第八話:試練の続きと、桜色の通知
実技試験で防護壁を吹き飛ばすという規格外の結果を残した私は、周囲のどよめきを背に、次の試験会場へと向かった。実技だけで合格が決まるほど、王立魔導学園は甘くない。次は、平民にとって最大の難関と言われる「筆記試験」だ。この国の識字率は決して低くないが、魔導学園の試験に出るような古代語や複雑な魔法理論は、貴族が幼い頃から家庭教師に習うものであり、独学の平民には圧倒的に不利なのだ。
試験会場の教室に入ると、貴族の受験生たちは余裕の表情で談笑していた。「さっきの平民、実技は凄かったけど、筆記で落ちるだろうな」「教養がないものね」そんな囁きが聞こえてくる。私は唇を引き結び、指定された席に着いた。確かに、私は貴族のような英才教育は受けていない。けれど、私には二年間、父の魔導書をボロボロになるまで読み込んだ努力と、前世の記憶がある。
試験開始の合図と共に、私は羊皮紙に向かった。問題は予想通り難解だった。「火属性魔法の第三構成式における魔力ロスの原因を述べよ」。普通なら丸暗記するだけの理論だが、私は前世の物理学の知識と照らし合わせ、エネルギー保存の法則に近い感覚で、魔力の流れを論理的に記述していった。父の魔導書に書かれていた「効率化」の理論も応用し、誰よりも速く、そして正確にペンを走らせた。書き終えて顔を上げると、周りの貴族たちがまだ頭を抱えているのが見えた。私は小さく息を吐いた。これなら、いける。
最後は「面接」だった。重厚な扉を開け、私は三人の試験官の前に立った。彼らは私の質素な服と、書類に書かれた「平民」という文字を見て、厳しい視線を向けてきた。「ルナと言ったね。実技は驚くべき威力だった。だが、魔力があるだけの者は、時に国にとって脅威となる。なぜ、この学園を志望した?」中央に座る厳格そうな試験官が問うた。
私は背筋を伸ばし、真っ直ぐに試験官を見つめた。ここで「アレスに会いたいからです」なんて言えば即不合格だ。私は、心の中にあるアレスへの敬愛を、公的な言葉に変換して伝えた。「私は、レオナルド殿下が掲げる実力主義の改革に感銘を受けました。身分に関わらず、力ある者が正しく国を支えるべきだという理念。私は自分の魔力を制御し、磨き上げ、殿下が目指すこの国の未来に貢献できる人材になりたいのです」嘘ではない。彼のために強くなり、彼の役に立ちたいという思いは本物だ。私の揺るぎない瞳と言葉に、試験官たちの空気が少しだけ緩んだように見えた。「…よろしい。下がっていい」
全ての試験を終え、私は実家に戻った。それからの数日間は、生きた心地がしなかった。もし落ちていたら、アレスの隣に行く資格がないと言われたも同然だ。食事も喉を通らない私を、両親は「結果がどうあれ、ルナが頑張ったのは変わらないよ」と励ましてくれた。
そして一週間後、王都の紋章が入った一通の封筒が届いた。私は震える手で封を切り、中身を取り出した。そこには、桜色の紙に、流麗な文字でこう記されていた。『貴殿の入学を許可する』。
「やった…!受かった、受かったよ!」私が紙を抱きしめて叫ぶと、父と母が駆け寄ってきた。「本当か!すごいぞルナ!」「おめでとう!自慢の娘だよ!」三人は手を取り合い、飛び跳ねて喜んだ。涙が溢れて止まらなかった。これはただの合格通知ではない。アレスへの道が開かれた、招待状なのだ。
その夜、私は窓から夜空を見上げ、遠い王都の方角に思いを馳せた。合格通知の隅には、特待生クラスへの配属も記されていた。茨の道かもしれない。でも、私は確かに切符を手に入れた。「待っていて、アレス。私、やっとスタートラインに立てたよ」私の胸には、未来への希望と、推しへの愛が溢れていた。




