの残党。たった一振りの剣で、我が魔導の軍勢を止められるとでも思っているのか?」
ゼノスが杖を高く掲げる。
「全員、陣形を展開せよ! 鼠一匹、塵も残さず消し飛ばせ! 詠唱開始!」
百人の魔導師が、円陣を組むようにして一箇所に魔力を集中させ始めた。その中心で渦巻くのは、単一の魔法では決して到達し得ない、暴力的なまでの魔力密度。 空間が歪み、アビスの岩壁が、溢れ出す雷の火花によってパチパチと悲鳴を上げ始める。
「「「――響け、天の怒り。万物を焦がす、電の旋律!!」」」
魔導師たちの声が重なる。それは、王国が誇る合体魔法――「サンダラ」の詠唱であった。
「……ッ!? なんだ、この魔力は……!」
カイルの頬を、凄まじい熱風がなでる。 この規模の魔法を放たれれば、いかに鍛え上げた体であっても、防具ごと消滅することは明白だった。
(……おかしい。なんで、援護が来ないんだ!? クリーナー様!? ドロイドたちは!? お嬢様、冗談抜きで死にますってこれ!!)
カイルが必死に背後を振り返るが、防衛システムは沈黙を保ったままだ。当然である、彼の体が射線を塞いでいるせいで、安全装置が解除されないのだから。
「――いけ! サンダラッ!!」
ゼノスの咆哮と共に、洞窟全体を揺らすほどの巨大な雷の龍が、カイルに向けて放たれた。 紫電の光が通路を白く染め上げ、カイルの瞳が、迫りくる絶望の色に染まっていく。
「お、お嬢様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
カイルの絶叫が、雷鳴の轟音にかき消された。 直撃まで、あとコンマ数秒。 圧倒的な魔力の奔流が、すべてを呑み込もうとしていた。




