第六十七話:王妃の茶会と、無双の知恵
翌日、王宮の庭園では、ルナが主催する親善の茶会が開かれていた。色とりどりの花々に囲まれた優雅な席だったが、そこには目に見えない火花が散っていた。
「まあ、このお菓子。随分と素朴な味ですこと。平民の街では、これが最高級の贅沢なのかしら?」
カミラ王女は、ルナが考案した新作の「マドレーヌ」をフォークの先で突きながら、あざけるような笑みを浮かべた。彼女は昨日の屈辱を晴らすべく、ルナの「育ち」を攻撃することで、彼女をアレスに相応しくない女だと周囲に知らしめようとしていたのだ。
集まった貴族令嬢たちは息を呑む。だが、ルナは全く動じなかった。それどころか、キラキラとした瞳でカミラを見つめ、屈託のない笑顔を向けた。
「お口に合わなかったでしょうか? でも、王女殿下。このお菓子の真価は『味』ではなく『効率』にあるのですよ」
「……効率? お菓子に何を言っているの?」
カミラが怪訝そうに眉を寄せると、ルナは転生者としての知識をフル回転させて解説を始めた。
「この生地には、保存性を高めるために私が独自に開発した『無属性魔導による乾燥抑制技術』が組み込まれています。これにより、軍の遠征や災害時の備蓄食料として、数ヶ月間も品質を落とさずに運搬できるのです。王女殿下、あなたの国のような軍事大国こそ、兵士の士気を維持するために、こうした『美味しくて腐らない糧食』が必要なのではないでしょうか?」
「なっ……」
カミラは絶句した。単なる甘味だと思っていたものが、一国の軍事バランスを左右しかねない「戦略物資」としての側面を持っていたことに気づかされたからだ。
ルナの追撃は止まらない。彼女は自ら紅茶を淹れ、カミラの前に差し出した。
「この紅茶の淹れ方も、平民の知恵を応用しています。茶葉の温度管理に魔導回路を組み込むことで、誰が淹れても最高級の成分を抽出できるようにシステム化しました。これにより、専門の給仕を雇う余裕のない貧しい地方の家庭でも、豊かな休息を得ることができます。王女殿下、『伝統』を守ることも大切ですが、伝統を『技術』で民主化することこそ、次世代を担う王族の務めだと思いませんか?」
ルナの放つ言葉は、明るく、それでいて圧倒的な論理に満ちていた。カミラが仕掛けた「教養」の勝負は、ルナの「未来の知恵」の前に粉々に砕け散った。
「そ、そんな……。小賢しい知恵を並べて……!」
カミラが立ち上がり、声を荒らげようとしたその時。
「――素晴らしい講釈だった、ルナ」
背後の樹木の影から、アレスが姿を現した。彼は最初からずっと、茂みに隠れてルナに何かあれば即座にカミラを排除できるよう「隠密」していたのだ。緩和されたとはいえ、そのヤンデレな守護本能は健在である。
アレスはルナの隣に歩み寄り、彼女の肩を抱き寄せると、カミラをゴミを見るような冷淡な目で見下ろした。
「聞いたか、王女。僕の妻は、君が誇る『家柄』という名の過去ではなく、『技術』という名の未来を見ている。君の狭い常識で彼女を測ろうとするのは、太陽を指先で隠そうとするほど滑稽だ。これ以上、僕のルナに恥をかかされたくなければ、その口を閉じていることだな」
「アレス殿下……!」
カミラは顔を真っ赤にして震えたが、アレスの瞳に宿る、自分へ向けられた氷のような殺意に本能的な恐怖を感じ、そのまま逃げるように庭園を後にした。
「あーあ、怒らせちゃったかしら。でもアレス、見ていたの?」
ルナが困ったように笑うと、アレスは彼女の額に優しく唇を落とした。
「ああ、見ていたよ。……君が知的で、勇敢で、誰よりも輝いている姿をね。正直、途中で飛び出して、君を貶めたあの女の口を魔力で封じてやりたかったが、君があまりにも鮮やかに跳ね返すから、見入ってしまった」
アレスはルナを抱きしめる腕に力を込めた。
「……でも、次は僕に任せてくれ。君が戦う必要なんてない。君を傷つける言葉を吐く者は、たとえ他国の王女だろうと、僕がその存在ごと消し去ってあげるから」
「それはダメよ、外交問題になるわ」
ルナはアレスの過保護な胸の中でクスリと笑った。 どんな嫌がらせも、ルナの知恵とアレスの重すぎる愛があれば、二人を絆を深めるためのスパイスでしかなかった。だが、その様子を遠くから見つめていたゼノス皇太子だけは、不気味な笑みを浮かべていた。
「……なるほど。あの王妃の知恵……我が国が喉から手が出るほど欲しい『財産』だ。王子から奪い去る価値は十分にあるな」




