第四十六話:悲劇的な愛の残骸と、推しへの絶望
ルナは、アレスの私室での監禁生活を、完璧な愛の演劇として消化し始めた。彼女の魔力制御は常に安定しており、ブレスレットが警告を発することはなくなった。彼女は、アレスの望む通りの視点で世界を分析し、彼の王権を讃える言葉を常に口にした。
しかし、その完璧な演技の裏で、ルナの心は深く深く傷ついていた。
(この人は、私の全てを奪い、私を信用せず、私の大切な友人を凍結地帯に追いやった。理性で考えれば、彼を憎み、拒絶するべきだ)
ルナは毎日、自身に問いかけた。しかし、アレスが部屋へ戻ってくる度、ルナの心の奥底から湧き上がる感情は、純粋な「憎しみ」ではなかった。
アレスがルナの頭を撫で、満足そうに微笑む。その顔は、彼女がゲーム画面越しに夢中になった、高貴で冷酷な美貌を持つ推しそのものだった。ルナは、彼が自分だけに目を向けているという事実に、今もなお、抗いがたい歓びを感じてしまうのだった。
(ああ、なんて愚かなのだろう。私は、彼に裏切られ、支配され、自由を奪われた。それでも、私は彼を愛している。この息苦しい独占こそが、彼の愛の形だと、悲しいほどに理解してしまう)
ルナの愛は、もはや正常なものではなく、彼女の根底にある「推し」への強い執着と、アレスというキャラクターの絶対的な魅力によって、歪んだ形で残り続けていた。彼女は、この状況を憎むと同時に、この状況を作り出したアレスを愛しているという、二重の地獄に苦しんでいた。
昼下がり、アレスがルナの魔導の才能を褒め称えた。
「君の魔力制御は、以前よりもさらに磨きがかかった。あの異端の男の知識など、取るに足らないものだったな。君は、僕の愛によって、最高の天才となった」
ルナは微笑んだ。その笑顔は、ブレスレットが感知できないほど、巧妙に作り上げられたものだった。
「はい、アレス。あなたの隣にいることこそが、私の魔力の源です」
ルナは、彼に感謝の言葉を述べながら、内心で激しい痛みを覚えた。
(違う。この才能は、クリス様との研究で得た知識と、あなたが与えたこの支配から逃れるために、私が必死に磨いたものだ。あなたの愛は、私を閉じ込める枷でしかないのに、私はなぜ、こんなにもあなたを求めてしまうの)
アレスはルナの完璧な従順さに心底満足していた。彼は、ルナの微細な感情の揺らぎがブレスレットに感知されないことをもって、ルナが「真の愛」を受け入れ、完全に自分のものになったと確信していた。
「君が僕の王妃となる日は近い。君は、僕の孤独を埋め、僕の王権を共に握る、唯一の存在だ」
アレスはルナに抱きつき、その耳元で熱い愛の言葉を囁いた。その言葉は、ルナにとって最大の報酬であり、同時に、最大の苦痛だった。
ルナは、自分の愛が報われることは、この絶対的な支配下では決してないことを悟った。アレスはルナの才能と存在を愛しているが、ルナの真の心と自由を愛してはいなかった。
(私は、彼に愛されるために、この偽りの人生を演じ続けるしかない。でも、クリス様を救い出す。それが、私に残された、愛と良心のための、最後の抵抗だ)
ルナは、アレスの腕の中で、自分の心を極限まで奥深く沈めた。そこには、アレスへの悲劇的な愛の残骸と、いつかこの檻を破るという、静かで強い決意だけが残されていた。




