第五十三話:破られた結界と、命懸けの告白
アレスは剣を抜き放ち、ルナが全魔力を込めて構築した無属性の結界に向けて、強力な属性魔力を集中させた。冷気を切り裂くアレスの魔力は、結界を支える円環構造を瞬時に崩壊させようとする。
ルナは、疲弊しきった体で立ち上がった。彼女は結界を背に、アレスの前に立ち塞がった。
「やめて、アレス!やめてください!」ルナは震える声で叫んだ。「この結界を壊さないで!クリス様を殺さないで!」
アレスの瞳は、ルナの懇願によってさらに深く冷え込んだ。彼はルナの抵抗を、クリスへの愛情の証明だと誤解し、嫉妬の炎を燃え上がらせた。
「君は、僕から逃げ、僕を裏切り、その全ての才能をこの男のために使った。僕が、君の心に残るこの男の痕跡を、永遠に消し去ることは当然の報復だ」
ルナは最後の力を振り絞り、切羽詰まった声で叫んだ。
「待って、アレス!聞いて!私は、あなたに愛を証明するためにここに来たの!クリス様を助けるのは、彼が、私が尊敬するただ一人の研究者だから!私は、あなたのことが好きだから、あなたに信じてほしかったのよ!」
ルナの告白は、凍てつく空気に吸い込まれていった。しかし、アレスの狂気は、その告白を「嘘」として処理した。
「嘘だ。僕から逃げた君の言葉など、信じられない。君が本当に僕を愛しているなら、僕の支配を全て受け入れるはずだ。その男を排除し、君の心から彼を忘れ去ることが、僕の愛の形だ」
アレスの剣から、冷気を切り裂く閃光が放たれた。属性魔法の攻撃は、ルナが築いた壁を一瞬で粉砕し、結界へと直進した。
キィィィン!
結界はアレスの攻撃に耐えきれず、激しい音を立てて砕け散った。冷気が一気に結界内に流れ込み、クリスの体を再び襲う。
その瞬間、砕け散った結界の魔力波動と、ルナの切羽詰まった声が、クリスの意識を揺さぶった。クリスは、冷気の中で薄く目を開け、アレスとルナの姿を認識した。
アレスは容赦なく、再び剣を振り上げた。今度は、結界を失ったクリスの命脈を断つためだった。
「さよならだ、公爵令息。君の存在は、僕たちの愛には不要だ」
しかし、剣が振り下ろされる直前、ルナは最後の力を振り絞り、クリスのそばに散らばっていた、彼が研究に用いていた古い魔導書を掴んだ。
ルナは、魔導書をアレスとクリスの間に投げつけ、残った僅かな魔力を魔導書に叩き込んだ。
魔導書が地面に落ちた瞬間、ルナの魔力と、そこに記されていた高度な応用術式が共鳴し、強烈な無属性の光と局所的な魔力衝撃波が生じた。アレスの剣は、クリスを切り裂く代わりに、この突発的な光の衝撃に阻まれた。
ドォン!
アレスは、予想外の至近距離での魔力衝撃波により体勢を崩し、一時的に視界を奪われた。ルナは、クリスの体を抱えながら、その場で意識を失った。
アレスが視界を取り戻したとき、ルナとクリスは、結界が崩壊した場所で倒れ伏していた。アレスは、ルナが自分を裏切り、その命を賭してまでクリスを守った事実に、激しい怒りと深い絶望を覚えた。
彼は剣を鞘に収め、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「逃げられはしない、ルナ。君は僕の腕の中に戻った。今度こそ、僕の愛の檻から永遠に出られない」
アレスは、精鋭部隊を呼び寄せ、ルナとクリスの両方を王宮へ連れ帰るよう命じた。彼にとって、ルナの隣にいたクリスは、ルナの心の闇を象徴する証拠品として必要だった。




