第四十二話:支配の取引と、懇願の涙
ルナの手首に冷たいブレスレットが嵌められた瞬間、彼女の心は絶望に沈んだ。しかし、絶望の淵で、ルナの頭脳は再び冷静な思考を再開した。彼女はクリスを助けなければならない。彼を巻き込んだのは自分だ。
ルナは、アレスの独占欲を刺激するのではなく、彼の支配を「受け入れる」という姿勢を見せることで、交渉の糸口を探ることにした。
ルナは静かにアレスを見つめた。彼女の目は、恐怖ではなく、決意に満ちていた。
「わかりました、アレス」ルナは静かな声で言った。「私はあなたの指示に従います。この部屋から一歩も出ません。あなたの望む王妃教育を完璧に受け、あなたの最高の研究者となります。あなたの愛と支配を、私の全てに受け入れます」
アレスは驚きに目を見開いた。彼はルナが激しく抵抗することを予想していた。
「ルナ…君は、僕の愛を理解し始めたのか」アレスの声に、わずかな安堵と陶酔が混じった。
「ええ。あなたが私を完全に所有したいという望みは理解できました。抵抗しても無駄なことも。ですが、一つだけ、私からお願いがあります」
ルナは跪き、アレスの膝の前に頭を垂れた。彼女の最後の切り札だった。
「クリス・ド・イシュタール様を助けてください。彼を辺境に追放する処分を撤回してください」ルナの声は、懇願の涙で震えていた。「彼があなたに隠れて研究を始めたのは、私が誘ったからです。彼には何の罪もありません。彼は、純粋に魔導を探求しただけの、素晴らしい研究者です」
アレスの顔から、一瞬にして陶酔の色が消え去った。彼の瞳は再び凍り付き、ルナを支配下に置こうとする冷酷な王子の顔に戻った。
「その男の名前を出すなと言ったはずだ、ルナ。そして、君が僕の支配を受け入れるのと、あの男の処遇は、全く別の問題だ」アレスは冷たく言い放った。
ルナは顔を上げず、畳みかけるように訴えた。
「違います。彼は王家の魔導を盗もうとしたのではありません。彼が探求したのは、属性を持たない『無属性魔導』です。それは、王家の魔導とは別の体系です。もし、あなたが王国の発展を本当に望むのなら、彼の知識を追放すべきではありません」
ルナは、クリスの知識が王国の役に立つという事実を提示することで、アレスの合理的な判断に訴えかけようとした。しかし、アレスの関心は、常にルナ自身にしか向けられていなかった。
アレスは立ち上がり、ルナの前に立ちはだかった。
「君は、最後まで僕を裏切る。僕の独占欲の前で、まだ他の男のために命乞いをするのか」アレスの声には、底知れない怒りと失望が滲んでいた。「君は僕の支配を受け入れると言いながら、その心はまだ、あの男の知識と存在に囚われている」
アレスはルナの肩を掴み、強制的に立たせた。
「いいか、ルナ。僕の『お仕置き』は、君の心からあの男の痕跡を完全に消し去るまで続く。君が僕のために流す涙以外、僕は君のいかなる感情も許さない」
アレスはルナの頬に、支配の意図を込めたキスをした。
「君が彼の助命を懇願するたびに、僕は彼を辺境のさらに奥深くへと送る。君は、僕に彼の命を委ねた。君が彼を助けたいなら、彼のために黙って、僕の王妃となることに集中しろ」
アレスの言葉は、ルナにとって最大の苦痛だった。クリスの運命は、ルナの行動に完全に依存してしまったのだ。彼の助命を願うことは、彼をさらに窮地に追いやる。
ルナは、深く絶望し、目の前で愛する推しが、最も憎むべき独裁者へと変貌していくのを見つめるしかなかった。彼女は、クリスを救うために、アレスの望む「完全なる王妃」を演じきることを、静かに決意した。
ヤンデレから魔王に(ʘᗩʘ’)




