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顔面S級冷酷無双ヤンデレ王子と転生令嬢  作者: はるさんた


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第五十九話:私室の和解と、王子の矜持

王宮の奥深く、アレスの私室は静謐な空気に包まれていた。窓からは柔らかな午後の陽光が差し込み、磨き上げられた調度品を美しく照らしている。


ルナはアレスの隣に座り、少し緊張した面持ちで扉を見つめていた。今日は、凍結地帯から生還したクリス・ド・イシュタールが、正式な挨拶に訪れる日だ。アレスは朝から少し落ち着かない様子で、何度も自分の襟元を直したり、ルナの手を握り確かめたりしていた。


「アレス、大丈夫よ。落ち着いて」


ルナが優しく声をかけると、アレスはフッと自嘲気味に微笑んだ。


「わかっている。ただ、一国の王子としてではなく、一人の男として、彼に言わなければならないことがあるだけだ」


その時、扉が静かにノックされ、侍従の声が響いた。クリス・ド・イシュタールの入室が告げられる。


現れたクリスは、まだ少し顔色が白いものの、その足取りは確かだった。仕立ての良い公爵家の礼服に身を包んだ彼は、かつての廃領地で見せた衰弱した姿とは別人のような、気品あふれる貴公子の風貌を取り戻していた。


「殿下、ならびにルナ様。この度は、命を救っていただいたのみならず、身に余る治療を賜り、心より感謝申し上げます」


クリスは完璧な礼法で深く頭を下げた。その態度はどこまでも謙虚であり、自分を窮地に追い込んだアレスに対する恨みがましさは微塵も感じられない。


アレスはゆっくりと立ち上がり、クリスの前に歩み寄った。かつてのような冷酷な威圧感はないが、王族としての圧倒的な美貌と存在感は健在だ。アレスは一度ルナを振り返り、彼女の励ますような瞳を確認してから、クリスに向き直った。


「公爵令息。まず、君が研究者として、そして一人の貴族として、この国に不可欠な存在であることを認めよう。君が持ち帰った無属性魔導の知見は、王国の魔力均衡を保つための大きな鍵となる。これは王子としての公式な評価だ」


アレスの声は凛としていた。しかし、彼はそこで一度言葉を切り、周囲に控えていた数少ない侍従たちに下がって休むよう命じた。部屋にアレス、ルナ、クリスの三人だけが残される。


沈黙が流れる中、アレスはわずかに視線を落とし、それから決然とクリスの目を見つめた。


「……ここからは私情だ。クリス・ド・イシュタール、君に対して行った数々の過酷な処遇、そして命の危険に晒したこと、一人の男として謝罪する。すまなかった」


アレスが頭を下げた。一国の第一王子が、一介の貴族に対して私的に謝罪するなど、通常ではあり得ないことだ。ルナは驚き、そしてアレスの成長に胸を熱くした。彼は、自分の弱さと過ちを認められるほどに、ルナを愛し、自分を変えようとしていた。


クリスもまた、驚きに目を見開いた。まさかあの傲慢で苛烈な王子が、自分に謝罪するとは思ってもみなかったのだろう。


「殿下、頭をお上げください。私は……私はただ、研究に没頭するあまり、周囲への配慮を欠いていたに過ぎません。凍結地帯での経験も、魔導の真理に触れるための試練であったと考えております」


クリスの言葉は、彼なりの武士道ならぬ魔導士としての誇りだった。彼はアレスを許したのだ。


アレスはゆっくりと顔を上げると、少しだけ表情を和らげた。


「君の寛大さに救われる。……だが、勘違いしないでくれ。僕は今でも君が嫌いだ。ルナが君を語る時のあの尊敬の眼差し、君を守ろうとしたあの必死な姿。それを思い出すだけで、今でも胸の奥が焼け付くように嫉妬する」


アレスの言葉に、クリスは苦笑いを浮かべた。ヤンデレ王子としての本質は、やはりそう簡単には変わらないらしい。


「それは光栄です、殿下。しかし、ご安心ください。ルナ様が心から想い、その隣に立つことを選んだのは、紛れもなくあなた様です。凍結地帯で彼女が叫んだ言葉、忘れたわけではありませんから」


クリスのその言葉に、アレスは少し照れたように視線を逸らした。ルナは二人のやり取りを見守りながら、ようやく本当の意味で事件が終わったのだと実感した。


アレスは再びルナの隣に座り、彼女の手をしっかりと握った。


「クリス。君の知識はこれからも国のために使ってもらう。だが、ルナとの共同研究は……最低限にしてもらうぞ。僕の目の届く範囲でな」


「承知いたしました、殿下。その独占欲も、王国の安定のためと理解しておきましょう」


クリスは茶目っ気のある笑みを浮かべ、再び深く一礼した。


部屋を去るクリスの背中を見送りながら、ルナはアレスの肩にそっと頭を乗せた。アレスはその温もりを受け入れ、彼女の髪に優しく口づけを落とした。


「アレス、かっこよかったわよ」


「……君に嫌われたくない、それだけだよ」


顔面S級の王子は、少しだけ頬を染め、最愛の女性をより強く抱きしめた。狂気から愛へ、支配から信頼へ。二人の歩む道は、今、ようやく穏やかな光に包まれ始めた。



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